ノゾミノナカと悪霊迷宮の殺人鬼

第３１話 見知らぬ人間

　真っ暗闇のはずが。
　桜木の顔の前に、桜木の顔が映っていた。
「私？」
　きょとんとする桜木に。

「まどかぁ！　危ないぃいいい‼」

　希美が、たぬ吉の上から飛び降り、桜木に覆いかぶさった。
「の、なかちゃん？？　ぅわ！？」

　ごっちん！

　突然のことに、驚いたまま地面に倒れ込み、頭を打ってしまう。
「ぃ、たた」
　痛みに声を上げた。
「のなかちゃん？　どうしたの、急に？？」
　希美の声をかけるも、応答はない。
「ね。のなかちゃん？」
　背中に手を置くと。

　ぬる。

「？？　何、かな？」

　掌に何かがついた。
　冷たくもあり、温いものが。
　真っ暗闇で、それが、何かが見えない。
「何、かな？？」

　かぱ。

　桜木は口を開けた。
　赤い舌を取り出し、
「んんン？？」
　ちゅぽ。
　指を甞める桜木の口腔に広がるのは。

　鉄の味。

「血？！」

　覆いかぶさったままの希美の頭を見た。
「のなかちゃ、ん。のなかちゃん……？？　ねぇ、のなかちゃん？！」
　勢いよく、起き上がった桜木の目の前に。

「あ。私だ――……じゃないっっ‼」

　またしても、自身の顔が映り、慌てて、身体を逸らした。
　希美の身体、共々。

　ゴロロン――……‼

　すると、そこの場所に鋭利な刃物が落ちた。
　ガン！　と重い音を立てて。
「こ、れに、のなかちゃん、やられたの？？」
　背中の傷が、これから受けたのなら。
　その深さは、想像を遥かに超えている。
　一体、どこまで。
　刺さったのか。

　傷を負ったのか

「たぬ吉？！　のなかちゃ、ん。のなかちゃん、がっっ‼」

　桜木が、たぬ吉に声を上げた。
「あ、姐さん……姐さん――……」
　たぬ吉の声も、強張っている。
　彼女の目に、一体、何が、どう映っているのか。
　桜木には分からないが。
「姐さぁあああんっっ‼」
　泣きじゃぐっている彼女に、見えている希美の姿は絶望的な状況だとも、分かる。

　全部、桜木自身のせいで。

「ど、しょう」

　徐々に、桜木の頭も真っ白になっていく。
　混乱していく。
「どう、しょう」
　身体の上の、希美が、全く動かない。
　そして。
　桜木の服に、血が滴り落ちていく感覚があった。
　じわり。

　じわり――……と。

　真っ暗闇の中。

　下手に立つことも出来ない。
　何が、どうなるかも分からないからだ。
　そんなときだった。

　ピカ。

「？？」

　ピカピカ。

「あ、かり？」

　ピッカアアアアア‼

「助けて！　お願いだから！　のなかちゃんを！　のなかちゃんを助けてぇ‼」

　悲鳴に近い声が、桜木の唇から発せられた。
　ただ。
「誰で、やんすか？？」
　桜木からは、その光の正体は分からない。
「お前は！？」
　
　たぬ吉の目には、映っていた。
　――懐中電灯を持った、人間が。