ノゾミノナカと悪霊迷宮の殺人鬼

ちさここはる

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第87話 最期の戦い

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「っく」

 希美が、そう息を吐いた。
 身体が小刻みに震えていた。
 もう。限界だった。
「のなかちゃん。も、いいのだ」
 希美に日向が声をかけた。
 視ている方も辛いからだ。
「もう。《|宝石(フォーガ)》を解くのだ」
「……でも! それじゃあ、ダメよ! 絶対にダメだわ!」
 頭を激しく、左右に振りかぶった。
 長い髪も、乱雑に揺れる。
 じわ……、と杖を掴み指先も、汗が広がる。
 強く掴んでいるからなのか。
 感覚もないようになっている。
 
「それに。ここは4階! 別館のルートまでは! そこまでは!」

「のなかちゃん……」
「!?」

 舵から離れた日向が、希美を抱き締めた。
 その行為に。
 桜木も、驚きの顔に変わる。
「お、兄さん」
 そして、目が細くなった。
 そんな桜木の顔は、希美からは見えない。
 日向からは見えるため、表情も苦笑に変わる。
「もう。そんなに頑張らなくたっていいのだ」
「っつ! でも、でも! まだ中半だわ!」
「ああ。でも、一人で背負う意味はないのだよ?」
 優しく希美の背中を撫ぜる日向。
 そんな2人に、
「おいらたち。もう大丈夫でやんすか?」
 不安そうなたぬ吉が、聞いた。

 ぶるぶる、と。

「ううん。もちろんだよ、たぬ吉?」
 桜木がたぬ吉に応えた。
 それにたぬ吉も。
「! でやんすよね! でやんすよね~~‼」
 安心したように声を、息を吐いた。
 くるくる、と回るたぬ吉に、桜木も笑うと。
「のなかちゃん。も、解こうよ」
 希美に、そう言った。
「でも。でも、まどか!」
「も。十分だよ、のなかちゃん」
「でも、でも……」
 希美が日向の胸に顔を埋めて、涙で濡らしていく。
「体力を温存して、いざというときの切り札にするのだ」
 日向が希美の頭に、顔を置く。
「のなかちゃんが、頼みなのだ」
 その言葉に。
 ようやく、希美も。

「分かった、……解くわ」

 ◆

 灰色だった世界に色彩が戻った。
「照らせ! 《提灯霊バケモ万物チョロスト》!」
 そう叫ぶと。
 四階フロアー全体に灯りが燈った。
「一気に行くのだ!」

「ええ!」
「ううん!」
 希美と、桜木が強く頷いた。
 日向が舵を切る。
 希美によって増量された水が、船によって水飛沫を立てる。

 ギュインィイイン‼

「あ! 春日部、B館ルートの看板だわ!」

 看板を見た希美が、声を上げて日向に知らせた。
「うむ! 分かった、っの……だ、ァ……」
 徐々に、日向の声の勢いがなくなっていく。
 目の前に居る、アレたちのせいで。

「最後の最後まで! 厄介な奴らなのだ!」

 黒いマネキンたちが別館通路の前に。
 立ちはだかっていた。

「どうして! なのよ!」

 苦痛に歪ませた表情を浮かべる希美だったが。
 突然、眩暈に襲われてしまう。
「!? っこ、こんな、とこ、ろ……で――」
 そして。
 倒れてしまう。
「のなかちゃん! のなかちゃん!?」
 桜木も、意識を失った希美に駆け寄り、腕を伸ばした。
 真っ青の顔だが。
 息は安定していた。
「よかった。気を失っただけだ! よかった」
「姐さー~~ん! 姐さん~~‼」
「たぬ吉、のなかちゃんをお願い!」
「え? まどか?」

 ギシ!

 桜木が立ち上がると。
 船が軋み、左右に揺れた。

「いい加減に! してよ!」

 歯をむき出しに。
 そう、桜木が低く声を発した。
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