妖魔は言った「それでも世界は美しい」

たき火

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2.熱い強風がボートを大きく揺らす

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 シナが寝たのを確認すると、隣の部屋でコーヒーを飲んだ。非日常的な一日で、少し困惑している自分を落ち着かせるためだ。酸味のある苦味が現実へ連れ戻してくれる。

 ボーっと窓から外を眺めていると、「腹が減った!」とお腹が大きな音をたてて知らせてきた。思わず私は笑ってしまった。身体はどんな生き物にとってっも正直だ。私は数日前に買ったパンの残りを口に入れた。

 そして気がつくと、昔の自分を思い出していた。


 私は物心ついたときから、石油を運ぶ油槽船に乗っていた。
 原油産出国から様々な国へ渡り、生活に必要なエネルギー源を届けるのだ。
 巨大な船でそれはそれはかっこいい。

 当時、乗組員に遊んでもらい毎日が楽しく、またイタズラばかりしていたので、たくさん怒られてもいた。
 全員が家族のような存在だから、色々なことを様々な人に教えてもらい、学校へ行かなかった私にとって、船の上は一つの学び場であった。
 きっと父が船長だったため乗船を許されていたのだろう。

 父は厳しく、そして勇敢だった。
 沈没していく旅客船に遭遇し、自ら海へ飛び込み数多くの観光客を助けたのは有名な話だ。船の底に穴が空き打つ手がないと判断した船員が、数少ない救命ボートを使い逃げたことを父は許しはしなかった。最後まで被害者の味方になり、終いには腐敗した海運組合を立て直したのだから凄い。

 ところが私の生活する大切な場所は、海賊たちに襲われ消滅する。

 石油はとても高く売れるから目をつけられていたのかもしれない。
 乗組員たちは、普段から力作業をするため鍛えられていたが、海賊たちには全く通用しなかった。

 私の家族が次々に殺されていく。

 父は私を船の最後尾に連れていくと強く指示した。

「早くボートに乗って逃げるんだ!」

 小さなボートには二人しか乗ることができない。乗せられたのは、私と弟だった。

 他のボートは全て海賊たちが燃やして、私たちの逃げ道を塞いでいる。
 残されたたった一つのボートに無理矢理押し込められた時、私は初めて父を憎んだ。
 戦って船を守ることが私の義務なのに、彼はそれを許してくれない。
「何故なんだ!」と不満をぶち当てたが何も答えず彼は笑っている。

 海賊たちに見つからないよう静かに、父と乗組員たちがボートを下へ降ろす。
 彼らは殺されることを知っているのに笑う。

「お前のすべきことは弟を守ることだ」

 それが父の最後の言葉だった。

 私は・・・ 私はボートを漕ぎ油槽船から遠く離れた。しばらく息をころして、海の上から様子を眺めていると、海賊船からたくさんの火炎瓶が油槽船へ飛んでいく。そのことを不思議に思った瞬間、ものすごい音が天空に響いた。大きな炎が燃え上がり、熱い強風がボートを揺らしはじめる。空が赤い。石油に火が引火して、乗っていた船が爆発したのだ。

 満天の星が輝く海で、煌々と燃える一隻の船が、大海原に沈んでいく。
 弟は震えた手で私に抱きつく。
 そして私は、このことを絶対に忘れないよう、沈んでいく船をずっと見ていた。

 二人を乗せたボートは海を長い間彷徨った。

 雨は降らず、波は穏やかだったが、食べるものがなく何日も飢えに苦しんだ。海賊たちから逃げるとき、食料を持っていく余裕など全くない。

 二日後、餓死寸前な状態で意識が朦朧としている中、「おい!生きてるか!」と誰かの声が聞こえ、体を大きく揺らされた。
 運良く漁船が近くを通り、一人の漁師が助けてくれたのだ。
 それは本当に奇跡だった。

 漁船に乗せられ連れていかれたのが、現在私の住むロンドラ王国である。

 漁師はロンドラ王国の住人だった。

「なんでこんな小さな子どもが海に・・・   何があったんだ? ・・・もう大丈夫だぞ。心配しなくていい」

 私と弟はたくさんご飯を食べさせてくれる漁師に、これまでのことを全て話した。
 親切に接してくれて、好きな食べ物をお腹いっぱい食べさせてくれる。

「そんな大変なことがあったのか・・・ 可愛そうに・・・」

 漁師には妻と息子がいたと言う。
 しかし海で遭難して助かったのは自分だけだったと泣き、まるで息子の生まれ変わりに見えると、涙を拭いながら言っていた。

 鼻を啜りながら「お腹は空いていないか?」と心配してくれる漁師を、私はとても優しい人のように思えた。

 が、そんな思いはことごとく覆される。
 何日かすると私たちの前に奴隷商人が現れたのだ。

「この子たちです。どうです?二人とも身体は丈夫ですよ」

「おやじ、ほんとに子どもがボートに乗って海に漂っていたのか? どこからか誘拐してきたんじゃねぇだろうなぁ。俺はなぁ、あと後面倒なことになるのは御免なんだよ。正直に言えよ。人目のないところから攫ってきたんだろ」

「へへへ、まったく旦那ぁ、そんなことする訳ないじゃないですかぁ」

「でも話が出来すぎてるんだよ。海に子どもがいたから買ってくれだなんて。しかももう身内がいねぇんだろ。その話を信じる人の方が少ないよ。こんなのとても怪しくて相手にしねぇぞ」

「それがほんとなんですよ。自分でも驚いてますからねぇ。こんな幸運が私に舞い込むなんて、普段の行いが良いからでしょうねぇ」

「何が普段の行いが良いだよ。お前ギャンブルに依存してよ、女房に逃げられてるらしいじゃねぇかよ」

「旦那ぁ 昔の話はよしてくださいよー それよりどうです? 丈夫な子ども二人ですよ?」

 漁師は私たちを見て、ニヤニヤと笑っている。

 私はこの日、優しい人だと思っていた漁師に奴隷として売られることを知った。

 金がなく細々と暮らす男にとって、私たちを売れば大きな金になると考えていたのだ。
 私は弟の前に立ち、接近してくる奴隷商人に対して身構えた。
 まさかこんなことが起きるなんて想像もできなかった。
 漁師に甘えて食べたいものを遠慮せず食べていた自分に呆れる。
 抵抗も虚しく、二人とも容易くトラックに積んである鉄格子の中へ入れられた。

 漁師が私たちを売った金の入った封筒を片手に持ち、満足した顔で鉄格子に近づいてきた。

「悔しいか坊主。この世はな、こんなもんなんだよ。 へへへ」

「こんなことをして恥ずかしくないのか。お前は人を騙したんだ」

「勝手なことを言うねぇ。俺はなぁ 坊主の命を救ったんだよぉ。あとな、子どもでも騙されちゃダメよ。へへへ いいお勉強になりましたねぇ、お坊ちゃん」

 そう言うと漁師は家に戻っていく。
 そして自転車に乗って、賭博場のある街へ走り去っていった。

 私は鉄格子の中から大声で漁師を怒鳴った。
 
 きっと私と弟を、最初から売り物としか見ていなかったのだろう。

 海で発見した時も、金になるとしか思わなかったのだろう。

 私は何もできず、あの男のために売られていくことが悔しくて、父に生かしてもらった命がまるで消えていくようで、鉄格子の中から空に向かって叫んだ。
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