姉なんていいもんじゃない!

真城 螢香

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モデルなんていいもんじゃない!

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『ハァハァハァ……!』

大草原にて、巨大モンスターと戦闘中。

ヤツは全長二十メートルとデカいにも程がある体を、強靭な筋肉に巻き付かれた四本の足で支えている。
体は赤色の鱗で覆われ、頭から尻尾の先にかけて鋭く尖り上を向く、周りとは違う鱗がある……そう、俺が戦っているのは『炎龍』だ。

ヤツは勢いよく大気を吸い込む。

これは、咆哮ブレスの前動作だ。

それを確認した俺は、ヤツのでかい図体の下に潜り込み、無事回避する。
その間に、よく一緒にプレイをするメンバーが遠距離から炎龍を攻撃し、やつの気をそらした。

そして、仲間が気をそらしてくれている間に先程与えた傷で血を流す腹部に、もう一度斬撃を与え、討伐は完了した。

「ふぅ……」と今までの緊張がほぐれ、無事クエストが終わったことに安堵の息をつき、チャットを打ち始める。

「おつかれ様です」

「おつかれさまです!」

「今日はもう解散で大丈夫ですか?」

「はい!大丈夫です!おやすみなさーい……」


――プレイヤーがログアウトしました。


画面にそう表示され、自身もゲームからログアウトをする。

深夜の午前四時、部屋のカーテンはすべて締め切り、暗い部屋で一人ディスプレイに向かう少年の姿があった。

彼の名は滝野 湊——癖のある暗い茶髪に目元ちかくまで伸びた前髪をゴムで結び、クジラヘアーをしていて、今年高校生になったばかりの十六歳だ。

すでにカーテンの隙間から朝日が差す時間だったが、湊は自然と落ちてくる瞼を必死にこらえ、机とは反対側にあるベットへ倒れ込んだ。

睡眠二時間。先程までゲームをしていた湊にとって、この寝不足に不思議といい達成感を覚えていた。

普段はギャルゲーかエロゲーしかやらない湊だったが、検索ツールでハンティング系のゲームを探しているといいのが見つかりダウンロードした。

その名は、ドラゴン・ハンター。

名前からわかるように、ゲーム内に蔓延るドラゴンを討伐、捕獲し、世界に平和をもたらすという何ともわかりやすく、やり込み要素のあるゲームだった。普段するゲームとは違う感覚で遊ぶことが出来た湊は、自然とゲーム内の世界観に圧倒され、気づけば……あの時間。

「よっし、おきるか……」

自分に言い聞かせるように言葉に出し、昨日倒れたままの体を起こした。
朝は基本的にパン一枚と少食な湊だが、誰も彼のことを咎める人はいなかった。

三年前――両親は離婚し、父方について行くと下心満載で母親に言った湊だったが、母親は自分の方についてくると思っていたのか、湊からの言葉を受け、自分の方につくようにと説得までしてきた。

そんな母親がめんどくさくなった湊は、自分の性的欲求を捨て、母方について家を出ていった。湊にとってはそんな母親だったが、朝から夜遅くまで働いてくる父親とは違い。一人の息子と自分自身を養うために朝から夕方まで仕事に出てくれていた。


何が言いたいかと言うと、年上お姉さんが大好きだという事だ。


ちょっと、何言ってんのか分からない湊は置いておき、離婚して一年目にはもう、彼氏がいたと母親から聞かされていた。その時は息子としてどう反応していいのか分からず「……そう」とだけ、言い立ち去ってしまった。

時刻は朝七時。六時に起きたにも関わらず、先程までぼーっとしていた湊に一本の電話が掛かってきた。

「なんだ……秋」

「お!湊おっはー、七時になっても駅に来ないから先に行くよ?」

「おう、わるいな。ちょうど、今から着替えようとしていたところだ」

「そっかー、じゃ、入学初日から遅刻しないようにねー」

この垢抜けた感じの話し方をするのは、湊の数少ない友人であり、幼馴染みの石川 秋(しゅう)だ。秋とは幼稚園の頃からの付き合いで、その後も小中高と一緒に上がってきてしまった。湊の幼馴染にはもう一人いるのだがまだ、その話は置いておこう。

秋からの電話で支度をしない訳にもいかなくなった湊は、寝癖を直すことなく、半袖ヒートテックを着て、ワイシャツのボタン開けっ放しでネクタイを締め、上からブレザーを羽織った。

ぼさぼさの頭でいってきまーすと声に出して言ってみるが、もちろん帰ってくる声は何も無い。

――外に出ると、清々しい青空が広がっていた。

「んんー!いい天気だな」

まだ、眠気が抜けきれていない体に、新鮮な空気を吸わせ高校へ急いだ。
ぼーっと歩いていると、足からなにか冷たいものが伝ってくる感覚が湊を襲った。

「なっ……!最悪だ……」

昨日の夜まで降っていた雨で出来た水たまりを思いっきり右足で踏みしめていた。もう、どうにでもなれ!と半ば投げ出すような感じで歩き続けると、懐いてくれている野良猫に出会った。
湊はいつもどおり、手を差し出して頭を撫でようとすると、見事に伸ばした右手を引っ掻かれた。

「がっ!!」

「いってぇ……まじかよ。猫坊」

――今まで怒ったことも嫌だと拒否されることもなかった、野良猫の猫坊に初めて引っ掻かれたのだ、これが反抗期か……と親の気持ちになったつもりの湊だった。

嫌な朝を迎えたまま最寄りの駅まで歩き続け、無事、怪我することなく着くことが出来た。あとは、電車に乗り高校最寄りの駅で降り、高校までの道のりを歩くだけだ。

駅のホームで電車が来るのを待っていた湊は線路をまたいで向かい側のホームに今までに見たことがないくらいの美人お姉さんがいたのに気がついた。

――ふわっと髪の毛を遊ばせながらも、遊び人……ビッチ感は全くなく、清楚系お姉さんだった。それでいて、黒のタイツに通した足はスラッと伸び、控えめな山が二つ、美しいの一言だった。

他にも美しさを伝える文字は沢山あったが、湊好みの足だったため、美しいと、装飾を付けず一言で表したのだ。

「素晴らしい……あれこそ俺が求めていた美だ……」

目の前の女神に魂ごと抜かれそうだった湊の前に、金髪を長く伸ばした女が割り込んできた。
視界から女神が消えたことで、一瞬世界が滅んだのかと錯覚した湊だったが、目障りな金髪で目が覚め、割り込まれたのだと気がついた。

「おい、俺から女神をとってんじゃねーよ」

「は?知らないわよ、あんたがぼーっと突っ立ってんのが悪いんでしょ?それに、なんなの?知らない人に対しての口の聞き方がなってないわよ?」

「おまえにだけは言われたかねーよ、この金髪ロングがあ!」

「な……何言ってんのよ!」

「何言ってるもクソもねーよ!そもそもだ!横入りしてきたのが悪いんだろ!」

と通勤者や通学者でごった返すホームで二人は言い合いになった。しかし、今回ばかりは湊は悪くなかった。

いつもなら、おお!年上のお姉さん!!と興奮気味でずっと視線を送っているので気持ち悪がられ邪険にされるのがてっぱんなのだが、今回は見られていた女神様もこちらに気づいてはいなかったからだ。

これ以上、周りの人に迷惑をかけてまで言い合いをするつもりもなかった湊は珍しく自分から折れ、他の列に並び直すことにした。

「はあ、朝から散々だ……」

ぼそっとつぶやき到着した電車に乗った。
〇戸ー〇山ー〇口ー〇杉ー……といくつかの駅が過ぎていった。目的の駅に着いた湊は周りを見渡し、先程の金髪ロングが居ないことを確認すると改札を抜け、学校へ向かった。

そこから学校までの間は何事も無く、普通に過ごすことが出来た。


※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※


ここは戦場だ。初めての人が相手でも決して手を緩めることをしない。そして、知り合いがいれば、それまで仲が悪かった人でも協定を結び、手を取り、陣地を広げていく。

侵略されるというのはこの場においては、まだいい方だ。植民地も同じく。しかし、この二つより酷いのは、攻撃も受けず何もされないということだ。

誰もがなりゆる可能性を平等に持ち合わせている。だから、人は手を取り領地を広げ、豊かにしようと精を出す。しかし、何もされなかった者は、領地に入ることを許されたとしても、住むことは許されない。

そう……湊はクラスのグループ作りに遅れをとったのだ。

「やばい……華やかな高校デビューをしようと思ってたのに」

湊のほかにもぼっちはいたが、次第にぼっちはぼっち同士集まり始め、完全にぼっち化した。

「まあ、この俺様が放つ、気品に満ちたオーラに誰も近づけないのは仕方ないか……」

――と自分で自分を慰めるようにブツブツと独り言をいい、時間が経つのを待っていた。さすがに携帯で時間を潰すのは、ぼっちとして認めることになる。と変にプライトが高い湊には出来なく、仕方なくよ机に突っ伏して寝たフリをすることにした。

「はい、じゃあ、自分の席につけー」

担任の先生がやっと会議を終え、クラスの教壇に立つと、

「いいか?もう、SNSや噂で知っている人もいると思うが、決して騒がないでくれ、いいな?」

先生が念に念を押し、騒がない様に伝えた。皆から了解の意を受け取ると、じゃあ、入ってこいと言い、クラスのドアが開いた。

「見てもうわかるが、自己紹介を頼む」

「はい、先生。皆さん、初めまして。有栖 雪乃です。これから一年間よろしくお願いします。」

「はい、拍手。」

「パチパチパチ」

先生の紹介で登場したのは、長い金色の髪の毛を胸元まで伸ばした、モデルの有栖 雪乃だ。それと同時に、湊が朝駅で今まで出会った中で一番嫌な奴だ、と思った女子でもあった。

特に興味が無かったが、先生の扱いと周りの反応が異常だったため、少し顔を上げて紹介された有栖とやらを見てみた。

「うげっ……朝のクソ女じゃねーか」

思わず出た言葉は、静かにするようにと言われていた教室中に響かせるには十分すぎた。
もちろん本人の耳にも届き、湊の顔を確認すると顔をひきつらせて、

「な、なんであんたがここにいんのよ!この、変態!!」

「誰が変態じゃぼけえ!俺はただ、綺麗なお姉さんを眺めていただけだろ!!それを貴様は邪魔しやがって!!」

「はー?!それが変態だって言ってるんでしょ?!ほんと意味わかんない!!」

「貴様に分かられてたまるか!このクソ女!!」

「クソ女とはなによ!このクソ男!!」

湊と雪乃の言い合いは、隣のクラスにまで届き渡っていたという……。

「あー……もう、いいか?」

担任の先生は少しキレ気味で言い合いに終わりを付け、続けた。

「席決めるのめんどくさいから、仲よさそうだし、お前ら席隣な。あー、そこの机自分で持ってって、くっつけとけ」

「ええー!」

ラブコメで主人公の隣の席になるというド定番の展開にクラス全員から批判の声が上がった。それも仕方の無いことだろう。クラス一人気のある女子とたった今、クラス全員から嫌われた男子が隣の席になったというのだから。

しかし、この事に一番反対なのは本人達だった。

それはそうだろう。方は、口の悪い年上好きクソ男の隣。方は、女神を奪った金髪ロングのクソ女の隣。誰も幸せにならない席はこうして生まれたのだった……。

雪乃が大人しく席につくと、先生から明日の連絡事項と有栖についてあまり他言しないように言われた。誰がこんな女のことを他言するか!と思う湊だったが、他言するか!ではなく、他言する友達がいないから言えないの間違えである。湊はそれを薄々悲しくなったのはここだけの秘密。

「よう、朝は悪かった」

帰りのSHRが終わり、下駄箱で唯一の友達、秋と合流した。

「いいよ、それより、湊、大丈夫?隣のクラスにいた僕まで聞こえる声で言い合ってたけど」

「ああ、気にするな、有栖とかいう奴が朝から突っかかって来ただけのことだ。その女が朝、俺から女神さまを奪った張本人だったとしてもそんなことで怒るほどの人間ではない、決して怒ってなどいない。うん。いない」

「そう、ならいいけど」

決して怒っていないと決しての所を妙に強調する湊は、周りから少し浮いた目で見られていた。

「じゃ、明日な」

「うん、ちゃんと起きてね」

幼稚園の頃からお互いを知っている二人にとって会話というのは、あまり必要の無いものだった。
秋が湊の家に遊びに行く時も、インターホンで開いてるよとだけ言われ、勝手に中に入っていくのだ。いわゆる二人は家族ぐるみの付き合いというやつだ。

「ただいま」

「あら、おかえりなさい」

「うん」

ドアを開け玄関に入ると湊と同じあるいはそれ以上に大きい男の靴と、母親の靴が出迎えた。
大体のことを察した湊は、手短に帰りを知らせ、その足で二回の自室へと向かった。

部屋のドアが二回ノックされると、

「湊、大事な話があるから下にきて」

「おう、わかった」

やっぱり、そうか。と思いながら自室を抜け、一階のリビングに入ると、背が高く、ザ・ビジネスマンといった感じのおじさん、いや、おじ様が母親の隣に立っていた。

おじ様は湊が入ってくるのを見ると、すぐに、

「こんばんわ、湊くん。私は木花このかさんとお付き合いさせてもらっている、吉敷(よしき)といいます。どうぞよろしく」

見た目通りのダンディー声で透きとおったテノールが響いた。

「どうも、ご存知の通り、滝野 湊です。」

「あ、あのね、湊。もうわかってると思うけれど、私、この人と結婚するわ」

どこか人当たりの良い感じが逆に怪しく思う湊の考えを他所に、母親から思っていた通りの言葉を言われた。
もちろんどうこう言うつもりもなく、母親のことなんだから、好きになった人と結婚すればいいし、ダメだったら、また、別れればいいし、と冷めた考えをしていた。

「うん、いいんじゃない?」

「ありがと。あ、これから予定ある?」

「ないけど、なに?これから結婚式でも上げに行くの?」

「違うわよ、吉敷さんの娘さんにも報告しに行くのよ。予定がないなら、一緒に来てほしんだけれど」

「ああ、了解」

娘に報告をしにいく。湊はこの言葉に魅力を感じてしまった。娘という言葉がさすのは女性。

即ち、二分の一の確率で姉ができるのだ。

もし、年下だったとしても「おにいちゃん」と呼んでくれる妹ができる。
そして、この人の子供なら容姿に絶望することもないだろう。だがしかし、年上の女性なら容姿が残念でも……!と思う湊であった。


※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※


手早く着替えを済ませ、先に行っていた両親(仮)と合流する。夜ご飯を食べるには遅いこの時間帯のファミリーレストランは人が少なく空きの席が目立った。

三人とも夜ご飯を食べてなかったので吉敷のおごりで食べることになったが、これから父親になる人とはいえ、知らない人におごってもらうのは少し抵抗があった湊だったが、大好物のハンバーグを頼んでいいよと言われた湊は顔色を一変させ、それぞれ頼むことになった。

すこし時間が経つと、各料理が運ばれ三人分の夜ご飯がそろった。

「あ、そういえば、湊と同い年よね?」

「うん、今年で16歳になったよ」

むむ!とこれが漫画やイラストなら湊の周りにビックリマークがつくような顔をする。
吉敷に娘がいると分かった湊は一度、もし姉ができたら。もし妹ができたら。など、いろいろなシュチュエーションを考えていたが、連れ子が同い年とまでは考えてはいなかった。
だが、日々のゲームやライトノベルで培った想像力、ならぬ、妄想力で同い年の姉、同い年の妹というなんとも不思議な関係を楽しむ術を考え込んだ。

そんな、楽しい妄想をしながらハンバーグを食べ終えると、来店者を伝えるチャイムが鳴りこの場に新しい家族が全員そろった。

「こんばんは。初めまして」

と行儀よく挨拶をしてくる連れ子に好印象を覚え、いい子じゃないかと今後が楽しみになる一方で、なんか聞き覚えのある声だな。と嫌な予感が湊の頭を過った。

「こちらこそ始めまして、滝野湊で……す……」

「はじめまし……てって、え!!なんでド変態野郎がここにいるのよ!!」

「ド……ド変態だあ?!うげ!それはこちらのセリフだ!なぜ貴様こそここにいる!このくそ女が!」

「くそ女とは何よ!このくそくそ男!」

「な!くそくそ男だと?!このくそくそ鼻くそ女!」

出会うなり早々に仲良く言い合いをする二人を見て、互いの親はにこにこ笑っていた。

「まあ、湊と雪乃ちゃんはもうそんなに仲良しだったのね!うれしいわ」

「つつましい光景だけど、雪乃、すこし言葉が汚いよ?」

「仲良しなんかじゃねえよ!」
「つつましくなんてないわ!」

――これは見事に言葉が重なり、いっそう険悪になっていく二人だったが、これもこれでありか……とおもう両親だった。


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