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第弍物語 空蝉

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煇は吹奏楽部に入ってから毎日通った。
「…珍しいこともあるものですね。」
そう溜め息混じりに言うのは吹奏楽部の顧問、空野瀬見菜。
「何がかな?」
「貴女に言ってるんですよ、幽霊教頭。」
「幽霊顧問がいるのが珍しいって言いたいのかな?だって約束したからね、煇と。」
そう言われ煇が胸が高鳴るのを感じた。
「げ、弦凪先生はそんなに気になるんですか?私があの曲を弾いた理由。」
「それもあるけど、君自身にも興味あるから、かな?」
「…そ、それは…私が光源氏の生まれ代わり、だから?」
ふとそう言ってしまった。
煇は光源氏の生まれ代わりだからか老若男女共にモテた。
そのせいで少なからず傷ついた。
それは煇ではなく煇の奥にある光源氏の力を好きになったり求めたりした。
中には逆恨みされたこともある。
光源氏の生まれ代わりと知るや否や、好きな人は皆離れて行ってしまった。
唯一、従姉妹の希美だけがずっと側にいた。
そしていつの日にか祖母から聞いた言葉。
「生まれ代わり同士なら惹かれ合うから幸せになれる。」
それから煇は相手を探る様になった。
もう傷つきたくないから…。
「なんだ、気にしてたのか。なら安心すると良い。私達2人も生まれ代わりだから。」
「え?ど、どういうことです?」
「だから、私達2人は源氏物語の生まれ代わりなんだよ。私が“源典侍”。空野先生が“空蝉”。」
「ちょ、ちょっと待って下さい。先生達は私が光源氏だと知っていたんですか?」
「私は知ってたが空野先生は予想してたってとこかな。だって名前が割とまんまだからね。私もだけどね。ちなみにお祖母さんから聞いてるんでしょ?この学校に生まれ代わりが全員いるって。」
「え?どうしてそれを…。」
「君のお祖母さん、ここの卒業生であり元教師だったんだよ。私は教え子だった。まあ、縁があって君の話を聞いていたんだよ。」
煇は驚きのあまり絶句している。
「ちなみに他の生まれ代わりについて少し教えてあげようか。まず君も知ってる君の従姉妹、朝野希美。朝顔の姫君だ。私達含めて3人。あと11人いるでしょ?“六条御息所”は養護教諭、“朧月夜”は生徒会長。“花摘末”が担任、“若紫”は中等部2年の子。“夕顔”と“玉鬘”はこの吹奏楽部の部長と副部長。“葵の上”は去年の文化祭でのミスコン優勝者。“藤壼”はPTA会長。”花散里”は風紀委員会長。“明石の君”は司書。“女三宮”についてはまだ分からないけど…私の知ってることはここまで。」
「………。」
煇は驚きのあまり言葉を失っている。
「あれ、煇ちゃん?どうしたの?おーい」
「情報が一気に入り過ぎてキャパオーバーしてるようです。」
「そっか、ごめんごめん。」
そう笑い煇に頭を撫でる。
「うぴゃーっ!?」
予想外の行動に煇は驚き変な声が出た。
「く、くす…あはは!やっぱり面白いね、君。うん、気に入った。私の下の名前は詩騎(しの)って言うんだ。君だけ下の名前で呼んでよ。」
「だ、だから!生徒贔屓は良くないと…」
「空野先生が真面目過ぎ何だって。じゃ、私は今日はこれ。また明日ね、煇。」
そう笑いながら手を振りご機嫌に鼻歌混じりに詩騎は去って行った。
「えっと…大丈夫、源さん?」
「え?」
「一気に色んな情報が入ってきて混乱したんじゃないかしらと思って。」
「あはは、大丈夫ですよ。意外と先生方も多いなって思ったりちょっとまだ現実的に捉えられてないというか…。」
「そう…。」
「心配ありがとうございます。」
そうはにかみながら言う煇。
(…生まれ代わりだからどうとか信じてなかったけれど、この子のこんな表情を見て気持ちが高揚して…。今なら信じられる。この業(カルマ)には抗えない。教師なのに…いけない事なのに…どうしようもないくらいの源煇という人を自分のものに…)
そこまで考えてその考えを一度は振り切った。
が、欲望とはそう簡単に切り捨てられるものでもない。
「…そうだわ、今度の日曜に私の家へいらっしゃい?」
「え?空野先生の家?」
キョトンとする煇。
当たり前だ。
呼ばれる理由がない。
「あ、えっと…音楽好きなのよね?うちにくればもっと音楽に触れられるわ。」
「音楽に…?」
「そ、そう。フルートでも他の楽器の曲でも、CDやブルーレイがあるの。」
「…じゃ、じゃあ、ヴァイオリンやハープも?」
「ええ。良かったうちに聞きに来ない?」
「…い、行きたい。けど、良いんですか?さっきえこひーきは良くないって…。」
「ああ、言いましたね。言いましたが…私が真面目過ぎるとも言われたので依怙贔屓、たまにはしてみようかと。」
「ふふ、何それ。空野先生って真面目なだけって思いましたけど優しくて面白いんですね。」
「ふふ、じゃあこれ私の家の住所。」
そう言って紙に住所を書いて手渡す。
「次の日曜に…待っているわ。」






「えっと…ここ、かな?」
着いた場所はとある高層マンション。
入り口にある沢山のインターホンの中から紙に書かれている部屋番号を押す。
しばらくしてドアが開き瀬見菜が現れる。
「いらっしゃい。さ、行きましょう。」
「せ、先生ってお金持ちなんですね。高層マンションって確か上の階になればなるほど家賃とか高いんですよね?最上階とか…想像出来ないです。」
困った様に笑う煇。
慣れない場所に居る緊張からか笑顔が少しぎこちなく、困った様な笑顔になってしまう。
「…両親のおかげで、ね。父親が会社の社長をしてるから…。」
「そ、そう…なんですね。」
慌てて煇は手に持っていた紙袋を後ろ手に隠す。
「…?さ、着いたわ。」
カードキー式でカードを差し込むとピッと音がし、鍵が開いた。
「お、お邪魔します。」
緊張しながら足を踏み入れる。
「ソファーに座っててくれる?」
「は、はい。」
しばらくしたら湯気のたつティーカップとケーキの乗ったお皿をお盆載せ瀬見菜が戻ってきた。
「ふふ、緊張し過ぎよ?大丈夫だから。…それで、ずっと気になってるのだけれど…その後ろ手に隠しているものは何かしら?」
「う、バレた…。……これはその…あ、アレです、間違えて持ってきたんです。」
「そんな訳ないでしょう。…隙あり。」
煇の目が泳いでいる隙に紙袋をとる。
「あ、だ、駄目!」
「これは…クッキー?」
「あうう…」
「見た感じ手作りかしら?」
中身を見られ煇は諦めた様で話出す。
「その…作ったんです。先生に食べて貰おうって。お邪魔するんだから真心のこもった物がいいかなって。」
「それで、何で隠す必要が?」
「…なんだか恥ずかしくなって…。」
「どうして?」
「だって…こんなお嬢様な先生にこんなの…渡せない、よ。」
気まずそうに言う煇から瀬見菜は紙袋を取り上げる。
「え!?」
そのまま中からクッキーを取り出すと1枚口へ入れた。
「ちょっ!?だ、ダメですって。美味しくないですよ!」
「どうして?美味しいよ。それに…。」
瀬見菜は煇の手を取る。
「こんなに絆創膏して…頑張ってくれたのに不味いわけないじゃない。実は料理苦手だったんじゃない?」
「苦手というかしたこと無くて…希美に教えて貰ったんです。」
「ありがとう、私のために。でもごめんね?貴女の手に傷を付けちゃったね。」
「そ、そんな、私が勝手に作って勝手に怪我しただけですから。」
慌てて違うと手を振る煇の手を再び掴む瀬見菜。
「せん、せい…?」
そのまま絆創膏の部分に口付けの雨が降る。
「ちょ、先生っ…く、くすぐったいですよ。」
「痛くなくなるおまじないよ。」
「痛くはない、から…やめ」
恥ずかしくてイヤイヤと首を横に振るが辞めてはくれず。何故かそのまま服に手がかかる。
「え?」
疑問もつかの間、服が脱がされていく。
シャツのリボンタイがゆるみ、シャツのボタンが開けられて薄く淡い黄緑色の下着に手がかかる。
「や、先生!!な、何して…」
「他に怪我してないか確認をね。」
「だ、だからって…は、恥ずかしいです。」
「女同士じゃない、恥ずかしがることはないわ。」
「そういう問題じゃ…。それに怪我してないです。だから」
「あら?ここ、腫れてるじゃない。痛そうだわ。」
「は?んんっ!?」
下着をめくり、そこにある小さな突起を舐める瀬見菜。
「や、せん、せ…駄目っ!こんな、の変、だよ」
小さくピクンと煇の身体が震える。
「変?おまじないって言ってるじゃない。」
「それ、怪我じゃな、んんっ」
胸の突起を甘噛みされる。
「知っているわよ。」
「先生…?」
そのままソファに押し倒される。
「ねえ、“空蝉”について知っているかしら?」
「はい、“空蝉”は一夜限りの関係。源氏が来ると衣を一枚置いて逃げたことから蝉の抜け殻の様だと空蝉と名前がついて…だけど1回だけ身体を許してしまった。」
「そうね。私は“空蝉”の生まれ変わり。だから…今だけ。今日だけでも身体を許してくれないかしら。って、襲うのは昔なら源氏の方なのに今じゃ逆なのね。ふふ」
そう笑う瀬見菜はどこか元気がない。
「…先生には悪いけど、私には好きな人がいる。初めてはその人にあげたいの。」
「そう…でも私は貴女が好きだわ。貴女を見ていると不思議とどんどん欲深くなる自分がいて…知らない自分を知って…。自分でももう歯止めが効かなくなって…。」
そこまで言うと「邪魔になるね」と眼鏡を外しテーブルへ置く。そのまま流れる様に煇へ口付け、舌をからめる。
「んうっ!?」
そのまま口内を貪られていく。
「んんっ」
呼吸が苦しくなって来た頃、口が離れ別の場所に刺激が走る。
「ひっ!?」
胸の周りをチロチロと舐めていく。
「ふあっ!!」
中心を集中的に舐められ強い刺激に小刻みに身体が震える。
「やめ…て下さい。」
「…ごめん、無理。」
必死に嫌だと伝えるが瀬見菜は余裕がなく聞き入れてくれる様子はまるでない。
「っ!!」
「きゃっ」
ドンっと音がして瀬見菜がソファから落ちる。
煇がつき飛ばした衝撃で落ちたのだ。
「あ、ご、ごめんなさ…っ!!」
煇は慌てて服を整えると走って出て行ってしまった。
「…私は教え子に…何てことを…」
自分自身に同様して紫の瞳が大きく揺れる。
「頭…冷やさないと。」
そう言って窓を開けると青いボブの髪がサラサラとたなびいた。






次の日、いつまで経っても煇部活来なかった。
また次の日、その次も…。
「…何で煇は来ないんだろう?ねえ、何か知らない?」
「…私のせい、だわ。」
「瀬見菜?」
「私がいると気まずいから来ない…と思う。」
「何か気まずくなる様な事したの?」
「…ちょっときついこと言ったの。」
流石に無理矢理犯そうとした、とは言えず言葉を濁す。
「ふうん?あの子はそんなことで来なくなる様には見えないけど?ま、良いや。煇が来ないんなら来る意味ないし。私も来ない事にするよ。」
ヒラヒラと長い指を振って詩騎は踵を返す。
「いや、貴女も顧問でしょ!?」
我に返った瀬見菜に言われるが「幽霊だからねー」と軽口を叩いて行ってしまった。
「逢ふことの絶えてしなくはなかなかに人をも身をも恨みざらまし…なんて、ね。」
瀬見菜は百人一首の札を見ながら悲しそうに呟くのだった。
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