5 / 5
第肆章 ヤンデレストーカーに御用心
しおりを挟む
事件が起きたのは鵺騒動から月が回復した1週間経った日。
月は休みを貰って護明とデート。
月は最初事務所に居たが、護明が唐突に押し掛けて来て半ば強制的に連れ出されたのだ。
「折角、可愛いんだからもっとお洒落してもっと可愛くなろう。」
そう言う護明に連れ出され連れて来られたのは洋服やメイク道具の専門店。
「ここは私の知人のお店でね。さあ、入ろう。」
そう手を引かれ、カランっというベルの音と共に店内に入る。
「護明さんの知り合いってことは…。」
「嗚呼、御察しの通り妖怪だよ。」
2人の会話を聞いていた一人女性が一礼をする。
「私、この店のオーナーをしてます、“ろくろ首”の六花玖美(ろっかくみ)ですわ。」
「六花、この子を可愛くしてくれないか?」
護明に言われ玖美はまじまじと月を見る。
「あの…?」
ガン見されて月は恥ずかしくなってきた。
「流石護明ね。元が可愛い子を連れて来てそう言うなんて…私を試しているのかしら。良い趣味だこと。」
「元が良いからこそ磨きたいのさ。君の腕を信じているからこの此処に連れてきたんだよ。」
「ふうん?良いわ、私に任せなさい。さ、こっちへいらっしゃい。」
そう言って玖美は店の奥にある“関係者以外立ち入り禁止”と貼り紙のある扉の先へ案内してくれる。
「でも丁度良い時に来てくれたわね。今、新作の服とコスメがあってね、試して見たかった所なの。」
そう言って3着の服と沢山のメイク道具が並べられていく。
「これは六花の新作だね?」
「六花さんが作ったってことですか?」
「そうよ?私、こう見えてファッションデザイナーでもあるの。」
「六花はデザイン、製作、販売全てを自分の手で手掛けているんだ。」
「凄い…。」
しかし納得がいく。
完璧な迄に行き届いた掃除。
完璧な化粧。
完璧な品並べ。
「内装も手を全く抜いてないし、本当に凄いです。」
「そうかしら?私にとっては普通の事を普通にしてるのだけど。」
「普通に慣れると手を抜く人だって中にはいる。だからこそ普通を普通に続けるのは大変なんです。六花さんって美人だし、努力家って見てわかるし…尊敬します。」
「お、お世辞はいいわよ。」
照れているのか慌てて六花は言う。
「お世辞?」
一方、月はキョトンとしている。
本音しか言ってないのだから。
「ろ…六花ちゃんって呼んで。」
「え?でも…」
「私がそう呼んで欲しいの。」
訳が分からず、困惑しているとそれに気づいた護明が説明をしてくれる。
「玖美は気に入った子には自分のことをちゃん付けさせたがるんだ。早速気に入られるなんて流石だよ。」
「分かりました。えっと…六花ちゃん?」
試しに呼ぶと、玖美は嬉しそうに微笑んでくれた。
それから玖美は鼻歌混じりに月をメイクしていく。
メイクはナチュラルなもので、爪は綺麗に緑から青にグラデーションされたマニキュア。
「服はどれが良いかしらね。」
そう言って3着の服が並べられる。
1つはモノクロでゴシック調なもの。
1つは淡い水色と薄紫の控えめなもの。
1つはやたらとフリルのついた可愛らしいもの。
「この淡い色、とても似合いそうだね。」
そう言ったのは護明。
「そうね…私的にはこっちかしら。」
そう言って玖美はゴシック調の服を手に取る。
と、ー。
「どっちも似合わないっ!!」
月の後ろから急に叫び声が聞こえた。
振り返ると見知らぬ妖艶な女性が立っていた。
「もっと全体的に暗い色…ああ、紫が似合うわ。そう、私の髪の色の様に。」
「お客様…申し訳ありませんがここは関係者以外立ち入り禁止ですので…」
「あら、私は関係者よ?私の愛しい人がここに居るんですもの。」
「はあ?」
玖美は護明を睨む。
「私に用かな?」
「貴女に用なんてありませんわ。」
ぴしゃりと言い切られる護明。
「ふふ、女性にモテモテの貴女でもフラれる事あるのね。」
玖美はそう笑う。
「嗚呼…私の主様。」
そう言って女性は月へと抱きつく。
「あの…貴女は一体?」
「貴女の恋人、ですよー。」
「…ごめん、初めて会ったと思いますけど。」
「あら、お会いしましたよー、私は。」
「え?」
(私が覚えて無いだけ?)
「枕返しちゃんに頼んで夢の中で何度もデートしました。」
「んん?」
(どういう事?枕返しって?)
「枕返しというのは妖怪で、人の夢等を操作するんだよ。その枕返しがもしも悪い奴ならそのまま魂を抜いてしまうから注意が必要だけれどね。」
そう護明が説明をしてくれようやく月は理解した。
つまり、この女性は枕返しに月と一緒にいる夢を見せて貰ってすっかり恋人気分になっているわけだ。
「なるほど…。でも私からしたら初対面なわけで。」
「一度話した事もあるのですが…。あら、私とした事が申し遅れましたわ。私、妖怪の泥田坊です。」
「ご丁寧にどうも。私は月です…?」
相手がどこまで自分の事を知っているのかが分からなくてつい疑問形になってしまう。
「えっと…名前は?」
「泥田坊ですってば。」
「妖怪名じゃなくて…。」
「ああ、種族じゃなくて普通の名前ですね。私は泥田廻(ひじためぐり)。以後、お見知りおきを。クスクス」
そう笑いながら月に手を差し出すがそれを玖美が制止する。
「ですから今は私がこの子に用事がありますのでお引き取りを。」
「何よ…私の主様を勝手に着せ替え人形にして遊んで!!」
いきなり廻は怒り出す。
と、ー。
「きゃっ!?」
月の悲鳴があがる。
廻はいつ間にか月の背後に居て月を抱き抱えていた。
「嗚呼、可愛そうな主様。もう誰の手も届かない所にお連れしてお護りしなきゃ。大丈夫、私が護ってあげますからね。」
「え?いや、それは困…ちょ!?」
廻の腕の中から離れようともがくが彼女の身体は沼の様になっていてもがけばもがく程彼女の身体に埋まっていく。
「それではご機嫌よう。」
廻はそのまま月を連れ姿を消した。
「すまない…私が付いていながら月が誘拐されてしまった。」
護明と玖美は凛のいる事務所へ行きそう告げた。
そこには電話で集められた湊と聖もいる。
「な、ん…っ!!」
突然の事に凛は絶句している。
「誘拐犯は泥田坊の泥田廻。どうやらストーカーね。それも超重度の…。」
「スカート?」
凛が定番のボケをかますと湊からど突かれる。
「ストーカーだ、たわけ。…しかし、泥田坊とは厄介だな。」
湊はため息をつく。
「なんでだよ?そいつ見つけてぶっ飛ばして月を取り戻しゃ良いんだろ?」
「無理だ。」
ピシャリと言い切られる。
「そうだね。そもそもそれが出来るなら私はこうして皆を集めてここには居ないさ。力尽くでも彼女を取り返しに乗り込んださ。」
護明がそう言う。
「どういうことだ?」
「つまりだ、泥田坊には物理攻撃は全く効かない。彼女は田んぼの泥の様な身体。例えるならそう、沼そのもの。沼に拳を入れても意味がないだろう?それと同じだ。」
「じゃあどうすんだよ?」
「様は沼に出来なくすれば良い。液体を固体にすれば動きが封じられる。まあ、攻撃が効くかは分からんが放っておけば泥にでも沼にでもなって消えてしまう。なら動きを封じてしまえば良い。」
「そうね、なら雪女なんてどう?凍らせてしまえば良いのよ。」
聖の提案に頷く護明。
「それが良いだろう。私や凛ちゃんが囮になって泥田坊の気を引く。その間に雪女には凍らせて貰って聖さんが月を取り戻してくれれば完璧かな。適材適所に考えればこんな感じの配置かな。」
「私は良いと思うわ。でも、月ちゃんと泥田廻の居場所が分からないと何も出来ないわよ?」
聖の一言で沈黙になる。
最初に静寂を打ち破ったのは玖美だった。
「それならアテがあるわ。」
皆驚いた顔で玖美を見る。
「早く連れてってくれ。…いや、違うな。俺には別の役割があるから…。だから頼む、少しでも早く助けてやりてえんだ。」
「へえ、冷静になれるようになったんだね。そうだね、囮に徹してしてくれると助かるな。但し、危ない時は引くよ。君が怪我したら姫が悲しむからね。」
「ああ、分かった。」
「それで、アテというのは?」
聖は話をを戻す。
「私の小さな可愛いお客様よ。」
玖美はそう微笑むのだった。
「玖美ちゃん、お店居ないから心配したのー。」
お店に戻るとその小さな可愛いお客様は居た。
そのお客様は前に月が召喚したすねこすりだった。
「ごめんね、ちょっとトラブルがあってね、小毱ちゃんにそのトラブルの解決のお手伝いをお願いしたいの。」
「小毬に出来ること?」
小首を傾げる小毬に遠慮がちに凛が話かける。
「えっと…俺の事覚えてっか?」
「うーんと…あ、召喚士のお姉ちゃんの横にいた人?」
「ああ、そうだ。その召喚士の姉ちゃんが六花の前で悪い奴に捕まっちまったらしいんだ。」
「小毬ちゃん、お友達に“枕返し”の子がいたわよね?その子が悪い人の居場所を知ってるかもしれないの。」
「そのお姉ちゃん、玖美ちゃんにも大切な人なんだよね。友達を疑いたくないけど…うん、分かった。小毬、夢笑(むえ)ちゃんに話聞いて貰うね。」
「う…。」
その頃月は目を覚ます。
「っ!?」
身体を動かそうと試みるが全く動いてくれない。
全身を何かで押さえつけられ、あるいは全身に錘を入れられているかの様に身体が重い。
昔似た感覚を味わった気がする。
そう、これは…ー。
「金縛り?」
「違いますわ。」
と、横にはいつの間にか泥田坊こと廻がいた。
「ごめんなさい。でもこの香は貴女の為。」
「ごめん、もっと説明してくれないと分からない、です。」
「この香はあらゆる敵から貴女を守ってくれるわ。私以外がこの香を嗅いだら嗅いでる一時的の間動きが出来なくなるのよ。結果、貴女の動きまで封じしまったけれど…。」
廻はゆっくりと月に近づき抱きしめると耳元で甘く囁く。
「心配は要りません。必要な身の回りの事は全て私がして差し上げますから。」
「わ、たし…は、そん、な…の」
香のせいか喋るのもきつく途切れ途切れになる。
「貴女は…人に関わることで不幸になっていく。」
「そんなことっ!!」
「ありますわ。貴女は優しい人だから気づかないフリをしているだけ。河童達と探偵を始めてから危険が増えて…この前なんて死にかけたでしょう?」
「それは…私が…」
「…どうして河童達を庇うのです?」
「庇って…るわけ、じゃ…」
「私だけを見ていたらこれ以上傷付かなくて良いですよね。」
廻は妖艶に微笑むとポケットから小瓶を取り出す。
「さあ、主様これを飲んで下さい。」
「っ!?」
抵抗する前に廻は口移しでそれを飲ませてきた。
「ん、っふ、う…」
飲み干してしまうと廻は宥める様に優しく月の背をさする。
「ふふ、主様は疲れているんですよ。しばらくゆっくり休んで下さい。」
微睡む意識中その言葉を聞きながら月は意識を手放した。
「夢笑ちゃん、小毬達を助けて。」
「…どういうこと?」
突然押しかけてきた小毬に唐突に助けを求められ、夢笑は困惑している。
「小毬の大切なお友達の大切な人が悪い人に連れて行かれちゃったの。見つけるのには夢笑ちゃんの協力が必要らしいの。お願い、お願い、お願い!」
「…なんで私?こういうのって警察にお願いするべきじゃないの?」
「警察には伝えてあるの。あ、私が小毬ちゃんのお友達の六花よ。私の目の前で犯人はこう言ったの。“枕返し”に頼んで夢を見せて貰ってる、と。」
「…私、色んな人から頼まれるから…。どんな人なのか分かれば…。」
「妖怪は泥田坊の泥田廻と名乗っていたわ。心当たり、ある?」
「…ああ、あの人、怖いからよく覚えてる。」
「夢笑ちゃん、その人に何頼まれたの?」
小毬の純粋な目に夢笑は返答につまる。
「それはともかく、居場所とか何か分かったりしない?」
困っている夢笑に新たな質問を投げかけ、空気を変える玖美。
「悪いけど、居場所なんて知らない。あの人、狂気に満ちてて怖いから関わりたくないもん。でも…居場所を知る為に協力することならできる、よ。」
「そうなの?協力って?」
「…今日、夜にその人が来る。私に頼んでくる望んだ夢を見られるキャンディを取りに毎週水曜にここ、来るから。私は何にも知らないフリでいつも通りにキャンディをうる。貴女達は帰っていくその人を尾行すれば良い。」
「なるほど、ありがとう。そうさせて貰うわね。」
そうしてその夜に皆で尾行して月を助けようと計画を立て始めた。
「こんばんは、枕返しちゃん。」
「…いつものでしょ?用意出来てる。」
そう言って夢笑は袋を手渡す。
「とりあえず12個入ってる。」
「ありがとう。このキャンディーは幸せの味がしてやめられないのよねえ。」
廻は嬉しそうに笑う。
「っ!!そう…それなら良かった。」
その笑顔を見て夢笑は罪悪感に襲われる。
(いや、この人悪い事してるんだから止めなきゃ。)
そうグッと堪える。
「じゃ、また来るわあ。」
去って行く廻。
その後ろには尾行する4人の陰とそれを見送る夢笑が佇んでいた。
着いた先は小さな家だった。
零がヘアピンで鍵を開け、中へと忍び込む。
しかし、入った所に廻はいない。
「確かにこの家だよな?」
「…地下室かも。ほら、ココ。」
零が指指した先には少し出っ張った床があった。
「物置きとかに使う場所だろ?」
凛がそう言いながら開けると零の言った通り地下室が広がっていた。
「俺が一番に降りる。」
そう言って凛は用心深く降りて行く。
「大丈夫みたいだ。」
凛の言葉を受け、玖美、護明、零の順に降りていく。
「で、月はどこだ。」
そう言った時だった。
「…嗚呼、月様。」
少し離れた場所で廻のうっとりとした声が聞こえた。
4人は声の方へと走る。
「ゲ、なんだ…アレ。」
凛達が見たのは縄で縛られている月。
その月にご飯を無理矢理食べさせている廻。
「それにしてもいけない子…。まさか私の“香の匂い“を消すなんて。どうやって消したのかしらあ?」
そう言って香を炊き始める。
「くっ…。」
辛そうに顔を歪める月。
(この香…催眠術みたいな効果でもあるみたい。)
「あら?怪我して…。」
月の右手の甲が血に染まっていた。
「大変、急いで手当てしましょう!!」
廻はそう言って救急箱を取りに奥の方へ走っていく。
「俺と護明はそのまま泥田坊を追いかけて足止めしに行くから月をたのんだぞ、2人共。」
「ええ、任せて。」
玖美の返事を聞くと凛と護明は走って廻を追いかけた。
それを確認し、玖美達は月の元へ走る。
「月ちゃん!!」
途中、零だけ足を止める。
「……。」
しかし、月は無言で目は虚ろだった。
「月ちゃん?助けに来たわ。さ、一緒に帰りましょう?」
「帰らない。私は…私…っ!!」
月の顔が苦痛の表情になる。
「ど、どうしたの?」
「私…っは!!」
その時立ち止まっていた零はポツリと呟く様に言う。
「その香のせい…。」
「香?」
零の指指す方を見るとさっき廻の焚いた紫色の香が妖艶な香りを放っている。
「っ!?身体が…言うこと聞かない?」
玖美がそう焦り始める。
「でも…おかしい。この香には身体の自由を奪う効果のみの筈。洗脳は出来ない。」
そう言いながら懐から防煙マスクを取り出し装着する零。
「ちょっと、知ってたなら…教えなさいよ。」
玖美は苦しそうに顔を歪める。
「ごめん…。でもこのマスク、1つしかないから言っても言わないのと同じ…。」
そう言いながら月に近づきその縄を解いた。
「もしかして…あの傷、自分で噛んだのかしら。」
廻はふとそう口にする。
「それなら…ふふ、とっても素敵だわあ。」
そううっとりと呟きながら救急箱を手に取る。
「そこまでだ!!」
と、凛が叫び前に出る。
「あらあ?どうやってここまで辿り着いたのかしらあ。…まあ、いいわあ。」
「月は返して貰うぜ。」
「ふふ、ムリね。できないと思うけど。」
「へへ、今頃、白雪と六花が月を助けてる頃だぜ。」
「く、クス、あっはは!」
廻は笑いだす。
「な、何だよ、何がおかしいんだよ。」
「だってあり得ない事を自信満々にドヤ顔で言うんですもの。」
「あり得ない…だと?」
「ええ、気づかなかったかしらあ?私のトラップにい。」
「は?トラップ?罠って事だよな…。なんかあったか?」
凛は護明へ問う。
「…まさか、来る途中のあの不思議な香りは…。」
「あら、流石は天下の神野悪五郎ね。気づいたのね。」
あれは私の調合した特別な香である程度体内に取り込むとしばらく動けなくなるの。嗚呼、別に時間が経てば動けるし害もないから安心して良いわあ。」
「て、てめえっ!!」
「凛君、待つんだ。」
廻に殴りかかろうとする凛を羽交い締めにし止める。
「んだよっ!!離せっ!!」
「落ち着くんだ。言っただろう、泥田坊は田圃等の泥の妖怪。物理は効かないと。」
「っ!!だったら、白雪呼んで凍らせてもらおう。」
「その必要はない…」
言葉のする方を向くとそこには零が立っていた。
「月は自由にしたけど様子が変。…なんか操られている様な洗脳されている様な…そんなかんじ。」
「あらあら、やっと薬が効いてきたのねえ。」
「なっ!?薬…だと?一体何を月に飲ませやがった!!」
「私に忠実にいてくれる薬よお。優しい子だから他の人気にし過ぎて傷ついちゃうかもしれないじゃなあい。」
「そんな、無理矢理っ!!」
「無理矢理い?そう思う?」
「なんだと?」
「私はあの子を解放したのよお。」
「はあ?」
「だってそうでしょう?あの子は探偵になってから怪我で死にそうになったりして。」
クルクルと踊るように回りながら廻は続ける。
「探偵にばるまでは少しの怪我ですんでいたのに。そういえば、警察も嫌いだわあ?あの子を何回も犯人なんかと間違えたりして。被害者なのに、ねえ?ああ、でも皮肉にも犯人扱いは探偵になってから無くなったわねえ。ノックスに守られているのかしらあ?」
「ノックス?んだ、それ?」
「…貴女、探偵なのに知らないのお?ミステリーにはノックスやヴァンダインが付き物よお?まあミステリーのお約束みたいなものね。ノックスの7ヶ条の内に“探偵が犯人である事を禁ず”ってあるのよう。せいぜい帰って勉強しときなさあい?」
「っく、嫌味な奴だな。それよりも月!!月はっ!?」
「連れてきてる。今、六花が一緒。」
そこには苦痛の表情の月と心配そうに付き添う玖美がいた。
「月ちゃん、しっかりして!私よ、六花よ!?ねえ!!」
「うう…ろ、ろっか…六花、ちゃん?」
「あらあら、薬の効果は完璧の筈なのの…それを打ち破るなんて…。流石は主様。ふふふ♪」
廻は月へゆっくりと近づく。
「主様は覚えてて下さらないけど…それでも良いんです。私さえ覚えていればそれで…。私には貴女さまが必要なのです。あの時みたいにまた…。」
「むぐっ!?」
唐突に口付けられたかと思ったら口移しで飴が口腔内へ入ってきた。
「だけど、少し強引にし過ぎましたわ。ごめんなさい…。せめてものお詫びです。甘美な夢を見て下さい、そのキャンディで。」
そう告げると月は廻の胸へと倒れこみ意識を手放した。
「月!?て、テメエ!!月になにを!!」
「五月蝿いですわよ。眠っているだけですわ。」
「いきなり寝るかよ!」
「枕返し特性の飴ですものお。寝て夢を見る為のものう。それに私はこれで知りたいことがやっと知れるわあ。」
「知りたいこと、だと?一体…」
「そんなの決まっていますわ。彼女の願い。彼女は私にとって恩人ですの。まあ、本人は忘れいる様ですが…。私は彼女の願いを叶えてあげたいのです。」
「…ここは?」
月はすぐに異変に気づいた。
「私…透けてる?もしかして…」
「死んでないよ。」
と、唐突に声がした。
そこには1人の少女が立っていた。
「貴女は?」
「私は妖怪、枕返し。…まさかあの人が貴女に飴を使うなんて…ね。」
「枕返しって幽体離脱とかさせる能力でもあるの?」
「…あるけど、これは違うくて…。貴女、泥田坊から飴貰って舐めたでしょ。」
「貰ったと言うか強引に入れたというか…。まあ、舐めたことに変わりはないわ。それとこの状況が関係あるってこと?」
「そのキャンディーは私のようりょくが込められた特別性。舐めた人の夢の中で何でも1つ望む夢を見せられる。それで、貴女はどんな 夢、見たい?」
月はしばらく黙り込み、やがて意を決した様に口を開く。
「…1つ教えて。ここで見た夢は現実世界に影響は?」
「それはその人次第。廻みたいに行動にうつさない限りは大丈夫。」
「分かったわ。」
「それで…貴女はどんな夢を見たいの?想像してみて。その夢、夢の中で叶えてあげる。」
「んっ!」
月は目を覚ますと皆が心配そうに見ているのに気づく。
大粒の汗が額に浮かんでいた。
「月、何の夢見たんだ!!」
摑みかかる様な勢いで凛は言う。
「ちょっと、ちがうでしょ。…月ちゃん、大丈夫?」
玖美はそう言って目頭にハンカチを当ててくる。
「え?あ…。」
そこでようやく涙が出ていると知る。
「…主様、どんな夢を見せてとお願いしたですか?」
「それは…ん。」
「言えない様な内容なのですか?」
「言ったら怒られるかもって…。」
「私は怒りませんし、他の人にも怒らせません。私の願いは貴女の事を知って望みを叶えて差し上げること。教えてはくれませんか?」
「でも…。」
月はチラリと凛を見る。
(言ったら凛はどう思うのかな…。)
「皆に言いにくいのなら私に耳打ちで教えて下さいませんか?」
「……うん。」
月は廻りの耳元で内容を話す。
「っ!?主様、それは…」
「怒った?」
「いえ、怒る訳…悲しいです。…それに私がそれがいくら主様の望みでも叶えて差し上げられません。…いえ、すいません。きっと私が主様を苦しめているのですよね。」
廻は絶望にプルプルと身体を震わせ、やがて狂った様にいきなり笑いだす。
「フフ、フフフアハハ!違う!私は助けてあげれる。苦しみを与えているのは河童達!!私は今後こそ主様を幸せに出来る。私だけが!!」
そう叫びが木霊した後静寂に包まれる。
しばらくして静寂を打ち破ったのが凛だった。
「てめえ、ふざけてんのか?こいつ攫っといて幸せだあ?こいつは俺と探偵やってる方が楽しいに決まってる。なあ、月!!」
しかし月は顔色悪く黙って俯いているままだ。
「月、お前どんな夢を見たんだよ…。」
「…私の居なくなった世界。」
「は?」
月はまた黙りこんでいたが意を決してその重い口を開く。
「だって私が色んな騒動の原因なんだよ?私が行こうとか言わなければ鵺に殺されかけなかった。」
「それは違うよ。君のおかげで鵺は静まったじゃないか。」
慌てて護明は言う。
「その結果攫われて迷惑かけて…。ううん、もっと前。私が探偵になったばかりの頃、通りすがりに刺されて…。私って成長してない。誰かに迷惑かけてばかりで…。だから、私の居ない世界になったらどうなんだろう?て。平和だったよ。皆平和…。」
「馬鹿野郎!!俺を舐てんのか!?そんなに嫌なら出てけよ!!」
「っ!!」
「はい、ストップ。」
2人の間に護明が割って入る。
「おい、邪魔を」
「そこまでだよ、凛君。落ち着きたまえよ。凛君には落ち度があった。」
「はあっ!?」
「今、君は言ってはいけない言葉を口にした。それが分からないなら…君には彼女をパートナーに持つ資格はない。」
「なん…だと?いや、俺じゃなくて嫌って言ったのは月じゃないか。」
「はあ…。」
護明は露骨に大きなため息をつく。
「…さて、姫の身はしばらく預からせて貰う。しばらく会わない方が良いだろう。」
そう言って護明は月を連れて行ってしまった。
その後、廻を月の家に住まわす事で誘拐事件は幕を閉じ、凛と月は離れ離れとなった。
凛は自分を振り返って成長すること。成長を条件に月と会えることとなった。つまりそれまでは会うことが禁止にされたということ、
一方、月はその間玖美の店の手伝いと護明の紹介で大きな総合病院の受付や手伝いで働くこととなった。
この溝は深く…2人の運命の歯車が軋む音がした。
月は休みを貰って護明とデート。
月は最初事務所に居たが、護明が唐突に押し掛けて来て半ば強制的に連れ出されたのだ。
「折角、可愛いんだからもっとお洒落してもっと可愛くなろう。」
そう言う護明に連れ出され連れて来られたのは洋服やメイク道具の専門店。
「ここは私の知人のお店でね。さあ、入ろう。」
そう手を引かれ、カランっというベルの音と共に店内に入る。
「護明さんの知り合いってことは…。」
「嗚呼、御察しの通り妖怪だよ。」
2人の会話を聞いていた一人女性が一礼をする。
「私、この店のオーナーをしてます、“ろくろ首”の六花玖美(ろっかくみ)ですわ。」
「六花、この子を可愛くしてくれないか?」
護明に言われ玖美はまじまじと月を見る。
「あの…?」
ガン見されて月は恥ずかしくなってきた。
「流石護明ね。元が可愛い子を連れて来てそう言うなんて…私を試しているのかしら。良い趣味だこと。」
「元が良いからこそ磨きたいのさ。君の腕を信じているからこの此処に連れてきたんだよ。」
「ふうん?良いわ、私に任せなさい。さ、こっちへいらっしゃい。」
そう言って玖美は店の奥にある“関係者以外立ち入り禁止”と貼り紙のある扉の先へ案内してくれる。
「でも丁度良い時に来てくれたわね。今、新作の服とコスメがあってね、試して見たかった所なの。」
そう言って3着の服と沢山のメイク道具が並べられていく。
「これは六花の新作だね?」
「六花さんが作ったってことですか?」
「そうよ?私、こう見えてファッションデザイナーでもあるの。」
「六花はデザイン、製作、販売全てを自分の手で手掛けているんだ。」
「凄い…。」
しかし納得がいく。
完璧な迄に行き届いた掃除。
完璧な化粧。
完璧な品並べ。
「内装も手を全く抜いてないし、本当に凄いです。」
「そうかしら?私にとっては普通の事を普通にしてるのだけど。」
「普通に慣れると手を抜く人だって中にはいる。だからこそ普通を普通に続けるのは大変なんです。六花さんって美人だし、努力家って見てわかるし…尊敬します。」
「お、お世辞はいいわよ。」
照れているのか慌てて六花は言う。
「お世辞?」
一方、月はキョトンとしている。
本音しか言ってないのだから。
「ろ…六花ちゃんって呼んで。」
「え?でも…」
「私がそう呼んで欲しいの。」
訳が分からず、困惑しているとそれに気づいた護明が説明をしてくれる。
「玖美は気に入った子には自分のことをちゃん付けさせたがるんだ。早速気に入られるなんて流石だよ。」
「分かりました。えっと…六花ちゃん?」
試しに呼ぶと、玖美は嬉しそうに微笑んでくれた。
それから玖美は鼻歌混じりに月をメイクしていく。
メイクはナチュラルなもので、爪は綺麗に緑から青にグラデーションされたマニキュア。
「服はどれが良いかしらね。」
そう言って3着の服が並べられる。
1つはモノクロでゴシック調なもの。
1つは淡い水色と薄紫の控えめなもの。
1つはやたらとフリルのついた可愛らしいもの。
「この淡い色、とても似合いそうだね。」
そう言ったのは護明。
「そうね…私的にはこっちかしら。」
そう言って玖美はゴシック調の服を手に取る。
と、ー。
「どっちも似合わないっ!!」
月の後ろから急に叫び声が聞こえた。
振り返ると見知らぬ妖艶な女性が立っていた。
「もっと全体的に暗い色…ああ、紫が似合うわ。そう、私の髪の色の様に。」
「お客様…申し訳ありませんがここは関係者以外立ち入り禁止ですので…」
「あら、私は関係者よ?私の愛しい人がここに居るんですもの。」
「はあ?」
玖美は護明を睨む。
「私に用かな?」
「貴女に用なんてありませんわ。」
ぴしゃりと言い切られる護明。
「ふふ、女性にモテモテの貴女でもフラれる事あるのね。」
玖美はそう笑う。
「嗚呼…私の主様。」
そう言って女性は月へと抱きつく。
「あの…貴女は一体?」
「貴女の恋人、ですよー。」
「…ごめん、初めて会ったと思いますけど。」
「あら、お会いしましたよー、私は。」
「え?」
(私が覚えて無いだけ?)
「枕返しちゃんに頼んで夢の中で何度もデートしました。」
「んん?」
(どういう事?枕返しって?)
「枕返しというのは妖怪で、人の夢等を操作するんだよ。その枕返しがもしも悪い奴ならそのまま魂を抜いてしまうから注意が必要だけれどね。」
そう護明が説明をしてくれようやく月は理解した。
つまり、この女性は枕返しに月と一緒にいる夢を見せて貰ってすっかり恋人気分になっているわけだ。
「なるほど…。でも私からしたら初対面なわけで。」
「一度話した事もあるのですが…。あら、私とした事が申し遅れましたわ。私、妖怪の泥田坊です。」
「ご丁寧にどうも。私は月です…?」
相手がどこまで自分の事を知っているのかが分からなくてつい疑問形になってしまう。
「えっと…名前は?」
「泥田坊ですってば。」
「妖怪名じゃなくて…。」
「ああ、種族じゃなくて普通の名前ですね。私は泥田廻(ひじためぐり)。以後、お見知りおきを。クスクス」
そう笑いながら月に手を差し出すがそれを玖美が制止する。
「ですから今は私がこの子に用事がありますのでお引き取りを。」
「何よ…私の主様を勝手に着せ替え人形にして遊んで!!」
いきなり廻は怒り出す。
と、ー。
「きゃっ!?」
月の悲鳴があがる。
廻はいつ間にか月の背後に居て月を抱き抱えていた。
「嗚呼、可愛そうな主様。もう誰の手も届かない所にお連れしてお護りしなきゃ。大丈夫、私が護ってあげますからね。」
「え?いや、それは困…ちょ!?」
廻の腕の中から離れようともがくが彼女の身体は沼の様になっていてもがけばもがく程彼女の身体に埋まっていく。
「それではご機嫌よう。」
廻はそのまま月を連れ姿を消した。
「すまない…私が付いていながら月が誘拐されてしまった。」
護明と玖美は凛のいる事務所へ行きそう告げた。
そこには電話で集められた湊と聖もいる。
「な、ん…っ!!」
突然の事に凛は絶句している。
「誘拐犯は泥田坊の泥田廻。どうやらストーカーね。それも超重度の…。」
「スカート?」
凛が定番のボケをかますと湊からど突かれる。
「ストーカーだ、たわけ。…しかし、泥田坊とは厄介だな。」
湊はため息をつく。
「なんでだよ?そいつ見つけてぶっ飛ばして月を取り戻しゃ良いんだろ?」
「無理だ。」
ピシャリと言い切られる。
「そうだね。そもそもそれが出来るなら私はこうして皆を集めてここには居ないさ。力尽くでも彼女を取り返しに乗り込んださ。」
護明がそう言う。
「どういうことだ?」
「つまりだ、泥田坊には物理攻撃は全く効かない。彼女は田んぼの泥の様な身体。例えるならそう、沼そのもの。沼に拳を入れても意味がないだろう?それと同じだ。」
「じゃあどうすんだよ?」
「様は沼に出来なくすれば良い。液体を固体にすれば動きが封じられる。まあ、攻撃が効くかは分からんが放っておけば泥にでも沼にでもなって消えてしまう。なら動きを封じてしまえば良い。」
「そうね、なら雪女なんてどう?凍らせてしまえば良いのよ。」
聖の提案に頷く護明。
「それが良いだろう。私や凛ちゃんが囮になって泥田坊の気を引く。その間に雪女には凍らせて貰って聖さんが月を取り戻してくれれば完璧かな。適材適所に考えればこんな感じの配置かな。」
「私は良いと思うわ。でも、月ちゃんと泥田廻の居場所が分からないと何も出来ないわよ?」
聖の一言で沈黙になる。
最初に静寂を打ち破ったのは玖美だった。
「それならアテがあるわ。」
皆驚いた顔で玖美を見る。
「早く連れてってくれ。…いや、違うな。俺には別の役割があるから…。だから頼む、少しでも早く助けてやりてえんだ。」
「へえ、冷静になれるようになったんだね。そうだね、囮に徹してしてくれると助かるな。但し、危ない時は引くよ。君が怪我したら姫が悲しむからね。」
「ああ、分かった。」
「それで、アテというのは?」
聖は話をを戻す。
「私の小さな可愛いお客様よ。」
玖美はそう微笑むのだった。
「玖美ちゃん、お店居ないから心配したのー。」
お店に戻るとその小さな可愛いお客様は居た。
そのお客様は前に月が召喚したすねこすりだった。
「ごめんね、ちょっとトラブルがあってね、小毱ちゃんにそのトラブルの解決のお手伝いをお願いしたいの。」
「小毬に出来ること?」
小首を傾げる小毬に遠慮がちに凛が話かける。
「えっと…俺の事覚えてっか?」
「うーんと…あ、召喚士のお姉ちゃんの横にいた人?」
「ああ、そうだ。その召喚士の姉ちゃんが六花の前で悪い奴に捕まっちまったらしいんだ。」
「小毬ちゃん、お友達に“枕返し”の子がいたわよね?その子が悪い人の居場所を知ってるかもしれないの。」
「そのお姉ちゃん、玖美ちゃんにも大切な人なんだよね。友達を疑いたくないけど…うん、分かった。小毬、夢笑(むえ)ちゃんに話聞いて貰うね。」
「う…。」
その頃月は目を覚ます。
「っ!?」
身体を動かそうと試みるが全く動いてくれない。
全身を何かで押さえつけられ、あるいは全身に錘を入れられているかの様に身体が重い。
昔似た感覚を味わった気がする。
そう、これは…ー。
「金縛り?」
「違いますわ。」
と、横にはいつの間にか泥田坊こと廻がいた。
「ごめんなさい。でもこの香は貴女の為。」
「ごめん、もっと説明してくれないと分からない、です。」
「この香はあらゆる敵から貴女を守ってくれるわ。私以外がこの香を嗅いだら嗅いでる一時的の間動きが出来なくなるのよ。結果、貴女の動きまで封じしまったけれど…。」
廻はゆっくりと月に近づき抱きしめると耳元で甘く囁く。
「心配は要りません。必要な身の回りの事は全て私がして差し上げますから。」
「わ、たし…は、そん、な…の」
香のせいか喋るのもきつく途切れ途切れになる。
「貴女は…人に関わることで不幸になっていく。」
「そんなことっ!!」
「ありますわ。貴女は優しい人だから気づかないフリをしているだけ。河童達と探偵を始めてから危険が増えて…この前なんて死にかけたでしょう?」
「それは…私が…」
「…どうして河童達を庇うのです?」
「庇って…るわけ、じゃ…」
「私だけを見ていたらこれ以上傷付かなくて良いですよね。」
廻は妖艶に微笑むとポケットから小瓶を取り出す。
「さあ、主様これを飲んで下さい。」
「っ!?」
抵抗する前に廻は口移しでそれを飲ませてきた。
「ん、っふ、う…」
飲み干してしまうと廻は宥める様に優しく月の背をさする。
「ふふ、主様は疲れているんですよ。しばらくゆっくり休んで下さい。」
微睡む意識中その言葉を聞きながら月は意識を手放した。
「夢笑ちゃん、小毬達を助けて。」
「…どういうこと?」
突然押しかけてきた小毬に唐突に助けを求められ、夢笑は困惑している。
「小毬の大切なお友達の大切な人が悪い人に連れて行かれちゃったの。見つけるのには夢笑ちゃんの協力が必要らしいの。お願い、お願い、お願い!」
「…なんで私?こういうのって警察にお願いするべきじゃないの?」
「警察には伝えてあるの。あ、私が小毬ちゃんのお友達の六花よ。私の目の前で犯人はこう言ったの。“枕返し”に頼んで夢を見せて貰ってる、と。」
「…私、色んな人から頼まれるから…。どんな人なのか分かれば…。」
「妖怪は泥田坊の泥田廻と名乗っていたわ。心当たり、ある?」
「…ああ、あの人、怖いからよく覚えてる。」
「夢笑ちゃん、その人に何頼まれたの?」
小毬の純粋な目に夢笑は返答につまる。
「それはともかく、居場所とか何か分かったりしない?」
困っている夢笑に新たな質問を投げかけ、空気を変える玖美。
「悪いけど、居場所なんて知らない。あの人、狂気に満ちてて怖いから関わりたくないもん。でも…居場所を知る為に協力することならできる、よ。」
「そうなの?協力って?」
「…今日、夜にその人が来る。私に頼んでくる望んだ夢を見られるキャンディを取りに毎週水曜にここ、来るから。私は何にも知らないフリでいつも通りにキャンディをうる。貴女達は帰っていくその人を尾行すれば良い。」
「なるほど、ありがとう。そうさせて貰うわね。」
そうしてその夜に皆で尾行して月を助けようと計画を立て始めた。
「こんばんは、枕返しちゃん。」
「…いつものでしょ?用意出来てる。」
そう言って夢笑は袋を手渡す。
「とりあえず12個入ってる。」
「ありがとう。このキャンディーは幸せの味がしてやめられないのよねえ。」
廻は嬉しそうに笑う。
「っ!!そう…それなら良かった。」
その笑顔を見て夢笑は罪悪感に襲われる。
(いや、この人悪い事してるんだから止めなきゃ。)
そうグッと堪える。
「じゃ、また来るわあ。」
去って行く廻。
その後ろには尾行する4人の陰とそれを見送る夢笑が佇んでいた。
着いた先は小さな家だった。
零がヘアピンで鍵を開け、中へと忍び込む。
しかし、入った所に廻はいない。
「確かにこの家だよな?」
「…地下室かも。ほら、ココ。」
零が指指した先には少し出っ張った床があった。
「物置きとかに使う場所だろ?」
凛がそう言いながら開けると零の言った通り地下室が広がっていた。
「俺が一番に降りる。」
そう言って凛は用心深く降りて行く。
「大丈夫みたいだ。」
凛の言葉を受け、玖美、護明、零の順に降りていく。
「で、月はどこだ。」
そう言った時だった。
「…嗚呼、月様。」
少し離れた場所で廻のうっとりとした声が聞こえた。
4人は声の方へと走る。
「ゲ、なんだ…アレ。」
凛達が見たのは縄で縛られている月。
その月にご飯を無理矢理食べさせている廻。
「それにしてもいけない子…。まさか私の“香の匂い“を消すなんて。どうやって消したのかしらあ?」
そう言って香を炊き始める。
「くっ…。」
辛そうに顔を歪める月。
(この香…催眠術みたいな効果でもあるみたい。)
「あら?怪我して…。」
月の右手の甲が血に染まっていた。
「大変、急いで手当てしましょう!!」
廻はそう言って救急箱を取りに奥の方へ走っていく。
「俺と護明はそのまま泥田坊を追いかけて足止めしに行くから月をたのんだぞ、2人共。」
「ええ、任せて。」
玖美の返事を聞くと凛と護明は走って廻を追いかけた。
それを確認し、玖美達は月の元へ走る。
「月ちゃん!!」
途中、零だけ足を止める。
「……。」
しかし、月は無言で目は虚ろだった。
「月ちゃん?助けに来たわ。さ、一緒に帰りましょう?」
「帰らない。私は…私…っ!!」
月の顔が苦痛の表情になる。
「ど、どうしたの?」
「私…っは!!」
その時立ち止まっていた零はポツリと呟く様に言う。
「その香のせい…。」
「香?」
零の指指す方を見るとさっき廻の焚いた紫色の香が妖艶な香りを放っている。
「っ!?身体が…言うこと聞かない?」
玖美がそう焦り始める。
「でも…おかしい。この香には身体の自由を奪う効果のみの筈。洗脳は出来ない。」
そう言いながら懐から防煙マスクを取り出し装着する零。
「ちょっと、知ってたなら…教えなさいよ。」
玖美は苦しそうに顔を歪める。
「ごめん…。でもこのマスク、1つしかないから言っても言わないのと同じ…。」
そう言いながら月に近づきその縄を解いた。
「もしかして…あの傷、自分で噛んだのかしら。」
廻はふとそう口にする。
「それなら…ふふ、とっても素敵だわあ。」
そううっとりと呟きながら救急箱を手に取る。
「そこまでだ!!」
と、凛が叫び前に出る。
「あらあ?どうやってここまで辿り着いたのかしらあ。…まあ、いいわあ。」
「月は返して貰うぜ。」
「ふふ、ムリね。できないと思うけど。」
「へへ、今頃、白雪と六花が月を助けてる頃だぜ。」
「く、クス、あっはは!」
廻は笑いだす。
「な、何だよ、何がおかしいんだよ。」
「だってあり得ない事を自信満々にドヤ顔で言うんですもの。」
「あり得ない…だと?」
「ええ、気づかなかったかしらあ?私のトラップにい。」
「は?トラップ?罠って事だよな…。なんかあったか?」
凛は護明へ問う。
「…まさか、来る途中のあの不思議な香りは…。」
「あら、流石は天下の神野悪五郎ね。気づいたのね。」
あれは私の調合した特別な香である程度体内に取り込むとしばらく動けなくなるの。嗚呼、別に時間が経てば動けるし害もないから安心して良いわあ。」
「て、てめえっ!!」
「凛君、待つんだ。」
廻に殴りかかろうとする凛を羽交い締めにし止める。
「んだよっ!!離せっ!!」
「落ち着くんだ。言っただろう、泥田坊は田圃等の泥の妖怪。物理は効かないと。」
「っ!!だったら、白雪呼んで凍らせてもらおう。」
「その必要はない…」
言葉のする方を向くとそこには零が立っていた。
「月は自由にしたけど様子が変。…なんか操られている様な洗脳されている様な…そんなかんじ。」
「あらあら、やっと薬が効いてきたのねえ。」
「なっ!?薬…だと?一体何を月に飲ませやがった!!」
「私に忠実にいてくれる薬よお。優しい子だから他の人気にし過ぎて傷ついちゃうかもしれないじゃなあい。」
「そんな、無理矢理っ!!」
「無理矢理い?そう思う?」
「なんだと?」
「私はあの子を解放したのよお。」
「はあ?」
「だってそうでしょう?あの子は探偵になってから怪我で死にそうになったりして。」
クルクルと踊るように回りながら廻は続ける。
「探偵にばるまでは少しの怪我ですんでいたのに。そういえば、警察も嫌いだわあ?あの子を何回も犯人なんかと間違えたりして。被害者なのに、ねえ?ああ、でも皮肉にも犯人扱いは探偵になってから無くなったわねえ。ノックスに守られているのかしらあ?」
「ノックス?んだ、それ?」
「…貴女、探偵なのに知らないのお?ミステリーにはノックスやヴァンダインが付き物よお?まあミステリーのお約束みたいなものね。ノックスの7ヶ条の内に“探偵が犯人である事を禁ず”ってあるのよう。せいぜい帰って勉強しときなさあい?」
「っく、嫌味な奴だな。それよりも月!!月はっ!?」
「連れてきてる。今、六花が一緒。」
そこには苦痛の表情の月と心配そうに付き添う玖美がいた。
「月ちゃん、しっかりして!私よ、六花よ!?ねえ!!」
「うう…ろ、ろっか…六花、ちゃん?」
「あらあら、薬の効果は完璧の筈なのの…それを打ち破るなんて…。流石は主様。ふふふ♪」
廻は月へゆっくりと近づく。
「主様は覚えてて下さらないけど…それでも良いんです。私さえ覚えていればそれで…。私には貴女さまが必要なのです。あの時みたいにまた…。」
「むぐっ!?」
唐突に口付けられたかと思ったら口移しで飴が口腔内へ入ってきた。
「だけど、少し強引にし過ぎましたわ。ごめんなさい…。せめてものお詫びです。甘美な夢を見て下さい、そのキャンディで。」
そう告げると月は廻の胸へと倒れこみ意識を手放した。
「月!?て、テメエ!!月になにを!!」
「五月蝿いですわよ。眠っているだけですわ。」
「いきなり寝るかよ!」
「枕返し特性の飴ですものお。寝て夢を見る為のものう。それに私はこれで知りたいことがやっと知れるわあ。」
「知りたいこと、だと?一体…」
「そんなの決まっていますわ。彼女の願い。彼女は私にとって恩人ですの。まあ、本人は忘れいる様ですが…。私は彼女の願いを叶えてあげたいのです。」
「…ここは?」
月はすぐに異変に気づいた。
「私…透けてる?もしかして…」
「死んでないよ。」
と、唐突に声がした。
そこには1人の少女が立っていた。
「貴女は?」
「私は妖怪、枕返し。…まさかあの人が貴女に飴を使うなんて…ね。」
「枕返しって幽体離脱とかさせる能力でもあるの?」
「…あるけど、これは違うくて…。貴女、泥田坊から飴貰って舐めたでしょ。」
「貰ったと言うか強引に入れたというか…。まあ、舐めたことに変わりはないわ。それとこの状況が関係あるってこと?」
「そのキャンディーは私のようりょくが込められた特別性。舐めた人の夢の中で何でも1つ望む夢を見せられる。それで、貴女はどんな 夢、見たい?」
月はしばらく黙り込み、やがて意を決した様に口を開く。
「…1つ教えて。ここで見た夢は現実世界に影響は?」
「それはその人次第。廻みたいに行動にうつさない限りは大丈夫。」
「分かったわ。」
「それで…貴女はどんな夢を見たいの?想像してみて。その夢、夢の中で叶えてあげる。」
「んっ!」
月は目を覚ますと皆が心配そうに見ているのに気づく。
大粒の汗が額に浮かんでいた。
「月、何の夢見たんだ!!」
摑みかかる様な勢いで凛は言う。
「ちょっと、ちがうでしょ。…月ちゃん、大丈夫?」
玖美はそう言って目頭にハンカチを当ててくる。
「え?あ…。」
そこでようやく涙が出ていると知る。
「…主様、どんな夢を見せてとお願いしたですか?」
「それは…ん。」
「言えない様な内容なのですか?」
「言ったら怒られるかもって…。」
「私は怒りませんし、他の人にも怒らせません。私の願いは貴女の事を知って望みを叶えて差し上げること。教えてはくれませんか?」
「でも…。」
月はチラリと凛を見る。
(言ったら凛はどう思うのかな…。)
「皆に言いにくいのなら私に耳打ちで教えて下さいませんか?」
「……うん。」
月は廻りの耳元で内容を話す。
「っ!?主様、それは…」
「怒った?」
「いえ、怒る訳…悲しいです。…それに私がそれがいくら主様の望みでも叶えて差し上げられません。…いえ、すいません。きっと私が主様を苦しめているのですよね。」
廻は絶望にプルプルと身体を震わせ、やがて狂った様にいきなり笑いだす。
「フフ、フフフアハハ!違う!私は助けてあげれる。苦しみを与えているのは河童達!!私は今後こそ主様を幸せに出来る。私だけが!!」
そう叫びが木霊した後静寂に包まれる。
しばらくして静寂を打ち破ったのが凛だった。
「てめえ、ふざけてんのか?こいつ攫っといて幸せだあ?こいつは俺と探偵やってる方が楽しいに決まってる。なあ、月!!」
しかし月は顔色悪く黙って俯いているままだ。
「月、お前どんな夢を見たんだよ…。」
「…私の居なくなった世界。」
「は?」
月はまた黙りこんでいたが意を決してその重い口を開く。
「だって私が色んな騒動の原因なんだよ?私が行こうとか言わなければ鵺に殺されかけなかった。」
「それは違うよ。君のおかげで鵺は静まったじゃないか。」
慌てて護明は言う。
「その結果攫われて迷惑かけて…。ううん、もっと前。私が探偵になったばかりの頃、通りすがりに刺されて…。私って成長してない。誰かに迷惑かけてばかりで…。だから、私の居ない世界になったらどうなんだろう?て。平和だったよ。皆平和…。」
「馬鹿野郎!!俺を舐てんのか!?そんなに嫌なら出てけよ!!」
「っ!!」
「はい、ストップ。」
2人の間に護明が割って入る。
「おい、邪魔を」
「そこまでだよ、凛君。落ち着きたまえよ。凛君には落ち度があった。」
「はあっ!?」
「今、君は言ってはいけない言葉を口にした。それが分からないなら…君には彼女をパートナーに持つ資格はない。」
「なん…だと?いや、俺じゃなくて嫌って言ったのは月じゃないか。」
「はあ…。」
護明は露骨に大きなため息をつく。
「…さて、姫の身はしばらく預からせて貰う。しばらく会わない方が良いだろう。」
そう言って護明は月を連れて行ってしまった。
その後、廻を月の家に住まわす事で誘拐事件は幕を閉じ、凛と月は離れ離れとなった。
凛は自分を振り返って成長すること。成長を条件に月と会えることとなった。つまりそれまでは会うことが禁止にされたということ、
一方、月はその間玖美の店の手伝いと護明の紹介で大きな総合病院の受付や手伝いで働くこととなった。
この溝は深く…2人の運命の歯車が軋む音がした。
0
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
春に狂(くる)う
転生新語
恋愛
先輩と後輩、というだけの関係。後輩の少女の体を、私はホテルで時間を掛けて味わう。
小説家になろう、カクヨムに投稿しています。
小説家になろう→https://ncode.syosetu.com/n5251id/
カクヨム→https://kakuyomu.jp/works/16817330654752443761
AV研は今日もハレンチ
楠富 つかさ
キャラ文芸
あなたが好きなAVはAudioVisual? それともAdultVideo?
AV研はオーディオヴィジュアル研究会の略称で、音楽や動画などメディア媒体の歴史を研究する集まり……というのは建前で、実はとんでもないものを研究していて――
薄暗い過去をちょっとショッキングなピンクで塗りつぶしていくネジの足りない群像劇、ここに開演!!
月弥総合病院
僕君☾☾
キャラ文芸
月弥総合病院。極度の病院嫌いや完治が難しい疾患、診察、検査などの医療行為を拒否したり中々治療が進められない子を治療していく。
また、ここは凄腕の医師達が集まる病院。特にその中の計5人が圧倒的に遥か上回る実力を持ち、「白鳥」と呼ばれている。
(小児科のストーリー)医療に全然詳しく無いのでそれっぽく書いてます...!!
〈社会人百合〉アキとハル
みなはらつかさ
恋愛
女の子拾いました――。
ある朝起きたら、隣にネイキッドな女の子が寝ていた!?
主人公・紅(くれない)アキは、どういったことかと問いただすと、酔っ払った勢いで、彼女・葵(あおい)ハルと一夜をともにしたらしい。
しかも、ハルは失踪中の大企業令嬢で……?
絵:Novel AI
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる