魔王の右腕は、拾った聖女を飼い殺す

海野宵人

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番外編:花の子ら

みんなの姉御

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 ダリオンと養い子の平凡な日常は、ある日、人間たちによって壊された。アニスが人間に誘拐されたのだ。

 勇者による襲撃は警戒していたけれども、誘拐は完全に想定外だった。

 単身で人間たちを追ったダリオンは、無事にアニスを取り戻してきた。ただし、自分自身は大けがを負って。運よく急所を外していたからけがで済んだが、一歩間違えば命がないほどの大けがだった。

 戻ってきたときのダリオンは血まみれで、青白い顔で歯を食いしばりながらも大事そうにアニスを抱きかかえていた。あのときの姿を思い出すと、ニコルは今でもゾッとする。彼女はアニスをさらった人間たちを、決して許すことはないだろう。もしもその場に居合わせさえしたら、全員もれなく叩きのめしてやったのに。

 でもニコルの足では、きっと追いつけなかった。あの子を取り戻せたのは、ダリオンだからこそだ。

 事件の数日後、ニコルはダリオンから相談された。

「アニスにさ、自衛手段を身につけさせたいんだ」
「そうね。そろそろ魔法を教えてもいいんじゃない?」

 中型種の場合、三、四歳くらいから魔法を教えることが多い。あまり幼いうちから魔法を使わせると、十分な制御ができなくて危険だからだ。四歳であれだけの魔法を使いこなしてみせたダリオンは、例外中の例外と言える。

 アニスは成長が遅いからと、のんびり構えていた。今回はこれがあだになった。魔法が使えれば、こんなに簡単にさらわれることはなかっただろう。

「俺が魔法を教えるから、護身術を頼めるかな」
「わかったわ。自分の身を守れるようになるのは、大事だものね」
「うん」

 引き受けはしたものの、問題はアニスだった。教えるために軍の鍛錬場に誘い出してみれば、見るからに元気がない。ときどき見せる笑顔もカラ元気なのが明らかで、しばしばぼんやりとうわの空である。これでは護身術など、危なくてとても教えられない。

 どうやらアニスには、自分が人間の国の生まれだったばかりか、実は人間の子だったことが、どうにもショックだったようだ。ダリオンを殺そうとした人間たちと同族である自分が、許せないらしい。

 ニコルは鍛錬場の隅にあるベンチに、アニスを手招きした。並んで座り、少女の顔をのぞき込む。

「ねえ、アニス」
「うん」
「アニスが育った場所は、どこ?」
「ここだよ。魔国」
「そうね。つまり、あなたの故郷はここなの。人間の国じゃないのよ」

 アニスは目をそらしてしばらく考え込んでから、か細い声で質問した。

「人間の国で生まれても?」
「ただ生まれただけじゃ、故郷にはならないわ。故郷というのは、育った場所のことだもの」

 今度はもう、アニスは目をそらさなかった。じっとニコルの顔を見つめている。ニコルは重ねて質問した。

「アニスを育てたのは、誰?」
「ダリオン」
「そうよ。あなたの親は、ダリオンなの」
「でも、人間から生まれたんでしょ……」
「生んだだけで育ててなかったら、そんなのは親とは呼ばないわ」
「そうなの?」
「そうよ」

 ニコルはあえてきっぱりと断言した。

 やむにやまれぬ事情があったならともかく、親であることを放棄したなら、それはもはや親ではない。この子は遺棄されていたのだから、放棄したと見なしてかまわないだろう。事情があったかどうかなんて、ニコルの知ったことではない。

「だからね、あなたの故郷は魔国だし、あなたは立派に魔族の子なの」

 アニスは意外そうに、目をしばたたいた。それを見てニコルは微笑む。この子はもう大丈夫だ。

 そのときふと、アニスが赤ん坊の頃の光景が頭の中に蘇る。ニコルは思い出し笑いをした。

「だいたいねえ、あなた、ダリオンにそっくりよ」
「え? どこが?」

 きょとんとするアニスに、彼女が赤ん坊の頃の話を聞かせた。ソファーで昼寝したダリオンと、かごの中で寝ていた彼女が、まったく同じ姿勢だったというあの話だ。

「ほんと、そっくりなんだもの。あれは笑ったわ」

 ニコルがくすくす笑っていると、ようやくアニスもカラ元気ではない、心からの笑顔を見せた。ニコルは「さてと」と手を叩いてベンチから立ち上がる。

「じゃあ、基本から行きましょう」

 敵から腕をつかまれた場合、後ろから首を絞められた場合、など、ケース分けしながら対応を説明していく。もちろん、実技も織り込みながら。

「護身術っていうのはね、相手を倒すものじゃないのよ。相手に隙を作らせて、安全に逃げるための手段なの」
「ふうん」

 真面目に取り組みながらも、なぜかアニスは不満顔だ。何が気に入らないのだろうか。内心ニコルが首をひねっていると、やがてアニスは「ねえねえ」とニコルの説明を遮った。

「あれやりたい。バチバチってやつ」
「バチバチ……?」

 何のことか見当がつかず、ニコルは眉根を寄せて首をかしげる。するとアニスは、「バチバチってして、こうしてバーン! ドカーン!」と身振り手振りで説明した。どうやら手足に魔力をまとわせる、ニコルの戦闘スタイルを真似してみせているらしい。

「でもこれは、オークの種族スキルなのよ」
「だめなの? あれすごくかっこいい。やりたい」
「うーん……」

 無理だとわからせるためには、やらせてみせるのが一番早いだろう。そう思ってやり方を説明したのに、驚いたことにアニスは一度の説明で見事にやり方をのみ込んだ。生まれが人間だからなのか、種族の垣根を簡単に越えてしまった。

 これに焦ったのはニコルのほうだ。

「これはね、女の子の戦い方じゃないから」
「なんで? かっこいいのに、男とか女とか関係ないでしょ」
「でも、男なら『頼れる兄貴』って言われるのに、女だと『百獣の女王』とか言われちゃうのよ」

 諭したつもりが、逆にアニスは「百獣の女王なんて、かっこいい!」と目を輝かせる。

「ゴリラとかも言われちゃうのよ?」
「ゴリラはひどい」
「でしょう?」
「でも、かっこいいよ。もうやり方覚えちゃったもん。いいでしょ?」

 ここでニコルは腹をくくった。ここでだめだと言えば、きっとこの子は隠れて真似しようとするに違いない。だが中途半端にパワー型の真似をするのは、とても危険だ。どうせやるなら、とことん突き詰めたほうがいい。一撃必殺、「やられる前に沈める」のがパワー型の真髄なのだ。

 アニスは乾いた砂が水を吸い込むように、貪欲に戦闘術を覚えていった。まるで生まれながらのオークの子のようだ。

 この子はあまり戦術には興味がない。そんなものより、パワーでごり押し一択。そして、それが通用するだけのパワーを追求した。アニスには、ありあまる魔力がある。それを余すところなく手足にまとわせるべく、ニコルにも真似できない方法で魔力の密度をぐんぐん上げていった。

 その結果、おそろしいことにニコルをはるかにしのぐパワーを手に入れてしまったのだった。もはや歩く爆弾である。護身術を教えたはずだったのに。

 そしてどうしたわけか、その頃からニコルは職場で「姉御」とか「あねさん」と呼ばれることが増えてきた。言い出したのは、国境警備のゴブリンたち。どうにも腑に落ちず、ニコルは「姉御」と呼びかけてきた警備隊員に尋ねてみた。

「なんで私が『姉御』なの?」
「頼れる姉御だからです!」
「アニスもそう言ってた!」

 なるほど。言い出しっぺはアニスだったのか。きっとあのときの会話を覚えていて、よかれと思って見習い研修あたりで話したのだろう。アニスの気持ちはうれしく思う。だけど──。

「あねさん!」
「姉御!」

 どうしよう。あまりうれしくない。
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