お母さん、私、恋したよ!

藤堂慎人

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治療開始 10

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 その夜、母は父に病院でのことを話した。
「あなた、今日、病院の先生からさくらのことでお話があったの」
「それで?」
「さくらの治療、今、副作用が出ているということだった。でも、ガンの進行は止まってないと言われたわ。そうなるともっと強い薬を使うか、他の方法との併用も考えなければならないそうよ。もともと今の方法を取ったのはさくらの将来のことを考え、できるだけ身体を傷付けたくないということからだった。でも、薬で進行を止めることができないなら、と言われ、私、返事ができなかった」
「・・・そうだろう。俺がその立場でもすぐに返事はできない。さくらがもっと大人で、結婚もしているというなら相談すべき相手も多くなるだろうし、本人の考えもあるだろう。今はウェルナー症候群のことは別だが、ガンのことは伏せてある。そこに現在の病気と治療のことを知ったら、これまで頑張ってきたメンタルが一気に崩れるかもしれない。確かにさくらは強い娘だ。これまでも弱音を吐かなかった。でも、それは俺たちや周りへの気づかいが合ったからだと思う。俺も親だ。娘のことは自分なりに知っているつもりだ。悪い言い方をすれば、さくらは物事を抱え込んでしまっているところがあると思っている。感情をもっと出したらいいのにと思うこともあったが、そういうことはしなかった。それだけに、本当のことを知ったらと思うと・・・」
 父はここまで話すと言葉が出なくなった。顔をしかめるような感じになっているが、それは涙をこらえているからだ。母も話を聞きながら涙目になっている。それをお互いに隠そうとしているようだが、心境は同じなので隠しようはない。
 しばらく沈黙が続いた。
 その後は母が口を開いた。
「私、毎日、さくらのところに行っているでしょう。最近、さくらの様子がちょっと違うの」
「違うって?」
「悪いほうにじゃないの。クラス委員の坂本君という人が時々見舞いに来てくれているの。入学当初、さくらに対するいじめのようなことがあったじゃない。その時色々助けてくれた子なの。さくら、どうもその子のことが好きなようで、坂本君が見舞いに来てくれた時はとても明るいの。体調が思わしくない時も来てくれた時には元気になるの。この前の見舞いの時、2人っきりにしたの、とは言っても病院内なので誰かはいるけど、私はいなかったの。離れてそっと見ていたけど、坂本君もまんざらではないのかなって思って見てた。もしかすると同情からかもと考えてしまうけれど、さくらはとても嬉しそうだった」
「・・・そうか。さくらにとって心の支えになっているのかもしれないな」
「そうなの。私たちは親としてさくらを支えているつもりだけど、年頃の娘。自分が心を寄せる人が近くにいてくれたら、私たちでは手の届かないところで支えてくれるかもしれないって思った」
「うぅん。そうかもしれないが、その坂本君の立場や考え方がある。俺たちが一方的にそういう役目を押し付けるわけにはいかない。話をするにも慎重にしなければ見舞いにすら来なくなるかもしれない。そうなった時のさくらの心情を考えたら、なかなか踏み出せないな」
「じゃあ、どうするの? 坂本君がさくらの心の拠り所だとしたら、そして坂本君にも同情以上の気持ちがあるとしたら・・・」
「仮定の話ではまとまらない。俺が言っているのはこちらの都合だけでは物事は進まない、ということなんだ。こういうことは仕事でよく経験しているが、こちらの都合だけであれば単なる押し売りになってしまう。そして良い結果にはならない。そういう経験から言っているんだ」
「あなたは仕事をしているからついそういったビジネス的な視点からものを言うんでしょうが今、話しているのは仕事のことじゃないの。私たちの娘のことなのよ。そんな他人事のような言い方はしないで」
 母は父の言葉や考え方に対して怒りを露わにした。そのことが再び2人の間の静寂を誘った。
 しばらくしてまた母が口を開いた。
「・・・ごめんなさい。ちょっと感情的になってしまった。私たちが喧嘩していてはさくらのためにならないわね。明日、また坂本君が見舞いに来るっていうことだけど、私、それとなく彼に聞いてみる。それと先生ができればあなたにも来てほしいっていうことだったけど、大丈夫?」
 そう聞かれた父はスマホを取り出し、スケジュールを確認した。
「明日、午後2時からなら少し抜けられそうだ。そこで先生と話そう。それから坂本君も来るなら、ちょっと話せないかな」
「・・・できると思うけど。いきなりあなたから話があるなんて言われると彼も緊張すると思うけれど・・・」
「それはそうだ。いきなり娘の男親が出ていくなんてなると緊張するからな。坂本君には少し気の毒だけど、理由を話せば理解してくれるかもしれない。もし、そのことで彼が見舞いに来なくなったらその分、別の方向から俺がサポートする。具体的に何ができるかは今は分からないが、相手のニーズに応えるということは仕事でやっている。また仕事に置き換えてしまったけど、俺たちは親だ。その責任は果たさなくちゃいけないし、そういうことだけじゃなくて可愛い娘のため、というのが一番だがな」
 父のこの言葉で母の表情も緩んだ。
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