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第1章
第1話
しおりを挟む「…ったぁ……」
人混みを歩いていて、何か硬いものにぶつかった。びっくりして顔を上げると、ぶつかったのは人の胸板だったことに気づく。
「こめんなさい……!」
「あ?なんだこいつ?」
《なんか姉貴みたいな匂いがするな。女か?》
緑色のネクタイを着けている。まずい、2年生だ。
しかもヤンキーっぽい人。心の中で泣きながら、反射的に謝罪の言葉が出てくる。
─────え?
同じ声なのに違うことを言っている…?
突然の出来事に頭が混乱する。俺はついに幻聴まで聞こえるようになったのか?
考えている間にも人はどんどん押し寄せてくる。とりあえず、距離をとろうと一歩下がると誰かの足を踏んでしまった。
「…っ!すみま──」
バランスが崩れて後ろに倒れる。こんなとこで転んだら迷惑だよな、と思いながら強く目を瞑る。
けれど、しばらくしても身体に痛みはなかった。恐る恐る目を開けると、先ほどとは別の2年生の顔が目の前にあった。
「おっと、大丈夫?」
《なにこの子。肌も白いし、腰ほっそ》
「…え」
さっきの鋭い目つきで睨みを利かせている先輩とは対照的に、優しくて穏やかな表情だ。
それに本日二回目の幻聴。俺、疲れているのかな。
****
俺、綾瀬 遙真は昔から人に話しかけるのが苦手だった。なにせ、話しかけた相手は俺をじっと見て黙り込んだり、急に話し方がたどたどしくなるからだ。なにかおかしなところでもあるのかと訊ねると、「大丈夫だよ」とか「ううん、こっちの問題だよ」と答えて、みな逃げるように去っていく。
かといって、俺は一匹狼になるメンタルは持ち合わせていないので、学校生活のほとんどを幼なじみの藤原 千隼と神崎 奏多と過ごしている。親同士が知り合いで幼い頃からよく遊んでいたため、二人とは普通に話せる仲なのだ。
俺がみんなから嫌われていることは重々承知しているので、クラスメイトとは必要最低限のやりとりしかしないし、なるべく目を合わさないよう心がけている。
千隼と奏多とは別のクラスだから、休み時間しか会えないのが心苦しい。
そして今日もいつものように千隼と奏多と一緒に食堂へ向かう。
「かなー!とうまー!早くしないとカツカレー売り切れるー!」
「もう少しゆっくり歩いてよ、千隼」
「遙真、大丈夫か?」
人混みで千隼を見失いそうになるが、なんとか奏多の袖を掴み、後ろをついて行く。千隼は可愛らしい見た目に反して、食事はがっつりとしたものを取る。特に千隼の好物が出るときはいつもより早く食堂へ向かう。
けれど、カツカレーを狙っているのは千隼だけではない。人気メニューの日は男子高校生たちが我先にと食堂へ進んでいく。
そろそろ俺の腕が限界だ。もう人の流れが落ち着いてから行こう、と決心したところで冒頭へ戻る。
****
「………ありがとう…ございます?」
「どういたしまして」
《近くで見たらやばい。可愛すぎる》
優しそうな先輩が爽やかに微笑む。俺みたいな陰キャとは違い、陽キャの王子様スマイルだ。奏多もクール系の整った顔だけど、愛想がないせいか少し冷たく見えてしまう。奏多がこんなふうに笑ったらもっとモテるだろう。練習させてみるか。
いや、そんなことより今は幻聴の方が問題だ。今度の休みに耳鼻科に行こう。
「先輩、もう大丈夫です」
そう言って、先輩に手を離してもらう。だんだんと人の流れも落ち着いてきた。
「あぁ、ごめんね」
「いえ、助かりました。改めて、ありがとうこざいます」
隣にいる不良っぽい先輩にも、一応視線を向けて感謝を伝えた。
ピコンとスマホのバイブ音が鳴る。そういえば奏多に何も言ってなかった。心配してるだろうな。
「ではこれで失礼しますね」
食堂へ向かおうと一歩踏み出す。カツカレー売り切れちゃったかな。
「待って」
優しそうな先輩に腕を掴まれる。あれ?もしかして目をつけられた?おずおずと振り返ると不良の先輩が言った。
「お前…名前はなんて言うんだ?」
俺、なんかした?やらかしたか?名前を聞かれるって相当やばいやつじゃないか?
「こらこら、後輩には優しくしないと。俺の名前は橘 司、こっちは不破 春樹。よろしくね」
「えと…綾瀬遙真、です」
「遙真か…なんか聞いたことあるな」
不破先輩は俺をじろじろと見つめ、隣の橘先輩は呆れたような様子で不破先輩の肩をたたく。とりあえず、橘先輩のおかげでカツアゲされることはなさそうだ。
奏多とはぐれてから五分くらい経ったのだろうか。ポケットのスマホからブーブーとバイブ音が聞こえる。さっきはメッセージだったけど、今回は電話だ。
「友達を待たせているのでもう行きますね。ありがとうこざいました、橘先輩、不破先輩」
「うん。またね、遙真」
「あぁ」
俺が軽く頭を下げると、橘先輩はバイバイと手を振って、不破先輩は初めよりは柔らかい表情で見送ってくれた。そしてやっと俺は食堂に向かった。
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