元聖女の言霊使い? いいえ、ただの雑貨屋です〜鑑定と称してガラクタをレアアイテムに変えて困っている人を救っていますが聖女じゃありません〜

カイシャイン36

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元聖女の雑貨屋と堅物騎士団長

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 王都の外れに佇むとある雑貨屋。

 そこは若い女性が一人で経営している。

 名はロベリア・ビクトリア。

 黒いローブに身を包み、先っぽのくたびれた三角帽子。どこか曰くのありそうな紋様の描かれたアクセサリー。

 その風貌から誰とも言わず「魔女」なんて呼ばれていた。

 店に並んでいるものは多岐にわたり薬に軟膏、薬草。それ以外には切り出した鉱石のようなもの、それを加工したパワーストーン類などなど。

 他には鑑定士もやっているそうで「鑑定受けたまります」という看板が軒下に立てかけられている。

 店主の風貌が変わり者以外は何の変哲も無い雑貨屋。

 しかし、この店にはちょっとした「都市伝説」があった。

 贋作と断定された代物でも、ここで鑑定してもらうと真作となって戻ってくる……という噂だ。

 偽物が本物に変わる――

 そんな荒唐無稽な話、あるわけない……誰かが流布したデマだろう。一般の人間には、そのくらいの認識でしかなかった。

 そんなの雑貨屋に一人の少年が訪れた。


「……っ」


 非常におどおどした様子でおっかなびっくり周囲を見回しながらの入店。

 彼は何かを大事に大事に手のひらで包んでいた。

 その少年の視線の先に件の魔女、ロベリアがいた。

 装飾品の作成中か革紐を丁寧に組んでいる。


「……あら?」


 少年に気がついた彼女はその手を止めて彼を見やる。


「何か用かしら?」


 少年は固唾を飲み込んだあと、意を決して伝えた。


「こ、これを鑑定して欲しいんです」


 少年が大事そうに出したのはとある薬草だった。

 赤みがかった薬草をロベリアは興味深そうに覗き込んだ。

 少年はおっかなびっくりな様子で彼女の眼前にその薬草を突き出した。


「うわっ、ちょ……どうしたの少年?」


 勢い余って顔にぶつかりそうになるが少年の焦りが見て取れ、ロベリアは怒ることなく小さく微笑む。

 少年は泣きそうな顔でロベリアを見つめた。


「これ、アメジストハーブ……の、はずなんです」
「の「はず」?」
「あ、えっと、これでお薬を宮中薬師の方に作ってもらおうと依頼したんです。でも……」
「でも?」
「お城の人に「これは偽物だ」って言われたんです」
「なるほどね」
「なんとか入荷したと聞いて、お金を多めに払って買ったのに偽物だってのが信じられなくて」
「それで私の所に駆け込んだってわけね」


 少年は首が取れそうな勢いで頷いた。


「はい! はい! 噂でこの雑貨屋は誰も見抜けなかった本物を見抜くスゴイ鑑定士さんがいると聞いて! ほ、本物ですよね! これ! お城の人も忙しくて見抜けなかったんですよね、ね!」
「落ち着きなさい、少年」

 ロベリアは切れ長の目をゆっくりと瞑り、少年の方を改めて見やった。


「申し訳ないけれども、なぜお薬が必要なのかしら」


 少年は伏し目がちにこう答えた。


「お、お母さんが病気なんです。アメジストハーブを使わないと治せないそうで、これがないと僕は僕は……」


 「ふむ」と唸り魔女は少年の手下役を手に取った。

 近くで見ると葉の光沢はくすんでおり赤みも少し弱い。

 ロベリアの知るアメジストハーブとは程遠い赤み。


「ただの保存状態が悪い香草にしか見えないわね」ボソリ


 ロベリアは少年に聞こえない小さな声で呟いた。


「巷では偽物の稀少薬草で大金をせしめる悪徳商人がいると聞くけど……こんな子供にまで触手を伸ばしているとはね」ボソリ


 その非情ぶりにロベリアは嘆息し手にした偽物の薬草を強く握った。


「あ、あの、やっぱ、偽物、なんですか?」


 力ない少年に彼女は柔らかい笑みを向けてあげる。

 それはまるで聖母のように暖かい微笑みだった。


「残念ながら、これはアメジストハーブではないわ」


 笑顔でそう告げるロベリア。

 一縷の望みを絶たれた少年は愕然とした表情で肩を落とした。本当に本当にショックのようで顔から血の気が引いている。

 だが、その少年の様子を見届けた後、ロベリアは顔を近づけこう続けた。


「これはね、もっと貴重な物よプレミアムアメジストハーブね」
「え? プレミアム?」
「そう、稀少だからよく間違えるのよね~。ここ見てみなさい、この光沢、そして葉脈の赤さを」


 彼女がそう言って薬草を指さすと、心なしか先ほどよりも輝きが増しているではないか。

 驚く少年の顔を楽しそうに見やりロベリアは続ける。



「だからお城の人は違うって言ったんじゃないかしら? ちょっとした鑑定書を書いてあげるから、これを持ってお城の人に伝えなさい」
「あ、あ……」
「わかった?」
「ありがとうございます! あの、お代は」


 少年は小さな財布を取り出したがロベリアはそれを制止した。


「お題はいいわ、貴重なものを見せてもらったから。お母さん早く良くなると良いわね」 
「あ、ありがとうございますっ!」

 地面に額をぶつけるくらいの勢いで頭を下げ、少年は何度も何度もお礼を言いながら雑貨店を後にしたのだった。




 その後日。

 古びたマントを羽織った男がロベリアの雑貨屋に現れた。

 黒髪で端整な顔立ち。

 マントの下には肩に赤いストライプが走る軍服が見え隠れする。

 先日の少年とは全く別、威圧感を放つ来客だった。

 入店するや否や、アクセサリー制作作業をしているロベリアに話しかける。


「雑貨屋、少々聞きたいことがある」
「……ウチじゃホレ薬なんて売ってませんよ」
「あいにく色恋は興味なくてな」
「では何でしょう?」
「用があるのは店主の鑑定の腕前だな」


 そう言って男は赤い薬草の欠片を机の上に置いた。

 それは先日少年が持ってきた「プレミアムアメジストハーブ」の一片であった。


「これが何か?」
「店主、君が鑑定したらしいな。プレミアムアメジストハーブだと」


 ロベリアはニヤリと笑った。


「間違ってなかったでしょ?」
「ああ、間違ってはいない。だが確実に俺が見た時は放置しすぎて赤みがかった香草だった。しかしどういうことか、次に持ってきた時には、ただの香草が光沢を放つプレミアムアメジストハーブに早変わりだ」
「はぁ、それはそれは」
「お前、どんな手を使った?」


 男は手近な椅子に座ると腕を組んでロベリアを睨んだ。


「なるほど、やはりお城のお方でしたか」
「グレイだ。グレイ・カッシュ」
「これはこれは、王国騎士団の団長様ではないですか。ご高名はかねがね」
「お前の話噂も聞いてるぞ雑貨屋」


 睨むグレイにロベリアは余裕の態度だ。


「おや、美人と評判ですか」
「いや、風体に関しては気味悪いと評判だ……おっと」


 ついうっかり見聞きしたことを包み隠さず話してしまうグレイ。

 ロベリアの余裕の態度に若干の陰りが見えた。


「いや、すまない、見てくれのことを貶しにきたわけではないんだ」
「謝らないでくださいよ……いや、あえて外連味出してるんですよ、あえて」


 コホンと咳払いをしてグレイは本題に戻る。


「君に鑑定を任せたら別物レベルで価値が上がったとよく聞く……いったいどんな手を使っている?」
「私はただ鑑定しただけですよ。もしプレミアムアメジストハーブと見抜けず、鑑定を間違えて恥をかいたことをお怒りならお門違い。そちらに落ち度があるのでは?」
「わざわざ非番の日に文句を言いに出向くほど非生産的な男ではない。腑に落ちないことが多すぎる」
「腑に落ちない?」
「あぁ、君が鑑定品の価値を低く見積もって安価に買い取ったり、こっそり安物とすり替えたとなれば話は分かりやすいのだが」
「なるほど」
「しかし、君はどちらかというと逆。この店に鑑定してもらうと価値が上がると専らの評判だ……目的はいったい何だ?」


 凄まれてもロベリアは涼しい顔だった。


「ご安心ください、騎士団や薬師の方の評判を下げようという意図はありません」
「その言葉、信じていいのか?」


 彼女は片目を瞑っておどけてみせた。


「ふふ、私は忠実に仕事をしているだけです」


 のれんに腕押しと思ったか、これ以上は何も出ないと察したグレイは


「騎士団の目から逃れられると思うなよ雑貨屋……いや魔女ロベリア」
「仕事熱心な騎士様もいるのね……あら?」
「ん?」


 グレイが立ち去ろうとしたその時だった。

 彼と入れ替わるように、一人の男が現れた。

 精悍な騎士団とは真逆、ゆるんだ体型に少々薄くなった頭髪。貴金属で身を飾っており目立ちたいという承認欲求の塊が服着て歩いてる様な出で立ちだった。


「おっと、失礼」
「ふん」


 ぶつからないように避けたグレイにこの悪態。見た目も態度も下品のようだ。

 その身なりと不遜な態度にグレイは何者か気がつく。


「あれはラドン商会の頭取ビスコ?」


 成金で有名だが、その辣腕はかなり有名。

 詐欺的な手法で民衆から金を巻き上げ、有力者に賄賂を渡し盤石な地位を築いた……

 王都評議会と騎士団はその詐欺に対する法を制定したり取り締まりを強化しても、また新手の詐欺で金を巻き上げ……とまぁいたちごっこの間柄であった。

 そんな下郎がロベリアの店にわざわざ現れたことにグレイはきな臭く思う。


「もしや魔女が詐欺を片棒担いでいるのか」


 不信に思ったグレイは帰るフリをして窓の外に身を潜め店内の様子を伺っていた。


「ふん、汚い雑貨屋だ」
「その汚い雑貨屋に何のご用でしょう?」


 ビスコはドカッと椅子に座るとロベリア睨みつける。


「どんな手を使った」
「何のことでしょう」
「あのガキに売りつけたハーブだよ」


 貧乏揺すりをしながらビスコは続ける。


「あれがプレミアムアメジストだと!? 日焼けした香草が!? 王国の人間を騙すとはどんな手腕を使ったんだ? まさか慈善事業が好きなわけあるまい」


 ロベリアは冷たい眼差しでビスコを一瞥した。


「では、貴方の商会は偽物と知って売りつけたのかしら」


 ビスコは近くの壁をドンと力強く叩き、威嚇しながら答えた。


「目利きも出来ないガキを騙して何が悪い! さぁ! どんな手を使ったか言え!」


 その様子をグレイは眉間にしわを寄せ耳を傾けていた。いますぐ捕まえてぶん殴りたい衝動に駆られたがロベリアとの関係、そしてロベリアの「手段」が気になって仕方が無かったのだ。

 ロベリアは見透かしたように笑っていた。


「つまり、こういうことなんですね。薬欲しくて困っていた少年に偽物を売りつけた。そうやって小銭を稼いでいる……人の命がかかっているのに」
「はん! 下人の一人や二人、死のうが気にすることではない。流行病で命を落とすなんて普通のことだろう」


 ロベリアは少し黙り込んだあと嘆息混じりで続ける。


「貴方の普通に興味は無いわ。プレミアムアメジストだったと見抜けなかったそちらの目が節穴だった……それだけよ」
「そんなわけあるか! 日焼けしたハーブと稀少な薬草ぐらい見てわかる! 私を誰だと思ってる!」
「インチキでのしあがった小悪党、ラドン商会のビスコさんでしょ?」
「何?」
「半端な詐欺師は無駄に身を滅ぼすだけですよ」
「お前、夜道に気をつけろよ……」


 すごむビスコ。

 ロベリアは涼しい顔をしていた。


「ビスコさんこそ、お足元に注意してください。その靴、古くてもうボロボロですから」


 その言葉にビスコは口元を吊り上げた。


「節穴なのはお前の方だ雑貨屋、この高級ビンテージの靴を……」
「それ、しっかり手入れがなっていないじゃないですか。いくら高級でもそれじゃただのボロ靴ですよ」
「は、そんなハッタリ――」


 きびすを返して退店しようとしたビスコ。

 すると、彼のつま先がパカっと割れ靴紐がブチリと切れた。

 ドシン! と跳ねるようにビスコは転んだ。


「な、なんだと……履いたときは何ともなかったのに!?」


 クスクスと笑うロベリア。


「く、くっそ! 覚えてろ!」


 靴を脱ぐと肩を揺らして怒りながら、ビスコは外へと出て行った。

 彼の肉の余った背中を見送った後、ロベリアは窓をガラリと開けた。

 ビクッとするグレイ。

 そんな彼をロベリアは柔らかい笑顔で見やっていた。


「どう、これで疑いは晴れたかしら?」
「……バレていたのか?」
「まあね、騎士様は諜報員には向かないわね」


 気まずそうに立ち上がりまた店内に入るグレイ。

 彼にロベリアはニンマリ微笑んでいる。


「で、ご意見ご感想をどうぞ。まぁ口裏合わせた演技って言われたらそれまでなんだけどさ」
「そこまで人を見る目がないわけではない。ビスコの怒りは本物だ、疑ってすまなかった」

 グレイは申し訳なさそうに頭を下げる。

 そして力強い目でロベリアを見やった。


「だが君の「手品」が気になることに違いは無い、どんな手法か知らんが王国の脅威になり得るかもしれん」


 先ほどビスコを転ばせた手品が気になって仕方が無いグレイ。


「ん~教えてあげてもいいのだけど……交換条件ね」
「交換条件?」


 ロベリアは含みのある笑顔を向けた。

 怖い笑顔だなと身構えるグレイ。

「それをお披露目するなら」
「ずいぶんもったいぶるんだな……ん?」


 外に出る準備をするロベリア。


「どこへ行くのか?」
「あら? あなたも一緒に来るんでしょ、だってデートなんだから」
「…………は?」 



※次回は本日の19:00頃投稿します

 ブクマ・評価などをいただけますととっても嬉しいです。励みになります。

 皆様に少しでも楽しんでいただけるよう頑張りますのでよろしくお願いいたします。 

 また、他の投稿作品も読んでいただけると幸いです。


 この作品の他にも多数エッセイや


・追放されし老学園長の若返り再教育譚 ~元学園長ですが一生徒として自分が創立した魔法学園に入学します~

・売れない作家の俺がダンジョンで顔も知らない女編集長を助けた結果

・「俺ごとやれ!」魔王と共に封印された騎士ですが、1000年経つ頃にはすっかり仲良くなりまして今では最高の相棒です

 という作品も投稿しております。

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