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半分とすべて
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彼女と出会ったのは、大学の友達に誘われた飲み会だった。
目立つタイプではなかったけど、笑うとき前歯がちょっと出るのが可愛くて、つい目で追ってしまった。
「宮崎陽菜です」って、酒のグラスを持ちながら自己紹介する声が、少しかすれてて、それがまた魅力的だった。
そのあと連絡を取り合って、自然に付き合うようになった。
ファミレスでダベったり、近所の公園でコーヒー飲んだり、肩肘張らない関係が心地よかった。
バイトを増やして、陽菜との時間を確保した。
引っ越しの仕事を昼に、深夜のコンビニを週に数回。
デート代を浮かせるために、自分の昼飯は冷凍うどんばっかりだった。
でも、それでも会いたかったし、彼女の「ありがとね」が、何よりの報酬だった。
俺は、陽菜という一人の女の子を愛していた。
それは間違いなかった。
⸻
でも、ある日、彼女が打ち明けた。
「……キャバクラで働いてるんだ。藤原レナって名前で」
酔った帰り道、駅の階段の手前でぽつんと。
頭が真っ白になった。
そんな雰囲気はまったくなかったから、現実味がなかった。
「仕事なんだよね?」
そう言うのが精一杯だった。
彼女は「うん」と頷いたけど、目を見なかった。
俺はそれ以上、深く聞けなかった。
その瞬間から、彼女の中に「宮崎陽菜」と「藤原レナ」という二人が棲みついた。
俺は“陽菜”だけを見ようと決めた。
“レナ”を見れば、たぶん壊れてしまうと思った。
⸻
それから俺は、彼女の家に居着くようになった。
「一人の夜が寂しいから」と自分に言い訳して。
本当は、彼女が他の男と親しくなる時間を減らしたかった。
同伴やアフターに行ってほしくなかった。
掃除も洗濯も皿洗いも俺がやった。
夜帰ってきた彼女が笑ってくれると、それだけで報われる気がした。
だけどそれは、彼女を信用していない証だった。
信じてますって顔して、実際は疑い続けてた。
その矛盾が、じわじわ自分を苦しめていった。
⸻
「今日さ、酔っ払いのおじさんにめっちゃ絡まれてさ~」
ある晩、彼女が帰ってくるなり、笑いながらそう言った。
「……ちゃんと断れた?」
「まぁ……うまく流したよ」
笑いながら話してたけど、俺は笑えなかった。
仕事と割り切ってるってわかってても、胸の奥がざらざらした。
彼女が他の男に触れられている事実を、
「仕方ない」と言い切るほど大人にはなれなかった。
彼女がシャワーを浴びている間に、俺はスマホを見てしまった。
「今日はありがとう、また会いたい」
「レナちゃん、今度個室でゆっくりしようよ」
彼女はそのメッセージに軽く
「やった!個室とか好きなんだよね!ドキドキする」
文末にはハートの絵文字が添えられていた。
それだけで、何かがガラガラと崩れた。
それから数週間後、彼女が言った。
「……ちょっと距離置きたいんだけど」
声は静かで、冷たくはなかった。
むしろ、俺を気遣うような優しさが滲んでいた。
でも、その優しさが一番苦しかった。
「他に……誰かいるの?」
そう聞いたとき、彼女は少しだけ、目を伏せた。
そして、ゆっくり首を横に振った。
でも俺は、もう気づいてた。
彼女のなかに、俺じゃない誰かが入り込んでることを。
⸻
その人は、店に何度か指名をくれてた常連だった。
何度目かの指名の日、彼氏との喧嘩のせいで私は営業スマイルも作れず、疲れた顔でテーブルについた。
「……レナちゃん、今日、ちょっと無理してる?」
そう言われて驚いた。
たいていの客は、こっちの表情なんて気にしない。
でも彼は、私の目をちゃんと見て、気遣ってくれた。
それから、彼は私の話をよく聞いてくれるようになった。
派手なリアクションはしないけど、
私が話したことを、いつも覚えていてくれた。
「陽菜って名前も、レナって名前もどっちも好きだな。」
そう言われた夜、なんだか涙が出そうになった。
“レナ”の私を、ちゃんと認めてくれる人がいる。
それだけで、胸がふわっと軽くなった。
⸻
ある日、同伴の帰りに彼が言った。
「この仕事を無理に辞めてほしいとは思わないよ。
でも、誰かに消耗されてる君を見てると……少しつらくなる」
その言葉に、私は救われた。
否定じゃなく、受け入れてくれる人。
“陽菜”も“レナ”も、分けずに丸ごと見てくれる人。
そんな人に出会ったのは、初めてだった。
⸻
彼女のSNSに、その男との写真が上がった。
高そうなワインのグラス、ホテルのレストラン、
穏やかな笑顔の彼女。
そして、その隣に、落ち着いたスーツの男。
もう、全部終わったんだと思った。
これまで何度も、彼女を奪われる想像をしてきた。
自分にはない“大人の余裕”や“金”や“理解力”を持った男に、
いつか彼女は惹かれていくだろうって、覚悟してたつもりだった。
でも現実が突きつけられた瞬間、
頭じゃ割り切っていたはずのものが、全部、感情になって溢れ出した。
悔しかった。
悲しかった。
でも一番辛かったのは――
俺は、彼女の“全部”を愛せなかったんだってこと。
陽菜だけを、都合よく愛していた。
“レナ”という名前の彼女を、俺はずっと見ないふりをしてきた。
そして彼女も、それに気づいていた。
俺は、彼女の全部を受け止められる器じゃなかった。
ただそれだけだった。
⸻
ある日繁華街を歩いていると、知らない男2人組とすれ違った。
「ジュエルってキャバクラ行こうぜ。めっちゃかわいい子いるんだよ!」
「なんて名前の子なん?」
「なんて言ったっけなあ。たしか藤原レナ?だった気がする。」
久しぶりに聞く名前に少し立ち止まる。
今、彼女の名前を聞いても、もう動揺することはない。
SNSを見ても、心は静かなままだ。
だって、僕がみているのは僕が大嫌いだった「藤原レナ」だから。
けど、もしまた誰かを好きになることがあったら、きっと、あの時の自分を思い出すんだと思う。
彼女のことを、本当に好きだった。
だけど、僕が好きなのはあくまでも「宮崎陽菜」だった。あの飲み会の日の彼女の笑顔。あの笑顔をずっとみていたかった。でもそれは彼女の素性を知ってしまった以上、不可能だった。
彼女の半分しか愛せてなかった。
「どうりで、あんなおっさんに負けるわけだ。」
小さい声でつぶやいて、一瞬、目を瞑る。
深く息を吐いて、目を開けて、歩き出す。
俺はもう、俺1人で全部だ。
目立つタイプではなかったけど、笑うとき前歯がちょっと出るのが可愛くて、つい目で追ってしまった。
「宮崎陽菜です」って、酒のグラスを持ちながら自己紹介する声が、少しかすれてて、それがまた魅力的だった。
そのあと連絡を取り合って、自然に付き合うようになった。
ファミレスでダベったり、近所の公園でコーヒー飲んだり、肩肘張らない関係が心地よかった。
バイトを増やして、陽菜との時間を確保した。
引っ越しの仕事を昼に、深夜のコンビニを週に数回。
デート代を浮かせるために、自分の昼飯は冷凍うどんばっかりだった。
でも、それでも会いたかったし、彼女の「ありがとね」が、何よりの報酬だった。
俺は、陽菜という一人の女の子を愛していた。
それは間違いなかった。
⸻
でも、ある日、彼女が打ち明けた。
「……キャバクラで働いてるんだ。藤原レナって名前で」
酔った帰り道、駅の階段の手前でぽつんと。
頭が真っ白になった。
そんな雰囲気はまったくなかったから、現実味がなかった。
「仕事なんだよね?」
そう言うのが精一杯だった。
彼女は「うん」と頷いたけど、目を見なかった。
俺はそれ以上、深く聞けなかった。
その瞬間から、彼女の中に「宮崎陽菜」と「藤原レナ」という二人が棲みついた。
俺は“陽菜”だけを見ようと決めた。
“レナ”を見れば、たぶん壊れてしまうと思った。
⸻
それから俺は、彼女の家に居着くようになった。
「一人の夜が寂しいから」と自分に言い訳して。
本当は、彼女が他の男と親しくなる時間を減らしたかった。
同伴やアフターに行ってほしくなかった。
掃除も洗濯も皿洗いも俺がやった。
夜帰ってきた彼女が笑ってくれると、それだけで報われる気がした。
だけどそれは、彼女を信用していない証だった。
信じてますって顔して、実際は疑い続けてた。
その矛盾が、じわじわ自分を苦しめていった。
⸻
「今日さ、酔っ払いのおじさんにめっちゃ絡まれてさ~」
ある晩、彼女が帰ってくるなり、笑いながらそう言った。
「……ちゃんと断れた?」
「まぁ……うまく流したよ」
笑いながら話してたけど、俺は笑えなかった。
仕事と割り切ってるってわかってても、胸の奥がざらざらした。
彼女が他の男に触れられている事実を、
「仕方ない」と言い切るほど大人にはなれなかった。
彼女がシャワーを浴びている間に、俺はスマホを見てしまった。
「今日はありがとう、また会いたい」
「レナちゃん、今度個室でゆっくりしようよ」
彼女はそのメッセージに軽く
「やった!個室とか好きなんだよね!ドキドキする」
文末にはハートの絵文字が添えられていた。
それだけで、何かがガラガラと崩れた。
それから数週間後、彼女が言った。
「……ちょっと距離置きたいんだけど」
声は静かで、冷たくはなかった。
むしろ、俺を気遣うような優しさが滲んでいた。
でも、その優しさが一番苦しかった。
「他に……誰かいるの?」
そう聞いたとき、彼女は少しだけ、目を伏せた。
そして、ゆっくり首を横に振った。
でも俺は、もう気づいてた。
彼女のなかに、俺じゃない誰かが入り込んでることを。
⸻
その人は、店に何度か指名をくれてた常連だった。
何度目かの指名の日、彼氏との喧嘩のせいで私は営業スマイルも作れず、疲れた顔でテーブルについた。
「……レナちゃん、今日、ちょっと無理してる?」
そう言われて驚いた。
たいていの客は、こっちの表情なんて気にしない。
でも彼は、私の目をちゃんと見て、気遣ってくれた。
それから、彼は私の話をよく聞いてくれるようになった。
派手なリアクションはしないけど、
私が話したことを、いつも覚えていてくれた。
「陽菜って名前も、レナって名前もどっちも好きだな。」
そう言われた夜、なんだか涙が出そうになった。
“レナ”の私を、ちゃんと認めてくれる人がいる。
それだけで、胸がふわっと軽くなった。
⸻
ある日、同伴の帰りに彼が言った。
「この仕事を無理に辞めてほしいとは思わないよ。
でも、誰かに消耗されてる君を見てると……少しつらくなる」
その言葉に、私は救われた。
否定じゃなく、受け入れてくれる人。
“陽菜”も“レナ”も、分けずに丸ごと見てくれる人。
そんな人に出会ったのは、初めてだった。
⸻
彼女のSNSに、その男との写真が上がった。
高そうなワインのグラス、ホテルのレストラン、
穏やかな笑顔の彼女。
そして、その隣に、落ち着いたスーツの男。
もう、全部終わったんだと思った。
これまで何度も、彼女を奪われる想像をしてきた。
自分にはない“大人の余裕”や“金”や“理解力”を持った男に、
いつか彼女は惹かれていくだろうって、覚悟してたつもりだった。
でも現実が突きつけられた瞬間、
頭じゃ割り切っていたはずのものが、全部、感情になって溢れ出した。
悔しかった。
悲しかった。
でも一番辛かったのは――
俺は、彼女の“全部”を愛せなかったんだってこと。
陽菜だけを、都合よく愛していた。
“レナ”という名前の彼女を、俺はずっと見ないふりをしてきた。
そして彼女も、それに気づいていた。
俺は、彼女の全部を受け止められる器じゃなかった。
ただそれだけだった。
⸻
ある日繁華街を歩いていると、知らない男2人組とすれ違った。
「ジュエルってキャバクラ行こうぜ。めっちゃかわいい子いるんだよ!」
「なんて名前の子なん?」
「なんて言ったっけなあ。たしか藤原レナ?だった気がする。」
久しぶりに聞く名前に少し立ち止まる。
今、彼女の名前を聞いても、もう動揺することはない。
SNSを見ても、心は静かなままだ。
だって、僕がみているのは僕が大嫌いだった「藤原レナ」だから。
けど、もしまた誰かを好きになることがあったら、きっと、あの時の自分を思い出すんだと思う。
彼女のことを、本当に好きだった。
だけど、僕が好きなのはあくまでも「宮崎陽菜」だった。あの飲み会の日の彼女の笑顔。あの笑顔をずっとみていたかった。でもそれは彼女の素性を知ってしまった以上、不可能だった。
彼女の半分しか愛せてなかった。
「どうりで、あんなおっさんに負けるわけだ。」
小さい声でつぶやいて、一瞬、目を瞑る。
深く息を吐いて、目を開けて、歩き出す。
俺はもう、俺1人で全部だ。
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