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未来の私から、いまを生きるあなたへ
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三年前のあの日、私は人生のすべてを失ったような気持ちでいた。
交際を断った男性が、それを理由に自ら命を絶ったと知ったとき、私の心は音を立てて崩れていった。私の言葉が、人の生死を分けてしまったのだと、何度も何度も責め続けた。頭の中では「私のせいだ」という言葉がこだまし、眠ることも、食べることも、まともに呼吸することすらできなくなった。
心療内科で告げられた診断は「うつ病」。薬を処方されても、心の奥に空いた深い穴はふさがらなかった。私は仕事を失い、心配をかけ続けた家族とも距離ができた。もう誰とも顔を合わせられない、そう思った私は、逃げるように知らない町へと移り住んだ。そこは縁もゆかりもない県の、誰一人知り合いのいない場所。頼れるものは、少しの貯蓄と傷病手当金だけ。
見知らぬアパートの狭い一室で、私はひとり、押し寄せる暗闇と向き合い続けた。
ーー闇の中の日々ーー
夜は長く、残酷だった。布団に潜り込んでも眠れない。頭の中で、あの人の最後の姿を想像してしまう。安定剤と睡眠薬で朦朧とすることもあったが、それでも涙は止まらなかった。ふとした拍子に「死にたい」という言葉が浮かび、それを振り払えないまま、夜明けを迎える。窓の外が明るくなると、自分が生き延びてしまったことへの罪悪感で胸が苦しくなる。
そんな日々の中で、私をかろうじてつなぎとめてくれたものがあった。ある音楽――。偶然流れてきたその旋律に、私は救われた。歌声は、責め立てるでもなく、慰めるでもなく、ただそこにいて、私の心に寄り添ってくれた。どんなに涙が止まらない夜でも、その音楽をかけると、ほんの少しだけ呼吸が楽になった。まるで「大丈夫だよ」と背中を撫でられているようで、それは私にとって最後の砦だった。
生きる意味を見失い、世界が灰色に見えていた私にとって、その音楽は小さな光だった。
ーー少しずつ見え始めた回復の兆しーー
三年という月日が流れた。最初の一年は、ただ嵐に耐えるように過ぎていった。布団から出られない日も多く、スーパーに行くことすら困難だった。けれど、二年目のある日、小さな変化が訪れた。散歩の途中で見かけた公園の花が、思いがけず美しく見えたのだ。けなげに咲くその小さな花に心が少しだけ動いた。それはほんの小さな小さな一歩だったが、私にとってはとても大きな進歩だった。
その頃から、少しずつ「自分にもできることはあるかもしれない」と思えるようになった。無理のない範囲で、家でできる小さな仕事を始めた。最初はお金になるかどうかも分からない、細々とした作業だったが、それでも「誰かの役に立てる」という感覚が心を温めた。
失敗して落ち込むこともあった。病気の波は今でも押し寄せ、何日も寝込んでしまうこともある。けれど、そのたびに音楽を聴き、また立ち上がる。そうして繰り返すうちに、気づけば小さな自営業が軌道に乗り始めていた。フリーランスとして働くようになった今、私は自分の力で生活できている。三年前には想像もできなかった未来だ。
ーー新しい家族ーー
そんな私のもとに、新しい家族がやってきた。かわいらしい子犬だった。最初は不安だった。「私に世話なんてできるのだろうか」「また失ってしまうのではないか」と怖かった。けれど、その犬は無条件に私を信じ、甘え、笑わせてくれた。朝、散歩に連れ出すたびに、私は自然と太陽の光を浴び、風を感じるようになった。
犬の温かい体温を抱きしめていると、「生きていてよかった」と心から思える瞬間がある。過去の痛みが消えるわけではない。でも、その痛みを抱えたままでも、新しい幸せを感じることができるのだと知った。
ーー未来の私から、あなたへーー
今でも、ときどきその音楽を聴く。以前のように毎晩ではなく、疲れた夜や涙が止まらない夜にだけ。音楽が流れると、あの絶望の底で必死にしがみついていた自分を思い出す。あの時の私に寄り添い、抱きしめてくれた旋律に、今も感謝している。
そして気づく。もう私は、あの音楽にすがりつかなくても生きられるようになったのだと。けれど、あの音楽がなかったら、私はここにいなかっただろう。だからこれからも、私の心の奥でずっと生き続けるだろう。
未来の私から、暗闇の中にいる私に伝えたい言葉がある。
「どうか、生きていて」
あの時の私は、何度も自分の命を終わらせようとした。人生のすべてが終わったと思った。でも、それでも生き続けたからこそ、こうして未来の自分から言葉を届けられる。生きていれば、また歩ける日が来る。泣いても、立ち止まっても、少しずつでいい。笑える日が必ず来る。
私は三年前、人生のすべてを失ったと思った。けれど今、私は仕事をし、新しい家族と暮らし、笑う日々を取り戻している。完全に元通りではない。傷は消えない。けれど、その傷を抱えたままでも、生きていける。幸せを感じられる。
未来の私から、いまを生きるあなたへ。
どうか、今日を生き延びていって。
生きていさえすれば、きっとまた歩き出せる。
交際を断った男性が、それを理由に自ら命を絶ったと知ったとき、私の心は音を立てて崩れていった。私の言葉が、人の生死を分けてしまったのだと、何度も何度も責め続けた。頭の中では「私のせいだ」という言葉がこだまし、眠ることも、食べることも、まともに呼吸することすらできなくなった。
心療内科で告げられた診断は「うつ病」。薬を処方されても、心の奥に空いた深い穴はふさがらなかった。私は仕事を失い、心配をかけ続けた家族とも距離ができた。もう誰とも顔を合わせられない、そう思った私は、逃げるように知らない町へと移り住んだ。そこは縁もゆかりもない県の、誰一人知り合いのいない場所。頼れるものは、少しの貯蓄と傷病手当金だけ。
見知らぬアパートの狭い一室で、私はひとり、押し寄せる暗闇と向き合い続けた。
ーー闇の中の日々ーー
夜は長く、残酷だった。布団に潜り込んでも眠れない。頭の中で、あの人の最後の姿を想像してしまう。安定剤と睡眠薬で朦朧とすることもあったが、それでも涙は止まらなかった。ふとした拍子に「死にたい」という言葉が浮かび、それを振り払えないまま、夜明けを迎える。窓の外が明るくなると、自分が生き延びてしまったことへの罪悪感で胸が苦しくなる。
そんな日々の中で、私をかろうじてつなぎとめてくれたものがあった。ある音楽――。偶然流れてきたその旋律に、私は救われた。歌声は、責め立てるでもなく、慰めるでもなく、ただそこにいて、私の心に寄り添ってくれた。どんなに涙が止まらない夜でも、その音楽をかけると、ほんの少しだけ呼吸が楽になった。まるで「大丈夫だよ」と背中を撫でられているようで、それは私にとって最後の砦だった。
生きる意味を見失い、世界が灰色に見えていた私にとって、その音楽は小さな光だった。
ーー少しずつ見え始めた回復の兆しーー
三年という月日が流れた。最初の一年は、ただ嵐に耐えるように過ぎていった。布団から出られない日も多く、スーパーに行くことすら困難だった。けれど、二年目のある日、小さな変化が訪れた。散歩の途中で見かけた公園の花が、思いがけず美しく見えたのだ。けなげに咲くその小さな花に心が少しだけ動いた。それはほんの小さな小さな一歩だったが、私にとってはとても大きな進歩だった。
その頃から、少しずつ「自分にもできることはあるかもしれない」と思えるようになった。無理のない範囲で、家でできる小さな仕事を始めた。最初はお金になるかどうかも分からない、細々とした作業だったが、それでも「誰かの役に立てる」という感覚が心を温めた。
失敗して落ち込むこともあった。病気の波は今でも押し寄せ、何日も寝込んでしまうこともある。けれど、そのたびに音楽を聴き、また立ち上がる。そうして繰り返すうちに、気づけば小さな自営業が軌道に乗り始めていた。フリーランスとして働くようになった今、私は自分の力で生活できている。三年前には想像もできなかった未来だ。
ーー新しい家族ーー
そんな私のもとに、新しい家族がやってきた。かわいらしい子犬だった。最初は不安だった。「私に世話なんてできるのだろうか」「また失ってしまうのではないか」と怖かった。けれど、その犬は無条件に私を信じ、甘え、笑わせてくれた。朝、散歩に連れ出すたびに、私は自然と太陽の光を浴び、風を感じるようになった。
犬の温かい体温を抱きしめていると、「生きていてよかった」と心から思える瞬間がある。過去の痛みが消えるわけではない。でも、その痛みを抱えたままでも、新しい幸せを感じることができるのだと知った。
ーー未来の私から、あなたへーー
今でも、ときどきその音楽を聴く。以前のように毎晩ではなく、疲れた夜や涙が止まらない夜にだけ。音楽が流れると、あの絶望の底で必死にしがみついていた自分を思い出す。あの時の私に寄り添い、抱きしめてくれた旋律に、今も感謝している。
そして気づく。もう私は、あの音楽にすがりつかなくても生きられるようになったのだと。けれど、あの音楽がなかったら、私はここにいなかっただろう。だからこれからも、私の心の奥でずっと生き続けるだろう。
未来の私から、暗闇の中にいる私に伝えたい言葉がある。
「どうか、生きていて」
あの時の私は、何度も自分の命を終わらせようとした。人生のすべてが終わったと思った。でも、それでも生き続けたからこそ、こうして未来の自分から言葉を届けられる。生きていれば、また歩ける日が来る。泣いても、立ち止まっても、少しずつでいい。笑える日が必ず来る。
私は三年前、人生のすべてを失ったと思った。けれど今、私は仕事をし、新しい家族と暮らし、笑う日々を取り戻している。完全に元通りではない。傷は消えない。けれど、その傷を抱えたままでも、生きていける。幸せを感じられる。
未来の私から、いまを生きるあなたへ。
どうか、今日を生き延びていって。
生きていさえすれば、きっとまた歩き出せる。
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