はじまりは駅のベンチ

桜の隼

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4話 駅のベンチで ~夏の灯し火~

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 夏の夜、商店街で開かれる小さな夏祭り。
 浴衣姿の人々が行き交い、屋台からは甘いりんご飴や香ばしい焼きそばの匂いが漂っていた。

 航平は待ち合わせ場所の広場で、少し落ち着かない気持ちで立っていた。浴衣を着るべきか迷った末、いつものシャツ姿で来てしまったのだ。
 「やっぱり浮いてるかな……」

 そう思った矢先、視界にぱっと鮮やかな色が飛び込んできた。
 白地に朝顔の柄があしらわれた浴衣に、紺の帯。髪をまとめ、涼しげな笑顔を浮かべた美咲が歩いてきた。

 「ごめんなさい、待たせちゃった?」
 「いえ……」
 航平は言葉を失った。
 「どうかした?」
 「……すごく、似合ってます。びっくりしました」
 美咲の頬がわずかに赤くなる。
 「ありがとう。浴衣なんて久しぶりだから、ちょっと照れるわ」

 二人は並んで屋台を巡った。たこ焼きを分け合い、金魚すくいで童心に戻り、くじ引きでは航平がハズレを引いて笑いを誘った。
 人混みの中でも、自然と肩が触れ合う距離感に変わっていた。

 「ほら、もうすぐ花火が上がるみたいですよ」
 川沿いに人が集まり始める。二人も並んで腰を下ろした。

 ドンッ、と大きな音が響き、夜空に色鮮やかな花が咲く。
 「きれい……」
 美咲が見上げる横顔を、航平はそっと見つめた。花火の光がその瞳に映り、まるで星を宿しているようだった。

 「……ねえ、航平くん」
 「はい?」
 「出会って、まだ半年くらいしか経ってないのに……不思議ね。すごく昔から知ってる気がする」
 「僕もです。あの時、駅で出会わなければ、今こうして一緒にいるなんてないんですよね」

 花火が続けざまに夜空を彩る。二人の言葉は、その合間に紛れるように静かに響いた。

 「私ね、あの頃はすごく寂しかったの」
 美咲が少しうつむく。
 「子どもが家を出て、仕事と家を往復するだけで……なんだか、心にぽっかり穴があいてるみたいで」
 「……」
 「でも、あの駅であなたに出会って、少しずつ毎日が楽しくなった。本当にありがとう」

 胸の奥に熱いものが込み上げる。
 「僕の方こそ……救われたのは僕です。美咲さんに出会って、変われたんです…」

 言葉が途切れ、二人はただ花火を見上げた。
 やがて、ひときわ大きな花火が夜空に広がる。光が一瞬昼のように辺りを照らした時、航平は勇気を出して美咲の手に触れた。

 「……!」
 驚いたように彼女が目を向ける。
 「ごめんなさい……でも、離したくなくて」
 航平の声は震えていた。

 美咲は少しの間、何も言わなかった。だがやがて、静かに手を握り返した。
 「……じゃあ、このままでいて」

 花火が夜空に散り、歓声が上がる中、二人はそっと寄り添った。
 夏の灯りに包まれて、心の距離はもう、迷うほど遠くはなかった。
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