武装法人二階堂商会 ―― 企業買収(M&A)で異世界を支配する!

Innocentblue

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第12章 市議会との対立 ― 政治をも買収せよ

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 倉庫攻防戦から、数日後。

 都市カストリアは、まだ熱を引きずっていた。

 石畳の路地では、
 酒場の軒先で男たちが身振り手振りを交えながら声を潜め、
 広場では行商人が商品を並べつつ、視線だけで噂をやり取りする。
 市場の喧騒の奥――果物の甘い香りと鉄の匂いが混じる空気の中で、
 人々の話題は、例外なくひとつに収束していた。

 二階堂商会。

 商人ギルドが誇る私兵部隊を正面から退け、
 なおかつ、市民防衛隊と肩を並べて資産を守り抜いた――
 そんな前代未聞の商会の戦いは、
 英雄譚のように、しかし生々しい現実として都市中を駆け巡った。

「聞いたか? 倉庫の屋根から、あいつら――」
「いや、あれは魔法だ。結界を破ったって話だぞ」
「違う、指揮を執ってた若い男が――」

 尾ひれは付き、誇張は増し、
 だが核心だけは、誰もが共有している。

 ――二階堂商会は、ただの商人ではない。

 武装し、統率され、そして戦う意志を持った新参者だ。

 市民たちにとっては、守ってくれた恩人。
 だが、その同じ事実は――
 都市の上層に座する者たちにとって、まったく異なる意味を持っていた。

 高い塔の執務室。
 重厚な扉の向こうで、指輪をはめた指が机を叩く。
 ギルドの会合室。
 静かな声で交わされる、利権と報復の算段。
 権力と富を握る者たちにとって、
 武装した新参商会の存在は――
 秩序を守る盾ではなく、既存の均衡を打ち砕く「異物」に他ならない。
 守ったがゆえに、名を上げた。
 名を上げたがゆえに、目を付けられた。

 勝利の余韻の裏側で、静かに、しかし確実に――
 次なる波紋が、水面下で広がり始めていた。




 カストリア市議会――
 都市の政治と利権、そのすべてが収束する最高機関。

 石造りの円形議場。
 三十の議席が半円を描き、中央の空間を取り囲んでいる。
 天井は高く、重厚な梁が影を落とし、大理石の床には無数の足音が反響していた。

 低く渦巻くざわめき。囁き、咳払い、羽根ペンの擦れる音。
 そのすべてが、ひとつの視線へと収束する。

 ――二階堂商会。

 漣司は、リュシアを伴い、静かに議場へ足を踏み入れた。
 その瞬間、空気が変わる。
 敵意、猜疑、計算――冷たい視線が、刃のように突き刺さる。

「二階堂商会を排除すべきだ!」

 怒号が、最初の火花となった。

「武装民兵を抱えるなど、都市の秩序を乱す行為だ!」
「商人が剣を持つなど、許されるはずがない!」

 声の中心に立つのは、商人ギルド長・マルコ。
 かっぷくのいい体を揺らし、顔を紅潮させて叫ぶ。

 その左右に並ぶ議員たち――
 多くは、ギルドの金と利権で席を得た者たちだ。
 振り上げられた指が、議場の中心を刺す。
 非難は槍となり、一直線に漣司へ向けられる。

「市民を危険にさらしたのは誰だ!」
「この――武装した新参商会だ!」

 怒号とざわめきが、波のように議場を満たす。
 だが、漣司は止まらない。

 一歩。
 また一歩。

 大理石を打つ足音が、騒音の中で不自然なほど澄んで響く。
 その静かな音が、次第に、ざわめきを切り裂いていく。

 彼は議席の前で足を止め、顔を上げ、低く告げた。

「言葉遊びは結構だ」

 一拍。

「ならば――数字で語ろう」

 低く、抑えた声。
 だが、その一言は鋼の刃となって、議場の空気を断ち切った。
 ざわめきが、途切れる。
 議員たちは息を呑み、マルコの口は半開きのまま止まる。
 その背後で、リュシアが一歩前に出る。
 整然と書類を揃え、帳簿を開くその仕草は、冷静そのものだった。

 ここに剣はない。血も流れない。

 だが――これから始まるのは、敗者がすべてを失う戦い。

 武力ではなく、知略と数字による、都市の未来を賭けた攻防戦である。


 
 帳簿が開かれる音が、張り詰めた議場に鋭く響いた。
 リュシアは一歩前に出る。背筋は真っ直ぐ、感情の揺らぎは一切ない。
 その声は冷静で、しかし刃のように空気を裂いた。

「市の財政は、昨年から三割の赤字拡大」

 一瞬、時が止まったかのように議場が静まり返る。

「理由は明白です。
 税収が――商人ギルドに依存しきった構造にある」

 石造りの円形議場。
 重い壁が緊張を反響させ、議員たちの視線が一斉にリュシアへと吸い寄せられる。
 彼女は淡々と、帳簿をめくった。

「一方で、二階堂商会の取引量は」

 紙の擦れる音。

「わずか一月で、市の関税収入を一割押し上げました」

 ざわ、と空気が揺れる。

「さらに、保険料制度。
 これまで存在しなかった、新たな税源も生まれています」

 議場を駆け巡るざわめき。
 羽ペンを握る手が震え、書類の端が音もなく歪む。
 その中心で、マルコが勢いよく立ち上がった。
 顔を真っ赤にし、唾を飛ばしながら叫ぶ。

「それは一時的なものだ!
 商会手形など、いずれ崩壊すれば――!」

 言葉は、最後まで届かなかった。
 低く、重い声が、その場を制圧する。

「では、聞こう」

 漣司だ。一歩も動かず、ただ視線だけで議場を射抜く。

「市民にとって、信用とは何だ?」

 一拍。

「明日の飯を保証するのは誰だ。――ギルドか。それとも、我々か」

 次の瞬間。傍聴席が、爆ぜた。

「二階堂商会の手形で助かった!」
「保険で損失を補ってくれたのは、あそこだけだ!」
「俺たちを守ってくれたのは、商会だ!」

 幾重にも重なる声が、議場の壁を震わせる。
 民の実感が、理屈を超えて突き刺さる。
 議員たちは視線を逸らし、金と利権に濁った瞳を、次々に伏せていく。

 重苦しい沈黙。

 その中心で、漣司は笑わない。声も荒げない。
 ただ、数字と事実だけを静かに掲げる。

 ――戦場では剣で。
 ――議場では数字で。

 この戦いの結末を、彼はすでに、疑っていなかった。


 
 マルコの顔が、みるみる紅潮していく。額に浮かんだ汗、引きつった口元。
 追い詰められた獣のように、彼は最後の切り札を振りかざした。

「二階堂商会は――武装を抱えている!」

 声が議場に叩きつけられる。

「市の安全を脅かす存在だ!そんな連中を、野放しにしていいはずがない!」

 議員たちの多くが同調するようにうなずき、ざわめきが再び円形議場を満たした。
 だが、その中心で、漣司は小さく息を吐き――
 ほんのわずか、口角を上げた。
 彼は慌てない。反論を叫ぶこともない。

 静かに、一歩前へ。

「違うな」

 低い声が、波立つ空気を切る。

「俺たちは武装法人だ」

 議場が、再び静まっていく。

「武力は秩序を乱すためにあるのではない――契約を守るためにある」

 その言葉は、力で押すものではなく、
 確信だけを宿した重さで、議場に落ちた。
 漣司は視線を巡らせる。議員一人ひとりを、逃がさない。

「日本で俺は知っていた」

 遠い記憶をなぞるように、淡々と続ける。

「企業に必要なのは、暴力じゃない。――監査役だ」

 ざわり、と空気が揺れる。

「だから今、この場で提案する」

 漣司は、はっきりと言い切った。

「市議会の監査官を、二階堂商会に常駐させろ」

 どよめき。

「武装の内容は、すべて公開する。動くのは、契約書に明記された場合のみだ」

 彼は胸を張らない。威圧もしない。ただ、条件を並べる。

「市と市民が株主であり、二階堂商会はその信任を得て活動する」

 その隙間を縫うように、リュシアが一歩前に出た。
 帳簿を閉じ、冷たい眼差しで告げる。

「監査権限は、市側にあります。違反があれば――即時、契約破棄」

 淡々と、逃げ道を塞ぐ。

「つまりこれは、特権ではありません。市にとって、最も安全な選択肢です」

 議場は、言葉を失った。武力ではない。理想論でもない。
 数字と契約、そして責任で縛る提案。

 ――反論できる者は、もういなかった。


 
 長い沈黙が、議場を支配していた。
 誰もが言葉を探し、誰もが、次に口を開く者の顔色をうかがっている。
 やがて――
 一人の議員が、重い腰を上げた。

「……確かに」

 低く、慎重な声。

「今や、市の税収の一割を担う存在だ。
 それを無視するという判断は――現実的ではない」

 その言葉を合図に、空気が動き出す。

「同意する」
「監査が入るなら、危険は管理できる」
「市にとっても、利益は大きい……」

 次々と、議員たちがうなずき、声を上げる。
 賛同は波となり、円形議場を一周していく。

「待て! そんな決定、認められるか!」

 マルコが叫ぶ。声を張り上げ、机を叩き、必死に食い下がる。

 だが、誰も彼を見ない。すでに潮流は決した。
 一度動き出した現実は、もう止まらない。

 ――コン。

 議長の槌が、静寂を断ち切った。

「決定する」

 重く、揺るぎない声。

「二階堂商会に、市議会の監査を常駐させる」

 一拍。

「併せて、都市カストリアの一法人として、正式に認可する」

 瞬間。

 抑えきれなかった歓声が、議場を揺らした。
 傍聴席から溢れた声は、拍手となり、波のように広がっていく。

 歴史が、静かに書き換えられた瞬間だった。

 この日――
 二階堂商会は、単なる新参ではなく、
 都市の秩序そのものに組み込まれる存在となった。
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