武装法人二階堂商会 ―― 企業買収(M&A)で異世界を支配する!

Innocentblue

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第35章 将の采配 ― 捨て駒なき盤上

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 日の光が完全に昇りきる頃、街道はすでに戦乱の煙に呑まれていた。

 森から奔流のように溢れ出した商会軍の槍列は、うねる蛇のごとく形を変えながら敵陣を翻弄する。
 背後では、奪取された補給地点が燃え上がり、黒煙が渦を巻いて空へと昇っていく。
 焦げた木材と油の匂いが風に混じり、喉の奥を焼くように刺激した。

「押せ! 退くな!」

 ロイの声が、金属音と悲鳴の渦の中を貫いて響く。
 その一声に背を押され、庶民兵たちは歯を食いしばって前へ出た。
 足元では砂利が砕け、踏み込むたびに鈍い衝撃が脛を打つ。盾と鎧が激しくぶつかり合い、耳鳴りのような轟音が戦場を満たしていく。

 恐怖は確かにある。
 だが、それ以上に――退けない理由が、彼らにはあった。

 その背後。
 リュシアの手元で、鈴が澄んだ音を鳴らす。

 ちりん、と。
 その一音は不思議なほど戦場に通り、混沌の中に秩序を刻み込む合図となった。
 兵たちは無意識のうちにその音を追い、乱れかけた歩調と槍先を揃えていく。

「左翼、二歩下がれ! 右翼、包囲を狭めろ!」

 冷静で、迷いのない指示。
 感情ではなく、盤面を読む声だった。

 命令が伝播するより早く、槍の列は生き物のように形を変える。
 左翼は一斉に半歩、さらに半歩と距離を調整し、敵の突進を受け流す。右翼は間合いを詰め、逃げ場を削るように弧を描いた。

 敵の攻勢が、目に見えて鈍る。
 押していたはずの盗賊たちの足が止まり、怒号が焦りへと変わっていく。

 戦場の空気が、ぴんと張り詰めた。
 剣戟と怒号の奥で、誰もが気づき始めていた。

 ――これは力任せの乱戦ではない。
 ――誰一人、捨てられていない戦だ。

 将の采配が、盤上を支配しつつあった。

 ◇

 中央――

 漣司は馬上から戦場を俯瞰していた。
 朝日を背に、街道一帯は砂煙と黒煙に覆われ、視界は断続的に揺らぐ。敵の数は依然としてこちらの三倍。だが、その動きには明確な乱れがあった。
 号令は届かず、前に出る者と退こうとする者がぶつかり合い、足並みは完全に崩れている。
 焦りが生んだ足音が重なり、風に舞う砂が敵兵の輪郭を歪ませていた。

(……読める)

 漣司の目は冷え切っていた。

「……好機だ。全ての駒を活かす」

 低く放たれたその一言は、独り言でありながら、戦場そのものに命令を下すかのような重みを帯びていた。
 彼の視線が、戦場を駆け巡る。
 最前線では、ガロウが豪腕を振るっている。斧が振り下ろされるたび、盾は砕け、敵兵が弾き飛ばされる。血と土が舞う中で、彼は笑っていた。

「来いよォ!俺の前線は、ここだァ!」

 その背中は、兵たちにとって恐怖ではなく――壁だった。
 少し後方では、ロイが声を枯らして叫んでいる。

「止まるな! 槍を下げるな! 俺たちは一人じゃない!」

 庶民兵たちは震えながらも前に出る。ロイの声が重なり、恐怖は連帯へと変わっていく。槍列は崩れず、確実に押し返していた。

 さらに背後――

 ミナが影のように動く。敵陣の隙を縫い、伝令役を一人、また一人と静かに斬り伏せる。指揮の糸を断ち切られた盗賊たちは、混乱の渦に飲み込まれていった。
 そして全体を束ねる位置で、リュシアが鈴を鳴らす。澄んだ音が、戦場の喧騒を貫く。それは単なる合図ではない。兵たちの呼吸を揃え、動きを正し、恐怖を抑える軸だった。

 ――誰一人として、欠けていい存在などいない。

 漣司の胸中に、その確信が静かに満ちる。一人ひとりが、盤上の駒のように役割を果たしている。
 いや、駒以上だ。意思を持ち、恐怖を抱き、それでも前に進む存在だ。

「……好機だ。全てを活かす」

 彼の視線が仲間たちを次々と捉える。
 ガロウは斧を振りかざし、敵を薙ぎ倒す。ロイは庶民兵に檄を飛ばし、鼓舞の声が重なって槍列が進む。ミナは背後から忍び寄る敵の伝令を断ち切り、リュシアが全体を律している。
 誰一人として欠けていい存在などいない――その一人ひとりが盤上の駒のように、確実に役割を果たしていた。

「将棋を知っているか?」

 ふいに、漣司が呟いた。傍らに控えていた兵が、息を整えながら首を振る。

「……いえ。初めて聞く言葉です」

 漣司は戦場から目を離さずに続けた。

「盤上で駒を動かす遊戯だ。王、金、銀、歩――大小さまざまな駒がある。一見すれば、歩兵は取るに足らない小さな駒に見える」

 馬が一歩進む。視線は、最前線の庶民兵へと向けられた。

「だがな――」

 漣司の声が、低く、しかし鋭く響く。

「一つとして、捨て駒など存在しない。歩も王も、すべてが盤上の必然だ。欠ければ、勝ちはない」

 言葉は静かだが、確実に兵の胸に落ちた。

「……社長は、俺たちを捨てないんだ」
「駒じゃない……仲間として見てる……!」

 誰かの呟きが、次の声を呼ぶ。

「だったら――戦える!」
「最後まで、ついていくぞ!」

 鬨の声が、一斉に上がった。
 砂煙を押し返すように広がり、商会軍の陣はひとつの意志で結ばれていく。

 盤上は、すでに整っていた。
 あとは――将が、勝ち筋をなぞるだけだ。

 ◇

「ふざけるな……!」

 怒声を轟かせたのは、盗賊頭目グラドだった。大剣を振るい、前線の庶民兵を薙ぎ払う。鎧が弾け、血煙が舞い上がる。

「数で勝る俺たちが、なぜ押される!?」

 だが漣司は即座に応じる。

「右翼三、左翼一歩前進! 庶民兵を盾にせず、全員で突破口を作れ!」

 その采配は鮮やかで、無駄な犠牲はなく、全員の力がひとつにまとまった。リュシアはすぐに理解し、鈴を振る。清らかな音が戦場に響き、兵たちの動きを束ねる。

「命令! 全員で勝ち筋を作る!」

 ガロウが右から斧を振り突撃し、ミナは背後から炎を放つ。火の粉が舞い、敵の視界を遮る。ロイの声が戦場を貫いた。

「俺たちは誰も捨てられない! 一人でも欠ければ勝てない!」

 槍の列が一斉に前へ突き出され、衝撃で敵の陣形が大きく揺れる。鎧がぶつかり、悲鳴と呻きが交錯する。戦場全体が、漣司の意志を反映する一つの歯車となった。

 ◇

 グラドは眼帯の奥を怒りで燃やし、吠えた。

「小細工で狼の牙を折れると思うな!」

 その咆哮と共に、大剣が閃光を放ち、数人の兵が吹き飛んだ。鎧が弾け、砂煙が舞う。だが、もう兵たちは怯えなかった。

「社長が言ったんだ! 俺たちは駒じゃない!」
「誰も捨てられねぇ! 全員で勝つ!」

 漣司は静かに頷いた。

「その通りだ。ここからは……俺自身も出る」

 馬から降り、大剣を引き抜くと、光を反射した刃先が戦場を鋭く切り裂いた。
 その背に、兵たちの視線が集中し、結束は炎のように燃え上がる。槍の列が再び前へ進み、戦況は商会側に傾いた。だが、最終決戦――頭目グラドとの直接対決は、まだ幕を開けたばかりだった。
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