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第34章 奇襲戦 ― 森からの咆哮
しおりを挟む朝日が昇る。
――その刹那を狙いすましたかのように、漣司の声が森を震わせた。
「全軍――突撃ッ!」
その号令は、ただ響いたのではない。
まるで森の奥深くに潜んでいた獣たちの背骨を叩き起こすように、鋭く、熱く、爆ぜた。
次の一瞬。
伏せていた兵たちが、影から解き放たれた矢のように一斉に飛び出した。
足並みは乱れない。息遣いすら揃っている。
リュシアの振った鈴が――
チリン、と澄んだ音を放つ。
その音が森に跳ね返り、倍になり、波紋のように広がった瞬間、兵の列が生き物の潮流のように街道へ溢れ出した。
落ち葉が爆ぜ、枝が震え、砂煙が大地を呑み込む。
まるで森そのものが牙を剥いて襲いかかったような、圧倒的な質量の奔流。
「な……なんだ!? 森から……人間が湧いて出たぞッ!」
「伏兵だ! 伏兵がいた!」
盗賊団の叫びは悲鳴に近い。街道に構えていた〈赤狼の牙〉は、完全に虚を突かれていた。朝日がその顔を照らした時にはもう、兵たちの影が幾重にも重なり、彼らを呑み込む寸前だった。
槍先が一斉に傾き、盾の縁が光を跳ね返す。
ぶつかる金属音が連鎖し、怒涛の鼓動のように戦場を満たしていく。
それは混乱ではない――
漣司の計画通り、すべてが支配された動きだった。
伏せる場所も、出る角度も、駆ける歩幅も。
兵たちの意思はひとつに束ねられ、奇襲という名の刃となって盗賊団の喉元へ突き刺さる。
奇襲ではなく、処刑だった。
森が吠えた。兵が吠えた。
そして――街道そのものが震えた。
戦場は、完全に漣司の掌の中へと堕ちたのである。
◇
最前線――轟音と共に、大地が裂けたかのように敵陣が揺れた。
斧を担いだ巨影が、戦場の中心に踊り込む。ガロウだ。赤狼の群れが思わず息を呑むほどの迫力で、彼は喉の奥から獣じみた笑いを噴き上げた。
「退職金ッてのはナァ!命懸けで稼ぐモンだロ! 今日は出血大サービスだアッ!」
振り下ろされた斧が、まるで岩盤を砕く衝撃で盾列ごと敵を吹き飛ばす。盾列が粉砕され、血飛沫と共に敵兵が吹き飛ぶ。
ガロウが一歩踏み込むたび、盗賊たちは悲鳴を上げて後退し、前線に空白が生まれる。まさに攻勢の突破口そのものだった。
一方、その巨影の後方で、ロイは震える指を必死に握りしめていた。槍の柄が汗で滑る。その震えは恐怖か、それとも覚悟か。彼は胸の奥を叩くように自らへ言い聞かせ、顔を上げた。
「……俺たちは……もうただの庶民じゃない!!」
声は震えていた。だが、その震えが戦意を呼び覚ます火種になった。
「二階堂商会の……兵だ!! 前へ!!」
叫びは風を切り、耳に刺さるほど真っすぐで力強かった。
その一瞬、周囲の兵たちが振り返る。恐怖に押し潰されそうだった若者たちの目に、火が灯る。
彼の叫びに応じ、仲間たちが声を上げ奮い立つ。槍の列が一斉に押し返し、鎧や盾がぶつかる音が戦場に鳴り響く。ロイの槍が敵の胸を貫いた瞬間、庶民兵から歓声が上がった。
「ロイ! あんたの言葉で戦えた!」
「いける! 押せるぞ!!」
その声がさらなる声を生み、士気は目に見えて高まる。庶民兵たちが恐怖を振り払い、敵を押し返す壁となっていく。
ガロウの暴風のごとき猛攻と、ロイの炎のごとき言葉――二つが戦場で交錯し、二階堂商会の列はまっすぐ前へと伸びていった。
恐怖を抱いたまま、それでも前へ進む。その姿はまさしく、新しい都市の兵そのものだった。
後方ではリュシアが鈴を鳴らし、冷静に兵を誘導していた。
「退路は北。囲い込まず、まず敵を散らすのです!」
その声に従い、兵たちは左右に展開する。砂煙が舞い、斬撃や槍の衝突音が戦場に響く中、秩序だった波が街道を覆った。漣司は馬上から戦場全体を将棋盤のように見据え、次の一手を決める。
「敵の頭を押さえ込む。――ガロウ、右から回り込みを!」
「了解ダ!」
咆哮と共にガロウが突撃し、盾列が揺れ、血飛沫が飛び散る。
漣司の視線の先で、戦場の地形と兵の列がまるで盤上の駒のように動き、戦況は一気に塗り替えられていった。
◇
その頃、敵陣の補給地点。ミナは潜入の仕込みを活かし、油樽を蹴倒して火矢を放つ。轟音と共に炎が立ち上り、盗賊団の物資が炎上した。
「な、なんだ!? 補給が!」
「火事だああっ!」
混乱の中、背後から聞き覚えのある声が飛ぶ。
「お、おいチカ! あれ、新入り猫女じゃねぇか!?」
「ホントだ! なんで敵陣にいるのよアンタ!」
ミナは軽くウィンクを飛ばした。
「ごめんねぇ、敵さん相手にちょっとお仕事中♡」
チカとゴローが同時に叫ぶ。
「裏切り者オオオ!!」
「だから新人じゃなかったんだよ!」
チカとゴローは慌てて小剣とクロスボウを構える。
チカは小剣を振りかざしてミナに斬りかかるが、ミナは軽やかに横にかわす。
その瞬間、ミナの火矢が油まみれの地面に着火。炎がチカの足元に広がり、彼を包むように燃え上がった。
「ぎゃあっ! 熱ッ!」
チカはよろめき、思わず後退する。隣のゴローも慌てて矢を撃とうとするが、火の手に阻まれて身動きが取れない。チカは小剣で連続斬撃を放つが、ミナは身軽に避けながら油煙を利用して視界を遮る。
炎と煙の中、二人の動きが複雑に絡み合い、戦場はまるでコメディとアクションが融合したような光景となった。
だが次の瞬間、ゴローのクロスボウの弦がまた外れ、矢が真上に飛んでいった。
「ぎゃあっ! あぶねぇ! また壊れた!」
「ほんっと役立たず!」
ミナは肩をすくめて、炎の光に照らされた二人を見つめる。
「……あんたたち、本当に盗賊やめて酒場で漫才でもしてた方がいいんじゃない?」
炎と煙の中で、チカとゴローのドタバタ攻撃は空回りし、ミナだけが冷静に戦場を支配していた。満足げに小さく笑うと、ミナは火矢の残りを片手で拾い上げ、油に火をつけたまま後方へと跳ぶ。
「ふぅ……お仕事完了っと」
チカとゴローは炎と煙の向こうで手足をバタバタさせ、ミナの撤退をただ見送るしかない。
軽やかに木々の影に紛れ、ミナは敵陣を後にした――まるで風のように現れて、風のように消えたかのように。
◇
だが――戦場の中央だけは、まるで別世界のように轟いていた。
グラド・バルザークが、赤い外套を裂く勢いで大剣を横薙ぎに振り抜く。
金属と骨が同時に砕ける鈍い衝撃音が響き、商会の兵が三人まとめて弾き飛ばされた。
「狼の牙は折れぬ! 人の群れなど肉袋にすぎん!」
荒野の中心で、ただ一頭の猛獣が暴れているようだった。
その一撃ごとに、大地が震え、兵たちの喉から悲鳴が漏れる。
一度盛り返した士気が、また大波に呑まれるように揺らぎ始めた。
血煙の向こうで、漣司はその全てを見据えていた。
怒号と断末魔が飛び交う最前線の真後ろで、彼だけが異様な静けさを纏っている。
「……やはり、奴が核だ。あれを落とせば、この戦は勝てる」
低い声は、確信というより宣告だった。
次の瞬間――
戦場の中心で、漣司とグラドの視線がぶつかり合う。
間にあるのは剣戟でも咆哮でもない。ただ、二つの意思の衝突が、火花となって空気を裂く。
朝日が昇りきり、光が荒野を照らし出す。
その光の中で、二人の影が長く伸び、まるで互いへと襲い掛かる狼の姿のように重なった。
――次の一手で、この戦場の運命が決まる。
その予感は、誰よりも当の二人が理解していた。
そして戦場全体が、凪いだ刹那の静寂の中で、その瞬間を待っていた。
赤狼盗賊団と武装法人――決戦の幕が、いま確実に上がろうとしていた。
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