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第39章 戦後処理 ― 凱旋の旗
しおりを挟む戦場に張り詰めていた糸が、ぷつりと切れる音がしたかのようだった。
剣戟も咆哮も止み、訪れた静寂の中で、勝利の実感がじわじわと兵たちの胸に染み渡っていく。
倒れ伏す盗賊たちの屍。縄で縛られ、うなだれる捕縛兵。そして、まだ黒煙を吐き続ける補給拠点――。
荒れ果てた光景は無惨でありながらも、確かに告げていた。この死闘を、彼らは生き延び、そして勝ち取ったのだと。
その中心で、漣司は大きく息を吐いた。肺の奥に残っていた戦の熱を、静かに外へ追い出すように。
「負傷者を集めろ。重傷者は後送、軽傷者はここで手当てだ。敵の死体は一か所に集め、無用な疫病を防げ」
淡々と、だが揺るぎのない声。
その言葉に、リュシアが即座に応じる。
「了解。治療班、動いて。庶民兵は三区画に分かれて作業開始!」
号令が飛ぶと同時に、兵たちは驚くほど整然と動き出した。担架が運ばれ、治療用の布と薬草が配られ、倒れた者たちは速やかに集められていく。
――つい先日まで、畑を耕し、村で暮らしていた者たちだ。
それが今は、戦場を整理し、仲間を守る兵として機能している。
その光景を前に、ロイは思わず呟いた。
「……俺たち、本当に勝ったんだな……」
血に濡れた槍を地面に突き、体重を預けながらも、彼の瞳には確かな誇りが宿っていた。
「社長の言葉がなきゃ……正直、途中で折れてた。でも、あの時……前に出ろって言われて……」
言葉を切り、ロイは漣司を見た。
「俺たち、踏ん張れたんだ」
その一言が合図だったかのように、周囲に安堵が広がる。
誰かが小さく笑い、誰かが深く息をつき、誰かが天を仰いだ。
漣司のすぐ傍では、ガロウが肩で荒く息をしながら、斧を地面に突き立てていた。
汗と血に塗れた顔のまま、豪快に口角を上げる。
「はぁ……さすが社長だナ……!」
一方、ミナは短剣の血を軽く払うと、小さく拳を握りしめた。
頬には煤が付き、息はまだ少し早い。それでも――笑っていた。
「やったね、社長!」
弾む声で、弾けるような笑顔。
「ちゃんと戦えた。私たち、やっぱりやれるんだよ!」
それぞれの呼吸が整い、鼓動が平常へと戻っていく。
戦場には、確かな安堵と、抑えきれない喜びが満ちていった。
――だが。
漣司の瞳だけは、まだ戦の熱を宿していた。
仲間が生きていることへの喜び。組織が勝ち取った結果への確信。
そして何より――
この力を、偶然や勢いではなく、必然として積み上げていくという決意。
仲間と組織を守るための力を。自らの剣と判断で、築き上げ続ける覚悟を。
その炎は、静かに、しかし確実に、胸の奥で燃え始めていた。
◇
一方その頃。森の外れで、ボロボロになった二人が息を切らしながら座り込んでいた。
枝葉に引っかかり、血まみれの服は泥と汗でぐっしょり。
「チカ……また生き残っちまったな……」
「ゴロー……クロスボウ、今度こそ完全に壊れたわよ」
「だ、だからあれは設計不良で……!」
「はいはい、また言い訳ね。それ毎回聞いてるんだから!」
二人はぐったりと地に座り込み、互いの顔を見て吹き出した。
「なぁ……お前、ホントに不死身って才能じゃねぇか?」
「……あんたと一緒にいると、死にそうで死なないんだよね」
「ちょっと待て、そっちのセリフ、負けてる感満載じゃねぇか!」
「負けてるも何も、まだ生きてるんだから事実よ!」
クロスボウはもはやボロボロ、矢筒も穴だらけ、服も裂けて血がにじむが、顔にはまだ笑みが残っていた。
「よし、次はもっと上手くやるぞ。俺たち、死なないコンビだからな!」
「えぇ、でもまずはこの森から生きて抜けることね……」
二人は壊れた武器と擦り傷だらけの体を抱え、森を抜け、盗賊団の敗北の余韻を背に、また生き延びる道を歩き始めた。
◇
数日後。
都市カストリアの大通りは、勝利の歓声で震えていた。
旗を掲げ、戦場から凱旋する二階堂商会の兵たち。傷だらけの庶民兵は誇らしげに胸を張り、牙の旗を掲げた戦士たちは斧を高く振り上げる。
ミナは元気よく手を振りながら笑みを浮かべ、リュシアはいつもの無表情のまま、しかしその瞳には誇りの光が宿り、戦場での秩序と冷静さを街に伝えていた。
ガロウも胸を張り、傷だらけの体に誇りを滲ませて斧を高く掲げる。
「俺たチ……やったんだぞォ!」
と豪快に叫ぶ声が、歓声にまじって響く。
一方、ロイは槍を肩にかけ、傷跡や汚れもすでに乾きつつある体で、仲間たちの凱旋を静かに見守っていた。少し照れくさそうに唇を引き結びながらも、目は仲間の勝利をしっかりと捉えている。
「……社長の采配、間違ってなかったな……」
小さな声で呟き、派手に喜ぶことはせずとも、体のわずかな緊張や頷きに、その喜びが表れていた。
「勝ったぞ! 商会が都市を守ったぞー!」
「社長万歳! 二階堂商会万歳!」
街路に詰めかけた市民たちの声が、大通り全体にこだまし、建物の窓も震えるほどの熱気を帯びる。漣司は前に進み、旗を掲げながら群衆に呼びかける。
「この勝利は俺一人のものじゃない! 全員で掴んだ勝利だ!」
声に応えるように、兵士たちも市民も拳を突き上げる。
「社長! 社長!」
「俺たちは駒じゃない! 仲間だ!」
笑顔と涙が入り混じり、歓声は街角から広場まで波のように押し寄せる。都市全体がひとつの巨大な組織のように結束し、勝利の喜びと誇りが渦となって街を包んだ。
◇
夜更け。
商会本部の執務室には、戦場とは正反対の静寂が満ちていた。
窓から差し込む月光が床に白い筋を描き、昼間の喧騒が嘘のように空気は澄んでいる。
机の上では、リュシアが戦後報告書を一枚ずつ丁寧に並べていた。紙を置くたび、かすかな音が響く。その動作は冷静そのもので、彼女が戦場と執務の双方において要であることを雄弁に物語っている。
「盗賊団〈赤狼の牙〉は、事実上の壊滅です。首領グラドは討伐、主要幹部も確認済み。残党は統率を失い、各地へ逃散しました」
淡々とした声で告げながらも、言葉の端々には確かな成果への自負が滲んでいた。
「この周辺都市の治安は、しばらく安定するでしょう。少なくとも――恐怖に怯えて夜を過ごす必要はなくなります」
漣司は報告書から視線を外し、窓の向こうに広がる夜空を見つめた。
月は冴え冴えと輝き、戦で荒れた地をも等しく照らしている。
「……だが」
低く、噛みしめるように呟く。
「空白が生まれれば、必ずそこを埋めようとする者が現れる。力を示した以上、次はもっと大きな敵が来るだろうな」
勝利に酔う気配は、彼の声には一切なかった。それは現実を見据え、次を考える者の声音だった。
漣司は窓の外に広がる月明かりを見つめながら、静かに呟いた。
「だからこそ――次は、組織だけじゃない」
漣司は腰に置いた剣の柄に手を伸ばし、強く、強く握りしめる。
「俺自身も、もっと強くならなければならない」
剣越しに伝わる冷たい感触の奥で、確かな熱が脈打っていた。
それは恐怖でも焦燥でもない。仲間を率いる将として、そして同じ戦場に立つ一人の戦士としての覚悟だった。
――守るために、退かない。
――組織を背負う以上、誰よりも前に立つ。
その誓いが、言葉にならぬまま胸に深く刻み込まれていく。
リュシアは一瞬だけその横顔を見つめ、静かに頷いた。
彼女もまた理解している。この男が、すでに次の段階へ踏み出していることを。
凱旋の余韻がまだ微かに残る執務室に、しかし甘さはない。
代わりに満ちていたのは、静かで揺るぎない希望――そして、より強固な未来への意志だった。
――武装法人二階堂商会は、次なる戦いへと歩み始めていた。
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