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第41章 基準づくり ― 魔導士を採るということ
しおりを挟む「魔導士募集」の告知から一夜。
二階堂商会の前には、朝霧が晴れきるより早く人の列ができた。
ボロ布のローブを羽織った自称大賢者、町医者の見習い、山で修行したと主張する旅人、楽団の照明担当を名乗る少年に至るまで――玉石混交という言葉が形になって押し寄せている。
「社長、応募者六十五名。……午前中だけで、です」
リュシアが淡々と報告する。書類を束ねる指が珍しく忙しない。
「想定を超えたな」
漣司は窓越しに列を見下ろし、小さく息を吐いた。
「人を見るのは慣れている。だが魔法を使う人を見る基準は、まだ俺の中にない」
日本で彼は何万人もの履歴書に目を通し、百人単位の最終面接を裁いてきた。
学歴、職歴、数字、面接での目線、沈黙の耐性、質問の切れ味――評価軸は体に染み込んでいる。
だが魔法は、どの尺で測ればよいのか。
燃える空、裂ける土、戦場で見たあの非日常を、どう現実の評価表に落とし込むのか。彼の中に空白が口を開けていた。
「現場の声を聞こう」
◇
漣司は小会議室に皆を集めた。長机の上には白紙の評価表、ペン、砂時計、そして昨日までの戦場の土がまだ靴に残る仲間たちの影。
「まず何を測るべきかだ」
と漣司。
「魔力の量か、制御か、持久か、応用か。あるいは人格か」
「魔力総量は一つの指標です」
リュシアが即答する。
「術式を維持できる時間、反復回数、消耗後の回復速度。数字に置き換えられる項目です」
「実際に使わせりゃ早いでしょ」
ミナは椅子の背にもたれ、短剣を指でくるくる回した。
「派手にどーん! ってやったら合格!」
「いや、派手さは基準にならん」
漣司は苦笑した。
「火力は魅力だが、使い道が限定的なら戦術では足を引っ張る」
「庶民の目線から言えば……」
ロイが手を挙げた。
「火を起こす、水を出す、傷を塞ぐ。そういう日々役に立つ魔法は、戦の外でも価値があるはずです」
「良いな」
漣司は頷く。
「法人は戦うだけじゃない。都市を回す。実務性能は重要だ」
「で、結局は現場で役立つかどうかダ」
ガロウが腕組みしてうなる。
「火の玉が飛んできたラ、俺の斧で弾けるかどうカ――いや、弾けねェナ。じゃあ撃たせる前に止められる魔法がいイ」
「対抗魔法、無効化、遮蔽か」
漣司はメモに走らせた。
「よし、一次から三次まで試験を分ける」
彼は白紙に三本の大きな縦線を引き、枠を作った。
「一次審査(書類)――来歴を可視化する。どこで誰に学び、何年修練し、使える術式は何系統か。誓約と倫理観についても書かせる。嘘を匂わせる記述は後で突っ込む」
「誓約?」
ロイが首を傾げる。
「危険な術は扱いを誤れば都市のリスクだ。社内規程と同じく、禁則・報告・記録を義務化する。――次に二次審査(実技)」
漣司は指で順を追う。
「基礎術の発動テスト:灯火(火)、湧水(水)、微風(風)、硬化(土)などの初級を、指定環境で安全に。評価軸は発動時間、安定性、燃費。砂時計で可視化し、術後の脈拍・呼吸を観る」
「脈拍?」
ミナが目を丸くした。
「体は資本だ。術者の消耗が重ければ、長期戦で倒れる。人事評価は続けられる力を重く見る」
「応用テストも入れましょう」
リュシアが資料に線を引く。
「三つの課題。
①遮蔽:炎弾に対する防護膜。
②制御:一点にのみ光を集めて標的を照らす。
③協調:非術者と連携して目的を達する」
「協調はどう測る?」
「私が非術者役をします。私の合図で術を止め、切り替え、粘る。その反応速度と聞く耳を評価しましょう」
「三次審査(面接)は俺がやる」漣司は静かに言った。「組織適性、誠実さ、危機の判断。才能があっても、組織に馴染めない者は雇えない。法人は組織、武装しても独りではない」
会議室の空気が引き締まる。
「ただし、どの段階でも安全管理を優先する。実技場は石床、消火壺、水樽、砂袋を常備。監督官は二名以上。暴発時の停止号令『赤信号』を決め、従わない者は即時退場だ」
「賛成です」
リュシアが頷く。
「医療班の待機、見学者の距離制限、魔法具の持ち込み検査も」
「それと、不正対策もいる」
漣司は付け加える。
「増幅具の持ち込み、替え玉、呪酒。受付で印章を押し、手首に検印紐。器具は実技場で貸与する」
「へぇ、面接なのに戦場みたい」
ミナがにやりと笑う。
「面接は戦だよ。虚勢も逃げも出る。だからこそ――質問を研ぎ澄ます」
「例えばどういう内容でしょうか?」
ロイが身を乗り出す。
「力が暴発したとき、まず何を守るか。命令と己の判断が矛盾したとき、どうするか。都市外で無辜が危険に晒されたら、契約外の行動を取るか」
「最後のは難しいですね」
ロイが唸る。
「正解は一つじゃない。だが、選択の理由を語れない者は危うい」
ガロウが鼻を鳴らした。
「体術の試験も入れろヨ。白兵の近接で護衛できる魔導士は一握りだが、いざって時に逃げる足は要ル」
「走力と反応の確認か」
「そうダ。全力ダッシュ、急停止、転回、障害物越エ。斬り込みを受けたあと即座に距離を取る間合い感覚ハ、術者にだって必要だゼ」
リュシアがさらりと追記する。
「誓約・守秘も面接で明確に。商会の術式・器具・契約情報は社外秘。違反は罰則」
漣司はペン先で紙面を叩いた。ミナが顎に手を当てる。
「派手にどーんは最終的にいらないってこと?」
「いらないとは言っていない」
漣司は笑みを含ませた。
「派手には士気高揚の効果がある。だが組織は必要な時に必要な場所へ必要な量を派手に使えるように設計する」
リュシアが、いつもの冷静さの奥にわずかな熱をにじませる。
「魔法でも結局、経営をしているんですね」
「どんな力も、運用を間違えれば赤字だ。だから基準を作る」
◇
ひとしきり議論が終わり、評価表の骨格が整った。
一次は来歴と倫理、二次は基礎と応用、三次は組織適性。安全と守秘、試用と研修。
手順が決まれば、人は秩序に従って動ける。武装法人の名にふさわしい、最初の「魔導士人事制度」が形になりつつあった。
漣司は地図に手を置き、深く息を吐く。
「これで……商会をもっと強くできる」
胸の奥には、仲間と都市を守り抜く責任感と、未知の力を制御し切る覚悟が熱を帯びていた。
「新しい魔導士たち……いや、まだ見ぬ仲間たちと一緒に、組織を動かしていく……。俺たちが都市を守る盾であり、剣であり続けるんだ」
漣司の瞳に映るのは、勝利の余韻に浮かぶ仲間の笑顔。
そして、さらなる試練に向かう自分自身の影。
熱を帯びた決意は、静かな執務室の中で、次なる戦いの鼓動となって響き渡った。
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