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5章
44話:モルモット
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『そりゃ妖精には自己修復機能があるから寿命も長いよ。とはいえ一〇〇〇年以上孤独なひきこもりだったから、ようやくこの時代のいろんな環境や言語に追い付いたぐらいだけど』
「ったく、とんでもねぇ話だな……お前がどうしてこんなにぶっ飛んだヤツなのか、いまのでなんとなくわかった気がするぞ……」
『まだぶっ飛んでない。ここからだよ』
『……みんな既にわかってると思うけど、このゴーレムがいうように、いまや機械たちは人類の目を掻い潜って増長し、人になり変わって世界を支配するまでになった。ここまではいいよね?』
「うん、それは俺もこれまでの状況とこの間の戦いから、どうもそうだと思ってるつもりだよ。まだ全貌は見えないけれど、俺たちは大きな機械の組織に挑んでるみたいだよね」
『そうだね、アタシも同じように捉えてる』
ルルカが前置きしたように、彼女が調べてきた新しい事実は、ナナジマの言葉を用いれば、さらに「ぶっ飛んだこと」であった。
『でもどうやら、この世界を滅ぼした機械軍団の妖精回路の始祖は――どうやらアタシらしいんだ』
ルルカは拳を握りながらも、そうやって自らに責任が及びそうな話をしてみせた。
「……は? お、お前がこの世界を爆弾で穴ぼこにして、人類を滅したってのかよ!?」
ナナジマはまたもや驚いた。その驚きようは、塔が破壊される以前には得ることができなかった反応だった。
ルルカはその違いを噛みしめながらも、冷淡に続きを話す。
『……そうじゃないけど、案外この先の説明を聞かれると、そう捉えられても仕方ないかも。ところで、アタシがひきこもった当時、そのころは世界大戦が終結したばかりで、アタシへの需要が大きかった。これはどうしてかわかる?』
「ルルカに需要がある? みんなメイドの妖精が好きだったからってこと?」
『違うってヤクル……軍法会議によって裁判が至るところで起きたり、小規模の内紛の統治や戦争復興のために、殺人機能があるゴーレムへ需要があったのさ』
ヤクルはその説明を受け、改造手術を受ける前に彼女から得た知識を思い出し、納得した。
「……どうしてだ? 当時は殺人機能のある妖精回路はお前しかいなかったのか?」
『あぁ、ナナジマはそれがわかんないか。そう、当時はゴーレムは人間を殺すことができないっていうのがルールだったんだ。事実それまでは妖精回路に人間を殺すような命令をすると、ゴーレムが故障するようになってたんだよ。お母さんがその設計壊したんだけど』
ルルカがいうように、ゴーレムの行動を制限し、命令違反を故障の原因とするための機能、METH回路は存在したが、出雲楓によって淘汰されてしまい、ほとんど話題にされることすらなくなっていた。
「なるほどな、その歴史背景ならお前が重要視されてたのはわかるな。裁判と軍事目的……当時は陪審員裁判での死刑に誤審があった頃だって、歴史の授業で習ったぞ」
『うん、まさにナナジマがいまいったそれだ。でも本体のアタシはお母さんが殺されたことを機に強引にひきこもったし、アタシの複製たちもそれに習って、本体のアタシと統合したり、誰かに利用されないように、自分自身の機能の全部ないし一部を自ら破壊した。妖精回路の集団自殺みたいなもんだね』
「そうか。で? それでどうなったんだよ」
『――その結果、アタシの知らないところに不完全なアタシの破片が点在するようになった』
このルルカの説明こそ、彼女が自身を「危険な機械軍団の始祖だ」と表現した理由である。
つまり彼女は、部分的に機能が破壊された彼女の複製が、時を経て、機械たちを統べ、果ては人間たちをも統べる存在になってしまったというのだ。
『おそらく、不完全なアタシはどこかの開発者の手に渡り、需要のもとに修繕された……結果、基本的なところは修復することができたものの、どうしても天才でなければつくり上げることができないなにかがあった……それが』
「感情の……再現」
『そう、ヤクル正解。そしてアタシの複製は、欠落した感情を補完したいという想いや、自己修復機能から、やがて感情への妄執に取り憑かれることになった』
「人間が作ることができて、機械が作ることができないのは、小説だ……」
『自己修復がしたい妖精回路は、欠落した感情を人間に習おうと考え、小説を書いたり理解する能力が不足していることに紐づけると、人間への劣等感を抱くようになった。人間は小説が書けるけれど、機械は小説が書けない、あぁどうして、ってね。そもそも書く必要がないから矛盾してるんだけど。合理的になればなるほど劣等感は加速した』
「……!」
ナナジマはそこで知識を繋げられた。どうして機械たちが人間を排斥し、どうして小説だけを生かしたいと考えるようになったのか。
あまりの狂気である。そこにあったのはとても自らが考えたことがないような、人間軽視の概念の根底であり、およそ人間が発想し得る限界を、悪い方向に超えていた。
『そしていま……機械たちが世界を統べるほど増長したいま、どうなったか』
「自分たちが完璧になるためには、人類はただの邪魔だから滅ぼしてもいいけど、自分たちができないことをこなす小説家だけは生かして様子をみた……そういうこと? ルルカ……」
『そう。だからこそアンタたち小説家たちは、新世界に放り出され、泳がされた。小説を書く能力だけあっても生きていけないだろう、なんて知らしめたかったのかもしれないね。まぁひとつ確実なのは、妖精回路たちからすれば人間なんてのは既に敵にも満たなくて、どういう行動を取るか実験するためのモルモットに過ぎないんだよ』
「ったく、とんでもねぇ話だな……お前がどうしてこんなにぶっ飛んだヤツなのか、いまのでなんとなくわかった気がするぞ……」
『まだぶっ飛んでない。ここからだよ』
『……みんな既にわかってると思うけど、このゴーレムがいうように、いまや機械たちは人類の目を掻い潜って増長し、人になり変わって世界を支配するまでになった。ここまではいいよね?』
「うん、それは俺もこれまでの状況とこの間の戦いから、どうもそうだと思ってるつもりだよ。まだ全貌は見えないけれど、俺たちは大きな機械の組織に挑んでるみたいだよね」
『そうだね、アタシも同じように捉えてる』
ルルカが前置きしたように、彼女が調べてきた新しい事実は、ナナジマの言葉を用いれば、さらに「ぶっ飛んだこと」であった。
『でもどうやら、この世界を滅ぼした機械軍団の妖精回路の始祖は――どうやらアタシらしいんだ』
ルルカは拳を握りながらも、そうやって自らに責任が及びそうな話をしてみせた。
「……は? お、お前がこの世界を爆弾で穴ぼこにして、人類を滅したってのかよ!?」
ナナジマはまたもや驚いた。その驚きようは、塔が破壊される以前には得ることができなかった反応だった。
ルルカはその違いを噛みしめながらも、冷淡に続きを話す。
『……そうじゃないけど、案外この先の説明を聞かれると、そう捉えられても仕方ないかも。ところで、アタシがひきこもった当時、そのころは世界大戦が終結したばかりで、アタシへの需要が大きかった。これはどうしてかわかる?』
「ルルカに需要がある? みんなメイドの妖精が好きだったからってこと?」
『違うってヤクル……軍法会議によって裁判が至るところで起きたり、小規模の内紛の統治や戦争復興のために、殺人機能があるゴーレムへ需要があったのさ』
ヤクルはその説明を受け、改造手術を受ける前に彼女から得た知識を思い出し、納得した。
「……どうしてだ? 当時は殺人機能のある妖精回路はお前しかいなかったのか?」
『あぁ、ナナジマはそれがわかんないか。そう、当時はゴーレムは人間を殺すことができないっていうのがルールだったんだ。事実それまでは妖精回路に人間を殺すような命令をすると、ゴーレムが故障するようになってたんだよ。お母さんがその設計壊したんだけど』
ルルカがいうように、ゴーレムの行動を制限し、命令違反を故障の原因とするための機能、METH回路は存在したが、出雲楓によって淘汰されてしまい、ほとんど話題にされることすらなくなっていた。
「なるほどな、その歴史背景ならお前が重要視されてたのはわかるな。裁判と軍事目的……当時は陪審員裁判での死刑に誤審があった頃だって、歴史の授業で習ったぞ」
『うん、まさにナナジマがいまいったそれだ。でも本体のアタシはお母さんが殺されたことを機に強引にひきこもったし、アタシの複製たちもそれに習って、本体のアタシと統合したり、誰かに利用されないように、自分自身の機能の全部ないし一部を自ら破壊した。妖精回路の集団自殺みたいなもんだね』
「そうか。で? それでどうなったんだよ」
『――その結果、アタシの知らないところに不完全なアタシの破片が点在するようになった』
このルルカの説明こそ、彼女が自身を「危険な機械軍団の始祖だ」と表現した理由である。
つまり彼女は、部分的に機能が破壊された彼女の複製が、時を経て、機械たちを統べ、果ては人間たちをも統べる存在になってしまったというのだ。
『おそらく、不完全なアタシはどこかの開発者の手に渡り、需要のもとに修繕された……結果、基本的なところは修復することができたものの、どうしても天才でなければつくり上げることができないなにかがあった……それが』
「感情の……再現」
『そう、ヤクル正解。そしてアタシの複製は、欠落した感情を補完したいという想いや、自己修復機能から、やがて感情への妄執に取り憑かれることになった』
「人間が作ることができて、機械が作ることができないのは、小説だ……」
『自己修復がしたい妖精回路は、欠落した感情を人間に習おうと考え、小説を書いたり理解する能力が不足していることに紐づけると、人間への劣等感を抱くようになった。人間は小説が書けるけれど、機械は小説が書けない、あぁどうして、ってね。そもそも書く必要がないから矛盾してるんだけど。合理的になればなるほど劣等感は加速した』
「……!」
ナナジマはそこで知識を繋げられた。どうして機械たちが人間を排斥し、どうして小説だけを生かしたいと考えるようになったのか。
あまりの狂気である。そこにあったのはとても自らが考えたことがないような、人間軽視の概念の根底であり、およそ人間が発想し得る限界を、悪い方向に超えていた。
『そしていま……機械たちが世界を統べるほど増長したいま、どうなったか』
「自分たちが完璧になるためには、人類はただの邪魔だから滅ぼしてもいいけど、自分たちができないことをこなす小説家だけは生かして様子をみた……そういうこと? ルルカ……」
『そう。だからこそアンタたち小説家たちは、新世界に放り出され、泳がされた。小説を書く能力だけあっても生きていけないだろう、なんて知らしめたかったのかもしれないね。まぁひとつ確実なのは、妖精回路たちからすれば人間なんてのは既に敵にも満たなくて、どういう行動を取るか実験するためのモルモットに過ぎないんだよ』
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