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時空を超えて

朝ご飯

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「二人とも何してんの」

 何やら真剣な顔をして話し込んでいるジャンとバオウに声をかけると,二人とも飛び上がって反応した。こんな夜中に後ろから声をかけられたらびっくりするよなとおかしそうに笑うと,ジャンは肩の力が抜けたように表情を崩し,びっくりさせるなよ,と呟いた。でも,「いつから起きてた?」と聞いてくるその表情は鬼気迫るもので,ただ事ではないことが起きたのかも知れないと感じた。

「さっきだけど・・・・・・。何かあったの」
「いや・・・・・・,これからのことでちょっと問題が生じてな」
「問題って?」
「それは・・・・・・」

 ジャンは答えに詰まった。言えない問題ってなんだろう? と頭をかしげていると,バオウが横から説明をしてくれた。

「実はな,確定ではないから変に不安も煽るような雰囲気にもしたくないし,話すべきかどうか迷ったんだが・・・・・・」

 バオウはジャンを見た。そして,深くうなずくとまたこちらの方を向きなおした。

「時の欠片の力でおれたちは時空を超えてこの村にやってきた。おれたちのまず最初の目的は,もとの時間軸に戻ることだ。そのためには,もう一度アトラスに会って,時の欠片を奪い返す必要がある。そして,それを壊さなければならない。そのとき,うまくやらないとまた別の時空に飛ばされるかも知れないんだ」
「じゃあ,どうしたらいいの? 今度は元の時代に戻れない可能性もあるわけだ・・・・・・」
「いや,基本的には壊せば時空の歪みは元に戻る。それによる弊害,いや,それによってズレが元に戻る。例えば,アトラスがどれだけ過去を操作したことでおれたちが生きていた現代に影響が出ていたが,それまでの歪みは元通りになる。お前達は・・・・・・,チチカカってやつを殺したはずだよな? でも,今はおれたちの世界で生きている。そういうやつらは消滅するってことだ」

 少しずつ状況が飲み込めてきた。つまり,自分たちの時間軸で本来存在していなかったものは,いなくなってしまうというわけだ。それなら,自分たちの世界は元通りにただされると言うことだ。それは別に悪いことではない気がする。だってそれが現実としてもともと存在していたものなのだから。
 ジャンがじっとこちらを見ている。何か付いているのかと思い顔を触っていると,何もついていない。なに,とジャンを見ると,薄ら笑いを受かべている。

「もし・・・・・・,仮定の話だぞ。もし時の欠片を壊したら,バオウがいなくなると分かっているなら,ソラ・・・・・・お前ならどうする?」

 息をのんだ。そうだ,大切な人がいなくなるという可能性もある。今頭に浮かんだのはチチカカだが,何かしらの出来事が影響したことで自分の大切な人に影響も与えることもある。過去を変えるとうことは,それはそのまま現実を変えることになるのだ。
 息をするのも忘れて,バオウを見つめた。もしかして,バオウもチチカカと同じように過去からやってきたのだろうか・・・・・・。

「なーに神妙な顔しているんだよ。冗談だっての。そんなにバオウを愛していたとはな」

 腹を抱えて笑いながらジャンは茶化してきた。肩の力が抜ける。でも,一度浮かべた悪いイメージはなかなか頭からは離れてくれなかった。

「よかった。そんなことはないんだよね。自分ならきっと・・・・・・」

 沈黙が暗い部屋を支配する。二人が息をのむ音が聞こえた。

「自分なら,せっかく仲良くなった友達と別れるようなことはできない。もし自分の大切な人が自分と同じ世界からいなくなってしまうなら,世界なんて歪んだままでいい」

 喉がきゅっと締め付けられたように苦しい。息がしにくい。目に涙を浮かべながら,「嘘でよかった」と笑って見せた。
 前から抱きしめられた。ジャンが頭をわしづかみにしながら,肩に手を回してくる。

「悪い冗談を言ったな。すまんすまん。おれたちは・・・・・・,ずっと一緒だ」

 ジャンは頭をポンと叩き,「村のみんなが動き始める時間になったら聞き込みを始めるぞ。それまで休もう」と笑いながら布団に押し飛ばしてきた。バオウはすでに背中を向けて布団にくるまっていた。


 朝はすぐにきた。


 昨日はうだるような暑さの中で砂漠を歩いたが,村の中は不思議と心地よい気温だった。扉代わりのカーテンが風でなびいたかと思うと,隙間からひょいとアンナが顔を覗かせた。

「おはよ! しっかり寝られた?」

 十二,三歳ぐらいなのにしっかりしているなあと感心しながらも返事をして話をしていると,その後ろからアンナと同じ綺麗な赤い髪を後ろで結んだ女性が現れた。

「おはよう。生きの良い若いのが入ったって聞いたけど,屈強そうだね。ご飯が出来たけど食べるかい?」

 チャイナドレスのズボンをさらに切り込みを深くしたような衣装を身にまとっているその女性が動くたびに,下着が見えてしまうのではないかとこちらがハラハラする。それにしても,すれ違えば思わず二度見をしてしまうほどの美人だ。ベル姉ちゃん,とアンナは後ろを振り向いて飛びついている。どうやらアンナのお姉さんで,ベルという名前らしい。

「こらこら,アンナったら。さ,みんなでご飯にしようか」

 ベルは衣装をひらひらさせながら,颯爽とカーテンの向こう側に消えてしまった。行くよ,というアンナの声に従って起き上がり,二人の後をついて行った。
 
そこは食卓というよりかは,食堂のような場所だった。休ませてもらった小屋からすぐ見える建物に入ると,給仕室のすぐ前に長い食卓テーブルが並べられ,そこで十人ほどの子どもがわいわいと食事をしていた。

「うまそう・・・・・・」

 ジャンはよだれをすするような音を立てながら料理に見入っている。エビや赤身の魚が生で並べられていたり,朝から少し重そうなチキンをローストしたものがオードブルのように野菜に彩られながら盛られているが,新鮮さを感じさせ,香りも食欲をそそる。懐に,潜り込んでいたミュウは服から飛び出し,チキンに鼻をあてて匂いを嗅いでいる。

「これ,あんたが作ったのか?」

 ジャンは目を丸くしてベルに尋ねた。バオウはすでにチキンを頬張り,ミュウはバオウにとってもらったチキンの骨にしゃぶりついている。

「私が料理担当だからね。ここにいる子ども達は,みんな身寄りの無い子達さ。帰る家もないし,たべさせ手くれる親もいない。だからそれを私が見ている」

 ジャンは感心したようにうなずいている。刺身を手に取り,丁寧に味を舌の上で楽しむように食べた。うまい,と行った後にベルの方を見た。

「いつからその役目を?」

 ベルのキラキラとした瞳が一瞬曇ったようにも見えたが,すぐに明るさを取り戻した。

「私が五年くらい前かな? 私が年長だったから。私ももともとここで育った人間で,その時はシスターって呼んでたおばちゃんがいたんだけど・・・・・・もう戻ってこない」
「どこかへ出かけたのか?」
「うん・・・・・・,食材を取りに村を出たっきり帰ってこない」

 こらえきれなくなったのか、うつむいて最後には鼻声になっていた。どうしても死んだとはおもえなくてさ,と呟いたときには泣いてしまうのかと思ったが,その瞳から涙がこぼれ落ちることはなかった。

「シスターが帰ってくるまで,私がここを守らなきゃ」

 ふくらみのある胸を張って明かり声で言った。そうだな,とジャンは相槌を打ち,食べ物をかきこんだ。
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