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3.女商人との再会
しおりを挟む「ようこそいらっしゃいました、リベル様。
屋敷の者一同、心よりお待ちしておりました。
コロネ様はあなたとの再会をこの上なく楽しみにしておられます。
どうぞ私めにご案内させてくださいませ」
俺がコロネの屋敷に来た時、すでに屋敷は客人を受け入れる準備を完全に終えていた。
カペレイア家のメイド長が、訪問者である俺を快く迎え入れてくれたのだ。
俺がコロネ宛の手紙を送った翌日には、コロネからの返信が届いていた。
そこでコロネから提示された日程を承諾し、ついにコロネとの再会の日を迎えたのだった。
あれだけ追いすがってきたコロネにしては、ずいぶんと簡素で、要件のみを書いた手紙だったのが印象的だ。
「ふう…」
カペレイア家に長らく仕えているメイド長に案内されながら、俺は他の誰にも分からないように小さくため息を漏らした。
分かっている。
コロネが、ただ大人しく別れ話を聞くような女ではないことを。
俺が「別れよう」と伝えた所で、簡単に「はい別れましょう」と引き下がるはずもない。
コロネは、頑固な性分だ。
かつて出会った頃はそれが融通の効かなさとして弱点だったこともあったが、成長した今の彼女はその頑固さが、ここぞという時のブレなさとして強みになっている。
それは共に利害関係にあるパートナーとして彼女と関わっていたときに、非常に頼もしく感じていた所だ。
だからこそ、今日対峙する彼女は、俺にとってこの上なく困った相手なのだ。
コロネは、俺を絶対に手放さない。
コロネは、そう思わせるだけの覚悟ができる女だ。
手紙の内容が簡素だったことは、話がうまく進んでいる証拠だとは、到底思えない。
むしろその逆───コロネは、微塵も俺と別れることになるとは思っておらず、今日の再会で、絶対に俺を自分のものにしてやろうという決意の現れのように思えた。
どの道自分のものになるのだから、事前の手紙であれこれと言葉を尽くす必要すらない。
そのつもりで手紙を送ってきたのだろうし、俺ならその意図を汲んでくるだろうと見込んでいるはずだ。
つまり、これは疑いようもなく、俺への宣戦布告だ。
「屋敷に来るなら、それ相応の覚悟をして来い」と。
恐ろしい女だ。
かつて周囲を警戒して、怯えていただけの少女だったときとは違う。
俺はゴクリと唾を呑んだ。
この先、どんな罠が待ち構えているか、分からない。
もちろん、ある程度はコロネの手を予想していて、そのそれぞれに対応策を考えてはいる。
だが、それでも不安がぬぐえない。
すでに俺は、コロネの領域に入ってしまっている。
場所としては、圧倒的にコロネが有利だ。
俺がどう対応策を練ったとしても、後手に回るのは変わりない。
いや、そもそも、コロネは街全体に顔が利く。
俺が街の外に出れないように妨害工作をしたのも、コロネからすれば赤子の手をひねるより簡単なことだっただろう。
結局のところ、この街にいる時点で、俺はコロネの手中だ。
下手な小細工は通用しない。
ならば、俺がやるべきことは一つ。
コロネに本気で向き合って、正面から彼女を拒絶する。
そのために、俺はここに来たんだ。
「こちらです、リベル様。
この扉の先に、コロネ様が待っておられます」
メイド長が立ち止まって、俺に声をかける。
妙齢のメイドは扉の傍らに立って、俺の反応をうかがう。
「よろしいですか?」
心の準備をしろ、ということなのだろう。
この先に、コロネがいる。
俺を引き止めようとする女が。
だが、コロネがどんな手を打とうとも、俺の取る選択は、すでに決まっている。
「ええ、たのみます」
俺は短く、メイド長に返事をした。
そして、コロネへの扉が開かれた。
ーーーーーー
「お久しぶりです。
リベル様。
…約束通り来ていただいて、本当に嬉しい」
俺がコロネの応接室に入った時、彼女は部屋の窓の景色を見ていた。
街全体の絶景を見下ろせるような、とびきり上等な部屋。
カペレイア商会にとって、特に大事な客人を迎え入れる時にだけ利用される部屋だ。
「コロネ…」
俺が声を掛けると、コロネは俺の方を振り向いて、わずかに笑みを浮かべた。
数ヶ月ぶりに、その顔を見たからかもしれない。
ほんのわずかに笑っているような、憂いているような彼女の表情は、一瞬俺の胸をドキリと鳴らせた。
美しい。
そう言う他ない。
だが、その美しさには、毒がある。
俺を爛れさせ、駆け回る足を腐らせる毒が。
俺はすぐに気を取り直して、コロネに話しかける。
「コロネ。
せっかくの再開を喜んでくれている所に悪いが、俺はここに長居するつもりはない。
手短に進めよう」
「………」
コロネは、何も反応しなかった。
ただ、俺の目をじっと、その美しく澄んだ目で離さない。
俺にはそれが意味するところが分からない。
肯定にも、否定にも見えなかった。
俺はコロネの反応に構わず、話を続ける。
下手に情を出すわけにはいかない。
「今日は、お前に別れを言いに来たんだ。
俺との婚姻を望んでくれていることは嬉しいが、俺は誰かと籍を同じくするつもりはない。
俺には一所に留まるよりは、旅をしているのが性に合っているんでな。
手紙でも書いたが、お前との結婚は断らせてもらう。
それに、お前には、俺なんかよりもずっといい男がふさわしいさ。
俺はお前を幸せにはできない。
だから…俺は今日、この街を出るよ」
ここまで言っても、コロネは俺の目を見据えたままだ。
何を考えているんだ?
まるで心が読めない。
会ったときは、感情がわかりやすい子供だったのに。
「それでな、ここ数ヶ月何度も街を出ようとしていたんだが。
どうにも不都合が重なって、出発できないんだ。
最初はただの偶然だと思っていたんだが、こう何度も続くとさ。
流石に気づくよな。
お前がやっていたんだって」
明らかに、コロネは微笑んだ。
窓からの光の当たり具合も相まって、底しれぬ神秘性さえも感じてしまう。
恐ろしいほどの美しさだが、このわずかな変化は、肯定を表しているのだろう。
「やっぱり、そうだったか。
まあ、お前なら簡単にできることだもんな」
俺は軽くため息を吐きながら、話を続ける。
「それだけ俺を引き止めたいって気持ちがあるのかもしれないが…。
だが、それにも限界があるだろう?
いくらお前に資金や街のコネがあると言っても、いつまでもこんなことを続けるわけにはいかないはずだ。
この数ヶ月、俺は何度も出発を妨害されて、足踏みを余儀なくされた。
最初は偶然かと思って、俺も本腰を入れて、この街を出ようなんて思ってなかったからな。
だが、お前が意図的にやっていると分かった今、俺も本気でお前を出し抜かせてもらう。
お前と結婚する気なんて、サラサラねえからな」
「………」
コロネの瞳に、黒い執着の炎がわずかに燃えた。
昔からのコロネを知っている俺でないと、気づかないほどのごくわずかなものだが。
俺はコロネにとっての、獲物だ。
「諦める気はねえ、って面だな。
まあ、お前の性格を考えたら、そりゃそうか。
となると、俺からお前に、妨害を止めるように言っても無駄なんだろうな」
そう言いながら、俺はさり気なく周囲を見渡す。
この屋敷に向かう道を歩いていたときからずっと、俺は警戒していた。
コロネが、俺を陥れるための策略を仕掛けているのではないかと思ったのだ。
今のコロネなら、そのくらいのことはやりかねない。
俺は俺で、長年旅人をしていて、身を守る術や、魔術的な罠への対処法などに、ある程度は精通しているつもりだ。
だからこそ、可能な限りの備えをして、コロネの罠に対抗しようとしていたのだが…。
屋敷までの道、屋敷の中、そしてこの部屋。
どこにも、罠の兆候は見えなかった。
至っていつもどおりの───俺が通い慣れた、コロネの屋敷のままだった。
今のところ、コロネはなんの策も講じていないように見える。
もちろん、俺が単に罠を見逃しているだけ、という可能性もある。
それだけなら、まだいい。
仮にまだ見つけていない罠があるとして、その存在が発覚した段階で対処すればいいからだ。
場当たり的ではあるが、俺も修羅場はいくつもくぐって来たのだから、ある程度は対応できると思う。
だが、それよりも恐ろしい事がある。
コロネが、これまで俺が来た道から、今この部屋に至るまで、なんの罠も仕掛けていないパターンだ。
こっちのほうが厄介だ。
コロネは用意周到な女だ。
昔から、細かいところまで準備をしないと気がすまない質だった。
そんなコロネが、こんな大事な時に、俺を捕らえる気配を全く出していないのはおかしい。
俺を引き止めるのは、今のコロネにとって最重要なことのはずだから。
…もし、俺の見落としではなく、本当に今までの道中で罠が設置されていない場合。
もしその場合、コロネは、何か別の策を講じているのだろう。
他の罠全てが小細工に思えるほどの、俺を絶対に捕えて離さないような、決定的な策を。
あまりに強力すぎて、他の策を講じる必要性がほとんど無くなるほどの、圧倒的な策を。
それが本当であれば、俺は、ひょっとして、すでに────。
「………」
そう考えたところで、言葉に詰まった。
冷静をなんとか保とうとしていたのに、俺は嫌な肌寒さを感じて、熱くもないのに冷や汗が頬を伝うのを感じた。
その時だ。
コロネが、一歩、俺のもとに歩んだ。
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