次の街に行きたい旅人は、街一番の女商人に執着されて永遠に旅立てない

やまなみ

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5.死のカウントダウン

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「は…?」


俺は思わず、自分の耳を疑った。


コロネの言葉が唐突すぎて、俺は聞き間違いではないかと、自分の耳を疑ったのだ。


「コロネ…お前、何を…?」


コロネは俺の疑問には直接答えず、ゆっくりと部屋の中を歩き回る。


「…水溶性のカプセルというものがあります。


主に医療用に使われていて、カプセルの中に薬を詰めて、そのカプセルごと薬を服用するらしいのです。


もちろんカプセルは水に溶けますから、服用後に胃の中で溶け出して、体内でカプセルの中身の薬が効いてくるわけですが」


「…」

コロネの説明はいまだに要領を得ないが、この段階で非常にまずいことが起こっている予感がした。


「ご存じないでしょう?

それも当然で、これは異国の地から伝来してきた、まだこの国では珍しい代物なんですから。



私は偶然、これを交易品の中で見つけました。

皆はまだ、この品に興味を持っていなかったのですが。


私はこのカプセルを、面白いと思いました」


そう言って、コロネは紅く小さなカプセルを指でつまんで、俺に見せてきた。


「艷やかで、綺麗でしょう?


こんな綺麗なのに、ちゃんと仕事をしてくれるんですよ。

このカプセルの材料の比率や、厚みを変えることで、薬の成分が効くまでの時間を正確にコントロールできるみたいです。


さながら、時限式の爆弾のように」


そこまで聞いて、俺はコロネの意図を察してしまった。


「コロネ。
お前、まさか…!」


コロネは嬉しそうに、ふふっと笑った。


「流石、私の夫になるべきお方。
もう分かってしまったようですね。



そう、毒です。


薬を入れることができるなら、毒をこのカプセルの中に入れることができるのも当然のこと。




もう、お分かりでしょう?



私は、このカプセルの中に、猛毒を入れました。



ほんの数滴で全身の神経が崩壊し、瞬く間に死に至る毒です。

ひとたびこの毒が身体に作用すれば、いかなる者であれ、生き残る事はできないでしょう」


コロネはそう言って、自分のお腹をさする素振りをした。


「毒入りのカプセルは、すでに私のお腹の中。



まだカプセルは溶けていないようですが…。

それも時間の問題です。



溶け切るまでに、あと…どれくらい時間が残されているでしょう。


さっき話した段階で、残り5分。



今、少し話しましたから…残り3分、といったところでしょうか。


あと3分もすれば、私のお腹の中のカプセルが溶けて、毒が一瞬にして全身を周ります。


私は死ぬでしょう」


コロネは淡々と、自分の死を予言した。

そのあまりに冷静な様子に、俺は恐怖さえ感じた。



「い…いや、おかしいだろ。


なんでお前がそんなことをしなけりゃならないんだ?

なんで、死ぬなんて急に。

なんで、自分が死ぬっていうのに、そんなに平然としているんだよ?」


俺はコロネの行動の意味が分からず、困惑する。


「『なぜ?』と。

分かっているでしょう?


私が生きる所は、あなたの横をおいて他にありません。



あなたの側で生きて、あなたとともに死ぬ。

それが私の生き方です。



しかしあなたは、私を拒絶しました。

私とともに、生きてはいられないと。



それならば、私は生きることを諦める他ない。

だから、毒を飲んだのです」


コロネは淡々と、当たり前のように理由を話す。

そこには俺への非難の想いさえも感じ取れず、ただ、自然の摂理とでも言うような話しぶりだ。


だが、コロネは本気なのだということは分かった。



俺はもう、コロネから離れるとか、距離を取るとか、そんな事は頭から完全に抜け落ちて、ただコロネの異常さに困惑するばかりだ。


「お、おおおおかしいだろ。

そんな理由で…」


「私にとっては、十分すぎる理由です」


「だからって、死ぬのは流石に…。

い、いや…というか、そんなことを聞いている場合じゃない!


時間がない!

解毒薬とか、何かないのか?」


俺は展開していた守護魔術を解除して、コロネの肩に触れる。



一瞬、コロネの話が全て嘘で、俺をおびき出すための罠かもしれない、という疑念がよぎった。



だが、コロネの様子からして、明らかに嘘ではない。


それに、コロネが死ぬかもしれない可能性がごく僅かでもあるなら、俺は迷っているわけにはいかなかった。


「解毒薬?

さあ、どうでしょう?」


コロネはつれない返答をする。

 
「こんな時に、とぼけるなよ。

毒を止める方法、用意してるんだろ?

用意周到なお前のことだ、何かしらの安全策がなかったら、こんな場で毒なんて飲むわけがない」


「…ずいぶん、私のことを知っているような口ぶりですね。


そこまで私のことを分かっておきながら。

そこまで私の想いを知っていながら。


あなたは、私を愛していないというのですか?」


「おい。
お前、今そんなことを言っている場合じゃないだろ?

死んじまうんだぞ!?
あと少しで!」

コロネは俺の目を見据えて応える。

「私にとっては、大事なことです。


他の何よりも、私の命よりも。


それで?


あなたは、私のことを愛しているんですか?
愛していないんですか?


答えてください」


コロネが真剣な表情で俺に迫る。

これが、自分があと数分で死ぬと分かっている女の顔か?



ここで答えないと、コロネは絶対に解毒薬を飲まないだろう。

時間がない。


「くっ…。


愛してる、愛してるよ!


そんなの当たり前だろうが!


お前のことを愛してなかったら、わざわざここまで付き合ってねえよ!


俺は!
お前が幸せで平穏な人生を送れるなら、それでよかったのに。

どうして、どうしてお前は…!」



俺は思い切り本音をぶちまけた。

ここまで来て、コロネから逃げるわけにはいかない。


「『愛してる』

いい返事ですね。


その言葉だけで全てを許してしまいそうです」


「だったら死ぬな!」


怒気を孕んだ声を出す俺の唇に、コロネは指を当てる。


「しかし、言葉には行動がつきものです。

言葉の証明となる、行動が」


「何をしろっていうんだ?」


その言葉に、「待ってました」と言わんばかりの調子で、コロネは部屋のテーブルを指差す。


「あのテーブルの上に、赤い瓶があるのが見えますか?」

「ああ」

「あの中身を、今ここで飲んでください」

「中身は?」

「さあ?

私を愛していると言うなら、中身なんて何でもいいじゃないですか?」

「くそっ!」


明らかに罠だ。
こんな見え透いた罠は、見たことがない。



だが飲まなければ、コロネは死ぬ。

それだけは避けなければ。


俺はテーブルの赤い瓶を手に取り、コロネに見せる。


「これを飲めば、お前も解毒薬を飲んでくれるんだな?」


「話が早くて素晴らしいですね。

さすが、私の夫」


「そういうのはいいから、答えてくれ。

お前も解毒薬を飲んでくれるのか?」


「ええ、もちろん。

我が夫の愛情に、私も妻として応えましょう」


「お前は話が早すぎるよ…」


いつの間にか、完全に夫呼ばわりされていることに呆れながら、俺は瓶の蓋を開ける。



開けた瞬間、むわっとした甘い香りがした。

すこし嗅いだだけで、非常に強い薬品であることが分かった。


これは…明らかに…。


「怖気づきましたか?」


コロネが挑発するような笑みを浮かべる。

いつの間にか、その手には青い瓶があった。


「それが解毒薬か?」

「ええ。
これを飲めば毒が中和され、人体に害のない成分になります。


もちろん、先に毒が身体に作用してからでは、手遅れですが」

「そうか」

俺はひとまず、本当に解毒薬があったことに安堵する。

正直、コロネの様子からして、解毒薬さえ用意してなくて、最初から死ぬつもりだった可能性すらあったからだ。


コロネが、青い瓶の蓋を開ける。


「では、飲んでいただけますか?

あなたが飲んだのを確認したあとに、私もこの薬を飲みましょう」


「………」

緊急事態とはいえ、俺は一瞬ためらう。



この赤い瓶の中身が何なのか。


俺は見当がついている。


だからこそ、これを飲んだあとに、俺がどうなってしまうのかも、分かってしまった。



これを飲むということ。

それはつまり───。


「分かってますね?」


コロネが、勝ち誇った顔をする。

俺のためらいを完全に読んでいるかのように。


「…分かったよ。

全部、飲んでやる。

お前が死ぬよりは、何倍もマシだからな」


「あら嬉しい。
そんなに想ってくれているなんて。

ここまでお互い愛し合っているのなら、もう結婚するしかないですね」

「言っとけ」


俺は呆れ果てた。


そんな俺に、コロネは手元を掲げ、瓶を同じ高さまで上げるように催促する。

さながら乾杯の誘いのようだ。



「…それでは、私達の愛と未来に」

「………」


そう言って、コロネはその手の青い瓶を、俺の手の赤い瓶に当てた。

チリンッ、というガラスのぶつかる音が響く。



「はあ…もう、どうにでもなれ…!」




俺は半ばヤケクソで、瓶の中身を一息に飲み干した─────。





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