次の街に行きたい旅人は、街一番の女商人に執着されて永遠に旅立てない

やまなみ

文字の大きさ
8 / 9

8.コロネの想い

しおりを挟む



「…なあ、コロネ」

「……なんですか」


「守られるのは、嫌か?」


「……はい」

コロネは、ゆっくりと頷いた。

「そうか……。

そうだよな」


俺はコロネの願いが俺の願いと対立しているのを理解して、言葉が止まる。


「……リベル様」

俺が落ち込んでいるのを察したのか、コロネが俺に声をかける。

「なんだ?」


「正確には、私はあなたに守られることが嫌なわけではありません。


あなたに心から大切にされて、女として守られながら、愛しいあなたの帰りを待つ。


そんな生活を送るのも、確かに一つの幸せと言えるでしょう。


しかし。

私は、あなたに一方的に守られるだけなのは嫌なのです」

コロネは俺の目を見て、懇願するように言う。

「……」


コロネは、胸の内をつぶやくように語る。


「………私は、これまでずっとあなたに守られてきました。



4年前に両親を失った私は、まだ右も左も分からず、家柄に甘えて生きていただけの生意気な小娘でした。

そんな世間知らずの私は、ライバルの商人や政治家、取引先から見れば格好のカモだったに違いありません。

私が騙されて一族の商会を取り潰し、命を狙われて死ぬのは、時間の問題だったのです。



私は両親の死後、すぐにその運命を悟り、毎晩狂いそうなくらいに怯えて夜を明かしていました。

いっそのこと、首を吊って命を絶ってしまおうと本気で思ったほどでした。



そんな時です。

リベル様、あなたが私の元に来ていただいたのは。



リベル様の最初の目的は、遺跡の調査でしたね。

その調査のために、カペレイア家の力添えが欲しかっただけ。


決して、私のためを思って来たわけではなかった。


それでも、リベル様は私が独りで苦しんでいることを見過ごすことができず、私の命を救ってくださいました。



毎日、毎日…私のそばで、見守ってくれた。

あなたの心遣いには、確かに打算的なものもありましたが、それの何倍も、一人の人間として、私を心配し、愛してくれていることが伝わっていました。


それがどれだけ私の心を救ったことか……。

あなたはそこまで自覚はなかったのでしょうけど」


コロネは淡々と語るが、俺を見つめる瞳は今にも泣き出しそうに潤んでいる。


「私は救われました。

あなたによって、絶望の淵から救い出されたのです。


あなたと出会い、あなたは私に生きる術を教えてくれて。


あなたに幾度も助けられたからこそ、私はこうして商会を切り盛りすることができています。


あなたがいなければ、私はとっくに朽ち果てていた。

朽ち果てて終わるはずだった命を、あなたが与えてくれたようなものです。

あなたに与えられた命は、あなたのために使いたい。




だから。



愛しています、リベル様。

私は、あなたと共に歩んでいきたいのです。


これからは、商会の長と旅人ではなく、夫婦として」


コロネは、檻の外にある椅子に座った。

その姿勢で、俺に問いかける。


「リベル様。

夫婦に必要なものは、なんだと思いますか?」


「……愛情?」

俺は思ったままの言葉を返す。


「それも一つの解ですね。

しかし、それならしがらみのない恋人と変わりません。

私は愛情の他にも、大事なものがあると思っています」


「…支え合うこと、か」

俺はコロネの話の流れから、答えを推察した。

コロネは少しだけ、首を縦に振る。


「ええ、それが近いですね。

私は夫婦というものを、横に並び立って、互いに互いを支え合う関係だと考えます。



恋人であれば、他人として相手の都合の良いところだけを愛すれば済みますが。

しかし、結婚するのであれば、家名を共にする身内となり、繁栄と衰退を分かち合う責任が伴います。

共に苦楽を分かち合い、共に乗り越える関係でなければ、どちらかがどちらかに甘えるだけの、くだらない搾取関係にしかなりません。


私はリベル様との関係を、そんな安いものにしたくはないのです」


コロネの夫婦関係の理想像は、ある意味極端だが、責任感の強いコロネらしいとも言える。

俺もなるべくであれば、コロネの言うように、俺がコロネの苦難を背負い、コロネが俺の苦難を背負う関係を目指していきたいと思うのだが。


「コロネ。

お前の願いは分かったよ。


だが、それは俺の使命を、お前も背負わなければならないってことなんだぞ?

それがどういうことか、分かっているのか?」



俺はコロネに、今一度、俺の使命について問う。

コロネは、全く動じることもなく、応える。


「もちろんです。

…リベル様の使命は、私もよく知っております。


それが、リベル様でなければ成し遂げられないことも。

その道のりは、ずいぶんと死の危険が大きいことも。



それでもなお、私はあなたの使命を共に背負いたいのです。


私が死ぬとしたら、あなたと遠く離れた安全な寝室ではなく、あなたの隣の戦場が望ましい」


コロネは、そう言うとゆっくりと立ち上がった。


「リベル様。

私からも問います。



あなたは、私を隣に置いてくれますか?

私の安全よりも、私の意思を優先してくれますか?」


コロネは立ち上がり、格子のそばに歩み寄る。


「コロネ」

俺も格子の近くに歩き、コロネに近づく。

そして、絞り出すように、今の思いを伝える。



「………正直、はっきりと約束はできない。

なるべくなら、お前の意志を尊重したい。


だが、俺の使命がお前を危険にさらすというのなら……。

俺は、お前を俺の横に置いておくのが、怖い。


どうしようもないくらいに、お前を失うのが怖いんだ」


俺は、正直な気持ちをコロネに伝える。

コロネは笑う。


「ふふ。

相変わらず、私のことになるとずいぶん臆病な人ですね。

私は優柔不断な男はキライですし、今の回答も、私の願いから言えば0点と言ってもいいくらいです。



しかしですね。

リベル様のその優しさも、私があなたを愛している所以ではあります。

その上、私への愛ゆえにそこまで迷っているのですから、悪い気はしないですね」


コロネは、服から鍵を取り出す。

そして、俺を閉じ込めている檻を開ける。


「コロネ。

お前…」


コロネは檻の中に入って、俺の目の前に歩いてくる。


「頑張り賞、というところですね。

あなたの優しさに免じて、ギリギリ合格ということにしておきましょう。



ほら、あなたの見たがっていた、私の傷ですよ。

じっくりと鑑賞して愛でてくださいな」



コロネはゆっくりと服を脱いでいく。

上から下へと艶めかしい仕草で、俺を誘うかのようにその肢体を晒してくる。


「っ………」

下着姿となったコロネは、下着の他にいくつかの包帯と、首元に黒い布を巻きつけていた。



見覚えのある美しい身体に、不釣り合いなほどに痛々しい包帯。

その姿に、俺は罪悪感を呼び起こされる。


俺が傷つけたばかりの、怪我を隠すための包帯だ。



そんな俺の感情を察したのか、コロネは優しく俺の肩に手を当てて、ささやく。


「罪の意識は必要ないですよ。

私の身体はあなたのモノですから。


あなたの好きなように、この身を自由にお使いくださったのですから、気に病むことはありません」


「いや、これは俺の罪だ。


俺が可能な限り治す。

首元の怪我から見せてくれ」


「ふふ、いいですよ。

さあ、私の傷を愛してください」


コロネは促されるままに、首元の布を取り外す。

コロネの白い首を刻むように、痛々しい傷跡が、俺の目に飛び込んでくる。


「……治療はしていないのか?」


俺はすぐにコロネの首元を、間近で確認する。

一部、痣と切り傷が生々しいところがあった。

コロネは平然としたフリをしているが、実際は結構な痛みを感じているのだろう。

なるべく早く治してやりたい。


「簡単な応急処置だけ。

これ以上傷跡が悪化することがないようにはしましたが、ほとんど怪我した時から変わっていないはずです」

「……わざわざ手間をかけて、傷を残したのか」


俺は半ば呆れるように言った。

コロネの伝手や、金を持ってすれば、この傷くらいなら魔術師を雇って回復魔術を施してもらったり、医者の指導を受けたりして、即回復できるはずだ。


それをやっていないのは、他の誰でもない、俺に治してもらうためなのだろう。


「リベル様につけられた傷ですから、あえて残しているのです。


私はあなたの妻となる女。

あなたによって与えられた傷を、心より愛しています」


コロネはまっすぐに俺を見つめてくる。

それには妖艶で、目が離せなくなるような美しさがあった。


「…お前がそういう女だってのは、分かってはいたが。

もう少し自分の身体を大切にしてほしいものだな。

怪我が悪化したり、死んだりしたら元も子もないんだから」


俺はコロネに不満を漏らしつつ、首元に回復魔術を施してやる。


「…っ!」

コロネが身をよじって、かすかに声を漏らす。

「痛いか?」

治癒魔術は、治る時に若干の痛みがある。

俺は手が空いている方の手を、コロネに差し出す。

コロネはそれを握って、首を振る。


「いいえ……痛みよりも幸せが勝っておりますので」

「そうか」


首の治療が終わると、コロネは首元に手を当てて、幸せそうに微笑む。

どうやら、俺に治療されたことがよっぽど嬉しいらしい。


こちらとしては、コロネに求められて嬉しいような、そこまでの執着を抱かれていることに少しばかりの恐怖もあるような気分だ。



俺は他の部位も治療を進めていく。

包帯の下はどれも、痛々しい痣があった。

俺がつけた傷だ。



俺はなるべく、コロネが痛みを感じないように治療を進める。

その間、コロネは顔に汗を流して我慢しながらも、どこか満足そうな表情をしていた。




「これで、一通り治療したかな。

……他は大丈夫か?」

コロネの身体の治療を終えて、俺はコロネに問う。


「いえ、まだ一つ。

やってもらいたいことがあります」


コロネはそう言うと、わざとらしく唇に指を当てた。


「おいおい…」

俺がコロネの意図を察すると、コロネは一歩俺に近づいた。


そして、そのまま俺の肩に頭を寄せてくる。

「おっと」

「ふふ。

リベル様の唇の味が知りたいのです」


「それは治療か?」

「心の治療ですね。

治療とは、単に身体の傷を治すことだけではありません。

今の私には、リベル様の熱を唇を通して感じることでしか治せない心の傷があるのです」


「全く、昔からわがままな女だったな、お前は……」


俺は半ば呆れつつ、コロネの肩に手をかける。

そしてゆっくりと、その唇にキスをした。

「……ん」

コロネは、俺の首の後ろに手を回し、強く俺を引き寄せてキスを続ける。

ずいぶんと長い。

俺がそろそろ終わりかと思って離そうとすると、コロネは少し怒ったように手に力を入れて抵抗する。

俺はそんなコロネにされるがまま、しばらく唇を重ねていた。



「ふふ……。

以前ケダモノのように交わった時も、それはそれで素晴らしい接吻でしたが。

今のように、落ち着いているときにするのも、悪くないですね」

唇を離すと、コロネが満足そうに言った。


「傷、治ったか?」

俺はコロネに尋ねる。


「ええ、もちろん。

それと、今後のアフターサポートも期待してよいのですね?」

「あふ…何?」

俺はコロネの意図を訊き返す。


「アフターサポートですよ。

私も商人の端くれ。

商品を提供したあとも、商品のメンテナンスをして、お客様に満足し続けてもらうのは当然のことですよ」

「…つまり?」

俺は嫌な予感を感じながらも、先を促す。


「リベル様……。

まずは、私と正式に婚姻の契りを。

それと、今後も私の心と身体のケアをしていただくこと。

一生涯をかけて、ね」


実質的な、婚姻の契り。

コロネは、俺に身を寄せながら、妖艶な仕草で俺を見つめる。

「はあ……。

俺の未来の妻は強欲だな」


俺は嘆息しつつ、コロネに言う。

「ふふ、当然です。

妻ですから」

コロネは誇らしげに笑うのだった。


「コロネ、結婚は承諾しよう。

だが、俺からも頼みがある」


「何でしょう?」

コロネは俺の頼みを待つ。


「もっと自分のことを大切にしてくれ。


お前の願いは分かったが、お前の危うさを考えると、俺は気が気じゃないんだ。

俺の隣に立つにしても、最低限、何かしらの安全策は用意してからにして欲しい。



あと、怪我はすぐに治してくれ。

傷口からの感染症だって、シャレにならないんだぞ」


意外にも、俺の頼みにコロネは納得したように頷く。

「ええ、分かっています。

リベル様に心配はかけさせません。

夫に過剰な心配をさせるのも、良き妻とは言えませんからね。

私も、あなたの隣に立つ準備は欠かさないと約束しましょう」


「……まあ、分かってくれたんなら良いんだ。

だが、お前を嫁にする以上、俺はお前を守る義務がある。

お前が自分から危険に晒されるということは、俺もお前を守るために危険に飛び込むということになる。

それを忘れるなよ」


俺がそう言うと、コロネは満足そうに頷いた。

「ふふ……。

ええ、ええ、もちろんですとも」


コロネは、俺の手をとって自分の腰に当てる。


「これから、幾久しく。

愛し合い、支え合い、共に歩んでいきましょうね?」


「ああ」


俺はコロネの腰に手を回し、抱き寄せる。



そして、そのままもう一度唇を重ねるのだった。



しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

冗談のつもりでいたら本気だったらしい

下菊みこと
恋愛
やばいタイプのヤンデレに捕まってしまったお話。 めちゃくちゃご都合主義のSS。 小説家になろう様でも投稿しています。

ホストな彼と別れようとしたお話

下菊みこと
恋愛
ヤンデレ男子に捕まるお話です。 あるいは最終的にお互いに溺れていくお話です。 御都合主義のハッピーエンドのSSです。 小説家になろう様でも投稿しています。

転生したら4人のヤンデレ彼氏に溺愛される日々が待っていた。

aika
恋愛
主人公まゆは冴えないOL。 ある日ちょっとした事故で命を落とし転生したら・・・ 4人のイケメン俳優たちと同棲するという神展開が待っていた。 それぞれタイプの違うイケメンたちに囲まれながら、 生活することになったまゆだが、彼らはまゆを溺愛するあまり どんどんヤンデレ男になっていき・・・・ ヤンデレ、溺愛、執着、取り合い・・・♡ 何でもありのドタバタ恋愛逆ハーレムコメディです。

レンタル彼氏がヤンデレだった件について

名乃坂
恋愛
ネガティブ喪女な女の子がレンタル彼氏をレンタルしたら、相手がヤンデレ男子だったというヤンデレSSです。

昔いじめていたあいつがヤンデレ彼氏になった話

あんみつ~白玉をそえて~
恋愛
短編読み切りヤンデレです。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

ちょっと大人な物語はこちらです

神崎 未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な短編物語集です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

小さい頃「お嫁さんになる!」と妹系の幼馴染みに言われて、彼女は今もその気でいる!

竜ヶ崎彰
恋愛
「いい加減大人の階段上ってくれ!!」 俺、天道涼太には1つ年下の可愛い幼馴染みがいる。 彼女の名前は下野ルカ。 幼少の頃から俺にベッタリでかつては将来"俺のお嫁さんになる!"なんて事も言っていた。 俺ももう高校生になったと同時にルカは中学3年生。 だけど、ルカはまだ俺のお嫁さんになる!と言っている! 堅物真面目少年と妹系ゆるふわ天然少女による拗らせ系ラブコメ開幕!!

処理中です...