灰炭街(かいたんがい)

水細工

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厄介ごとの火種

利己に咲くヒガンバナ⑥

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「聞きたいこと? あぁ、なるほどな」

 先のセンジュの発言が、2人への気遣いだけでは無く人払いも目的だったのだと気づく。
 さて何を聞いてくるのか。

「その……あの時プロミさん泣いてただろ? その理由をナチャさんなら知ってるんじゃないかと思ったんだ」

 あの時、というのが昨日の火山湖カルデラ跡の事だと思い至るのにそう時間はかからなかった。
 同時に予想外の質問に肩の力が抜ける。

「なぜそんな事をわざわざ聞く? 」

「プロミさんがここを出る前に謝っときたいと思ったんだ。でも、俺にはなんでプロミさんが泣いてたのか分からなくってな」

「そうか。 ただ先に言わせてもらうとあれはお前が原因という訳ではないぞ」

 驚いてセンジュが眉を上げる。これに関しては少し事情がある。一から話す必要があるな。

「本来、炎というのは単なる化学反応だ。エネルギー保存の法則は知ってるな。燃焼後も、エネルギーは熱や光に形を変えてどこかに残り続ける。だが喰炎が問題なのは…… 」

「燃えた後に何も残らないから、だろ」

 センジュが私の言葉を継ぐ。

「喰炎はエネルギーを消滅させちまう。残るのは質量も持たない、物理を超越《ちょうえつ》した、無の灰だけ。じいちゃんのが教えてくれた」

 センジュの確認の目配せに頷く。
 この世界のほぼ全てを埋め尽くすあれらは、粒子同士の大きさや形に一切の誤差がないそうだ。
 しかも、質量すら存在しない。しないはずなのだが、外部からの影響に対してはまるで普通の灰のように振る舞う。

 あれらは完全に人間の知の外にある存在だ。
 誰もあれらが何なのか知らない。勿論それは、それを生み出した本人さえも。

「では、火葬人おくりびとも炎を出せるだけで制御は出来ないということは知っているか? 」

「制御が出来ない? 火葬人は燃やす対象を指定できるってじいちゃんが言ってたぞ? 」

「言い方が悪かったな。一度出してしまった喰炎は条件を変更をすることが出来ない、と言うべきか。一度引火した喰炎は消えないし、燃料とする対象を変更することもできないんだ」

 こちらはさしもの祖父も知らない情報だったのか、センジュは素直に嘆息をついた。ここからが本題だな。
 
「あの時なぜプロミがギリギリまで喰炎を出し渋ったのか分かるか? 」

「……いや? 」

「全て燃やしてしまうからだ」

「どういうことだ? 」

 見えてこない話にセンジュが顔を歪めた。

「喰炎に加減は存在しない。あの時プロミは周囲とカナタの体内の硫化水素だけでなく、あの周辺にあった硫化水素全てを灰にしてしまったんだ」

「なるほど。そりゃそうか」

 合点がいったのかセンジュが頷く。

「ん。でも、それの何が問題なんだ? むしろ燃え残りが無くて安心じゃねぇのか? 」

「……ああ」

 センジュの問いはごく自然な口調だった。
 それに一瞬奇妙な感覚を覚えるが、直ぐにこれが普通な事を思い出す。

「プロミの場合はそうでは無いんだ。昨日プロミが人を救うために旅をしていると言っていただろう。そんなプロミが地球上の資源を減らすような真似をしたがると思うか? 」

「自分のせいで死ぬ人間が出るかも知れないって思ったって事か? 」

 首肯するとセンジュは何とも言えないような渋い表情をした。落ち着かない様子で何度か指を組み替え、唇を舐める。

「なんでプロミさんはそこまで人助けに執着してるんだ。なんて言うか……そこまで頑張る必要ってあるのか? 」

「まったく無いな」

「へ? 」

 私に説教でもされると思っていたのか、肩透かしを喰らったセンジュが呆れたような顔をする。だがそれが事実だ。実のところ……というか本人にも言っているが、私もあの生き方には半ば呆れている。

「あんな生き方まともでは無い。今のところどうにかなっているがいつか誰かに食い潰されるかも知れないな。それに、プロミの善行には独善的な面が多い。あれは自己犠牲的なヒーローの思想の劣化版のような物だ」

「じゃあ……なんで止めてやらないんだ。相棒なんだろ? 」

「1つは、プロミのそれを理解した上で善行を続けるようなところが好きだから。もう1つは、あれがプロミのやりたい事だからだ」

 センジュの座る椅子の軋む、鈍い音が1度聞こえた。

「別にプロミは正しいことがしたくて人助けをしてるわけでは無い。あれは単なるプロミの趣味のような物だ。あれが誰かに課された義務で無く、またプロミを縛る呪縛でもない以上プロミの人助けを止める気はサラサラない」

「……」

 センジュが呆れたように私を見つめる。だが、その口角は僅かに上がっていた。

「その理論からすると。ナチャさんはプロミさんが……その……例えばの話なんだが、殺人が趣味だったりしても…… 」

「止めなかっただろうな。それがプロミのしたい事であるなら」

「イカれてるな」

「鴉に倫理観を求められても困る」

「ははっ、そりゃそうか…… 」

 センジュが乾いた笑みをうかべ、痛々しく顔を歪めた。


「……少し話していいか? 」

 少しして、ポツリと、向かって右手の窓の外を見ながらセンジュが呟いた。
 断る理由もないため、無言で頷く。

「ヒガンバナの根は有毒だけど、上手く調理すれば食べられるんだ。だから普段はヒガンバナの根を加工して食ってる」
 
 センジュが窓の外の花畑を覗く。
 外の花畑ではプロミ達が座り込み、手元で何かをしているのが見えた。

「でも、それだけじゃ生きるのに必要な栄養は賄いきれないから食糧を手に入れるために盗賊なんてやってるんだが…… 」

 話の途中でセンジュがイスを引き立ち上がる。近くの棚を開けると中から手のひら程の袋を取り出した。センジュが袋をテーブルの上に放る。投げられた袋は、跳ねる事もなくドサリと重い音を立て止まった。

「ご先祖の遺してくれた他の植物の種だ。本当はこれを使えば盗みをする必要なんて無いんだよ」

 センジュがイスを引き、背もたれに体を投げ出す。

「なら何故ヒガンバナばかりをこうも植えるんだ? 」

「さっき、ヒガンバナはじいちゃんが好きだった花だって言ったろ? じいちゃん、自分の事にはすげぇ無頓着で、ヒガンバナ以外に思い入れのありそうなものなんて無かったんだ」

 背後の窓から陽の光が差し込み、逆光でセンジュの顔に暗い影が差した。

「じいちゃんが死んで、遺言通りじいちゃんの燃え残った死体を畑の一角の花畑に埋めた日。あの日からヒガンバナが近くにあると、じいちゃんの存在が感じられる気がするようになったんだ」

 センジュが頭を掻き、苦笑いする。

「それで、いつの間にかヒガンバナを植える面積だけを増やし続けちまって、今となっちゃこのザマだ。じいちゃんの気配に縋らないと……こんな所で一生1人きりかも知れないなんて、昔の俺は耐えられなかった。まぁ今もそれは同じなんだがな」

「そうか」

 センジュの祖父が死んだのは随分前のはずだ。強すぎる執着……いや、肉親が祖父以外に居なかったのなら妥当か。身勝手この上ない行動ではあるが、私は別に嫌とは思わない。だが、センジュ自身がそうでは無いのは昨日の告白から明らかだった。

「ナチャさん、気色悪いと思ったか? さっきの話」

「……私からすれば、自分のために人助けをするプロミも、自分のために人を害するお前も変わりない」

「そう……か。実は俺も、さっきナチャさんの話を聞いてて同じ事を思えたんだ。もしかしたらこんなに悩む必要なんてねぇのかもって。でも、やっぱりなんかな…… 」

 自嘲的に笑いセンジュが俯く。
 まぁ、昨日や今日知り合ったカラスに言われた程度で解決するのなら、悩んだりなどしないだろう。
 頭では理解していても、センジュの善性が自身の首を絞めてしまっている。今のセンジュに必要なのは——

「お前は自分の行動を許せないのかも知れないが、少なくとも私はお前に感謝しているぞ」
  
「感謝? 」

「お前のおかげで私は、生きている内に花を見ることができた。ありがとう」

「……⁉︎ 」

 顔を起こしセンジュが目を見開く。
 薄く開かれた口は、小さく震えるだけで言葉を発さなかった。センジュの瞳が震えた。

「俺の、おかげ」

「お前以外がここを管理していればヒガンバナは無くなってただろう? この光景を見られたのはお前のおかげ他ならない」

 偽りない本音だ。私からすれば知らない人間がセンジュに奪われた結果生まれたのがこの光景なのだとしても、どうでもいい事だから。
 私ぐらいは身勝手にこの男を肯定してしまってもいいだろう。

「……ははっ。俺の、してきた事が……誰かのためになるなんてな」

 センジュが目尻を拭う。
 祖父が死んでから誰にも言われてこなかったのだろう。
 必要なのは承認だ。誰でもいい。誰かがセンジュを認めてあげれば、センジュの呪縛はきっと解ける。
 
「わっ! 」

 突然、外からプロミの声が風と共に吹き込んできた。
 窓の外を見ると、急な突風が吹いたのか、ヒガンバナたちがゆらゆらとその場で揺れ動いていた。
 間髪入れずに再び強風が花畑を襲う。

 目を奪われる。
 
 偶然か、天の悪戯か。
 花畑の中だけで吹き上げたその風は、周囲の灰をそのままに、真っ赤な無数の花弁だけを宙に踊らせた。灰の海の一角、赤い命の散り舞うその光景は、やはり無粋な飾りひとついらないほどに綺麗だった。
 
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