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悪役令嬢、首をかしげる
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その後すぐに、さっきルナの背を押していたスーツの女性がルナを迎えに来た。
「松影さん? ご両親も到着されたわよ」
「……っ、はい」
ルナはもう一度私を睨み付けると、スルリとお手洗いを出て行った。
「ほ、ほええええ」
どっと気が抜ける。
少しおぼつかない足取りでお手洗いを出ると、黒田くんに腕を掴まれた。
「オイ、いまあの女もトイレから出てきたけど、何かあったのか。顔色悪ぃぞ」
「あ、うん……言い争いみたいには、なったけど」
「あ? 呼べよ」
「呼べって、みんなを?」
「みんなでも俺でもいいよ」
「女子トイレだよ」
「関係ねぇよ」
黒田くんは強い瞳で、私を見た。
「頼れよ」
その強い視線に気圧されるように「う、うん」と頷いた。
「よし」
黒田くんはニヤリと笑うと、私から手を離した。
「んじゃま、帰るか」
「うん」
(あ、心配してトイレの前で待っててくれたのかな)
「黒田くん」
「ん?」
「ありがと」
「……? なにがだ?」
不思議そうに言う黒田くんと、ひよりちゃんたちのところへ向かう。
「みんな、どうやって帰るの?」
「わたしはいつもバスだよ」
というひよりちゃん。
「俺たちもそうするか」
「うん」
私は3人をながめ「えと……、車、乗る?」と提案してみた。
「親来てんのか?」
「ううん、まぁ違って、うん、乗ったら分かる」
ハイヤー来てます、ってなんか、どうなんだろう。過保護にされてるとか思われないかな……。
(でも、皆をバスで帰して、私だけハイヤーってのもね?)
そう思いながら、エントランスのガラス扉から外をのぞくと、そのタイミングでさっきの黒塗りのハイヤーがすうっと目の前に停車した。
(おおっ、すごい)
ずっとエントランスを見てたのだろうか?
島津さんは、自然な動きで運転手席から降り、後部座席のドアを開けた。
「お待ちしておりました、華様。お早かったですね」
「えーと、授業自体はなかったので、そうですね」
チラリと時計に目をやると、まだ1時間くらいしか経っていなかった。
「私、助手席に座ります」
「かしこまりました」
助手席のドアをサッとあけてくれる、島津さん。
「あの、みんな、……乗ってね?」
乗り込みながらそう言うと、3人は顔を見合わせた。
「こ、これ華ちゃんちの車!?」
「え、ううん、違う違う、ハイヤー」
私はブンブンと首を振った。
「ハイヤーって初めて乗る」
秋月くんと黒田くんは、ちょっと興味津々だ。
ニコニコと笑う島津さんの運転で、車は音もなく走り出す。
最初は、秋月くんのお家につく。
そこで、話しづらいから、と私も後部座席に移った。次がひよりちゃんのお家。
「今日は本当にありがとう」
「ううん、私、なにも」
してないよ、ごめん、と続けようとした言葉に、ひよりちゃんは被せるように言った。
「あのね。華ちゃんが居てくれるだけで、心強かったんだよ」
私は目を瞬いた。
「華ちゃんが、わたしの代わりに、たくさん怒ってくれて。すごく救われたんだ」
ひよりちゃんは、太陽のように笑った。
「ありがとう」
「う、うん」
私はただ目を見開いたまま、返事をすることしかできなかった。
車が再び走り出して、すぐ。
「……設楽、泣いてんのか」
黒田くんは、外の景色を見たまま言った。
「ふ、うう、ぐすっ」
「なんでだよ」
「だ、だって、わっ私、何もできてなくて、なのに、あんなに」
「いいじゃねえか、ひよりは救われたってよ」
「ん、で、でも」
「俺たちにはできねぇことだったと思うぜ」
そう言って、頭をぽんぽん、と撫でてくれた。
「要るんだよ、そういう奴が。なにをするってわけでもなく、怒ったり泣いたりしてくれる奴が」
「……そうかな」
顔を上げると、黒田くんは「ひでー顔!」と笑った。
「う、し、仕方ないじゃん」
鼻をすする。うう。
「そうだな、仕方ないな、仕方な……」
黒田くんは、ハンカチで鼻水を拭く私を何度か瞬きをして見た後、少し照れたように頭をかいて「あーーー、そういうことかよ」と呟いた。
「え、なに!?」
「なんでもねぇよ」
「私、関係ある?」
「あるよ」
ちょっと強い語尾。
「えっ!? なに!? なんかした!?」
「してねぇよ……いや、したかな」
「えっなに、ごめん?」
「謝られるようなことじゃねぇよ」
黒田くんは、すっきりした顔で笑った。
「ここしばらく、なぁんか良くわかんねぇっていうか、モヤモヤしててよ、理由が分かったからな。気分爽快って感じだ」
「私はわかんなくなってる」
「あえて言うなら、まぁ、お前って可愛いよなって話」
「ちょっと、この状態の顔を見て言う?」
さすがに自分の顔が酷いことになっていることくらい、わかる。涙と鼻水。
「ほんと、ひっでーよな」
「もうう」
からかうように笑う、黒田くん。
「つか、外見の話じゃねーよ、ナカミ」
「中身?」
「ま、そのうちな……泣き止んだな」
「あ」
黒田くんに誤魔化されたように、涙は引っ込んでいた。
黒田くんはニカリと笑うと「じゃあまた学校でな」と言って、車を降りた。いつのまにか、黒田くんの家の前に着いていたらしい。
走り出した車内で私が左右に首を傾げていると、島津さんは「甘酸っぱいですねぇ」と、ひとり笑っていた。
「松影さん? ご両親も到着されたわよ」
「……っ、はい」
ルナはもう一度私を睨み付けると、スルリとお手洗いを出て行った。
「ほ、ほええええ」
どっと気が抜ける。
少しおぼつかない足取りでお手洗いを出ると、黒田くんに腕を掴まれた。
「オイ、いまあの女もトイレから出てきたけど、何かあったのか。顔色悪ぃぞ」
「あ、うん……言い争いみたいには、なったけど」
「あ? 呼べよ」
「呼べって、みんなを?」
「みんなでも俺でもいいよ」
「女子トイレだよ」
「関係ねぇよ」
黒田くんは強い瞳で、私を見た。
「頼れよ」
その強い視線に気圧されるように「う、うん」と頷いた。
「よし」
黒田くんはニヤリと笑うと、私から手を離した。
「んじゃま、帰るか」
「うん」
(あ、心配してトイレの前で待っててくれたのかな)
「黒田くん」
「ん?」
「ありがと」
「……? なにがだ?」
不思議そうに言う黒田くんと、ひよりちゃんたちのところへ向かう。
「みんな、どうやって帰るの?」
「わたしはいつもバスだよ」
というひよりちゃん。
「俺たちもそうするか」
「うん」
私は3人をながめ「えと……、車、乗る?」と提案してみた。
「親来てんのか?」
「ううん、まぁ違って、うん、乗ったら分かる」
ハイヤー来てます、ってなんか、どうなんだろう。過保護にされてるとか思われないかな……。
(でも、皆をバスで帰して、私だけハイヤーってのもね?)
そう思いながら、エントランスのガラス扉から外をのぞくと、そのタイミングでさっきの黒塗りのハイヤーがすうっと目の前に停車した。
(おおっ、すごい)
ずっとエントランスを見てたのだろうか?
島津さんは、自然な動きで運転手席から降り、後部座席のドアを開けた。
「お待ちしておりました、華様。お早かったですね」
「えーと、授業自体はなかったので、そうですね」
チラリと時計に目をやると、まだ1時間くらいしか経っていなかった。
「私、助手席に座ります」
「かしこまりました」
助手席のドアをサッとあけてくれる、島津さん。
「あの、みんな、……乗ってね?」
乗り込みながらそう言うと、3人は顔を見合わせた。
「こ、これ華ちゃんちの車!?」
「え、ううん、違う違う、ハイヤー」
私はブンブンと首を振った。
「ハイヤーって初めて乗る」
秋月くんと黒田くんは、ちょっと興味津々だ。
ニコニコと笑う島津さんの運転で、車は音もなく走り出す。
最初は、秋月くんのお家につく。
そこで、話しづらいから、と私も後部座席に移った。次がひよりちゃんのお家。
「今日は本当にありがとう」
「ううん、私、なにも」
してないよ、ごめん、と続けようとした言葉に、ひよりちゃんは被せるように言った。
「あのね。華ちゃんが居てくれるだけで、心強かったんだよ」
私は目を瞬いた。
「華ちゃんが、わたしの代わりに、たくさん怒ってくれて。すごく救われたんだ」
ひよりちゃんは、太陽のように笑った。
「ありがとう」
「う、うん」
私はただ目を見開いたまま、返事をすることしかできなかった。
車が再び走り出して、すぐ。
「……設楽、泣いてんのか」
黒田くんは、外の景色を見たまま言った。
「ふ、うう、ぐすっ」
「なんでだよ」
「だ、だって、わっ私、何もできてなくて、なのに、あんなに」
「いいじゃねえか、ひよりは救われたってよ」
「ん、で、でも」
「俺たちにはできねぇことだったと思うぜ」
そう言って、頭をぽんぽん、と撫でてくれた。
「要るんだよ、そういう奴が。なにをするってわけでもなく、怒ったり泣いたりしてくれる奴が」
「……そうかな」
顔を上げると、黒田くんは「ひでー顔!」と笑った。
「う、し、仕方ないじゃん」
鼻をすする。うう。
「そうだな、仕方ないな、仕方な……」
黒田くんは、ハンカチで鼻水を拭く私を何度か瞬きをして見た後、少し照れたように頭をかいて「あーーー、そういうことかよ」と呟いた。
「え、なに!?」
「なんでもねぇよ」
「私、関係ある?」
「あるよ」
ちょっと強い語尾。
「えっ!? なに!? なんかした!?」
「してねぇよ……いや、したかな」
「えっなに、ごめん?」
「謝られるようなことじゃねぇよ」
黒田くんは、すっきりした顔で笑った。
「ここしばらく、なぁんか良くわかんねぇっていうか、モヤモヤしててよ、理由が分かったからな。気分爽快って感じだ」
「私はわかんなくなってる」
「あえて言うなら、まぁ、お前って可愛いよなって話」
「ちょっと、この状態の顔を見て言う?」
さすがに自分の顔が酷いことになっていることくらい、わかる。涙と鼻水。
「ほんと、ひっでーよな」
「もうう」
からかうように笑う、黒田くん。
「つか、外見の話じゃねーよ、ナカミ」
「中身?」
「ま、そのうちな……泣き止んだな」
「あ」
黒田くんに誤魔化されたように、涙は引っ込んでいた。
黒田くんはニカリと笑うと「じゃあまた学校でな」と言って、車を降りた。いつのまにか、黒田くんの家の前に着いていたらしい。
走り出した車内で私が左右に首を傾げていると、島津さんは「甘酸っぱいですねぇ」と、ひとり笑っていた。
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