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悪役令嬢は知ってしまう
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その日はいわゆる「調べ学習」というものの日らしかった。
(とはいえ、タブレット……デジタルなのね! 時代って感じ……)
私が小学生の頃は、新聞やら辞書やら使ってたけどなぁ、などとこっそりひとりごちつつ、2人にひとつ配布されたタブレットを黒田くんと(席が隣同士で一つのタブレットだった)覗き込む。
何度かあった席替えで、席が離れたりまた近くになったりしたけれど、六年生最初の席替え(クジだった)でまた横並びになったのだ。
ちなみにひよりちゃんと秋月くんも横並び。(クジ引いた時、秋月くんは露骨に喜んでた)私たちの席とは少し離れているけど。
「何について調べる?」
「何がいいだろうな」
黒田くんは腕を組んで考えつつ、黒板に書かれた「この街の歴史について」というお題を眺めた。
「いちおう有名な武将はいるけど……皆それだろうしな。並んだら面白くねぇな」
めんどくさそうな顔をしつつ、真剣に考える黒田くん。
(おお、テキトーにやっちゃう派ではないんだな。えらいえらい)
心の中で褒めつつ、「だねぇ」と返事をする。
ちらりと後ろの方の席に目をやると、「もう源頼朝でよくない?」「いいかなぁ」という秋月くんとひよりちゃんが見えた。
(2人は要領いい派よね)
性格が出るなぁ、とちょっとクスリとする。
その時、ふと数日前の授業を思い出した。
「あ、黒田くん。何日か前の社会の時間に、先生がこのあたりでも木簡が出土してますって言ってなかった?」
「あー、あったな。それにするか」
「そうしよう」
タブレットで、地名と木簡で合わせて検索すると、すぐヒットした。
地元新聞のサイトにも上がっているが、大手新聞のサイトにも載っている。
結構大きなニュースだったみたいだ。
(日付は……去年の3月か)
とりあえず大手新聞のサイトを開く。
黒田くんはノートを開きながら言った。
「俺がメモして軽くまとめるから、設楽が提出用の紙に書いてくれるか? 俺、あまり字が上手くないから」
「分かった」
黒田くんがノートにメモしているのを横目に見つつ、なんとなく記事を読む。
(てか、調べるのはデジタルなのに出力はアナログなのね……)
学校教育の変なところ、というか。うーん。
黒田くんはメモを取りつつ、記事を下にスクロールしていく。
記事の1番下までたどり着くと、すぐ下に「関連」の項目があった。他の記事へのリンクだった。
「他にも記事あるかな?」
同じ木簡に関する記事、別のところから出土した木簡の記事、それから同日に起きた事件の記事。
スクロールしようとして、謝ってリンクをタップしてしまう。
「あ、ごめんすぐ、もど、……」
言いかけて止めたのは、そのリンク先の記事に見慣れた漢字が並んでいたからだ。
「設楽」の文字。
思わず記事を見つめた。
"神戸ストーカー殺人犯人逮捕"
"4日に殺害された設楽 笑(えみ)さん"
"逮捕されたのは同僚の男(45)"
"今日中に送検される見通しで"
"設楽さんの長女(10)は軽傷"
指先が冷たくなるのを感じた。
これは。
この記事は。
『え? ここ? 神戸の市民病院やで』
脳内に突然、アキラくんの声が蘇った。
そう、私は、華は、神戸にいたのだ。
なぜ敦子さんたちが華の過去について口を閉ざすのか。
華は。私は。
『はな、にげなさい』
唐突に浮かんできた"その人"はそう言った。
(これ、は、華の記憶?)
『はやく、にげなさい』
血まみれで、そう叫ぶ、女の人。
(『おかあさん』)
「設楽」
思考が飛んでいたのを戻したのは、タブレットの画面を切った、黒田くんの声だった。
呆然と黒田くんを見つめる。
怖い顔をしていた。
(あ、見られた)
それ以上のことは何も考えられなかった。
身体が震えているのが分かった。
黒田くんは少し眉根を寄せて、それからスッと手を挙げた。
「先生、設楽さん体調悪そうなんで保健室連れて行きます」
「え? あら、ほんと! 顔色真っ青よ設楽さん。大丈夫?」
クラスの注目が集まった。
「華ちゃん大丈夫?」
ひよりちゃんが席を立ち、側まで来てくれた。
「……大丈夫」
「嘘でしょ、ちょっと真っ青だよ!」
秋月くんも驚いたように言った。
(そんなに、ひどい顔を、しているだろうか)
しているのかもしれない。
「行くぞ、設楽」
黒田くんに支えられるように教室を出る。
どこをどう通ったものか、気がつけば保健室にいた。
保健室のソファに沈むように座る。
「先生いまいねぇな。職員室かもしんねぇ。見てくる」
離れようとする黒田くんの腕を、とっさに握った。
「……設楽?」
「ごめん、行かないで。1人にしないで」
(情けない、中身は大人なのに)
酷く混乱していた。
(とにかく落ち着かなくては)
深呼吸をする。何度も。酸素が足りない気がして、涙が溢れてきた。
(だから。だから、華の脳は、華の記憶を消したんだ)
華の精神が、耐えられそうになかったから。
そして、おそらくはその代替として「前世の記憶」を引っ張り上げてきた。
(どうしよう、でも、大人でも無理だよ……よりによって、ストーカー、だなんて)
前世の記憶とごっちゃになり、何が何だかわからなくなってきた。
(あの、夜道で、私は)
あのおとこに。
(もう私に関わらないでと、何度も言ったのに……言ったから?)
しゃくりあげて泣き声が漏れてしまう。
(情けない、大人なのに)
「1人じゃねぇぞ」
声を殺して泣いていると、唐突に黒田くんがそう告げた。
ぎゅっ、と抱きしめられる。
(あったかい)
「頼れって言っただろうが」
黒田くんのにおいがする。たぶん、おうちの洗剤とかの匂い。
ひどく安らぐ気がして、そのまだ薄い胸板に顔をこすりつけた。甘えるように。
黒田くんは私を抱きしめたまま、不器用な手つきで、頭を撫でてくれた。
(安心する……)
なぜかは分からない。もしかしたら、その、良くある洗剤やお家の匂いが、前世の私の実家の匂いに、どこか似ているのかもしれなかった。
(とはいえ、タブレット……デジタルなのね! 時代って感じ……)
私が小学生の頃は、新聞やら辞書やら使ってたけどなぁ、などとこっそりひとりごちつつ、2人にひとつ配布されたタブレットを黒田くんと(席が隣同士で一つのタブレットだった)覗き込む。
何度かあった席替えで、席が離れたりまた近くになったりしたけれど、六年生最初の席替え(クジだった)でまた横並びになったのだ。
ちなみにひよりちゃんと秋月くんも横並び。(クジ引いた時、秋月くんは露骨に喜んでた)私たちの席とは少し離れているけど。
「何について調べる?」
「何がいいだろうな」
黒田くんは腕を組んで考えつつ、黒板に書かれた「この街の歴史について」というお題を眺めた。
「いちおう有名な武将はいるけど……皆それだろうしな。並んだら面白くねぇな」
めんどくさそうな顔をしつつ、真剣に考える黒田くん。
(おお、テキトーにやっちゃう派ではないんだな。えらいえらい)
心の中で褒めつつ、「だねぇ」と返事をする。
ちらりと後ろの方の席に目をやると、「もう源頼朝でよくない?」「いいかなぁ」という秋月くんとひよりちゃんが見えた。
(2人は要領いい派よね)
性格が出るなぁ、とちょっとクスリとする。
その時、ふと数日前の授業を思い出した。
「あ、黒田くん。何日か前の社会の時間に、先生がこのあたりでも木簡が出土してますって言ってなかった?」
「あー、あったな。それにするか」
「そうしよう」
タブレットで、地名と木簡で合わせて検索すると、すぐヒットした。
地元新聞のサイトにも上がっているが、大手新聞のサイトにも載っている。
結構大きなニュースだったみたいだ。
(日付は……去年の3月か)
とりあえず大手新聞のサイトを開く。
黒田くんはノートを開きながら言った。
「俺がメモして軽くまとめるから、設楽が提出用の紙に書いてくれるか? 俺、あまり字が上手くないから」
「分かった」
黒田くんがノートにメモしているのを横目に見つつ、なんとなく記事を読む。
(てか、調べるのはデジタルなのに出力はアナログなのね……)
学校教育の変なところ、というか。うーん。
黒田くんはメモを取りつつ、記事を下にスクロールしていく。
記事の1番下までたどり着くと、すぐ下に「関連」の項目があった。他の記事へのリンクだった。
「他にも記事あるかな?」
同じ木簡に関する記事、別のところから出土した木簡の記事、それから同日に起きた事件の記事。
スクロールしようとして、謝ってリンクをタップしてしまう。
「あ、ごめんすぐ、もど、……」
言いかけて止めたのは、そのリンク先の記事に見慣れた漢字が並んでいたからだ。
「設楽」の文字。
思わず記事を見つめた。
"神戸ストーカー殺人犯人逮捕"
"4日に殺害された設楽 笑(えみ)さん"
"逮捕されたのは同僚の男(45)"
"今日中に送検される見通しで"
"設楽さんの長女(10)は軽傷"
指先が冷たくなるのを感じた。
これは。
この記事は。
『え? ここ? 神戸の市民病院やで』
脳内に突然、アキラくんの声が蘇った。
そう、私は、華は、神戸にいたのだ。
なぜ敦子さんたちが華の過去について口を閉ざすのか。
華は。私は。
『はな、にげなさい』
唐突に浮かんできた"その人"はそう言った。
(これ、は、華の記憶?)
『はやく、にげなさい』
血まみれで、そう叫ぶ、女の人。
(『おかあさん』)
「設楽」
思考が飛んでいたのを戻したのは、タブレットの画面を切った、黒田くんの声だった。
呆然と黒田くんを見つめる。
怖い顔をしていた。
(あ、見られた)
それ以上のことは何も考えられなかった。
身体が震えているのが分かった。
黒田くんは少し眉根を寄せて、それからスッと手を挙げた。
「先生、設楽さん体調悪そうなんで保健室連れて行きます」
「え? あら、ほんと! 顔色真っ青よ設楽さん。大丈夫?」
クラスの注目が集まった。
「華ちゃん大丈夫?」
ひよりちゃんが席を立ち、側まで来てくれた。
「……大丈夫」
「嘘でしょ、ちょっと真っ青だよ!」
秋月くんも驚いたように言った。
(そんなに、ひどい顔を、しているだろうか)
しているのかもしれない。
「行くぞ、設楽」
黒田くんに支えられるように教室を出る。
どこをどう通ったものか、気がつけば保健室にいた。
保健室のソファに沈むように座る。
「先生いまいねぇな。職員室かもしんねぇ。見てくる」
離れようとする黒田くんの腕を、とっさに握った。
「……設楽?」
「ごめん、行かないで。1人にしないで」
(情けない、中身は大人なのに)
酷く混乱していた。
(とにかく落ち着かなくては)
深呼吸をする。何度も。酸素が足りない気がして、涙が溢れてきた。
(だから。だから、華の脳は、華の記憶を消したんだ)
華の精神が、耐えられそうになかったから。
そして、おそらくはその代替として「前世の記憶」を引っ張り上げてきた。
(どうしよう、でも、大人でも無理だよ……よりによって、ストーカー、だなんて)
前世の記憶とごっちゃになり、何が何だかわからなくなってきた。
(あの、夜道で、私は)
あのおとこに。
(もう私に関わらないでと、何度も言ったのに……言ったから?)
しゃくりあげて泣き声が漏れてしまう。
(情けない、大人なのに)
「1人じゃねぇぞ」
声を殺して泣いていると、唐突に黒田くんがそう告げた。
ぎゅっ、と抱きしめられる。
(あったかい)
「頼れって言っただろうが」
黒田くんのにおいがする。たぶん、おうちの洗剤とかの匂い。
ひどく安らぐ気がして、そのまだ薄い胸板に顔をこすりつけた。甘えるように。
黒田くんは私を抱きしめたまま、不器用な手つきで、頭を撫でてくれた。
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