42 / 702
4
悪役令嬢は羊羹を持っていく
しおりを挟む
「超~~恥ずかしいことをしてしまい、ほんとに申し訳なく思っております」
私は黒田家の玄関で、老舗和菓子店の羊羹を差し出しつつぺこりと頭を下げた。
あの後、ぐっすり寝てしまったらしい私は、気がついたら保健室のベッドの中にいた。
(い、一体なにが……どうなったやら)
良くわからなかったが、保健室の先生も「あら顔色良くなったわね」と微笑むだけで特に変わった様子はない。
(余計なこと言っちゃう前に戻ろう)
教室に戻ると、午後の授業が始まったばかりだった。
「よう、もう大丈夫なのか」
黒田くんも平素通りだ。
「顔色良くなった」
「寝不足だった?」
ひよりちゃんと秋月くんが安心したように笑ってくれた。
(ま、まさか夢……!? いや、それにしてはリアルだった……っていうか!)
私は発見してしまった。
黒田くんのシャツが、ちょうど私が握った記憶があるところ、そこがシワになっているのを。
(あーーー現実)
私は一人で赤くなったり青くなったりした後、ふと自分が「ちゃんと」落ち着いているのを自覚した。
(黒田セラピー……)
もちろん、考えなくてはいけないことが出てきたのは事実だ。
しかし、今の心境はかなり楽になっている。
(ありがたや、黒田様…….)
そして放課後、羊羹とともに黒田家を訪ねたのだ。
場所は、ひよりちゃんに教えてもらった。ハイヤーで送ったことあったけど、恐ろしいくらいに全然道がわからなかったのだ。
(方向音痴では、ないはずなんだけど)
「……まぁ、上がれよ」
黒田くんは苦笑いしてスリッパを勧めてくれた。
(気の利く小6男子……)
「おじゃましまぁす」と告げて家に入る。
「たけるー、おともだ……女の子!?」
「うるせえな母さん、クラスの奴だよ」
「すみません、お邪魔します」
黒田くんのお母さんらしき人にぺこりと頭を下げる。
「いえいえ、いらっしゃい」
「これもらった」
「えっこんなお高い羊羹」
びっくりしている黒田くんのお母さんに、ざっくりと事情を告げる。体調を悪くして保健室に連れて行ってくれたこと、介抱をしてくれたこと。
「つまらないものですが、お礼に」
「あらあらあら、いいのかしら……とりあえずお持たせで悪いけど、これいただきましょ。お茶淹れるわね」
「ありがとうございます」
「先部屋行っといてくれ、階段上がって最初の部屋」
「あ、うん、ありがとう」
(急に来たのに部屋上げてくれるんだ)
なぜかその事実に感動しつつ、階段を上がる。
黒田くんの部屋に入ると「ほーう」と感心してしまった。割と片付いている。というか、シンプルな部屋だ。
「悪いな、散らかってて」
小さいちゃぶ台のようなものを運んできた黒田くんが、それを部屋の真ん中に置いた。
「えっこれ綺麗だよ、てかごめんね急に」
「いや、……顔色良くて安心した」
真剣な顔で言われて、ちょっとドキッとしてしまう。なぜか黒田くんに抱きしめられる感覚まで思い出してしまって。
(イヤイヤイヤイヤ、落ち着け私! 小学生相手に!)
「ご、ごめんね、みっともないところ、を」
「みっともなくなんかねぇよ」
(め、目力やばい)
まっすぐな目だ。ちょっと羨ましい。
「う、うん」
「……お茶もらってくる。座ってろ」
ベッドの上から枕を取ると、ちゃぶ台の横にぽん、と置いた。
(……枕に座れと?)
さすがにそれはできないので、遠慮して更にその横に座った。
やることもなく、本棚を眺める。
(空手関係の本とか雑誌ばっか)
ほどなくして、黒田くんはお盆にお茶と羊羹を乗せて戻ってきた。足でドアを閉める。そういうとこは小学生男子だ。
「待たせたな」
「ううん、ありがとう」
「美味そうだなこれ」
「これね、友達のオススメの羊羹なの。美味しいよ」
樹くんのお家でいつかいただいたやつ。あれからすっかりお気に入りで、たびたび買いに走っているのだ。横浜にも、鎌倉にも店舗がある。
「そうか」
2人でいただきます、と手を合わせて羊羹をぱくりと口に入れる。フンワリとした甘み。今日は栗無しの、普通の羊羹。
「甘すぎなくていいな」
「でしょ」
にこっ、と笑うと、黒田くんは安心したように微笑んだ。
「やっと笑ったな」
「……あ」
「まぁ無理に笑うことねーけどな」
更に一口で羊羹を食べると、黒田くんはぽんぽん、と私の頭を撫でた。
「えへ。ありがと」
「……おう」
黒田くんは照れたように明後日の方向を見た。
(ほんといい人だよなぁ)
私は少し居住まいを正す。
今日ここにきたのは、お礼と、そして情けないながらちょっとしたお願いをするためだった。
「……何も聞かないの?」
「言いたいなら聞くけど、言いたくないならいい」
ぶっきらぼうにそう答えられる。
「あのね、……あの新聞記事。私ね、……あんまり、覚えてなくて」
あんまり、というか、ほぼ全部、なんだけど。
「……そうなのか」
「だから、あんな風になったの、予想外だったっていうか」
黒田くんは、黙って頷いて私を見つめた。
「それで、……、もし良ければなんだけど、またあんな風になっちゃったら、頼っていいかな」
「おう」
「黒田セラピー、すごかった。超落ち着いた」
「黒田セラピー……」
なんだか不思議そうな顔をされる。
「ダメ?」
「あ? いいに決まってんだろ」
こっちから頼れって何べんも言ってるんだし、と言い添えられる。
「ありがとう!」
思わず手を握ると、さすがに黒田くんはちょっと赤くなった。
色々小学生らしいとこもあるんだな、と少しだけ微笑ましくて笑ってしまう。
小学生に頼ってる自分が言えたギリではないんだけどね。
私は黒田家の玄関で、老舗和菓子店の羊羹を差し出しつつぺこりと頭を下げた。
あの後、ぐっすり寝てしまったらしい私は、気がついたら保健室のベッドの中にいた。
(い、一体なにが……どうなったやら)
良くわからなかったが、保健室の先生も「あら顔色良くなったわね」と微笑むだけで特に変わった様子はない。
(余計なこと言っちゃう前に戻ろう)
教室に戻ると、午後の授業が始まったばかりだった。
「よう、もう大丈夫なのか」
黒田くんも平素通りだ。
「顔色良くなった」
「寝不足だった?」
ひよりちゃんと秋月くんが安心したように笑ってくれた。
(ま、まさか夢……!? いや、それにしてはリアルだった……っていうか!)
私は発見してしまった。
黒田くんのシャツが、ちょうど私が握った記憶があるところ、そこがシワになっているのを。
(あーーー現実)
私は一人で赤くなったり青くなったりした後、ふと自分が「ちゃんと」落ち着いているのを自覚した。
(黒田セラピー……)
もちろん、考えなくてはいけないことが出てきたのは事実だ。
しかし、今の心境はかなり楽になっている。
(ありがたや、黒田様…….)
そして放課後、羊羹とともに黒田家を訪ねたのだ。
場所は、ひよりちゃんに教えてもらった。ハイヤーで送ったことあったけど、恐ろしいくらいに全然道がわからなかったのだ。
(方向音痴では、ないはずなんだけど)
「……まぁ、上がれよ」
黒田くんは苦笑いしてスリッパを勧めてくれた。
(気の利く小6男子……)
「おじゃましまぁす」と告げて家に入る。
「たけるー、おともだ……女の子!?」
「うるせえな母さん、クラスの奴だよ」
「すみません、お邪魔します」
黒田くんのお母さんらしき人にぺこりと頭を下げる。
「いえいえ、いらっしゃい」
「これもらった」
「えっこんなお高い羊羹」
びっくりしている黒田くんのお母さんに、ざっくりと事情を告げる。体調を悪くして保健室に連れて行ってくれたこと、介抱をしてくれたこと。
「つまらないものですが、お礼に」
「あらあらあら、いいのかしら……とりあえずお持たせで悪いけど、これいただきましょ。お茶淹れるわね」
「ありがとうございます」
「先部屋行っといてくれ、階段上がって最初の部屋」
「あ、うん、ありがとう」
(急に来たのに部屋上げてくれるんだ)
なぜかその事実に感動しつつ、階段を上がる。
黒田くんの部屋に入ると「ほーう」と感心してしまった。割と片付いている。というか、シンプルな部屋だ。
「悪いな、散らかってて」
小さいちゃぶ台のようなものを運んできた黒田くんが、それを部屋の真ん中に置いた。
「えっこれ綺麗だよ、てかごめんね急に」
「いや、……顔色良くて安心した」
真剣な顔で言われて、ちょっとドキッとしてしまう。なぜか黒田くんに抱きしめられる感覚まで思い出してしまって。
(イヤイヤイヤイヤ、落ち着け私! 小学生相手に!)
「ご、ごめんね、みっともないところ、を」
「みっともなくなんかねぇよ」
(め、目力やばい)
まっすぐな目だ。ちょっと羨ましい。
「う、うん」
「……お茶もらってくる。座ってろ」
ベッドの上から枕を取ると、ちゃぶ台の横にぽん、と置いた。
(……枕に座れと?)
さすがにそれはできないので、遠慮して更にその横に座った。
やることもなく、本棚を眺める。
(空手関係の本とか雑誌ばっか)
ほどなくして、黒田くんはお盆にお茶と羊羹を乗せて戻ってきた。足でドアを閉める。そういうとこは小学生男子だ。
「待たせたな」
「ううん、ありがとう」
「美味そうだなこれ」
「これね、友達のオススメの羊羹なの。美味しいよ」
樹くんのお家でいつかいただいたやつ。あれからすっかりお気に入りで、たびたび買いに走っているのだ。横浜にも、鎌倉にも店舗がある。
「そうか」
2人でいただきます、と手を合わせて羊羹をぱくりと口に入れる。フンワリとした甘み。今日は栗無しの、普通の羊羹。
「甘すぎなくていいな」
「でしょ」
にこっ、と笑うと、黒田くんは安心したように微笑んだ。
「やっと笑ったな」
「……あ」
「まぁ無理に笑うことねーけどな」
更に一口で羊羹を食べると、黒田くんはぽんぽん、と私の頭を撫でた。
「えへ。ありがと」
「……おう」
黒田くんは照れたように明後日の方向を見た。
(ほんといい人だよなぁ)
私は少し居住まいを正す。
今日ここにきたのは、お礼と、そして情けないながらちょっとしたお願いをするためだった。
「……何も聞かないの?」
「言いたいなら聞くけど、言いたくないならいい」
ぶっきらぼうにそう答えられる。
「あのね、……あの新聞記事。私ね、……あんまり、覚えてなくて」
あんまり、というか、ほぼ全部、なんだけど。
「……そうなのか」
「だから、あんな風になったの、予想外だったっていうか」
黒田くんは、黙って頷いて私を見つめた。
「それで、……、もし良ければなんだけど、またあんな風になっちゃったら、頼っていいかな」
「おう」
「黒田セラピー、すごかった。超落ち着いた」
「黒田セラピー……」
なんだか不思議そうな顔をされる。
「ダメ?」
「あ? いいに決まってんだろ」
こっちから頼れって何べんも言ってるんだし、と言い添えられる。
「ありがとう!」
思わず手を握ると、さすがに黒田くんはちょっと赤くなった。
色々小学生らしいとこもあるんだな、と少しだけ微笑ましくて笑ってしまう。
小学生に頼ってる自分が言えたギリではないんだけどね。
20
あなたにおすすめの小説
傷物令嬢は魔法使いの力を借りて婚約者を幸せにしたい
棗
恋愛
ローゼライト=シーラデンの額には傷がある。幼い頃、幼馴染のラルスに負わされた傷で責任を取る為に婚約が結ばれた。
しかしローゼライトは知っている。ラルスには他に愛する人がいると。この婚約はローゼライトの額に傷を負わせてしまったが為の婚約で、ラルスの気持ちが自分にはないと。
そこで、子供の時から交流のある魔法使いダヴィデにラルスとの婚約解消をしたいと依頼をするのであった。
ナイスミドルな国王に生まれ変わったことを利用してヒロインを成敗する
ぴぴみ
恋愛
少し前まで普通のアラサーOLだった莉乃。ある時目を覚ますとなんだか身体が重いことに気がついて…。声は低いバリトン。鏡に写るはナイスミドルなおじ様。
皆畏れるような眼差しで私を陛下と呼ぶ。
ヒロインが悪役令嬢からの被害を訴える。元女として前世の記憶持ちとしてこの状況違和感しかないのですが…。
なんとか成敗してみたい。
彼女が高級娼婦と呼ばれる理由~元悪役令嬢の戦慄の日々~
プラネットプラント
恋愛
婚約者である王子の恋人をいじめたと婚約破棄され、実家から縁を切られたライラは娼館で暮らすことになる。だが、訪れる人々のせいでライラは怯えていた。
※完結済。
婚約者に毒を飲まされた私から【毒を分解しました】と聞こえてきました。え?
こん
恋愛
成人パーティーに参加した私は言われのない罪で婚約者に問い詰められ、遂には毒殺をしようとしたと疑われる。
「あくまでシラを切るつもりだな。だが、これもお前がこれを飲めばわかる話だ。これを飲め!」
そう言って婚約者は毒の入ったグラスを渡す。渡された私は躊躇なくグラスを一気に煽る。味は普通だ。しかし、飲んでから30秒経ったあたりで苦しくなり初め、もう無理かも知れないと思った時だった。
【毒を検知しました】
「え?」
私から感情のない声がし、しまいには毒を分解してしまった。私が驚いている所に友達の魔法使いが駆けつける。
※なろう様で掲載した作品を少し変えたものです
【完結】転生したらラスボスの毒継母でした!
白雨 音
恋愛
妹シャルリーヌに裕福な辺境伯から結婚の打診があったと知り、アマンディーヌはシャルリーヌと入れ替わろうと画策する。
辺境伯からは「息子の為の白い結婚、いずれ解消する」と宣言されるが、アマンディーヌにとっても都合が良かった。「辺境伯の財で派手に遊び暮らせるなんて最高!」義理の息子など放置して遊び歩く気満々だったが、義理の息子に会った瞬間、卒倒した。
夢の中、前世で読んだ小説を思い出し、義理の息子は将来世界を破滅させようとするラスボスで、自分はその一因を作った毒継母だと知った。破滅もだが、何より自分の死の回避の為に、義理の息子を真っ当な人間に育てようと誓ったアマンディーヌの奮闘☆
異世界転生、家族愛、恋愛☆ 短めの長編(全二十一話です)
《完結しました》 お読み下さり、お気に入り、エール、いいね、ありがとうございます☆
逆ハーレムエンド? 現実を見て下さいませ
朝霞 花純@電子書籍発売中
恋愛
エリザベート・ラガルド公爵令嬢は溜息を吐く。
理由はとある男爵令嬢による逆ハーレム。
逆ハーレムのメンバーは彼女の婚約者のアレックス王太子殿下とその側近一同だ。
エリザベートは男爵令嬢に注意する為に逆ハーレムの元へ向かう。
すべてを思い出したのが、王太子と結婚した後でした
珠宮さくら
恋愛
ペチュニアが、乙女ゲームの世界に転生したと気づいた時には、すべてが終わっていた。
色々と始まらなさ過ぎて、同じ名前の令嬢が騒ぐのを見聞きして、ようやく思い出した時には王太子と結婚した後。
バグったせいか、ヒロインがヒロインらしくなかったせいか。ゲーム通りに何一ついかなかったが、ペチュニアは前世では出来なかったことをこの世界で満喫することになる。
※全4話。
【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました
佐倉穂波
恋愛
転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。
確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。
(そんな……死にたくないっ!)
乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。
2023.9.3 投稿分の改稿終了。
2023.9.4 表紙を作ってみました。
2023.9.15 完結。
2023.9.23 後日談を投稿しました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる