【本編完結】セカンド彼女になりがちアラサー、悪役令嬢に転生する

にしのムラサキ

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悪役令嬢は羊羹を持っていく

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「超~~恥ずかしいことをしてしまい、ほんとに申し訳なく思っております」

 私は黒田家の玄関で、老舗和菓子店の羊羹を差し出しつつぺこりと頭を下げた。

 あの後、ぐっすり寝てしまったらしい私は、気がついたら保健室のベッドの中にいた。

(い、一体なにが……どうなったやら)

 良くわからなかったが、保健室の先生も「あら顔色良くなったわね」と微笑むだけで特に変わった様子はない。

(余計なこと言っちゃう前に戻ろう)

 教室に戻ると、午後の授業が始まったばかりだった。

「よう、もう大丈夫なのか」

 黒田くんも平素通りだ。

「顔色良くなった」
「寝不足だった?」

 ひよりちゃんと秋月くんが安心したように笑ってくれた。

(ま、まさか夢……!?  いや、それにしてはリアルだった……っていうか!)

 私は発見してしまった。
 黒田くんのシャツが、ちょうど私が握った記憶があるところ、そこがシワになっているのを。

(あーーー現実)

 私は一人で赤くなったり青くなったりした後、ふと自分が「ちゃんと」落ち着いているのを自覚した。

(黒田セラピー……)

 もちろん、考えなくてはいけないことが出てきたのは事実だ。
 しかし、今の心境はかなり楽になっている。

(ありがたや、黒田様…….)

 そして放課後、羊羹とともに黒田家を訪ねたのだ。
 場所は、ひよりちゃんに教えてもらった。ハイヤーで送ったことあったけど、恐ろしいくらいに全然道がわからなかったのだ。

(方向音痴では、ないはずなんだけど)

「……まぁ、上がれよ」

 黒田くんは苦笑いしてスリッパを勧めてくれた。

(気の利く小6男子……)

「おじゃましまぁす」と告げて家に入る。

「たけるー、おともだ……女の子!?」
「うるせえな母さん、クラスの奴だよ」
「すみません、お邪魔します」

 黒田くんのお母さんらしき人にぺこりと頭を下げる。

「いえいえ、いらっしゃい」
「これもらった」
「えっこんなお高い羊羹」

 びっくりしている黒田くんのお母さんに、ざっくりと事情を告げる。体調を悪くして保健室に連れて行ってくれたこと、介抱をしてくれたこと。

「つまらないものですが、お礼に」
「あらあらあら、いいのかしら……とりあえずお持たせで悪いけど、これいただきましょ。お茶淹れるわね」
「ありがとうございます」
「先部屋行っといてくれ、階段上がって最初の部屋」
「あ、うん、ありがとう」

(急に来たのに部屋上げてくれるんだ)

 なぜかその事実に感動しつつ、階段を上がる。
 黒田くんの部屋に入ると「ほーう」と感心してしまった。割と片付いている。というか、シンプルな部屋だ。

「悪いな、散らかってて」

 小さいちゃぶ台のようなものを運んできた黒田くんが、それを部屋の真ん中に置いた。

「えっこれ綺麗だよ、てかごめんね急に」
「いや、……顔色良くて安心した」

 真剣な顔で言われて、ちょっとドキッとしてしまう。なぜか黒田くんに抱きしめられる感覚まで思い出してしまって。

(イヤイヤイヤイヤ、落ち着け私!  小学生相手に!)

「ご、ごめんね、みっともないところ、を」
「みっともなくなんかねぇよ」

(め、目力やばい)

 まっすぐな目だ。ちょっと羨ましい。

「う、うん」
「……お茶もらってくる。座ってろ」

 ベッドの上から枕を取ると、ちゃぶ台の横にぽん、と置いた。

(……枕に座れと?)

 さすがにそれはできないので、遠慮して更にその横に座った。
 やることもなく、本棚を眺める。

(空手関係の本とか雑誌ばっか)

 ほどなくして、黒田くんはお盆にお茶と羊羹を乗せて戻ってきた。足でドアを閉める。そういうとこは小学生男子だ。

「待たせたな」
「ううん、ありがとう」
「美味そうだなこれ」
「これね、友達のオススメの羊羹なの。美味しいよ」

 樹くんのお家でいつかいただいたやつ。あれからすっかりお気に入りで、たびたび買いに走っているのだ。横浜にも、鎌倉にも店舗がある。

「そうか」

 2人でいただきます、と手を合わせて羊羹をぱくりと口に入れる。フンワリとした甘み。今日は栗無しの、普通の羊羹。

「甘すぎなくていいな」
「でしょ」

 にこっ、と笑うと、黒田くんは安心したように微笑んだ。

「やっと笑ったな」
「……あ」
「まぁ無理に笑うことねーけどな」

 更に一口で羊羹を食べると、黒田くんはぽんぽん、と私の頭を撫でた。

「えへ。ありがと」
「……おう」

 黒田くんは照れたように明後日の方向を見た。

(ほんといい人だよなぁ)

 私は少し居住まいを正す。
 今日ここにきたのは、お礼と、そして情けないながらちょっとしたお願いをするためだった。

「……何も聞かないの?」
「言いたいなら聞くけど、言いたくないならいい」

 ぶっきらぼうにそう答えられる。

「あのね、……あの新聞記事。私ね、……あんまり、覚えてなくて」

 あんまり、というか、ほぼ全部、なんだけど。

「……そうなのか」
「だから、あんな風になったの、予想外だったっていうか」

 黒田くんは、黙って頷いて私を見つめた。

「それで、……、もし良ければなんだけど、またあんな風になっちゃったら、頼っていいかな」
「おう」
「黒田セラピー、すごかった。超落ち着いた」
「黒田セラピー……」

 なんだか不思議そうな顔をされる。

「ダメ?」
「あ? いいに決まってんだろ」

 こっちから頼れって何べんも言ってるんだし、と言い添えられる。

「ありがとう!」

 思わず手を握ると、さすがに黒田くんはちょっと赤くなった。
 色々小学生らしいとこもあるんだな、と少しだけ微笑ましくて笑ってしまう。
 小学生に頼ってる自分が言えたギリではないんだけどね。
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