【本編完結】セカンド彼女になりがちアラサー、悪役令嬢に転生する

にしのムラサキ

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悪役令嬢は危機感がない

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「うう、階段、終わらない」
「相変わらずやなぁ、華」

 ぜいぜいと呼吸を繰り返しつつ、伏見稲荷大社の千本鳥居、その下の石段を、ひたすらに上がっていく。
 新緑と、朱色の鳥居のコントラスト、時々見える空の青もきれい。
 高い空で、トンビがぴーよぅ、と鳴いた。

(ま、まだ5月なのに暑いよう……)

 なんとなくジメジメしてる感じもする。

(まぁもうすぐ6月だもんね)

 梅雨にはいっちゃう。

「やっぱ下で待ってたが良かったやろか」

 アキラくんが笑って言う。

「うっううん、ごめん、いける」

 私は返事をしつつ、足を進める。

(悪役令嬢スペック、高いはずなのに)

 こういう運動が不得手なのは、元から華自身が苦手だったのか、私のアラサー魂が"この階段絶対キツイ~~"と思ってしまっているせいなの、か。

(気持ちの問題かも)

 私はヨシ、と階段を見上げた。

 結局あのあと、私とアキラくん、ひよりちゃんと秋月くん、黒田くんと相良先生、という班になり、大社内をそれぞれ見て回ることになった。
 ひよりちゃんと秋月くんは、主に本殿近くから少し登った辺りまでを、私たちは中腹を、黒田くんたちは「1番体力あるから」という理由で山頂まで駆けていった。

(相良先生が体力あるの、意外)

 背は高いし、体つきも細身だけどがっちりはしてる。でも普段のノンビリした感じからして、そこまで体力ある感じではない(と勝手に)思っていたのだけど。

(まぁ、体力ないと小学校の先生なんかできないかな?)

 まだ若そうだし、体育の教え方も上手いので、なにかスポーツでもしていたのかもしれない。

 そう思いながら、ふと周りを見渡す。

「あれ?」
「どないしたん、華」
「さっきまで人、いっぱいいたのに」
「へ?」

 アキラくんも、いぶかしげに周りを見渡す。
 延々と続く、まさに永遠に続きそうな鳥居の連続の中で、しん、とした空気がやけに痛い。
 新緑もまぶしく、鳥も鳴いているのに、なんだかひどく寂しい気分になった。

「ほんまやな……今やで! 写真!」

 アキラくんはさっと寄ってきて私と並ぶ。

「人おらんうちに写真撮ろ」
「あは、うん」

(これくらいの観光はいいかな)

 おじさんも見当たらないし。

(どこまで行っちゃったんだろ)

 下の人混みで気付かずすれ違ってたら大変だ。

(でも、そうしたらきっと駅へいくよね)

 さすがに、荷物の取り違えに気付くだろうし。

 2人並んでアキラくんのスマホで写真を撮る。アキラくんが、手を伸ばしての自撮り。

「おっ華めっちゃべっぴんさん! 俺にもっと寄って!」

 アキラくんが、私の肩をぐいっと抱き寄せた。

「あは、めっちゃ褒めてくれる」

 アキラくんの褒め方にちょっと変に笑ってしまう。

(あー、変な顔してるかもっ)

「どう?」
「おお、撮れてる撮れてる~華はどんな角度でも映えるわ」

 ご機嫌そうなアキラくんのスマホを覗き込む。

「む。私変な顔してる」
「どこがや! 可愛らしーやんけ!」
「そうかなぁ」
「せやで」

 アキラくんは私の顔をじっと覗き込んだ。

「華はどんな時もいっちゃん可愛え」
「そんなこと言うのアキラくんくらいだよ」
「え、ほんま?」
「……? うん」

 樹くんは普段人の容姿をどうのこうの言う人じゃないし(たまにべた褒めされるけど)、ひよりちゃんには美人だねと褒めてもらえるけど、アキラくんみたいな感じではない。

(てか、アキラくんがサービス精神旺盛?)

 他の子にもそうなのかな、そうなんだろうな、と思うとちょっと、ほんのちょっとだけうーん、と思っちゃう。

(仲良くなったから、友達取られるみたいな感覚なのかな?)

 別にアキラくんは私のものでもなんでもないんだから、そんなこと思う権利は全くないんだけどね。

(アラサーなのになぁ……)

 と、ふと気づく。

「ん?」
「どないしたん?」
「や、これ、なんだろ」

 私は写真の背後に映る、青い光が気になり、指差した。

「ん? レンズに光が入り込んだんちゃう」
「あ、そか」

 良くあることだ。

「ところでやな、華、さっきみたいなのんて」
「さっき?」
「華のこと、可愛らしい言うの、俺くらいやってほんま?」
「あは、うん」
「ほんまのほんまに?」
「? え、そうだけど」
「健クンは?」
「え、なんで黒田くん?」

 首を傾げた。唐突な黒田くんの名前。

「いいから」
「えっと……そういや昔、中身が可愛い? みたいな感じのこと、言われたけど」
「あーーー分かっとらん、分かっとらんなあの小6は! 華は中身も外見もぜぇんぶ可愛らしいのになぁ」

 爪の先髪の毛一本まで可愛らしいわ、とアキラくんは私の頬に手を添えた。

「あーもうめっちゃ可愛い」
「? アキラくん?」
「ほんま可愛い」
「???」
「どうしよ、何しても怒らん?」
「え、痛いのはやだ」

 するり、と頰にあった手が後頭部に移動する。

「痛ない」

 少し目を細めた、笑顔ともなんともつかない、見たことのない表情。なんだろ、ちょっとドキッとするような。

「……?」
「華、……痛っ!」

 その時、アキラくんの頭に何か当たり、アキラくんはしゃがみこんだ。

「あ、アキラくん!?」
「色気付くどころか盛ってんじゃねーぞクソガキ! つか設楽! 危機感! 危機感持て!」
「黒田くん? 相良先生」

 山頂のほうから階段を降りてきたのは、黒田くんと相良先生。

「何すんねん健クン~」
「こっちのセリフだ、クソガキ」

 どうやら先ほどのは、黒田くんの靴だったらしい。靴下が汚れるのも気にせず、普通に降りてきて、靴を履き直した。

「クソガキてなんやねん、1個しか違わんやないか」
「じゃあ小5」
「来年には6年ですぅ~」
「そうかよ」

 黒田くんとアキラくんがじゃれている(?)のを見つつ、ほっと息をつく。

(なんだったんだろ、一瞬、どきっとした)

 まったく、落ち着けアラサー。
 ふう、ともう一度息をついて相良先生に問いかける。

「いませんでした?」
「うん……、携帯に連絡もないし、もしかしたらまだ本殿付近にいるのかも」
「降りてみますか」
「そうだね。あ、ちょっと待って」

 先生はアキラくんの頭に、ぽん、と手を置いた。

「本人の同意なしに、そんなことをしてはいけないよ?」
「うー、せやけどめっちゃ雰囲気良かったで?」
「君ね、えっとアキラくん? この鈍感オブ鈍感お嬢さんにそんな雰囲気察せると思う?」
「えっちょっと、先生」

 私は口を尖らせた。

「さっきから何の話か分かりませんが、私は鈍感ではありません」

 キリッ、と腰に手を当てて言う。

「……設楽、その辺にしとけ」
「えっなんで!」

 黒田くんに残念そうに言われた。
 アキラくんも苦笑していた。

「ね? まずは意識してもらうとこらから」
「センセー敵に塩送ってんじゃねぇよ」
「あはは!」

 先生は笑いながら振り向いて「じゃ、降りましょうか」と言った。
 腕時計を確認する。

(残り、40分ほど)

 見つけなきゃ、と顔をあげると、狐がいた。

「狐?」

 いぶかしそうに、黒田くんが言う。

「わ、びっくりした。可愛いね」

 相良先生は少し嬉しそうだ。

「え、ここ狐がいるの?」
「まぁ、山やしおるんちゃうん」

 そうなのかぁ、と頷いた私は固まった。

 さっき写真でみたのより、ずっと大きい、青い炎が、ぼっ、ぼっ、と狐の周りから湧き出るように出てきたのだ。

「ひ、ひの」
「だ、大丈夫や華、きっとアレや、プラズマかなんかや」

 アキラくんは、私を庇うように抱きしめながらそう言った。黒田くんは更に、その一歩前に出る。

(てか、なぜ火の玉プラズマ説を君が知っている……)

 アラサーの私でギリギリって感じだぞ。
 と、考えを別のとこに飛ばしてみても、目の前の不思議現象は変わらない。
 そこには凛とした1匹のキツネと、その周りをふよふよと飛ぶ青い火の玉。

 そして狐が口を開いた。

「あぶらあげのにおいがします」
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