【本編完結】セカンド彼女になりがちアラサー、悪役令嬢に転生する

にしのムラサキ

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悪役令嬢はいい夢を見る(side黒田健)

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 すやすや、と眠る設楽。
 お腹いっぱい食べて、車に乗ってたらそりゃ眠るだろうなとおもう。

(よだれ)

 俺は少し口の端をあげる。こんなんも可愛いと思ってしまうのだから、惚れた弱みってやつだろう。軽くタオルでぬぐう。起きるそぶりはない。

「結局なんだったんだ」
「さぁ、な。あの車は居なくなったが、また別の車で尾行されている可能性もある」
「チッ」
「あなたの仕事関係?」
「いや。確認したところ、さっきの車の運転手は若い女性だったし、俺の今追ってる件とは様子が違う」
「若い女ぁ?」

 俺は聞き返した。

「なんでそんなヤツが親父か設楽かわかんねーけど尾行するんだ」
「知らん。で、なぜ華さんなんだ」
「わかんねーけど、コイツそういうとこあるから」
「そういうとこって何だ」
「……変なやつに好かれたり、とか」
「ふむ? ところで、華さんのお家はお金持ちだったりするね?」
「唐突だなオイ。なんでだよ」
「身につけてるものがキチンとしすぎている。服もカバンも、おいそれとは買えないものだよ」
「そうかぁ?」

 ファッションのことは良くわからない。今日もシンプルなワンピースを着ていたが、設楽に似合ってる、としか思わなかった。

「なんかおばあさんが会社経営してるとか言ってたな」
「苗字は設楽? おばあさんも」
「や、常盤」

 俺は表札を思い出しながら言った。

「常盤……、常盤敦子か。なるほど」
「知ってんのか」
「常盤コンツェルンの会長の妹だろう」
「は?」
「知らんのか常盤コンツェルン」
「知らね」

 親父は呆れたように、いくつか会社の名前を挙げた。メガバンク、自動車会社、大手重工、その他もろもろ。

「すべて傘下だ」
「……まじかよ」

 とんでもねーお嬢様じゃねぇか。

(そりゃ許婚なんかもいるわな)

 少し胸が痛くなる。

「となると、健の勘も捨てたものではないな。営利目的誘拐の可能性も捨てきれない」
「……誘拐?」

 俺の声が硬くなったのに気づいたのか、親父は「心当たりが?」と聞いてくる。

「……いや」

 そう答えながら、俺はぐっと拳を握りしめる。

(もうあんな思いさせてたまるか)

「とりあえず今日は玄関先まできっちり送り届けよう。俺がおばあさんに話をするから」

 そう言って親父はその後無言で運転を続けた。
 俺も黙って外を眺めていたが、試合の疲れもあって、徐々に瞼が重くなる。
 少し手を伸ばし、こっそり設楽の指先に触れた。

(今だけ)

 指先から伝わる体温。

(眠るまで)

 本格的に瞼が重くなる。
 設楽がいい夢を見ているならいいと思う。

「おい、起きろ」
「うお」

 びくり、と目を覚ます。

「着いたぞ」
「もうー、あなたがナビ通りに走らないから遅くなっちゃったじゃない」
「いや近道になったはずだ」
「ほんとにもう!」

 見ると、設楽の家の前だった。午後8時半。車の横をでかいバイクが走り抜けて行く音で、はっきり目がさめる。

(家の電気は付いてんな)

 このあいだのように不在、ということはなさそうだ。

「おい設楽、着いたってよ」
「ううん、もう食べられない」
「……なんの夢見てんだお前」
「むにゃあ」

 起きそうにない。まぁ、いい夢は見ているようで何よりだ。

「起きねんだけど」
「とりあえず、おばあさま呼ぶか」

 親父はインターフォンを押す。俺も車から降りて設楽側のドアを開ける。やっぱり起きそうにない。

(またよだれ)

 どんだけだよ、と笑いながら、また拭いてやる。すげえ可愛いとか思っちゃうから重症だ。

「はぁい」

 設楽のおばあさんは、インターフォン越しではなく、直接玄関から出てきた。

「すみません、ご迷惑を」
「とんでもありません、楽しく過ごさせていただきました」
「おかえり華……って、寝てるの。あ、こんばんは」
「……っす」

 ぺこり、と頭を下げる。

「あらやだ華、起きなさい、もー!」
「うう、そんな、生クリームはそんな風には」
「……ダメね」
「ダメですね」

 親父もおばあさんも苦笑した。

「タケル、あんた運んでやんなさいよ」

 母さんはことも無げに言った。

「お布団まで」
「は!?」

 俺は母さんを二度見した。

「だってそうするしかないじゃない」
「そうねぇ……」

 設楽のおばあさんも首を傾げた。

「……試合の後で疲れてるでしょうし、申し訳ないんだけど、お願いできる?」
「あ、はぁ、ウッス」

 親父がやるよりはいいだろう、と俺はそっと設楽のシートベルトを外して抱き上げる。それからおばあさんに続いて家に入った。

(玄関より先は、初めてだ)

 設楽の部屋は、思ったよりこざっぱりしていた。本人が片付け苦手だとよく言うので、もっと散らかっていると思っていたのだが、そんなこともない。
 机と本棚とベッドだけ。
 ベッドにはぬいぐるみがいくつか。クマとか鹿とか。
 それ以外は「女子!」って感じのものは無かった。カーテンも濃い青、シーツやなんかもシンプルな白。小さい観葉植物が窓際に置いてある。

(ひよりの部屋はやたらとフリフリしてんだけどな)

 設楽の部屋は、なんとなく「大人の女性の一人暮らしの部屋」ぽかった。

「ごめんなさいね、重かった?」
「や、んなことないっす」

 俺はそう答えてベッドに設楽を横たえた。少しだけ、心がざわついてすぐに手を離した。
 おばあさんが布団をかけてやり、俺たちは部屋を出る。

「あの子ね」

 おばあさんは笑った。

「学校楽しそう。あなたたちの話、よく聞くわ。ありがとう」
「や、こちらこそ、ッス」

 なんと答えたらいいのか分からず、そんな返事になる。
 おばあさんはじっと俺を見て何回か瞬きをした。

「……あの?」
「いえ。ふふ、あなた、いい目をしてるわねぇ」
「? あざす」

 玄関では親父と母さんが待っていた。

「本当にお世話になりまして」

 おばあさんがぺこりと頭を下げる。

「ところで少しご相談が」

 親父はそう切り出した。

「どうされました?」
「それがですね「ごめんなさいーっ」

 ちょうどその瞬間に、設楽がフラフラと部屋から飛び出てきた。

「わ、私! 寝てましたね!?」
「寝てたよ爆睡だったよ、逆になんでいま起きるんだよ」
「なんか布団に寝かされる感覚がしてっ」

 すぐ手を離したのがいけなかったか。

「すみませんっ送ってもらった上に寝てて!」

 設楽はぴょこぴょこと親父と母さんに頭を下げる。

「そこの、えっと、黒田くんが運んでくれたのよ」

 おばあさんにそう言われて、設楽は俺に向きなおった。

「えええたびたび……たびたびすみません……」

 申し訳なさそうな顔をする。

「いいよ」

 俺は笑った。

「毎日でもいいくらいだ」
「ええ……、トレーニング的な……?」
「まぁな」
「ダンベルがわりっ!」

 設楽がそう叫んだ時、ちょうど親父とおばあさんの会話も終わったみたいだった。

「なるほど」

 親父は神妙に頷いた。

「それは失礼を」
「いえ、ご心配をおかけして」
「とんでもありません、……あ、これ名刺です。なにかあれば」
「あら、県警にお勤め」
「はい」
「心強いです。ありがたく……、ほら、華、いつまでもお引止めしないの。試合でお疲れでしょうに」

 はっ、と設楽は俺を見上げた。

「だよね、ごめん!」
「大して疲れてねぇよ、車で寝たし」

 そう言いながら、靴を履いた。

「そう?」

 設楽は首を傾げる。

「でもゆっくり休まなきゃだよ」
「おう」
「おやすみ」

 そう言って笑う設楽。

「……、おやすみ」

 なんとか、そう返す。

(毎日言えたらいいのに)

 そう思いながら、玄関を出て車に乗り込む。

「そういやどうなったんだ、さっきの」
「ああ」

 親父は飄々といった。

「俺の勘違いだ」
「は?」
「忘れていい」
「はぁ!?」

(信用できねー!)

 親父と設楽のおばあさんの間に何の話があったのかは、断片的にしか聞こえていなかった。

(でもこうなるとぜってー口割らねぇからな親父は)

 俺は腕を組み、せめてもの抗議を態度で表す。
 しかし親父は「ああ反抗期、やだやだ」というだけで、まともに取り合おうとはしないのだった。
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