【本編完結】セカンド彼女になりがちアラサー、悪役令嬢に転生する

にしのムラサキ

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分岐・鹿王院樹

眼鏡な許婚殿

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 潮騒の音。
 ふと、目を覚ます。

(うー、えーと、ここ?)

 ここどこだっけ、とボーっとした頭で少し考えた。

「あ」

 そうだ、沖縄だ。西表島。
 ベットボードにはめ込まれた時計は、「0:14」と表示している。

(あー、髪乾かしてもらってて寝ちゃったんだっけ?)

 寝ぼけていたとはいえ、なんか、こう、恥ずかしいことをした気がする。

(うう……)

 水を飲もう、と起き上がると、ドアの隙間からメインルームの光が漏れていた。

(まだ起きてるのかな)

 ペタペタ歩いてドアを開けると、樹くんはソファで、何やら忙しそうに膝に置いたノートパソコンに向かっていた。

「メガネっ」

 驚いて思わず言ってしまう。

(樹くんが眼鏡かけてるー!)

 に、似合う。イケメンは何しても似合う。恐ろしや、攻略対象スペック。

「ああ、華、起こしてしまったか?」
「ううん、水飲もうと思って」
「そうか」

 私はそのまま冷蔵庫まで行ってペットボトルを取り出し、樹くんの横に座った。ソファの上で体操座り。

「ね、視力悪かった?」
「いや、ブルーライトカットのためだ」
「あ、目に悪いっていうもんね」
「? いや、気休め程度だが、目が冴えすぎるのを防ごうと思って」

 効果はわからん、そう言いながら眼鏡を外して、渡してくれた。確かに度は入っていない。

「ブルーライト自体は太陽光に含まれているし、昼間さんざん目に浴びているからなぁ、細胞やなんかに関しての影響に関しては懐疑的だ、俺は」
「そういうもの?」

 私は樹くんに眼鏡を返す。樹くんはそれをソファ前のローテーブルに置いたので、私は口を尖らせる。

「かけて」
「なぜだ」
「メガネ似合ってた」
「ふむ?」

 不思議そうにしながらも、もう一度かけてくれる。うん、なんか似合う。
 私が嬉しそうだったからか、樹くんは笑ってくれた。

「華」

 樹くんはふと真剣な顔になり、ぽつりと言う。

「さっき、言おうと思っていたことがあってな」
「ん? なに?」
「俺は、華を大事に思ってる」
「……うん」

 大事に、ってどんな風に?

(たぶん、私がいま期待しちゃったのとは違うんじゃないかな)

 私は私に自信がない。

「将来も、ずっと大切にしたい」

 今もじゅうぶん、大切に、してくれてるんだろうと思う。樹くんは、優しいし責任感が強いから。

「うん」
「それを知っていて欲しくて」
「分かった」

 私は笑う。

「私、樹くん好き」

 私の好きは、樹くんの感情とは違うかもなんだけど、……許してくれるかな。

(いまだけ)

 私はそう思う。目を伏せる。顔が見れない。

(許婚のあいだだけ、許してほしい)

 樹くんのさっきの言葉を思い出す。
 "もうしばらく"どれくらいか分からないけれど、私はもうしばらくは、ちゃんと許婚でいられるのだ。

「そ、うか」

 樹くんの声が少し震えて、それは戸惑っているからのように思えて、私は話を変えようとパソコンを覗き込む。

「難しそう」
「あ、……いや、大したことはない、報告書を読んでいるだけで。俺はなんやかんやと文句をつけたり、決裁したりするだけだ」
「それが大変なんじゃないかなぁ、って、これ、ここ?」
「ん、そうだ。いまここのリゾートグループと提携しようとしているところでな、おそらく将来的には合併となるだろうが」

 樹くんは色々説明してくれたけど、私はほんの少し、ほんの少しがっかりしていた。

(そか、仕事のついでだったかな)

 連れてきてもらったのだけでも感謝しなきゃなんだけど、そっかぁ~ついでかぁ~、と少し思ってしまうのは仕方ないよねと思う。うん。

「すまん、仕事の話など詰まらなかったな」

 樹くんは眉を下げた。

「んーん、ごめん、なんかボーっとしちゃってた。眠いのかも」
「疲れているんだろう、ゆっくり寝るといい」
「樹くんは寝ないの」
「そろそろ寝るから心配するな」
「ん」

 そう返事をしながら、私は樹くんに少しくっついた。

「華?」
「もう少しここにいてもいい?」
「それは歓迎だ」

 樹くんは笑う。優しいから。
 くっついたまま、ぼうっとペットボトルの水を飲んだり、樹くんがキーボードを打つ音を聞いたりしていると、また少し眠気が襲ってくる。

(あ、ダメだ、また運ばせることに)

 そういえばお礼言ってないな、となんとか瞼をこじ開けて、私は樹くんに話しかける。

「ね、樹くん、さっき運んでくれてありがと」
「ああ、構わない。役得だ。むしろ毎日でもいいくらいだ」
「あは、ありがと」

 そう言って笑うと、ふと樹くんは少し眉をしかめた。照れた時の顔。

「なに?」
「いや、その……、結婚したらこんな感じなのかな、と」
「ん?」
「俺はできれば、プロの選手になりたいと思ってはいるのだが」
「うん」
「恐らく何かしらは仕事を手伝わされるだろうし、そうなるとこうやって家で仕事をすることになるんじゃないかと」
「……大変だね?」
「まぁ、それはそうなのだが、その時、華がこうやって横にいてくれるのではないか、と、だな。そんな風に」

 考えて、と樹くんは珍しく語尾を濁した。

(相変わらず責任感が強いなぁ)

 小学校の時の「アオイさん騒動」の時もそうだった。樹くんは真面目なので、もう将来のことを考えてくれてたりするのだ。
 私は怖くてできない。その未来がきっと来ないんじゃないかな、って考えてしまって、怖すぎて、悲しすぎて。 
 だから返事の代わりに、樹くんにできるだけくっつく。
 樹くんは微笑んで、頭にキスをしてくれる。それだけで幸せになって、私は目を細める。

(いっかぁ)

 あんまり、未来のことでうじうじ悩むのやめよ。

(今、幸せならそれで)

 そう思うと、ちょっと吹っ切れた。
 これは、いつか「幸せだけど切ない思い出」になるのかも。だけど、でもそんな、まだ来てない未来について悩むのは無意味だ。

(その時に泣こう)

 そうしよう。
 そう思うとなぜかテンションが上がって、私はソファの上に膝立ちになる。
 不思議そうな樹くんのコメカミに、ほんの一瞬、唇を押し当てた。
 それからパッとソファから降りて笑う。

「ふふ、おやすみぃ」

 樹くんは頬を押さえて呆然と私をみていた。へーんだ、びっくりしたか、とちょっと得意な気持ちになりながら、私はベッドルームへ飛び込んだ。
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