【本編完結】セカンド彼女になりがちアラサー、悪役令嬢に転生する

にしのムラサキ

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分岐・鹿王院樹

海辺の種

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 ホテルの前の浜辺に、インゲン豆みたいなのが点々と落ちている。
 屈んで眺めていると、樹くんが後ろから覗き込んできた。

「マングローブの種だな」
「え、そうなの?」
「海流に運ばれるような形になっているんだ」

 へぇ、と言いながら摘んで眺めてみる。赤色のヘタみたいなのがついている。
 朝食前にお散歩に来てみたのだけど、……樹くんちゃんと寝てるのかな。私なんか、寝ても寝ても寝たりない感じなんだけど。
 空は不思議な桃色。朝ぼらけ、っていうのかな。そんな感じ。

「きれいだねー」
「華」

 樹くんが笑う。

「なんだかサッパリしているな」

 私は樹くんを見上げる。バレてましたか、なんか最近、モヤモヤしてたの。

「……俺は、不安にさせていたか」
「ん?」
「いや、そんな気がして」
「あー」

 私は微笑む。

「大丈夫、なんか1人でグルグルしてただけ」
「言ってくれ、華。俺は言われないと分からない、と思う」

 樹くんが眉を下げる。

「デリカシーもない」
「あは、まだ気にしてたの」

 私は笑って立ち上がって、サンダルのまま海に入る。ざぶざぶと。くるぶし丈の花柄のワンピース(部屋に置いてあった。戴けるらしい、というか樹くんが手配してくれてたやつ)をつまみあげて、膝くらいまで海に入る。
 樹くんは立ち上がって不思議そうにしていて、私はちょっと楽しくなる。
 水は透明で、でも空の薄い薄い青と朝陽のオレンジがかった桃色を反射して、とてもきれいで、私は目を細めた。
 ふりむいて、樹くんをみる。

「今日は何しよっか」

 樹くんは笑う。

「なんでもいい、華の望むことなら」
「そー?」

 私は笑う。

「じゃあさ、とりあえずここまで来て」
「? 分かった」

 ジーンズを膝までたくし上げて、樹くんは歩いてきてくれた。

「ふっふ」

 ニヤリと笑う。

「華?」
「どーん! って、あれ」

 思い切り樹くんを押したけど、びくともしない。

「……華が片手で押したくらいでは、俺はなんともならんぞ」
「えー」

 ちょっとばかり、びしょ濡れにしてやろうと思ったのに……や、夜まで仕事のこととか考えてただろうからね、こういうことしたらいい感じに力抜けるかな~? とか思ったりしたんだけど。
 文字通り、力不足でした。

「ちぇー」
「ふふ、残念だったな、華」

 ちょっと嬉しそう。負けず嫌いなんだよな樹くん。

「じゃぁいーや」

 私は笑って、そのまま座り込んだ。海の中に。

「ざぶーん、って、げほっ」
「華っ」

 思ったより波があって、ちょっと潮水を飲んでしまう。樹くんに抱え上げられて、何度か咳をする。

「大丈夫か」
「うー、潮水しょっぱい」
「当たり前だ」
「きれいだからさ」

 私はお姫様抱っこされたまま、足をブラブラとして、手を空に向かって上げた。水滴が朝陽を映し出して光る。きれい。
 海に座り込んだ私を抱え上げたから、樹くんもびしょ濡れだ。まぁ予定通りっちゃ予定通り? そういうことにしとこう。

「もっと違う味かと思った」
「海水は海水だろう」
「死海の味ってどんなかな」

 塩分濃度すごい濃いって聞くけど。

「さあ」

 樹くんは笑った。

「そのうち確かめにいこう」
「そーしよ」

 ふふ、と笑うと樹くんも笑う。

(幸せだな)

 幸せだからこそ、この関係性は崩したくないなぁと思う。

「 華?」

 少し樹くんが心配そうに言うから、私は樹くんの首の後ろに手を回すようにして抱きついて、頬にキスをした。

「華?」

 今度は少し不思議そうな声。

「ふふ」

 頬だけじゃ済ませない。コメカミにも、おでこにも、耳なんかにもしちゃう。今のうち、今のうち。ふっふっふ。まぁ唇は遠慮してあげよう。おねーさんからの配慮だ。

「……華」

 樹くんが困った声で言う。

(怒らせちゃった?)

 首をかしげると「ずるい」と言って樹くんはそのまま海に座ってしまった。抱っこされているので、私が浸かるのは下腹部くらいまでだけど。

「……力が抜けた」
「図らずも当初の目的達成」
「なんだそれは」
「秘密」

 怒らせた訳ではなかったみたいなので、安心する。ふふ、と笑ってその首に頬を寄せた。
 樹くんはびくりと固まって、まぁ中学生だしね、こういうの経験ないよねぇ、……って、私も前世では割と散々な扱いだったからこんな風なの、正直経験ないんだけど。まぁ少し離れてあげよう。
 腕を外して、笑って樹くんの顔を見る。ちょっと眉寄せてるから、やっぱり照れてる。可愛いったら。

「今日はね」

 私がそう言うと、樹くんは目だけで続きを促した。優しく。

「樹くんの行きたいとこ行こ」

 お仕事関係でもいいんですよ、と私は思う。樹くんといられるならどこだっていーや。
 ……でもまぁ、仕事以外なら多分水族館だろうなぁ。

「ふむ」

 樹くんは少し考えて、それから「水族館へいこう」といった。

「いーよ」

 私は返事しながら、ちょっと予想通りで吹き出してしまう。

「どうした」
「予想通りすぎて」
「ふ、読まれているな」
「……樹くんのこと少しでも知ってたらこの予想になると思うけど」

 けっこう重症な、アクアリウム趣味。

「流石だ、華」

 私の返答を聞いているのかいないのか、謎に満足そうな樹くん。まぁ、樹くんが満足ならそれでいいや。
 私は胡座をかいている樹くんの膝の上に座りなおした。

「人間座椅子」

 ちょっとふざけて言う。

「なんだそれは」

 頭の上で、樹くんが笑う気配がする。うん、これでいい。これがいい。私は目を細める。
 結局そのまま、私たちは日がもう少し上がるまで海の中でくっついて、ぼーっとしていた。
 朝陽は桃色から金色に変わっていって、海もそれに連れて色を変えて、やがて空と同じ青になる。
 南の海の青色だ。私はきっとこの色を、死ぬまで忘れないんじゃないかと思う。
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