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分岐・鹿王院樹
海辺の種
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ホテルの前の浜辺に、インゲン豆みたいなのが点々と落ちている。
屈んで眺めていると、樹くんが後ろから覗き込んできた。
「マングローブの種だな」
「え、そうなの?」
「海流に運ばれるような形になっているんだ」
へぇ、と言いながら摘んで眺めてみる。赤色のヘタみたいなのがついている。
朝食前にお散歩に来てみたのだけど、……樹くんちゃんと寝てるのかな。私なんか、寝ても寝ても寝たりない感じなんだけど。
空は不思議な桃色。朝ぼらけ、っていうのかな。そんな感じ。
「きれいだねー」
「華」
樹くんが笑う。
「なんだかサッパリしているな」
私は樹くんを見上げる。バレてましたか、なんか最近、モヤモヤしてたの。
「……俺は、不安にさせていたか」
「ん?」
「いや、そんな気がして」
「あー」
私は微笑む。
「大丈夫、なんか1人でグルグルしてただけ」
「言ってくれ、華。俺は言われないと分からない、と思う」
樹くんが眉を下げる。
「デリカシーもない」
「あは、まだ気にしてたの」
私は笑って立ち上がって、サンダルのまま海に入る。ざぶざぶと。くるぶし丈の花柄のワンピース(部屋に置いてあった。戴けるらしい、というか樹くんが手配してくれてたやつ)をつまみあげて、膝くらいまで海に入る。
樹くんは立ち上がって不思議そうにしていて、私はちょっと楽しくなる。
水は透明で、でも空の薄い薄い青と朝陽のオレンジがかった桃色を反射して、とてもきれいで、私は目を細めた。
ふりむいて、樹くんをみる。
「今日は何しよっか」
樹くんは笑う。
「なんでもいい、華の望むことなら」
「そー?」
私は笑う。
「じゃあさ、とりあえずここまで来て」
「? 分かった」
ジーンズを膝までたくし上げて、樹くんは歩いてきてくれた。
「ふっふ」
ニヤリと笑う。
「華?」
「どーん! って、あれ」
思い切り樹くんを押したけど、びくともしない。
「……華が片手で押したくらいでは、俺はなんともならんぞ」
「えー」
ちょっとばかり、びしょ濡れにしてやろうと思ったのに……や、夜まで仕事のこととか考えてただろうからね、こういうことしたらいい感じに力抜けるかな~? とか思ったりしたんだけど。
文字通り、力不足でした。
「ちぇー」
「ふふ、残念だったな、華」
ちょっと嬉しそう。負けず嫌いなんだよな樹くん。
「じゃぁいーや」
私は笑って、そのまま座り込んだ。海の中に。
「ざぶーん、って、げほっ」
「華っ」
思ったより波があって、ちょっと潮水を飲んでしまう。樹くんに抱え上げられて、何度か咳をする。
「大丈夫か」
「うー、潮水しょっぱい」
「当たり前だ」
「きれいだからさ」
私はお姫様抱っこされたまま、足をブラブラとして、手を空に向かって上げた。水滴が朝陽を映し出して光る。きれい。
海に座り込んだ私を抱え上げたから、樹くんもびしょ濡れだ。まぁ予定通りっちゃ予定通り? そういうことにしとこう。
「もっと違う味かと思った」
「海水は海水だろう」
「死海の味ってどんなかな」
塩分濃度すごい濃いって聞くけど。
「さあ」
樹くんは笑った。
「そのうち確かめにいこう」
「そーしよ」
ふふ、と笑うと樹くんも笑う。
(幸せだな)
幸せだからこそ、この関係性は崩したくないなぁと思う。
「 華?」
少し樹くんが心配そうに言うから、私は樹くんの首の後ろに手を回すようにして抱きついて、頬にキスをした。
「華?」
今度は少し不思議そうな声。
「ふふ」
頬だけじゃ済ませない。コメカミにも、おでこにも、耳なんかにもしちゃう。今のうち、今のうち。ふっふっふ。まぁ唇は遠慮してあげよう。おねーさんからの配慮だ。
「……華」
樹くんが困った声で言う。
(怒らせちゃった?)
首をかしげると「ずるい」と言って樹くんはそのまま海に座ってしまった。抱っこされているので、私が浸かるのは下腹部くらいまでだけど。
「……力が抜けた」
「図らずも当初の目的達成」
「なんだそれは」
「秘密」
怒らせた訳ではなかったみたいなので、安心する。ふふ、と笑ってその首に頬を寄せた。
樹くんはびくりと固まって、まぁ中学生だしね、こういうの経験ないよねぇ、……って、私も前世では割と散々な扱いだったからこんな風なの、正直経験ないんだけど。まぁ少し離れてあげよう。
腕を外して、笑って樹くんの顔を見る。ちょっと眉寄せてるから、やっぱり照れてる。可愛いったら。
「今日はね」
私がそう言うと、樹くんは目だけで続きを促した。優しく。
「樹くんの行きたいとこ行こ」
お仕事関係でもいいんですよ、と私は思う。樹くんといられるならどこだっていーや。
……でもまぁ、仕事以外なら多分水族館だろうなぁ。
「ふむ」
樹くんは少し考えて、それから「水族館へいこう」といった。
「いーよ」
私は返事しながら、ちょっと予想通りで吹き出してしまう。
「どうした」
「予想通りすぎて」
「ふ、読まれているな」
「……樹くんのこと少しでも知ってたらこの予想になると思うけど」
けっこう重症な、アクアリウム趣味。
「流石だ、華」
私の返答を聞いているのかいないのか、謎に満足そうな樹くん。まぁ、樹くんが満足ならそれでいいや。
私は胡座をかいている樹くんの膝の上に座りなおした。
「人間座椅子」
ちょっとふざけて言う。
「なんだそれは」
頭の上で、樹くんが笑う気配がする。うん、これでいい。これがいい。私は目を細める。
結局そのまま、私たちは日がもう少し上がるまで海の中でくっついて、ぼーっとしていた。
朝陽は桃色から金色に変わっていって、海もそれに連れて色を変えて、やがて空と同じ青になる。
南の海の青色だ。私はきっとこの色を、死ぬまで忘れないんじゃないかと思う。
屈んで眺めていると、樹くんが後ろから覗き込んできた。
「マングローブの種だな」
「え、そうなの?」
「海流に運ばれるような形になっているんだ」
へぇ、と言いながら摘んで眺めてみる。赤色のヘタみたいなのがついている。
朝食前にお散歩に来てみたのだけど、……樹くんちゃんと寝てるのかな。私なんか、寝ても寝ても寝たりない感じなんだけど。
空は不思議な桃色。朝ぼらけ、っていうのかな。そんな感じ。
「きれいだねー」
「華」
樹くんが笑う。
「なんだかサッパリしているな」
私は樹くんを見上げる。バレてましたか、なんか最近、モヤモヤしてたの。
「……俺は、不安にさせていたか」
「ん?」
「いや、そんな気がして」
「あー」
私は微笑む。
「大丈夫、なんか1人でグルグルしてただけ」
「言ってくれ、華。俺は言われないと分からない、と思う」
樹くんが眉を下げる。
「デリカシーもない」
「あは、まだ気にしてたの」
私は笑って立ち上がって、サンダルのまま海に入る。ざぶざぶと。くるぶし丈の花柄のワンピース(部屋に置いてあった。戴けるらしい、というか樹くんが手配してくれてたやつ)をつまみあげて、膝くらいまで海に入る。
樹くんは立ち上がって不思議そうにしていて、私はちょっと楽しくなる。
水は透明で、でも空の薄い薄い青と朝陽のオレンジがかった桃色を反射して、とてもきれいで、私は目を細めた。
ふりむいて、樹くんをみる。
「今日は何しよっか」
樹くんは笑う。
「なんでもいい、華の望むことなら」
「そー?」
私は笑う。
「じゃあさ、とりあえずここまで来て」
「? 分かった」
ジーンズを膝までたくし上げて、樹くんは歩いてきてくれた。
「ふっふ」
ニヤリと笑う。
「華?」
「どーん! って、あれ」
思い切り樹くんを押したけど、びくともしない。
「……華が片手で押したくらいでは、俺はなんともならんぞ」
「えー」
ちょっとばかり、びしょ濡れにしてやろうと思ったのに……や、夜まで仕事のこととか考えてただろうからね、こういうことしたらいい感じに力抜けるかな~? とか思ったりしたんだけど。
文字通り、力不足でした。
「ちぇー」
「ふふ、残念だったな、華」
ちょっと嬉しそう。負けず嫌いなんだよな樹くん。
「じゃぁいーや」
私は笑って、そのまま座り込んだ。海の中に。
「ざぶーん、って、げほっ」
「華っ」
思ったより波があって、ちょっと潮水を飲んでしまう。樹くんに抱え上げられて、何度か咳をする。
「大丈夫か」
「うー、潮水しょっぱい」
「当たり前だ」
「きれいだからさ」
私はお姫様抱っこされたまま、足をブラブラとして、手を空に向かって上げた。水滴が朝陽を映し出して光る。きれい。
海に座り込んだ私を抱え上げたから、樹くんもびしょ濡れだ。まぁ予定通りっちゃ予定通り? そういうことにしとこう。
「もっと違う味かと思った」
「海水は海水だろう」
「死海の味ってどんなかな」
塩分濃度すごい濃いって聞くけど。
「さあ」
樹くんは笑った。
「そのうち確かめにいこう」
「そーしよ」
ふふ、と笑うと樹くんも笑う。
(幸せだな)
幸せだからこそ、この関係性は崩したくないなぁと思う。
「 華?」
少し樹くんが心配そうに言うから、私は樹くんの首の後ろに手を回すようにして抱きついて、頬にキスをした。
「華?」
今度は少し不思議そうな声。
「ふふ」
頬だけじゃ済ませない。コメカミにも、おでこにも、耳なんかにもしちゃう。今のうち、今のうち。ふっふっふ。まぁ唇は遠慮してあげよう。おねーさんからの配慮だ。
「……華」
樹くんが困った声で言う。
(怒らせちゃった?)
首をかしげると「ずるい」と言って樹くんはそのまま海に座ってしまった。抱っこされているので、私が浸かるのは下腹部くらいまでだけど。
「……力が抜けた」
「図らずも当初の目的達成」
「なんだそれは」
「秘密」
怒らせた訳ではなかったみたいなので、安心する。ふふ、と笑ってその首に頬を寄せた。
樹くんはびくりと固まって、まぁ中学生だしね、こういうの経験ないよねぇ、……って、私も前世では割と散々な扱いだったからこんな風なの、正直経験ないんだけど。まぁ少し離れてあげよう。
腕を外して、笑って樹くんの顔を見る。ちょっと眉寄せてるから、やっぱり照れてる。可愛いったら。
「今日はね」
私がそう言うと、樹くんは目だけで続きを促した。優しく。
「樹くんの行きたいとこ行こ」
お仕事関係でもいいんですよ、と私は思う。樹くんといられるならどこだっていーや。
……でもまぁ、仕事以外なら多分水族館だろうなぁ。
「ふむ」
樹くんは少し考えて、それから「水族館へいこう」といった。
「いーよ」
私は返事しながら、ちょっと予想通りで吹き出してしまう。
「どうした」
「予想通りすぎて」
「ふ、読まれているな」
「……樹くんのこと少しでも知ってたらこの予想になると思うけど」
けっこう重症な、アクアリウム趣味。
「流石だ、華」
私の返答を聞いているのかいないのか、謎に満足そうな樹くん。まぁ、樹くんが満足ならそれでいいや。
私は胡座をかいている樹くんの膝の上に座りなおした。
「人間座椅子」
ちょっとふざけて言う。
「なんだそれは」
頭の上で、樹くんが笑う気配がする。うん、これでいい。これがいい。私は目を細める。
結局そのまま、私たちは日がもう少し上がるまで海の中でくっついて、ぼーっとしていた。
朝陽は桃色から金色に変わっていって、海もそれに連れて色を変えて、やがて空と同じ青になる。
南の海の青色だ。私はきっとこの色を、死ぬまで忘れないんじゃないかと思う。
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