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分岐・黒田健
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生徒指導室に入るなり、黒田くんが「してません」なんて言うので、私は首をかしげる。なにを?
「まーね、君らマジメだからね。ないとは思ったんだけど、ほら、変な噂になってるから」
噂。そう聞いて、私はぴくりと震えた。先生たちの耳にも入っちゃったのか……!
「先生、それってSNSのやつ? 私、スマホないから見れてなくて」
「見なくていい、あんな根も葉もねぇ話」
黒田くんは眉を思いっきりしかめて言う。
「俺も呼びだされてるってことは、多分、さがらんが言ってるのは別件」
「別件でもそんな噂あるのー!?」
私は頭を抱える。
「はぁ、もうお嫁いけない……」
「責任とって俺がもらってやるから心配すんな、別件は俺のせいだわ」
「え」
私は黒田くんを見上げる。淡々とした表情で続けられる。別件は黒田くんのせい? ていうか。
「つか、責任云々なくても他のヤツにやる気はねーから」
「う、うんっ」
大きくうなずく。黒田くんは片頬だけで笑った。
「あのね、生徒指導室でいちゃつかないで」
相良先生が悲しそうに言う。
「てかなぁ。そーゆーこと、スラっと言えちゃうとこがなぁ」
「そーゆーことってなんスか」
「や、いーのいーの。僕が一人で反省会してるだけ。で、まぁ形だけ確認。っていうか……東城さんだよね、元々の原因は。決めつけはいけないけど、こっちでも動くから」
ぽん、と相良先生は私の頭に手を乗せた。
「大変だったね。ごめんね、動くの、遅くなって」
「いっ、いえいえ」
私は手を振る。
「噂以外には、これといって何も」
「そう? それでも変なことあったら言ってください」
「はい」
私がそう返事したとき、窓の外から大きな音楽と、拡声器で音割れした男の人の声が響き渡る。
「あれ? 選挙?」
「や、これあれだね」
相良先生が窓の外を見る。
「最近騒がしい新興宗教」
「ああ、テレビでやってるやつ」
黒田くんも窓の外を見ながら言う。
「え、なになに」
私も窓際に近づく。
窓の外で、街宣車がゆっくりとしたスピードで走っていく。西洋風なような、お経のような、ちょっと不思議な音楽。
車に付けられた看板には「世界の終わりが近い」とおどろおどろしい赤文字で書かれていた。
「やだねー、ああいうの。不安煽って」
信じちゃダメだよ、と相良先生は言う。
(世界が終わる、かぁ)
なんだっけ、覚えがある。恐怖の大魔王が降りてくるってやつ。ええと、そうだ。
「あは、思い出した、ノストラダムスみたい」
「ノストラダムス?」
黒田くんが不思議そうにして、私は「えへへ」と曖昧に笑った。そうか、中学生、生まれてもないのか……!
私、なんとなく覚えてるけど。幼稚園だったか、小学校だったか。お姉ちゃんに「もう世界が終わってみんな死ぬんだ」って随分と脅されたなぁ……。
アラサー(中身)がひとりでショックを受けてると、なぜか相良先生はぷすぷすと笑って言う。
「ノストラダムスの大予言っていう、世界が終わるだの終わらないだの、そういう噂があったんだよ、20世紀末に。中学生は知らないだろうけど。中学生は、生まれてもないから知らないだろうけど」
む、相良先生め、なんか嫌味だなぁ。中身がアラサーなの、言動から中身の正体に勘づいているとか!?
いやいや、それはない、はず。うん。普通はそんなこと思いつかないよね。
「へー」
黒田くんは首をかしげる。
「信じてどーすんスか、そんなの」
「さぁ、……分からないけど、彼らは」
相良先生はちらり、と窓の外を見遣る。少しずつ遠ざかる音楽。
「死にたくなければ、ウチの宗教に入りなさい、ってことみたい。自分たちではキリスト教……、カトリックを名乗ってはいるらしいけど、もちろんバチカンは認めてない」
それから相良先生は皮肉っぽく、笑う。
「それに自称、隠れキリシタンの末裔とか言ってるけど、そもそも創設が最近っていう、ね。隠れるも何もないよね」
「…….アホらし」
「ま、みんながみんな、黒田くんみたいに竹割ったような思考してないからなぁ」
「竹? それ、どういう意味っスか……ま、いいや、設楽、帰ろうぜ」
「うん」
「失礼しました」
黒田くんはさっさと出口に向かう。
「失礼しました、先生、ありがと」
「はいはい、気をつけて」
生徒指導室を出て、2人並んで廊下を歩く。
「あ」
「? どうした?」
「思い出した思い出した」
私はビッグニュースを黒田くんに言おうと思っていたのだ。変な噂のせいで言うタイミングを逃していた。
「アキラくんが」
「ん?」
「こっちに転校してきましたー!」
ぱちぱちぱち、と手を叩くと、黒田くんは「はぁ!?」と目を見開いた。
「あいつ、私立の中学行ってたんじゃねーの」
「親御さんの転勤らしいよ?」
なんと青百合。
(勝手に高校から青百合と思ってたけど、持ち上がり組だったんだなぁ)
アキラくんのバスケは好きなので、観戦に行けるようになるのは嬉しい。
「一緒に試合いこ」
「いいけどなぁ、……まぁ、負けねーけど」
「なにが?」
「いーんだよ、お前は何も気にしなくて」
黒田くんはにやりと笑う。私も安心して笑う。
てっきり、これで"いじめ"は解決したと思っていたのだ。先生たちが動いてくれる。相良先生のそういうとこは、私は信頼していた。
今後、東城さんと私の間のわだかまりがあったとしても、そんなのは時間が解決すると思っていた。
まさか、ターゲットが変わってるなんて、東城さんが"好きな人"関係なくいじめをする人だったなんて、思っていなかったのだ。
「まーね、君らマジメだからね。ないとは思ったんだけど、ほら、変な噂になってるから」
噂。そう聞いて、私はぴくりと震えた。先生たちの耳にも入っちゃったのか……!
「先生、それってSNSのやつ? 私、スマホないから見れてなくて」
「見なくていい、あんな根も葉もねぇ話」
黒田くんは眉を思いっきりしかめて言う。
「俺も呼びだされてるってことは、多分、さがらんが言ってるのは別件」
「別件でもそんな噂あるのー!?」
私は頭を抱える。
「はぁ、もうお嫁いけない……」
「責任とって俺がもらってやるから心配すんな、別件は俺のせいだわ」
「え」
私は黒田くんを見上げる。淡々とした表情で続けられる。別件は黒田くんのせい? ていうか。
「つか、責任云々なくても他のヤツにやる気はねーから」
「う、うんっ」
大きくうなずく。黒田くんは片頬だけで笑った。
「あのね、生徒指導室でいちゃつかないで」
相良先生が悲しそうに言う。
「てかなぁ。そーゆーこと、スラっと言えちゃうとこがなぁ」
「そーゆーことってなんスか」
「や、いーのいーの。僕が一人で反省会してるだけ。で、まぁ形だけ確認。っていうか……東城さんだよね、元々の原因は。決めつけはいけないけど、こっちでも動くから」
ぽん、と相良先生は私の頭に手を乗せた。
「大変だったね。ごめんね、動くの、遅くなって」
「いっ、いえいえ」
私は手を振る。
「噂以外には、これといって何も」
「そう? それでも変なことあったら言ってください」
「はい」
私がそう返事したとき、窓の外から大きな音楽と、拡声器で音割れした男の人の声が響き渡る。
「あれ? 選挙?」
「や、これあれだね」
相良先生が窓の外を見る。
「最近騒がしい新興宗教」
「ああ、テレビでやってるやつ」
黒田くんも窓の外を見ながら言う。
「え、なになに」
私も窓際に近づく。
窓の外で、街宣車がゆっくりとしたスピードで走っていく。西洋風なような、お経のような、ちょっと不思議な音楽。
車に付けられた看板には「世界の終わりが近い」とおどろおどろしい赤文字で書かれていた。
「やだねー、ああいうの。不安煽って」
信じちゃダメだよ、と相良先生は言う。
(世界が終わる、かぁ)
なんだっけ、覚えがある。恐怖の大魔王が降りてくるってやつ。ええと、そうだ。
「あは、思い出した、ノストラダムスみたい」
「ノストラダムス?」
黒田くんが不思議そうにして、私は「えへへ」と曖昧に笑った。そうか、中学生、生まれてもないのか……!
私、なんとなく覚えてるけど。幼稚園だったか、小学校だったか。お姉ちゃんに「もう世界が終わってみんな死ぬんだ」って随分と脅されたなぁ……。
アラサー(中身)がひとりでショックを受けてると、なぜか相良先生はぷすぷすと笑って言う。
「ノストラダムスの大予言っていう、世界が終わるだの終わらないだの、そういう噂があったんだよ、20世紀末に。中学生は知らないだろうけど。中学生は、生まれてもないから知らないだろうけど」
む、相良先生め、なんか嫌味だなぁ。中身がアラサーなの、言動から中身の正体に勘づいているとか!?
いやいや、それはない、はず。うん。普通はそんなこと思いつかないよね。
「へー」
黒田くんは首をかしげる。
「信じてどーすんスか、そんなの」
「さぁ、……分からないけど、彼らは」
相良先生はちらり、と窓の外を見遣る。少しずつ遠ざかる音楽。
「死にたくなければ、ウチの宗教に入りなさい、ってことみたい。自分たちではキリスト教……、カトリックを名乗ってはいるらしいけど、もちろんバチカンは認めてない」
それから相良先生は皮肉っぽく、笑う。
「それに自称、隠れキリシタンの末裔とか言ってるけど、そもそも創設が最近っていう、ね。隠れるも何もないよね」
「…….アホらし」
「ま、みんながみんな、黒田くんみたいに竹割ったような思考してないからなぁ」
「竹? それ、どういう意味っスか……ま、いいや、設楽、帰ろうぜ」
「うん」
「失礼しました」
黒田くんはさっさと出口に向かう。
「失礼しました、先生、ありがと」
「はいはい、気をつけて」
生徒指導室を出て、2人並んで廊下を歩く。
「あ」
「? どうした?」
「思い出した思い出した」
私はビッグニュースを黒田くんに言おうと思っていたのだ。変な噂のせいで言うタイミングを逃していた。
「アキラくんが」
「ん?」
「こっちに転校してきましたー!」
ぱちぱちぱち、と手を叩くと、黒田くんは「はぁ!?」と目を見開いた。
「あいつ、私立の中学行ってたんじゃねーの」
「親御さんの転勤らしいよ?」
なんと青百合。
(勝手に高校から青百合と思ってたけど、持ち上がり組だったんだなぁ)
アキラくんのバスケは好きなので、観戦に行けるようになるのは嬉しい。
「一緒に試合いこ」
「いいけどなぁ、……まぁ、負けねーけど」
「なにが?」
「いーんだよ、お前は何も気にしなくて」
黒田くんはにやりと笑う。私も安心して笑う。
てっきり、これで"いじめ"は解決したと思っていたのだ。先生たちが動いてくれる。相良先生のそういうとこは、私は信頼していた。
今後、東城さんと私の間のわだかまりがあったとしても、そんなのは時間が解決すると思っていた。
まさか、ターゲットが変わってるなんて、東城さんが"好きな人"関係なくいじめをする人だったなんて、思っていなかったのだ。
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