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【高校編】分岐・黒田健
懺悔(side健)
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「父とは」
上田さんは、ホットコーヒーから目を離さずに話し出した。
「父と母は、まだ僕が小学生の頃、父の家庭内暴力が原因で離婚していました」
国会図書館のカフェテリア。外は快晴、空調は少し寒いくらい。
「あの日、父が突然訪ねてきたんです。僕は大学生で、京都で下宿していました。どう家を調べたものか。僕は、……会わなかった」
「それは」
俺は言う。
「仕方ねーことなんじゃないっすか」
離婚の理由が理由だ。
「でも、止めてもらいたかったのではないか、と今でも考えるんです……会っていれば。家に父を招き入れてさえ、いれば。あの人の孤独を、狂気を、少しでも僕が受け止めていたら」
「今考えても仕方ねーことっす」
俺はひとつ息をついて、立ち上がった。
「仕事中にすんませんでした」
頭を下げる。
「いや、……え、ほかに、なにか」
「なんもねーっす。設楽に何かするようなヤツだったら困るんで確かめに来ただけっす」
「あ、そう、なんだ」
上田さんはほんの少し頷いたあと、「ええと君は恋人?」と聞いてきた。
「うっす」
「そっか、華さん、幸せにやってますか?」
「多分」
俺は少し慎重に答えた。設楽を幸せにしたいとは常々思うけど、幸せかどうかは設楽が決めることだから。
「なら、……、良かった」
「嫌なこと思い出させてすみませんでした」
「ううん、そのうち……華さん本人にも謝りたい。本人が、会ってくれればの話だけれど」
「……伝えておきます」
設楽はどう思うだろう。
この人は、父親にそっくりみたいだからーーあまり、会いたくないのかもしれない。
「それとね」
「はい」
上田さんは微笑んだ。
「お陰で、気持ちが決まった」
「?」
「父に、会いに行くよ」
俺は何といえばいいか分からず、ただ黙って上田さんを見た。
「あの人が再審請求してるのは知ってる?」
「はい」
「諦めさせてくる」
上田さんは目を伏せた。
「せめてもの、贖罪だ。まさか無罪放免ってことはないと思うけれど、もしそうなったら僕は多分、あの人を殺してしまう」
物騒な話に、片眉を上げて上田さんを見る。
「あの人ね、設楽さんを殺したあと、僕の下宿に、もう一度来たんです」
「……はい」
「インターフォン越しだけどね。やってしまった、確かにそう言ったんだよ、あの人」
俺はただ黙って頭を下げた。
連れ立ってカフェテリアを出た。
「僕は市ヶ谷まで帰るけど」
「俺、学校サボってるんで、夕方までテキトーにしてます」
放課後の部活には何食わぬ顔で行ってやろうと思う。
「あは、大丈夫? まぁ真面目そうだからあまりないと思うけど、警察に声かけられたりとか」
「あ、さっきあったっす」
「え、大丈夫だった?」
苦笑いしてうなずく。
「たまたま父の知り合いで」
「へえ? お父さん何してる人?」
「警察官です」
「そうかぁ」
上田さんは笑った。
「君ももしかして、警察官になりたいの」
「はい」
「華さんの」
上田さんは少し微笑んだ。
「亡くなったお父さんも、警察官だったらしいよ」
俺は少し目を瞠った。
「誰から聞いたのかな……担当の刑事さんだったかな。華さんは覚えてないのかな? 小さい時に亡くなったらしいし」
「そ、すか」
「父親と似た男を好きになる、とか言うけれど」
上田さんは笑った。
「彼女の場合は、本当にそうなのかもね」
帰りの電車に揺られながら、俺はなんとなく、設楽の父親について考えを巡らせた。
(どんな人だったんだろう)
知るわけはないけど、父親に聞こう、そう思いながら電車に揺られた。
横浜で適当に時間を潰してから、学校の武道場に堂々と向かう。
「おう」
「うっす」
「うっすじゃねーぞ黒田てめー」
水戸さんは目を釣り上げて、ギリギリと腕を首に回してきた。バレてたか。
「なーに学校堂々とサボってんだてめ」
「いや、つか、ギブ、ギブっす」
その腕をぱんぱんと叩く。水戸さんは腕を不承不承、といった感じで離す。
「デートか? 制服デートか? てめぇ」
「いや、永田町行ってました」
「永田町おう?」
「うっす」
「なんでだよ」
「野暮用っす」
水戸さんはものすごく不可解そうな顔をしたけど、デートじゃないと分かるとすぐにどうでも良さそうな顔をして「まぁ部活に来たのは褒めてやる」と言った。
「ただぁし! 朝練サボったのは許さん! 今日は外周だけしてろ!」
「うっす」
それで済むなら御の字だ。俺は着替えて、さっさと走り出した。
学校周りを何周かしたところで、校門のところに設楽がいることに気がつく。
「設楽」
「あ、黒田くん」
良かった、と設楽は笑った。
「どうした?」
「ええとね、」
設楽は少し困ったように笑う。
「会いたくなって」
「会いたくなって?」
設楽の目の下には、うっすらとクマがあるように見えた。
「眠れてないのか」
「……そー」
少し泣きそうな顔で言う。
「黒田くん、今日、おうち、行ってもいい?」
「いーよ。親父いるけど。かーさん夜勤のはずだ」
ゆえに晩飯は俺が当番。
「……お邪魔してもいいかな」
「いーよ。何食いたい?」
「夜眠れる食べ物」
なんてね、と冗談めかして笑う設楽が、なんだか消え入りそうなくらい弱ってて、俺はどうしたらいいか分からなくなった。
上田さんは、ホットコーヒーから目を離さずに話し出した。
「父と母は、まだ僕が小学生の頃、父の家庭内暴力が原因で離婚していました」
国会図書館のカフェテリア。外は快晴、空調は少し寒いくらい。
「あの日、父が突然訪ねてきたんです。僕は大学生で、京都で下宿していました。どう家を調べたものか。僕は、……会わなかった」
「それは」
俺は言う。
「仕方ねーことなんじゃないっすか」
離婚の理由が理由だ。
「でも、止めてもらいたかったのではないか、と今でも考えるんです……会っていれば。家に父を招き入れてさえ、いれば。あの人の孤独を、狂気を、少しでも僕が受け止めていたら」
「今考えても仕方ねーことっす」
俺はひとつ息をついて、立ち上がった。
「仕事中にすんませんでした」
頭を下げる。
「いや、……え、ほかに、なにか」
「なんもねーっす。設楽に何かするようなヤツだったら困るんで確かめに来ただけっす」
「あ、そう、なんだ」
上田さんはほんの少し頷いたあと、「ええと君は恋人?」と聞いてきた。
「うっす」
「そっか、華さん、幸せにやってますか?」
「多分」
俺は少し慎重に答えた。設楽を幸せにしたいとは常々思うけど、幸せかどうかは設楽が決めることだから。
「なら、……、良かった」
「嫌なこと思い出させてすみませんでした」
「ううん、そのうち……華さん本人にも謝りたい。本人が、会ってくれればの話だけれど」
「……伝えておきます」
設楽はどう思うだろう。
この人は、父親にそっくりみたいだからーーあまり、会いたくないのかもしれない。
「それとね」
「はい」
上田さんは微笑んだ。
「お陰で、気持ちが決まった」
「?」
「父に、会いに行くよ」
俺は何といえばいいか分からず、ただ黙って上田さんを見た。
「あの人が再審請求してるのは知ってる?」
「はい」
「諦めさせてくる」
上田さんは目を伏せた。
「せめてもの、贖罪だ。まさか無罪放免ってことはないと思うけれど、もしそうなったら僕は多分、あの人を殺してしまう」
物騒な話に、片眉を上げて上田さんを見る。
「あの人ね、設楽さんを殺したあと、僕の下宿に、もう一度来たんです」
「……はい」
「インターフォン越しだけどね。やってしまった、確かにそう言ったんだよ、あの人」
俺はただ黙って頭を下げた。
連れ立ってカフェテリアを出た。
「僕は市ヶ谷まで帰るけど」
「俺、学校サボってるんで、夕方までテキトーにしてます」
放課後の部活には何食わぬ顔で行ってやろうと思う。
「あは、大丈夫? まぁ真面目そうだからあまりないと思うけど、警察に声かけられたりとか」
「あ、さっきあったっす」
「え、大丈夫だった?」
苦笑いしてうなずく。
「たまたま父の知り合いで」
「へえ? お父さん何してる人?」
「警察官です」
「そうかぁ」
上田さんは笑った。
「君ももしかして、警察官になりたいの」
「はい」
「華さんの」
上田さんは少し微笑んだ。
「亡くなったお父さんも、警察官だったらしいよ」
俺は少し目を瞠った。
「誰から聞いたのかな……担当の刑事さんだったかな。華さんは覚えてないのかな? 小さい時に亡くなったらしいし」
「そ、すか」
「父親と似た男を好きになる、とか言うけれど」
上田さんは笑った。
「彼女の場合は、本当にそうなのかもね」
帰りの電車に揺られながら、俺はなんとなく、設楽の父親について考えを巡らせた。
(どんな人だったんだろう)
知るわけはないけど、父親に聞こう、そう思いながら電車に揺られた。
横浜で適当に時間を潰してから、学校の武道場に堂々と向かう。
「おう」
「うっす」
「うっすじゃねーぞ黒田てめー」
水戸さんは目を釣り上げて、ギリギリと腕を首に回してきた。バレてたか。
「なーに学校堂々とサボってんだてめ」
「いや、つか、ギブ、ギブっす」
その腕をぱんぱんと叩く。水戸さんは腕を不承不承、といった感じで離す。
「デートか? 制服デートか? てめぇ」
「いや、永田町行ってました」
「永田町おう?」
「うっす」
「なんでだよ」
「野暮用っす」
水戸さんはものすごく不可解そうな顔をしたけど、デートじゃないと分かるとすぐにどうでも良さそうな顔をして「まぁ部活に来たのは褒めてやる」と言った。
「ただぁし! 朝練サボったのは許さん! 今日は外周だけしてろ!」
「うっす」
それで済むなら御の字だ。俺は着替えて、さっさと走り出した。
学校周りを何周かしたところで、校門のところに設楽がいることに気がつく。
「設楽」
「あ、黒田くん」
良かった、と設楽は笑った。
「どうした?」
「ええとね、」
設楽は少し困ったように笑う。
「会いたくなって」
「会いたくなって?」
設楽の目の下には、うっすらとクマがあるように見えた。
「眠れてないのか」
「……そー」
少し泣きそうな顔で言う。
「黒田くん、今日、おうち、行ってもいい?」
「いーよ。親父いるけど。かーさん夜勤のはずだ」
ゆえに晩飯は俺が当番。
「……お邪魔してもいいかな」
「いーよ。何食いたい?」
「夜眠れる食べ物」
なんてね、と冗談めかして笑う設楽が、なんだか消え入りそうなくらい弱ってて、俺はどうしたらいいか分からなくなった。
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