【本編完結】セカンド彼女になりがちアラサー、悪役令嬢に転生する

にしのムラサキ

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【高校編】分岐・鹿王院樹

薬指

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「結婚、式」
「うむ。なかなかいい教会があるらしく……と、もちろん華の希望が最優先だ」
「えっと、そのー」

 ついもじもじしてしまう。うう、さっきまでの私カムバック。鎖骨は噛めても結婚式の話とかは照れちゃう。なんでなの。

「? 和装のほうがいいか? 神前式? となると鶴岡八幡か、そうだ京都の下鴨神社とか」
「いやいやいや待って」

 私は手を樹くんの前に出す。

「早すぎない!?」
「式場の予約は1年前には考えなければないらしいぞ」
「ええ、えっと」

 あ、そうか、今4月だから。
 樹くんの誕生日は6月。あと1年2ヶ月ない、のか……

「えっ、てか式もしちゃうの?」
「在学中は籍だけと思っていたが、いいだろう? 披露宴はいずれするとして。仕事上の付き合いなんかもあるからな、申し訳ないが披露宴はさせてほしい」
「そ、そういうものかな」
「単に早く華のウェディングドレスが見たい」
「ど、どれす」
「白無垢でも似合うだろうな」
「あんまり自信はないかな……」

 文金高島田? っていうのかな、あれ似合う似合わないがありそうだよ。

「華なら似合う。絶対似合う」

 力説されてしまった。

「……じゃあ、両方、とか」

 神前式で、披露宴はドレス、くらいの感覚で言ってみた。樹くんはうむ、と頷く。とても大事なことのように。

「何度でも挙げよう」
「な、何回も?」
「何なら世界中の神に誓って周っても構わない」
「それは大変すぎない……?」

 一回でいいよ、と言うと少し残念そうな顔をされた。

「色々着てほしいのだが」
「……差し出がましいですが、樹さま」

 運転席から、佐賀さんが穏やかな口調で話しかけてきた。

「前撮りという方法もありますよ」
「む」
「その際に色々着ていただいては」
「そうだな」

 樹くんは、やっぱり重々しく頷いた。

「そうしよう」
「そうなの……? あ、てか!」

 私は樹くんに向き直る。

「私も樹くんに色々着てほしいんだから!」
「そうか?」
「こないだの温泉、浴衣似合ってたし! 和装絶対似合うもん!」
「華がそう言うなら」

 樹くんはほんの少し眉を寄せた。おや樹さん、照れてますね?

(ふふ)

 可愛いこの癖に、すっかり慣れてしまってます。

 翌日、学校へ行きいつも通り普通に普通に過ごしていたところ、昼休みになってすぐ、通りかかった古典の教師に用事を頼まれてしまった。

(古典準備室、行ったことないんだよね)

 授業で使う本を先生が置いてきてしまったらしい。次の授業が古典なので、それはいいんだけど。

(どこだろー……)

 きょろきょろと人気のない廊下を歩く。あまり使われてないところなので、シンとしてるし少しかびっぽい。
 ふと、反対側の廊下を早足で……いや、結構な勢いで走る音がした。その背後からは、謎の甲高い、猫なで声のような声も。

(? 聞いたことあるな)

 誰の声だっけ、と立ち止まって首を傾げていると、目の前に現れたのは樹くんだった。

「あれ、樹くん?」
「華、」
「樹くぅ~ん、どこー?」
「チッ、追いついてきたか……華、こっちへ」

 樹くんは適当な教室のドアを開けて入った。しっかりドアを閉めると、私を腕に閉じ込めたまましゃがみこんだ。

「? 樹くん?」
「シ、静かに」

 人差し指を一本立てて言う樹くんはなんていうか、はい、どストライクでした。思わずへにゃりとする。

「華、済まないが今はスイッチを切ってくれ。普段は大歓迎なのだが」
「ふーん? 大歓迎してくれてたの」
「……」

 しまった、って顔をした。なーんだ、うふふ、もうひと押しなんじゃないのコレ、なんてヨコシマな感情は、聞こえてきた「聞き覚えのある声」でスッと凍りついた。

「えー、もう、どこー? 樹くーん」

 私は黙って樹くんを見つめる。

(……桜澤青花)

 接触しちゃったの?

(できれば、出会わないで欲しかった)

 もちろん、絶対、絶対、樹くんがフラつくことはないって分かってても。
 樹くんは「はぁ」と頭を抱えるようにため息をついた。やがて、青花の声は遠ざかる。

「……もしかして、樹くん、会いに行った?」
「……済まない、華に手を出すなと、釘をさすつもりで」
「やめてって言ったよね? 私」

 思わず声が硬くなる。

「やだって言ったよね」
「華」
「ねえ答え、」

 キスで塞がれた。

(ずるいずるいずるい!)

 約束を破ったのは樹くんなのに!
 涙目で睨みつけると、樹くんはものすごく情けない顔をした。

「本当に済まない、だが、どうしたんだ、華」
「証明して」
「……華?」
「一生、私以外、愛さないって証明して」
「当たり前だ、華以外の誰かなど」
「ここで抱いて、いま」
「華」

 たしなめるように名前を呼ばれた。

「いいから、」
「……こんなところで」
「いいから!」

 私は感情的になってる。涙目だし、多分ぐちゃぐちゃな顔してるし、きっと可愛くない。

(めちゃくちゃだ)

 わかってる。でも、なにか証みたいなのが欲しかった。
 樹くんは、私の左手をそっと取る。

「愛してる、華」

 薬指に、そっと唇を当ててくれた。

「ずっと。死ぬまで。死んでも、華だけだ」
「……」

 私は唇を落とされた薬指を、そっと見つめた。

(信じよう)

 というか、そもそも疑ってなんかいないのだ。単に不安なだけで。
 すう、と深呼吸をして微笑んだ。

「ありがと、ね。ごめん、ちょっと私」
「しかし」
「え」

 どさり、と押し倒された。

「もしそれで、華の不安がなくなるならーー俺も願ったり叶ったりだ」
「え、あ、どういう」

 唇でまた塞がれて、でもさっきと違うのはそれが深いキスだったってことで、息をしようとあがくたびに、それは深く深くなって。

(もー、意地悪だ!)

 私は樹くんの胸を押す。樹くんは少しだけ身体を離した。

「分かった、分かりましたって、もうそんなこと言いませんって」
「……それは残念だ」

 樹くんは、私の首元に顔を埋めた。

「してしまいたかったのに」

 そう呟かれる。

「え、あ、嘘!? いつもの理性さんは!?」
「お出かけ中だ」

 そう言って、私を見つめる。どうする? って言ってた。

「……その、また今度で……」

 うう、でもさ、ほら、勝負下着とは言わないけど、色々準備ってあるじゃないですか……。

「残念だ」

 軽いキスをされて、樹くんは起き上がった。私もそっと抱き起こされる。

「あ、ありがとう」

 樹くんは何も言わず、もう一度薬指にキスをしてくれた。

「そうだ、指輪を注文しに行こうか」
「指輪?」
「婚約指輪」
「え、あ」
「もっと早く思いつくべきだったな」

 樹くんは楽しそうに笑う。

「これから忙しくなるぞ」
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