【本編完結】セカンド彼女になりがちアラサー、悪役令嬢に転生する

にしのムラサキ

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【高校編】分岐・山ノ内瑛

やつあたり

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 チ、と根岸はもう一度舌打ちして、私の腕を掴んだ。

「ちょ、痛」
「アンタしつこいな、こっち来い」
「痛いって!」

 ギリギリと掴まれた腕。
 ふと見上げると焦ったような顔。

(別に、人前で松井さんのこと、わざわざ話さないよっ)

 そう思うけど、私の腕を掴んだまま、ずんずんと根岸は歩いていく。友達っぽい子たちは、ぽかんとしてたりびっくりしてたり。そりゃそうだ。

「困るんだよ、こんなとこまで来られて」

 連れてこられたのは人気があまりないジムの手前の廊下。ジムの中を見るけど、誰もトレーニングしている様子はない。
 シンと冷たい廊下。窓からはガラス越しに、蝉の声が小さく響いていた。シャワシャワシャワシャワ、って。

(アブラゼミだな)

 なんとなく、そんな関係ないことを思う。

「困ってるのはさ、松井さんじゃないの」
「は?」
「何自分勝手なコト言ってんの?」
「てめー、何の関係があんだよ」
「友達だからに決まって、」

 がん! と壁を叩かれて壁際に追い詰められた。きっ、と睨み返す。

「口挟むな、クソ女」
「なんですって」

 反射的に上がった手を(平手打ち一発くらいは許されるでしょ!?)簡単に掴まれてしまった。
 は、と嗤われる。私は目を逸らさない。
 しばらく睨み合ってると、ふと大きく壁を蹴る音がした。びくりとしてそちらを見ると、アキラくんが物凄く冷たい目でこちらを見ていた。

「何しとんねん根岸」
「山ノ内、」
「何しとるんや言うてんねんけど」
「や、お前関係ないし」
「それは俺が決めることや」

 ぐい、と根岸を私から引き離した。

「アンタもさっさとね」
「……あの、えっと」

 唐突すぎて反応できない私を、アキラくんは冷たく睨んだ。

(あ)

 私はほんの少し震えて、踵を返す。

(初めて睨まれた)

 あんな声が私に向くのも、初めてだった。
 心配そうに、何人かの男子がこちらを見ていた。私はその横を小走りで通り過ぎる。きっとひどい顔をしていた。涙目だし。

(分かってるんだけど、)

 ぽろりと涙がこぼれた。
 体育館の外はやっぱりひどく暑くて、蝉はうるさくて、気がおかしくなりそうだった。

(だって付き合ってるのバレちゃだめだし)

 キツイこと言われるのも、睨まれるのも、演技なはずなのに。

(うーん、セーリ前だからかな)

 ちょっと、不安定だ。まぁ昨日色々考えすぎて、眠れてないところもある、と思う。
 涙を拭いながら歩く。

(後で謝らなきゃ)

 助けに来てくれたのに、あんな風に泣いちゃったりして。
 高等部の敷地まで来て、ふう、と一息ついた。
 木陰のベンチに座る。ふと見上げると、木漏れ日が眩しい。きらきら、落ちてきてるみたいで。

「設楽?」

 聞き慣れた声がして、首を戻した。

「あ、黒田くん」
「……何があった」

 少し、その目が険しくなる。

「あ、えっと。なにもないよ」
「嘘つけ。泣いてんじゃねーか」
「え、あ、汗。汗入った」
「嘘下手くそだなお前」

 今から部活なのか、制服の黒田くんは近づいてきて、がしがしと頭を撫でてくれた。

「うう」
「変な顔してんな」
「知ってます……」

 ふと、黒田くんは視線を上げて目を細めた。それから「無理すんなよ」と私にいう。

「無理?」
「全部嫌になったら俺のとこ来るか」
「?」
「考えとけ」

 最後はデコピンされた。

(な、なんなんだ……)

 黒田くんはにかり、と笑うと踵を返す。その背中が少し遠くなったくらいに、私の背後から大好きな声がして、思わず振り返った。

「華」
「アキラくん」

 肩で息をしている。全身汗だくだ。
 少し距離をとったまま話す。誰が通るか分からないから。

「ごめん、華、睨んで。一応言うとくけど、あれ、演技やねんからな」
「ううん、分かってるよ。こっちこそ、私、助けてくれたのに」

 本当は、駆け寄って抱きしめたい。抱きしめられたい。
 でもそれは出来なくて。

「……あとで、また」
「、うん」

 アキラくんは、ちょっと切なそうな顔をして、また走っていった。

(元気だなぁ)

 よく、この炎天下を走れるよなぁ。

(追いかけてきてくれたんだ)

 私は胸がぎゅうとなって、切なくて嬉しくて、これくらいで感情がジェットコースターみたいになるのが不思議でたまらない。

 キンキンにクーラーがついた地下書庫、そこでぼうっと本を読むことにした。
 ちょっと集中して読んでいると、すぐ近くで声がした。

「なに読んどんの」
「あ、えっとね」

 振り返った途端に、キスされた。

「ふ、あ、アキラくん」

 唐突だ。横の席に座ったアキラくんは、私を軽く抱きしめた。

「泣かせてもた」
「あ、ごめん、あれほんと。なんか寝不足もあってちょっと不安定だった」
「ちゃうねん。怖かったやろ? 誰の女や思ーとんねんって言いたかってん、けど言えんで腹たって、」

 華に当たってどないすんねんなぁ、とアキラくんは眉を下げた。

「せやけどさぁ、なんやこっちの人、ちょっと何や言うただけで怖がんねん。ヤクザみたいやゆーて」
「ヤクザ」

 ぷ、と吹き出すと頬をぷにっとつままれた。

「あー、良かった。笑ってくれた」
「うん、心配かけてごめん」
「ええねん」

 はー、とアキラくんは私の首に唇を寄せた。

「嫌われてたらどないしようかと」
「嫌うわけないじゃん」
「知ってる。知ってるけどやな」
「ひゃあ!」

 耳! 耳をそんな風にしない!

「華って耳弱いよな?」
「うう」

 私は耳を抑えて、少し涙目でアキラくんを見る。

「そーいう涙目は最高にイイんやけどな」
「ど、どえす!」

 ふ、とアキラくんは笑った。

「好きなくせに」
「わ、だから、もー」

 文句を言いつつ、身体から力が抜けちゃうので、アキラくんにちょっとしがみついた。

「あんな、華」

 ふと、声が真剣なトーンに戻る。

「?」
「他の人んとこなんか、行かんといてな」
「行くわけないよ?」
「知ってんねんけどな」

 アキラくんは、ぎゅうぎゅうと私を抱きしめる。私も抱きしめ返した。アキラくんの心配とか不安とか、全部消えてしまいますようにと祈りながら。
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