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【高校編】分岐・鹿王院樹
虫干し
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鹿王院家の書斎は広い。とてもとても広い。小さい図書室くらいはあると思う。そこに背の高い本棚が所狭しとならんで、少しかびくさい。
「だって高いところに手が届くの樹、アナタだけじゃない」
というのが静子さんの意見で、まぁ確かにその通りなのだ。
「だからと言ってこの忙しい時に」
樹くんはやっぱり不服顔だ。
樹くんの練習が午前中だけだった晴れた土曜日、私と樹くんは本棚を前に、しばし呆然としていた。
(どこから手をつけよう?)
そもそも何冊あるんだろ。
「でもまぁ、梅雨前に虫干ししたい気持ちは分かるよ」
大量の本。亡くなった静子さんの旦那さん、要は樹くんのおじいさんだけど、その方が遺した本がほとんどで、静子さんはあまり掃除の業者の人とか、他の人に触らせたくないみたいなのだ。
「まぁ華と2人だから良しとしよう」
樹くんは少し気を取り直したみたいに言った。
「とりあえずさ、高いとこの本からにしよう? 私が手が届くところは、樹くんの合宿中にでもやっておくから」
「……悪いな」
「大丈夫、圭くんにも手伝ってもらうし」
「圭か」
「? うん」
「絆されるなよ」
「?」
「……嫌になるな」
「なにが?」
樹くんは私の頭を、髪を梳くように撫でる。気持ちよくて、目を細めた。
「自分が、だ」
「?」
樹くんを見上げると、頬に手を添えられる。そっとキスをされて、やっぱりそっと離れて行く。
天窓から入ってくる、四月の優しい太陽の光が、少し薄暗い書斎に舞うホコリをきらきらと光らせて少し幻想的だ。
単なるホコリなのに。
樹くんといると、なんだか世界が輝いて見える。
(太陽みたいなひと、かもしれない)
少なくとも、私にとっては。
樹くんがいないと、きっともう生きていけない。息もできないし何も見えない。
(あー、重症だ)
こんなに誰かに執着? 依存? なんだろう、そんなタイプじゃなかった、はずなのに。
胸がぎゅうっとなって、おねだりするみたいに手を伸ばす。樹くんは優しく笑って、抱きしめてくれた。
「好きだ」
「うわぁ」
「なんだその反応は」
「き、急だったから」
耳元で急に言うから!
樹くんは少し楽しげに身体を揺らした。
「そろそろ慣れてもいいのではないか」
「えー、でもね、お友達だし」
「華の言うお友達は、こんなことするのか」
「な、仲良しだから……?」
おでことおでこを合わせて、超至近距離で笑い合う。
「さて」
樹くんは身体を離した。
「片付けてしまうか、いちゃついてるのがばーさんにバレる前に」
いちゃつく、という単語が樹くんの口から出るのにいまだに慣れないけれど、片付けなきゃなのには同意だ。お日様が気持ちいい内に虫干ししちゃわないといけない。
樹くんがとってくれた本を、一緒に運んで濡れ縁に並べた。
「直射日光はまずいらしいからな」
「てか、色んな本があるねー」
歴史小説から、推理小説まで。漢籍っぽい本もあれば古い和綴じの本もあった。
「……これ、ほんもの?」
「かもな」
「あんな風な保管でいいのかな」
資料館とかに置いてありそうなものじゃないのかな……。でも、静子さんが大事にしてるものだし。
「さてなぁ」
「まぁ、とりあえず片付けていこっか」
どんどんもってきて、どんどん虫干しして行く。
書斎に戻ったとき、ふとアルバムが目に入った。
「アルバムだー」
低いところにあったので、手に取る。
「あ、これ赤ちゃんの樹くん?」
「……本当だ」
「ちいさーい、かわいーい」
樹くんのお母さんに抱っこされてる樹くんは今よりとても小さい(当たり前だ)。かなり立派な兜が飾ってある。初節句、との小さなメモが貼ってあった。
「きゃー、可愛い可愛い」
思わずお子様スマホで写真を撮る。
「華、その、やめよう」
「なんでー!? こんなに可愛いのにっ」
「いや、なんだろう、気恥ずかしい」
「ほかのないのかなー」
なんとなく手に取ったのは、少し古いアルバム。
「あれ、これ若い頃の敦子さんだ……って、あれ」
添えられたメモの文字。「敦子とお嬢さん」。背後には「命名・笑」……エミって"私"の、華のお母さんの名前じゃないっけ……? あれ、えっと?
ばっと顔を上げると、樹くんは気まずそうな顔をした。
「……樹くん、何か知ってるの」
「いや、その」
「敦子さんって、私のほんとのおばあちゃんなの!?」
「……その、だな」
「ネタは上がってるのよ!」
「そんな昔の刑事ドラマみたいに……俺から言ってもいいものか」
「言って」
じっとみていると、樹くんはふう、とため息をついた。
「……そうらしい」
「なんで、わざわざ"本当のおばあちゃんのイトコ"なんて嘘」
「言い出せなかったそうなんだ」
「?」
「華のご両親の結婚に反対したから。それで、駆け落ちされたんだろう。華のご両親は。笑さんには、当時……許婚がいたから」
「ああ」
それで駆け落ちしてたのか。
樹くんは、ほんの少し悲しそうに言った。
(なんでそんな顔?)
首を傾げたけど、樹くんは優しく私を撫でただけだった。
「まぁばーさんからの又聞きなのだがな。認めてやればよかった、と言っていたらしい。華を引き取る時にも、今更、のうのうと実の祖母を名乗るなどできない、と」
「そんな」
私は何度か瞬きをした。今更、だなんて。そんな。
「……それから、敦子さんの立場は数年前から微妙なところにあってな」
「微妙?」
「まぁ端的に言えば、御前との権力争いだ」
「御前……大伯父様?」
あのクソジジイだ。未だにちょー元気。
「うむ」
「それとどう関係があるの」
「万が一、自分が権力争いに負けたり、その、先に死んだりした場合、華を御前たちの良いようにさせないよう、華を常盤から離すつもりだったらしい」
「?」
良いようにさせる?
なんのことだろう。
「その際に、華が気持ちよく常盤から離れられるよう、自分のことなど気にしないよう、という配慮のようだ。実の祖母だと、華は自分を気にかけて御前たちのいう通りにしてしまうかもしれないから、と」
「本当のおばあちゃんかどうか、なんて関係ないよ! 敦子さんは敦子さんなのに」
いや、あのクソジジイの言うことなんか聞くつもりないけれど!
「その辺りは敦子さんも読みが外れたな」
樹くんはほんの少し微笑んだ。
「華は優しいから」
「優しいとかじゃないよ……もう、変な気遣いして」
メールや電話じゃダメだ。
今度あった時、ちゃんと話そう。もう子供じゃないんだから、って。
「もっとも」
樹くんは私を抱きしめた。少し強く。
「樹くん?」
「華を、御前たちの良いようになど俺がさせないが」
樹くんはそう言って笑う。でもその目はほんの少しだけ、いつもより険しかった。
「だって高いところに手が届くの樹、アナタだけじゃない」
というのが静子さんの意見で、まぁ確かにその通りなのだ。
「だからと言ってこの忙しい時に」
樹くんはやっぱり不服顔だ。
樹くんの練習が午前中だけだった晴れた土曜日、私と樹くんは本棚を前に、しばし呆然としていた。
(どこから手をつけよう?)
そもそも何冊あるんだろ。
「でもまぁ、梅雨前に虫干ししたい気持ちは分かるよ」
大量の本。亡くなった静子さんの旦那さん、要は樹くんのおじいさんだけど、その方が遺した本がほとんどで、静子さんはあまり掃除の業者の人とか、他の人に触らせたくないみたいなのだ。
「まぁ華と2人だから良しとしよう」
樹くんは少し気を取り直したみたいに言った。
「とりあえずさ、高いとこの本からにしよう? 私が手が届くところは、樹くんの合宿中にでもやっておくから」
「……悪いな」
「大丈夫、圭くんにも手伝ってもらうし」
「圭か」
「? うん」
「絆されるなよ」
「?」
「……嫌になるな」
「なにが?」
樹くんは私の頭を、髪を梳くように撫でる。気持ちよくて、目を細めた。
「自分が、だ」
「?」
樹くんを見上げると、頬に手を添えられる。そっとキスをされて、やっぱりそっと離れて行く。
天窓から入ってくる、四月の優しい太陽の光が、少し薄暗い書斎に舞うホコリをきらきらと光らせて少し幻想的だ。
単なるホコリなのに。
樹くんといると、なんだか世界が輝いて見える。
(太陽みたいなひと、かもしれない)
少なくとも、私にとっては。
樹くんがいないと、きっともう生きていけない。息もできないし何も見えない。
(あー、重症だ)
こんなに誰かに執着? 依存? なんだろう、そんなタイプじゃなかった、はずなのに。
胸がぎゅうっとなって、おねだりするみたいに手を伸ばす。樹くんは優しく笑って、抱きしめてくれた。
「好きだ」
「うわぁ」
「なんだその反応は」
「き、急だったから」
耳元で急に言うから!
樹くんは少し楽しげに身体を揺らした。
「そろそろ慣れてもいいのではないか」
「えー、でもね、お友達だし」
「華の言うお友達は、こんなことするのか」
「な、仲良しだから……?」
おでことおでこを合わせて、超至近距離で笑い合う。
「さて」
樹くんは身体を離した。
「片付けてしまうか、いちゃついてるのがばーさんにバレる前に」
いちゃつく、という単語が樹くんの口から出るのにいまだに慣れないけれど、片付けなきゃなのには同意だ。お日様が気持ちいい内に虫干ししちゃわないといけない。
樹くんがとってくれた本を、一緒に運んで濡れ縁に並べた。
「直射日光はまずいらしいからな」
「てか、色んな本があるねー」
歴史小説から、推理小説まで。漢籍っぽい本もあれば古い和綴じの本もあった。
「……これ、ほんもの?」
「かもな」
「あんな風な保管でいいのかな」
資料館とかに置いてありそうなものじゃないのかな……。でも、静子さんが大事にしてるものだし。
「さてなぁ」
「まぁ、とりあえず片付けていこっか」
どんどんもってきて、どんどん虫干しして行く。
書斎に戻ったとき、ふとアルバムが目に入った。
「アルバムだー」
低いところにあったので、手に取る。
「あ、これ赤ちゃんの樹くん?」
「……本当だ」
「ちいさーい、かわいーい」
樹くんのお母さんに抱っこされてる樹くんは今よりとても小さい(当たり前だ)。かなり立派な兜が飾ってある。初節句、との小さなメモが貼ってあった。
「きゃー、可愛い可愛い」
思わずお子様スマホで写真を撮る。
「華、その、やめよう」
「なんでー!? こんなに可愛いのにっ」
「いや、なんだろう、気恥ずかしい」
「ほかのないのかなー」
なんとなく手に取ったのは、少し古いアルバム。
「あれ、これ若い頃の敦子さんだ……って、あれ」
添えられたメモの文字。「敦子とお嬢さん」。背後には「命名・笑」……エミって"私"の、華のお母さんの名前じゃないっけ……? あれ、えっと?
ばっと顔を上げると、樹くんは気まずそうな顔をした。
「……樹くん、何か知ってるの」
「いや、その」
「敦子さんって、私のほんとのおばあちゃんなの!?」
「……その、だな」
「ネタは上がってるのよ!」
「そんな昔の刑事ドラマみたいに……俺から言ってもいいものか」
「言って」
じっとみていると、樹くんはふう、とため息をついた。
「……そうらしい」
「なんで、わざわざ"本当のおばあちゃんのイトコ"なんて嘘」
「言い出せなかったそうなんだ」
「?」
「華のご両親の結婚に反対したから。それで、駆け落ちされたんだろう。華のご両親は。笑さんには、当時……許婚がいたから」
「ああ」
それで駆け落ちしてたのか。
樹くんは、ほんの少し悲しそうに言った。
(なんでそんな顔?)
首を傾げたけど、樹くんは優しく私を撫でただけだった。
「まぁばーさんからの又聞きなのだがな。認めてやればよかった、と言っていたらしい。華を引き取る時にも、今更、のうのうと実の祖母を名乗るなどできない、と」
「そんな」
私は何度か瞬きをした。今更、だなんて。そんな。
「……それから、敦子さんの立場は数年前から微妙なところにあってな」
「微妙?」
「まぁ端的に言えば、御前との権力争いだ」
「御前……大伯父様?」
あのクソジジイだ。未だにちょー元気。
「うむ」
「それとどう関係があるの」
「万が一、自分が権力争いに負けたり、その、先に死んだりした場合、華を御前たちの良いようにさせないよう、華を常盤から離すつもりだったらしい」
「?」
良いようにさせる?
なんのことだろう。
「その際に、華が気持ちよく常盤から離れられるよう、自分のことなど気にしないよう、という配慮のようだ。実の祖母だと、華は自分を気にかけて御前たちのいう通りにしてしまうかもしれないから、と」
「本当のおばあちゃんかどうか、なんて関係ないよ! 敦子さんは敦子さんなのに」
いや、あのクソジジイの言うことなんか聞くつもりないけれど!
「その辺りは敦子さんも読みが外れたな」
樹くんはほんの少し微笑んだ。
「華は優しいから」
「優しいとかじゃないよ……もう、変な気遣いして」
メールや電話じゃダメだ。
今度あった時、ちゃんと話そう。もう子供じゃないんだから、って。
「もっとも」
樹くんは私を抱きしめた。少し強く。
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