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【高校編】分岐・鹿王院樹
教会の鐘
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りんごーん、りんごーん、という教会の鐘の音が、絶え間なく響き渡る。
辺り一面山の深い木々で、目の前にはエメラルドグリーンの湖。付近の山の岩盤に含まれる成分(石灰だって言ってたかな?)のせいで、こんな色らしい。近づくと透明なのが分かる。
「設楽さーん、あんま近づくとこけて水に突っ込むよ」
「そうだよ、ほら、こっちおいで設楽ちゃん」
「だ、大丈夫だよ」
私は振り向いて、大村さんやクラスの人に答えた。まったく、私のことなんだと思ってるんでしょうかこの人たちは……。
修学旅行、2日目。私たちはスロベニアの湖と、その湖に浮かぶ島に建てられた教会の見学に訪れていた。
(しかし、豪勢だったなぁ)
飛行機。
本来、日本とスロベニアの直行便はないらしい。大抵はフィンランド、ヘルシンキ経由らしいんだけど。
(直行便、チャーターしちゃうんだもんなぁ……)
この学校。数機チャーターされてて、しかも、全席ビジネスクラスだった。クラスの子たちと(中等部とかからの持ち上がりじゃない子たちと)「漫画喫茶じゃん!」と盛り上がった。なぜか大爆笑で、仁に怒られた。いやー、テンション上がってました。
でも本当に、漫画喫茶みたいだったんだよなー。半個室で、テレビあって、リクライニングの椅子あって、みたいな。
昨日のことを、思い返す。
「でも設楽さん、よく飛行機乗ってない?」
テンションブチ上がりの私に、大村さんは言った。
「国際線は2回目だもん」
前世(もちろんエコノミー)はノーカンでね。
「ていうか、設楽さん漫喫とか行くんだ」
ぎくり。
「お嬢様なのに」
「うへへへ」
前世で常連でございました。
ところでチャーター便、貸切ってことで少々騒いでも怒られなかった。大村さんたちとキャッキャ言いながら飛行機探検をしていると(全席ビジネスクラスの飛行機って中身気になるじゃないですか……!)ふと樹くんに声をかけられた。
半個室の扉を開けて、首を傾げながら、樹くんは言う。
「どうした華、何か楽しそうだな」
「こ、この万年セレブリティ!」
今更テンション上がんないんだろーなっ!
樹くんの鼻をつまむ。樹くんは目を白黒させて、私が笑うととても幸せそうに笑った。うう、なんだよその顔、ずるいよ。
大村さんの生温い視線で慌てて手を離す。いや、決して目の前でいちゃついてやろーとか、そんなんでは無いんですよ?
「大変だね、鹿王院くん」
大村さんは笑って言った。
「この子が許婚で」
「だろう、苦労している」
「ちょっと待って何意気投合してるのー!?」
樹くんは苦笑してから、私の腕を引く。
「そんなわけで少し借りるぞ」
「ご自由に~。華ちゃん、また後でね。鹿王院くんに送ってもらいなよ、迷うから」
「機内で迷わないよ……!」
そこまで席数もないのに!
そう返事をするが早いか、ぽすりと樹くんの膝の間に座らされていた。
「樹くん?」
「しばらくいたらいい」
そう言いながら、机からチョコレートの箱を持ち上げた。
「あ、空港で買おうか迷ってたやつ!」
「華が好きそうだなと思って」
樹くんは微かに笑った。そして箱を開けて「あーん」と実に真面目そうな顔をして言った。
「あ、あーん!?」
「食べないのか? 食べてしまうぞ」
「食べる」
勢い余って、樹くんの指ごと、チョコを食べる。
「あまー」
「そうか」
樹くんは、私が舐めちゃった指をぺろり、と舐めた。
「甘いな」
「……!」
「どうした顔が赤いぞ」
「や、だって」
「華は甘い」
「違う、チョコの話だったでしょ?」
「なぁ、お前ら」
ひょい、と仕切りの上から岡村くんが顔を出す。
「なぁ、まさかヤラシ~展開とかないよな? オレ、結構気まずいよそれ……」
「な、なななないよ!」
私は真っ赤になって手をぶんぶんと振る。
「チョコ! チョコ食べてただけだもん」
「岡村が期待するなら聞かせてやらんでもない」
「バカ!」
私は樹くんのおでこをぺちりと叩く。
「も、もう帰るっ」
赤い顔をしたまま、立ち上がって歩き出す。まったくもう!
ぷんすかと歩いていたら、……え、迷った? いやまぁ、その辺にいる子にここ何組の席? って聞けばいいんだけど、……まさか本当に迷うとは。
「華」
手を引かれる。
「樹くん」
「すまなかった、……少しテンションが上がっていた」
私はぱちぱちと瞬きしたあと、「あ、やっぱ樹くんでもそーなんだ!」と答えた。
「テンションあがるよね、修学旅行!」
「……そういうわけでもないのだが」
樹くんは肩をすくめた。
「席まで送ろう」
「……はーい」
手を繋いで引かれる。
席に戻ると、大村さんがひょいと顔を出した。
「あ、えらいえらいちゃんと送ってもらったね」
私は「えへへ」とごまかした。まさか本当に迷ったなんて言えない……。
そんなこんなな、約10時間の空の旅を経て、私たちはスロベニアのリュブリャナに降り立った。
とはいえ現地時間でもう20時過ぎ、ってことでホテルに直行。
(あれー?)
疲れていたのか、あっという間に夢の中だ。時差ボケするかな、なんて思っていたのだけれど。
そんな感じで1日目は終わり、2日目にこの湖に来たのだけれど。
「ほら、設楽さーん」
「はいはーい、って、わ」
足が滑った。木製の桟橋、水で濡れてたみたいでーーってそんな分析はいいんだよ! ほんとに突っ込んじゃうよ!
と、目を閉じたけれど、水の感覚はない。
「……あれ?」
「大丈夫か、華」
しっかりと受け止められていた。樹くんに。
「あれ、樹くん」
「気をつけてくれ、華」
樹くんはそのまま、私をお姫様抱っこのようにして、大村さんたちのとこまで運ぶ。
「あ、ごめん、ありがとう」
「鹿王院くん、ほんと苦労してるね」
くすくすと笑う大村さん。
樹くんは肩をすくめて「だろう、だから目が離せないんだ」とちょっと笑った。
辺り一面山の深い木々で、目の前にはエメラルドグリーンの湖。付近の山の岩盤に含まれる成分(石灰だって言ってたかな?)のせいで、こんな色らしい。近づくと透明なのが分かる。
「設楽さーん、あんま近づくとこけて水に突っ込むよ」
「そうだよ、ほら、こっちおいで設楽ちゃん」
「だ、大丈夫だよ」
私は振り向いて、大村さんやクラスの人に答えた。まったく、私のことなんだと思ってるんでしょうかこの人たちは……。
修学旅行、2日目。私たちはスロベニアの湖と、その湖に浮かぶ島に建てられた教会の見学に訪れていた。
(しかし、豪勢だったなぁ)
飛行機。
本来、日本とスロベニアの直行便はないらしい。大抵はフィンランド、ヘルシンキ経由らしいんだけど。
(直行便、チャーターしちゃうんだもんなぁ……)
この学校。数機チャーターされてて、しかも、全席ビジネスクラスだった。クラスの子たちと(中等部とかからの持ち上がりじゃない子たちと)「漫画喫茶じゃん!」と盛り上がった。なぜか大爆笑で、仁に怒られた。いやー、テンション上がってました。
でも本当に、漫画喫茶みたいだったんだよなー。半個室で、テレビあって、リクライニングの椅子あって、みたいな。
昨日のことを、思い返す。
「でも設楽さん、よく飛行機乗ってない?」
テンションブチ上がりの私に、大村さんは言った。
「国際線は2回目だもん」
前世(もちろんエコノミー)はノーカンでね。
「ていうか、設楽さん漫喫とか行くんだ」
ぎくり。
「お嬢様なのに」
「うへへへ」
前世で常連でございました。
ところでチャーター便、貸切ってことで少々騒いでも怒られなかった。大村さんたちとキャッキャ言いながら飛行機探検をしていると(全席ビジネスクラスの飛行機って中身気になるじゃないですか……!)ふと樹くんに声をかけられた。
半個室の扉を開けて、首を傾げながら、樹くんは言う。
「どうした華、何か楽しそうだな」
「こ、この万年セレブリティ!」
今更テンション上がんないんだろーなっ!
樹くんの鼻をつまむ。樹くんは目を白黒させて、私が笑うととても幸せそうに笑った。うう、なんだよその顔、ずるいよ。
大村さんの生温い視線で慌てて手を離す。いや、決して目の前でいちゃついてやろーとか、そんなんでは無いんですよ?
「大変だね、鹿王院くん」
大村さんは笑って言った。
「この子が許婚で」
「だろう、苦労している」
「ちょっと待って何意気投合してるのー!?」
樹くんは苦笑してから、私の腕を引く。
「そんなわけで少し借りるぞ」
「ご自由に~。華ちゃん、また後でね。鹿王院くんに送ってもらいなよ、迷うから」
「機内で迷わないよ……!」
そこまで席数もないのに!
そう返事をするが早いか、ぽすりと樹くんの膝の間に座らされていた。
「樹くん?」
「しばらくいたらいい」
そう言いながら、机からチョコレートの箱を持ち上げた。
「あ、空港で買おうか迷ってたやつ!」
「華が好きそうだなと思って」
樹くんは微かに笑った。そして箱を開けて「あーん」と実に真面目そうな顔をして言った。
「あ、あーん!?」
「食べないのか? 食べてしまうぞ」
「食べる」
勢い余って、樹くんの指ごと、チョコを食べる。
「あまー」
「そうか」
樹くんは、私が舐めちゃった指をぺろり、と舐めた。
「甘いな」
「……!」
「どうした顔が赤いぞ」
「や、だって」
「華は甘い」
「違う、チョコの話だったでしょ?」
「なぁ、お前ら」
ひょい、と仕切りの上から岡村くんが顔を出す。
「なぁ、まさかヤラシ~展開とかないよな? オレ、結構気まずいよそれ……」
「な、なななないよ!」
私は真っ赤になって手をぶんぶんと振る。
「チョコ! チョコ食べてただけだもん」
「岡村が期待するなら聞かせてやらんでもない」
「バカ!」
私は樹くんのおでこをぺちりと叩く。
「も、もう帰るっ」
赤い顔をしたまま、立ち上がって歩き出す。まったくもう!
ぷんすかと歩いていたら、……え、迷った? いやまぁ、その辺にいる子にここ何組の席? って聞けばいいんだけど、……まさか本当に迷うとは。
「華」
手を引かれる。
「樹くん」
「すまなかった、……少しテンションが上がっていた」
私はぱちぱちと瞬きしたあと、「あ、やっぱ樹くんでもそーなんだ!」と答えた。
「テンションあがるよね、修学旅行!」
「……そういうわけでもないのだが」
樹くんは肩をすくめた。
「席まで送ろう」
「……はーい」
手を繋いで引かれる。
席に戻ると、大村さんがひょいと顔を出した。
「あ、えらいえらいちゃんと送ってもらったね」
私は「えへへ」とごまかした。まさか本当に迷ったなんて言えない……。
そんなこんなな、約10時間の空の旅を経て、私たちはスロベニアのリュブリャナに降り立った。
とはいえ現地時間でもう20時過ぎ、ってことでホテルに直行。
(あれー?)
疲れていたのか、あっという間に夢の中だ。時差ボケするかな、なんて思っていたのだけれど。
そんな感じで1日目は終わり、2日目にこの湖に来たのだけれど。
「ほら、設楽さーん」
「はいはーい、って、わ」
足が滑った。木製の桟橋、水で濡れてたみたいでーーってそんな分析はいいんだよ! ほんとに突っ込んじゃうよ!
と、目を閉じたけれど、水の感覚はない。
「……あれ?」
「大丈夫か、華」
しっかりと受け止められていた。樹くんに。
「あれ、樹くん」
「気をつけてくれ、華」
樹くんはそのまま、私をお姫様抱っこのようにして、大村さんたちのとこまで運ぶ。
「あ、ごめん、ありがとう」
「鹿王院くん、ほんと苦労してるね」
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