【本編完結】セカンド彼女になりがちアラサー、悪役令嬢に転生する

にしのムラサキ

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【高校編】分岐・山ノ内瑛

クリスマス

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 ふんわりふんわり、と少し大きめの粉雪が、鈍色の空からゆっくりゆっくりと落ちてくる。私はそれを見上げながら、ちょっと笑った。

(これはまた、おあつらえ向き、っていうか)

 イメージ通りのクリスマスです。
 イブではなく本番、25日のほう。
 青百合学園はミッション系の学校なだけあって、12月24、25はお休み。学園内の教会で、ミサだけしている。
 そんな学園内の、レンガの道をーーと言っても雪でレンガは覆い隠されているけれど、を私はゆっくりと歩いていた。別に雪景色を噛み締めてるとかじゃなくて、単に滑らないようにです。

「あら設楽さん、ミサ? お信者さんだっけ」
「いいえ~ちょっとお勉強を」

 通りすがった古典の先生に、図書館で課題を、なんてごにょごにょ言いながら雪の上で立ち止まる。
 お信者さん、ってのはこの学園に通ってる生徒さんの中で、キリスト教徒のひとたち。多分カトリックなんだと思う。

(まぁ、よく知らないんだけれど……)

 週にいちど、聖書の授業があるものの、よく分からない。最近、神父さんと牧師さんがカトリックとプロテスタントで違うと知ったくらいだから。

「熱心ねぇ」
「それほどでも」

 褒められるとかえって気まずい。だって、アキラくんに会うために行ってるだけなんだもんなぁ。

「頑張ってね」

 手を振る先生に、少し罪悪感を覚えつつ、これまたゆっくりと歩いて図書館へ向かう。
 相変わらず、地下書庫に人の気配はない。
 コートを椅子にかけて、カバンから読みかけの文庫本を取り出して、私はページを開いた。相変わらず宮沢賢治。
 時々、読み返したくなる。

「ああかがやきの四月の底を
 はぎしり燃えてゆききする
 おれはひとりの修羅なのだ」

 小さく読み上げて、私は首を傾げた。

(ひとりの修羅、か)

 悲壮な覚悟のある詩だと思う。けれど、それがどんな覚悟の詩なのかは、分からなかった。

(というか、クリスマスに宮沢賢治か)

 ひとり、くすくすと笑う。熱心な仏教徒の詩を、クリスマスに読むなんて。

「楽しそーやな?」
「わ、アキラくん」

 へんなとこ見られたよー! 私は赤面して振り向いた。

「なにしてたん?」
「本読んでた」
「ふうん?」

 アキラくんは私の本を見て、それから笑った。

「クラムボンの人やな」
「そーそー。クラムボンは笑ったよの人」
「クラムボンって結局なんなん?」
「さあ?」
「どんなんやっけ」

 アキラくんはえーと、と考える。

「ぷかぷか笑うねんな」
「そうそう」
「ほんでもって殺されるんやっけ?」
「うん。クラムボンは死んじゃう」
「ほな人間やろな」

 アキラくんは断言した。

「動物の中で、笑うんて人間だけやから」
「へえ?」
「劇録! カニは見ていた! クラムボンの惨劇! 的なやつやろな」
「2時間サスペンスだね」

 言いながら思う。これもまた、クリスマスらしくない話題だ。

「まぁ最終的には崖やろな」
「崖だよねぇ……」
「カニが来て自首せぇ言うんやろな」
「でも崖から飛び降りちゃうんだよね」
「そーそー。明らかに人形が落ちていく感じな」

 アキラくんは笑うけれど、キミ、何歳ですか? 古き良き2時間サスペンス……。

「夕方の再放送でたまに見てたわ」
「そっちね」
「? 華もやろ?」
「うふふ」

 リアタイ視聴組です。といっても、小さい頃だけれど。年々減っていくよなー。ちょっとさみしい。

「さて、どないしよか」
「ん?」
「クリスマスやん」

 アキラくんはまた笑う。

「どっか行こ」
「……! 行きたい」

 私は思わず拍手なんてしそうになっちゃう。でも、どこ?


「色々考えたんやけどな」

 アキラくんは頭をぽりぽりとかきながら言った。私はちょっと緊張しながら、アキラくんに手を引かれている。

(こっちのアキラくんの家、初めてだぁ)

 あのあと、バラバラに学校を出て、待ち合わせたのは横浜市内の私鉄の駅。私はちょっと変装して(メガネにマスク!)待ち合わせ。

「あれ、駅直結なんだ」
「雨の日とかラクやで」
「すごー。いいとこ住んでるね!?」
「親戚の家やで格安で借りとるんや」

 そんな風に言うアキラくんの家は、私鉄の駅(デパートとかもあるけっこう大きな駅!)直結のタワーマンション。

「何階なの?」
「30」
「さんじゅう! へーえ」

 そんな高いとこに住んでて大丈夫なのかなとか、ちょっと考えてしまう。いや、なにが大丈夫じゃないのかとか、特にないんだけど。

「晴れてたら富士山見えるで」
「へえ、見たい」
「今日は無理やろな~」

 そんな会話をしながら、エレベーターに乗り込む。

「……ここな、青百合行ってる人も住んでんねん。やからちょーっと気をつけた方がええかもな」

 私は頷いた。
 ほどなくして、エレベーターは30階に着く。

「こっちこっち」
「お邪魔しまーす」

 アキラくんは慣れた様子で鍵を開ける。

「お邪魔しまーす……」

 言いながら気がつく。人の気配がない。

「?」
「どないしたん?」
「あれ、アキラくん、お母さんとか弟さんは?」

 お姉さんたち3人は、もう大学生だったり社会人だったりだから、お父さんの転勤について来ないとは思っていたけれど。

「……あー」

 アキラくんは少し目線を上げてから、それから「おかんたちは神戸」と答えた。

「早めの帰省?」
「や、……おとんに着いてきたん、俺だけやねん」

 私はぽかん、とアキラくんを見つめた。
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