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【高校編】分岐・山ノ内瑛
つながり
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「アキラ! 自分、いま何しよったんや!」
血相を変えて扉から飛び込んできたのは、アキラくんのお父さんだった。スーツに、コートに、紺色のマフラー。肩口にのってる粉雪は、まだ溶けていない。
「あれ、オトン。なんでおるん」
「そんなんどうでもええねん。今、何しよったんや、って言うとるんや」
アキラくんのお父さんは、ツカツカと私たちの方に歩いてくる。
(わ、わ、わ)
お姫様だっこされっぱなしだよ! アキラくんの腕を叩いて「おろして!」アピールする。なになに!? どれで怒られてるの……!?
「なんの話や」
かかえていた私を、リビングの床にそっと降ろしながら、アキラくんは言う。
「エレベーターホールから見えたんや」
お父さんは、ぴっとベランダの手すりを指さす。
(エレベーターホール?)
私はさっき通ったそこを思い描く。そういえば、大きな窓があった。角度的に、この部屋のベランダが見えるんだろう。
「今、そこ座ってたやろ」
「ああ、それは」
アキラくんは、カラカラと掃き出し窓をしめる。寒い風が吹き込んでこなくなって、私はふ、と安心した。
「それは、ちゃう。何してんねんアホか!」
「せやけど下、あるやん」
「そんなん関係ない」
お父さんはめちゃくちゃ怒ってる。私はオロオロと2人を交互に見上げた。
「落ちても一階ぶんやん!」
「怪我するに決まってるやろ! 親からもらった身体をなんや思うてるんや!」
怒鳴りつけるお父さんに、アキラくんは言い返す。
「少なくともオトンからもろうた身体ちゃうわ! ほんまのオトンちゃうやんけ!」
私は目を見開いてアキラくんのお父さんを見る。
(たしか、お父さんたちはアキラくんが養子だって知ってること、知らないんじゃ……)
アキラくんのお父さんは一種ぽかん、とした後に「あ、せやった」と小さく言った。
(え!?)
私はちょっとビックリして、でも納得した。たぶん、アキラくんのお父さん、アキラくんが養子だって完全に忘れてた。
「なんで知っとるんや」
「あー、俺、ふつーに小さい頃の記憶あるんや」
言いすぎたと思ったのか、アキラくんはトーンダウンしてる。
「そか……」
アキラくんのお父さんは、それから「せやったら」と落ち着いた声で言った。
「せやったら、余計、そないなことすんな。アキラ、お前産んでくれた人はな、お前庇って死んだんや。お前抱きしめたまま亡くなったんや。怪我してもいいみたいなこと言うなや」
私は息を飲む。アキラくんが、いつか会ってみたいって言ってた、ほんとうのお母さんーー。
(亡くなって、)
アキラくんを庇って? 事故かなにか?
思わずアキラくんの手を握る。ヒンヤリしてるのは、さっきまで触れてた冷たい冬の風のせいか、それともなくなってるって聞かされたせいなのか。
「命がけで、お前にかすり傷ひとつ負わせんと、死んだんや。分別ないコドモん頃ならともかくーーそのトシで、そないなことすんな」
アキラくんは黙ってそれを聞いた後、小さく頷いた。きゅう、と繋いだ手に力がこもった。
(……私のせいでもあるのに)
でもそれを言うと、またアキラくんは怒るーーっていうか、傷つくだろう。だから私は手に力を入れるのにとどめた。
ふと、お父さんと目が合う。
「あー、華さん、すみません」
「いえ」
私はふるふると首を振った。
「……つうか、ほんまに何の用なんオトン。仕事やろ」
ちょっと声のトーンが戻ったアキラくんが言う。
「ちょっと、仕事で使うモン置きっぱにしてたんや。つか、今日クリスマスか」
アキラくんのお父さんは軽く眉を寄せた。
「……もう今日は時間給取るわ。オレも家におろ」
「はー?」
アキラくんは口を尖らせる。
「なんでや、カイシャ戻りや」
カイシャ、って? 私は不思議に思ってアキラくんを見上げた。公務員なのに?
「あー、この人ら職場のことカイシャいいよんねん」
「あんまり外でおおっぴらに話できない仕事やからね」
お父さんは笑う。隠語みたいなもんやで、と。
「どこで恨まれてるか分からんから」
「ひゃー」
危険な仕事だ……! ていうか、恨みもなにも、逆恨みだと思うけど。
「アキラ、ケーキとかあるん」
「買いにいこ思うてたわ」
そこに、とアキラくんが言うのは多分このマンションと直結してる駅のデパートのことだろう。
「おごったるから、オレもおってええやろ」
「あかーん。イヤや」
「あかんあかん」
アキラくんのお父さんは首を振る。
「まだマゴはええわ」
「そんなんせえへん!」
アキラくんは「アホか!」と眉を寄せて、私はひとりで赤くなる。
た、たしかにクリスマスに彼氏のウチ、ってそーいうことすると思われても仕方ないのかもしれない……。
「いーや」
アキラくんのお父さんは目を細める。
「お前はオレの子やから、あり得る」
「は?」
「学生結婚やから、オレら」
「はー!?」
「デキ婚や普通に」
「ほなミツキ、そん時の子なん!?」
「せやで」
ミツキ、って確かアキラくんの一番上のお姉さんだ。
「ほえー」
「せやからあかーん」
「なんやそれ」
気勢がそがれたのか、アキラくんは少し笑って、それから「華、ごめん」と言ってきた。私は首を振る。ご心配はごもっともですし……。
「いいですか、華さん。いや、アキラとあなたを信用していないわけではないのですが」
苦笑する。
「はずみ、というものが世の中にはありまして」
「あは、大丈夫です。お父さんとも色々お話してみたかったですし」
そう言って笑うと、アキラくんのお父さんは少し目を細めた。まるで、眩しいものを見るみたいな目で、私は少しだけ不思議に思ったのだった。
血相を変えて扉から飛び込んできたのは、アキラくんのお父さんだった。スーツに、コートに、紺色のマフラー。肩口にのってる粉雪は、まだ溶けていない。
「あれ、オトン。なんでおるん」
「そんなんどうでもええねん。今、何しよったんや、って言うとるんや」
アキラくんのお父さんは、ツカツカと私たちの方に歩いてくる。
(わ、わ、わ)
お姫様だっこされっぱなしだよ! アキラくんの腕を叩いて「おろして!」アピールする。なになに!? どれで怒られてるの……!?
「なんの話や」
かかえていた私を、リビングの床にそっと降ろしながら、アキラくんは言う。
「エレベーターホールから見えたんや」
お父さんは、ぴっとベランダの手すりを指さす。
(エレベーターホール?)
私はさっき通ったそこを思い描く。そういえば、大きな窓があった。角度的に、この部屋のベランダが見えるんだろう。
「今、そこ座ってたやろ」
「ああ、それは」
アキラくんは、カラカラと掃き出し窓をしめる。寒い風が吹き込んでこなくなって、私はふ、と安心した。
「それは、ちゃう。何してんねんアホか!」
「せやけど下、あるやん」
「そんなん関係ない」
お父さんはめちゃくちゃ怒ってる。私はオロオロと2人を交互に見上げた。
「落ちても一階ぶんやん!」
「怪我するに決まってるやろ! 親からもらった身体をなんや思うてるんや!」
怒鳴りつけるお父さんに、アキラくんは言い返す。
「少なくともオトンからもろうた身体ちゃうわ! ほんまのオトンちゃうやんけ!」
私は目を見開いてアキラくんのお父さんを見る。
(たしか、お父さんたちはアキラくんが養子だって知ってること、知らないんじゃ……)
アキラくんのお父さんは一種ぽかん、とした後に「あ、せやった」と小さく言った。
(え!?)
私はちょっとビックリして、でも納得した。たぶん、アキラくんのお父さん、アキラくんが養子だって完全に忘れてた。
「なんで知っとるんや」
「あー、俺、ふつーに小さい頃の記憶あるんや」
言いすぎたと思ったのか、アキラくんはトーンダウンしてる。
「そか……」
アキラくんのお父さんは、それから「せやったら」と落ち着いた声で言った。
「せやったら、余計、そないなことすんな。アキラ、お前産んでくれた人はな、お前庇って死んだんや。お前抱きしめたまま亡くなったんや。怪我してもいいみたいなこと言うなや」
私は息を飲む。アキラくんが、いつか会ってみたいって言ってた、ほんとうのお母さんーー。
(亡くなって、)
アキラくんを庇って? 事故かなにか?
思わずアキラくんの手を握る。ヒンヤリしてるのは、さっきまで触れてた冷たい冬の風のせいか、それともなくなってるって聞かされたせいなのか。
「命がけで、お前にかすり傷ひとつ負わせんと、死んだんや。分別ないコドモん頃ならともかくーーそのトシで、そないなことすんな」
アキラくんは黙ってそれを聞いた後、小さく頷いた。きゅう、と繋いだ手に力がこもった。
(……私のせいでもあるのに)
でもそれを言うと、またアキラくんは怒るーーっていうか、傷つくだろう。だから私は手に力を入れるのにとどめた。
ふと、お父さんと目が合う。
「あー、華さん、すみません」
「いえ」
私はふるふると首を振った。
「……つうか、ほんまに何の用なんオトン。仕事やろ」
ちょっと声のトーンが戻ったアキラくんが言う。
「ちょっと、仕事で使うモン置きっぱにしてたんや。つか、今日クリスマスか」
アキラくんのお父さんは軽く眉を寄せた。
「……もう今日は時間給取るわ。オレも家におろ」
「はー?」
アキラくんは口を尖らせる。
「なんでや、カイシャ戻りや」
カイシャ、って? 私は不思議に思ってアキラくんを見上げた。公務員なのに?
「あー、この人ら職場のことカイシャいいよんねん」
「あんまり外でおおっぴらに話できない仕事やからね」
お父さんは笑う。隠語みたいなもんやで、と。
「どこで恨まれてるか分からんから」
「ひゃー」
危険な仕事だ……! ていうか、恨みもなにも、逆恨みだと思うけど。
「アキラ、ケーキとかあるん」
「買いにいこ思うてたわ」
そこに、とアキラくんが言うのは多分このマンションと直結してる駅のデパートのことだろう。
「おごったるから、オレもおってええやろ」
「あかーん。イヤや」
「あかんあかん」
アキラくんのお父さんは首を振る。
「まだマゴはええわ」
「そんなんせえへん!」
アキラくんは「アホか!」と眉を寄せて、私はひとりで赤くなる。
た、たしかにクリスマスに彼氏のウチ、ってそーいうことすると思われても仕方ないのかもしれない……。
「いーや」
アキラくんのお父さんは目を細める。
「お前はオレの子やから、あり得る」
「は?」
「学生結婚やから、オレら」
「はー!?」
「デキ婚や普通に」
「ほなミツキ、そん時の子なん!?」
「せやで」
ミツキ、って確かアキラくんの一番上のお姉さんだ。
「ほえー」
「せやからあかーん」
「なんやそれ」
気勢がそがれたのか、アキラくんは少し笑って、それから「華、ごめん」と言ってきた。私は首を振る。ご心配はごもっともですし……。
「いいですか、華さん。いや、アキラとあなたを信用していないわけではないのですが」
苦笑する。
「はずみ、というものが世の中にはありまして」
「あは、大丈夫です。お父さんとも色々お話してみたかったですし」
そう言って笑うと、アキラくんのお父さんは少し目を細めた。まるで、眩しいものを見るみたいな目で、私は少しだけ不思議に思ったのだった。
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