【本編完結】セカンド彼女になりがちアラサー、悪役令嬢に転生する

にしのムラサキ

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【高校編】分岐・山ノ内瑛

修羅

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 帰宅すると誰もいなかった。まだ17時過ぎだけれど、すっかり暗い。
 アキラくんの家から地下鉄は直結だし、最寄りの駅までは専属で担当してくれてる運転手の島津さんに来てもらったんだけれど。
 しん、とした室内。

「あっれー」

 言いながら首をかしげる。なんともまぁ、未だにスマホのひとつも持たせてもらえないので連絡も取れません。

(ま、いっか)

 敦子さんは仕事だろうな。お手伝いの八重子さんは、たぶんお孫さんとかとクリスマスパーティー?
 圭くんは部活かなぁ。シュリちゃん、……実はいま一緒に暮らしてる、敦子さんの姪っ子にあたる常盤朱里ちゃんの姿も見当たらない。

(大伯父様が解任されて、逮捕されて)

 母親の朱音さんも逮捕されてしまったのだ。特別背任とかなんか、そんなので。
 朱音さんのご親戚の企業に融通きかせたり、なんなら横領もしてたとかで真っ黒だった、らしい……。

(でもシュリちゃん、気丈だよな)

 さすが生粋のお嬢様、というか。凛としてるし、少なくとも私たちの前でヘコんでるとこは見せてない。
 そんなシュリちゃんも、まだ帰宅してないようだ。

(クリスマスだもんね~)

 カレシ、とかいるのかな。だとしたら夜まで帰らないかもなぁ。
 私はキッチンで、自分用にロイヤルミルクティを作り始めた。
 敦子さんが集めてる茶葉をちょっといただく。「アッサムCTC」って瓶から茶葉を取り出してーー普通の茶葉じゃなくて、なんかぽろぽろの小さい塊みたいな? 何がどうなってるのか知らないけれど、敦子さんはロイヤルミルクティー作るときはこれ使ってる。
 ミルクパンで少しのお水で沸かして、牛乳を足して。作り方は色々端折った。

「うーん」

 やっぱり、敦子さんが作ってくれたやつのほうが美味しいや。

「ま、いっか」

 なんてうそぶきながら、リビングのローテーブルにマグカップを置いて、ソファに座って文庫本の続きを読み始めた。宮沢賢治、春と修羅ーー。
 ちょっと熱中して読んでいると、ふっと文庫本を取り上げられた。

「あれ?」
「あれ、じゃないわよボケーっとして。ドロボーだったらどうすんのよ」
「あ、シュリちゃん」

 お帰りぃ、と見上げると、なんだか妙な顔をされた。

「どうしたの?」
「なんでもないわよ……何読んでたの」

 そう言いながら、シュリちゃんは本のタイトルを確かめる。

「ふーん、宮沢賢治」
「シュリちゃん、好き?」
「別に」

 そう呟いて、シュリちゃんは本をぱらぱらとめくった。

「てか、制服? どこ行ってたのシュリちゃん」

 デートかなって思ってた、と言うと、文庫本でぽすりと頭をはたかれた。

「いたっ」
「アンタんとこみたいなミッション系と違ってね、ふつーのガッコはふつーに授業あんのよフツーに」

 今日平日、と言われて私はやっとそれに気がついた。

「あ、そっか」
「アンタってなんか抜けてんのよねぇ……」
「えへ」
「えへ、じゃないわよ」
「ていうかさ、」

 私は今更なことを聞いてみる。

「シュリちゃんって青百合じゃないんだね」
「? なんで」
「だってほら、小学校のときとか樹様樹様言ってたじゃん」

 てっきり、樹くん追って同じ学校いくのかと思っていた。

「まー、ね」

 シュリちゃんはどうとも無さそうな表情で言う。

「あ、やっぱ、別に好きとかじゃなかったんだ」

 そんな気はしてた。単に、母親の朱音さんに言われてたから、とかだろうなぁとは。

(恋してる感じじゃなかったもんな)

「まー、ね」
「ふーん」
「……アンタこそ」

 シュリちゃんは私をじっと見る。

「てっきり、あのまま樹様と結婚するもんだと」
「え、そうなの?」
「……付き合ってる人がいる、とかいうのはなんとなく知ってるけど」
「うん」

 にへへ、と笑うとまた本で軽くはたかれた。

「痛いよっ」

 一応そう言うけど、実のところ別に痛いはたき方じゃない。

「なんかムカつくのよ」
「もー」

 笑いながらシュリちゃんを見ると、シュリちゃんからは思いっきり目線をそらされた。う、まだ心開いてくれてる訳ではないのね……。

「春と修羅、ね」

 唐突にシュリちゃんは言う。

「"ああかがやきの四月の底を
 はぎしり燃えてゆききする
 おれはひとりの修羅なのだ"」

 そう読み上げる視線は、なんだか透明なもので私は不思議に思う。なにか思い入れがあるのかな。

「賢治は」

 シュリちゃんは、私に文庫本を閉じて返してくれる。私は受け取りながら首を傾げた。

「賢治は?」
「恋をしたの」
「……恋?」
「赦されない恋を」

 シュリちゃんはほんの少し、笑った。

「彼がこの時恋したのは、男のひと」
「え、」
「今以上に赦されないでしょうし、……何より賢治自身がそれを良しと出来なかった」

 私はじっとシュリちゃんの話を聞く。

「だから彼は、修羅にならざるを得なかったの」

 ただひとり、修羅となって恋の炎に耐えていたの。
 シュリちゃんはそう結んで、それから笑った。

「……あくまで一説よ。書いた本人にしか、本当の理由なんか分からないし、本当にその時の恋の相手が男性だったのかなんてことも、推測でしかない」

 私はなぜだか何も言えなくて、ただシュリちゃんの話を聞く。

「だけれど、……誰でも。相手が誰であろうと、ひとは恋をすると修羅になるのかもしれないわ」

 そう話すシュリちゃんはとても綺麗で、なぜだか私は目を離せなかった。

「……シュリちゃんは、恋をしているの?」
「あっは」

 シュリちゃんは笑った。

「どうかしら」
「え、え、教えてよ」

 その目線は、私の指に向けられる。アキラくんからもらった指輪。
 シュリちゃんは目を細めて、とても綺麗に笑って、こう言った。

「イヤよ、教えない」
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