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【高校編】分岐・山ノ内瑛
桜が咲いて
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ちらりちらり、と桜の花びらが舞う。
「華は」
「ん?」
高等部の中庭。満開の桜の下を歩いている。
少し離れたところを歩いていたアキラくんがぽつりと言った。私は振り向く。
「……なんでもない」
アキラくんは、少し眩しそうに目を細めて言った。ぶわ、と吹いた風が花びらを巻き上げて、私の視界は一瞬桜色。
思わず目を閉じて、それから目を開くとアキラくんがすぐそばにいた。
「花びら」
そう言って、少し遠慮がちに私に近づくアキラくんが着ているのは、高等部の制服。
正直、この学園の白いブレザーは似合う似合わないが結構あるんだけれど(まぁすぐに見慣れるのであんま関係ない)アキラくんはやっぱり似合っていた。
少し頬を緩めた私に、アキラくんも頬を少しの間だけ緩めて、それから一歩、離れた。
「あ、女王」
「わ、聞こえるよ!?」
通りすがった男子生徒たちが、小声で言い合う。
(聞こえてますけど!?)
私はちょっと笑って、それから厳しい表情に作り直して、アキラくんに言った。
「こら山ノ内瑛くん、入学式でもそんな髪の色で過ごすつもり?」
「あっは、風紀委員サン、高校ではお手柔らかに頼みます」
楽しげに笑ったアキラくんが、すっと私に手を伸ばした。
「これ、もろうてくわ」
その指先に摘まれているのは、私の髪についていたと思しき桜の花びら。
「あ」
「ほな~」
「こら、話を」
聞く気もないのか、というかお説教は耳にタコなのか、アキラくんはさっさと入学式の会場である大講堂の方面に歩いて行ってしまう。
(たまたまだけど、会えてよかった)
私はこっそりと笑う。
教室の窓から入学式に向かう感じのアキラくんが見えて、思わず出てきてしまったのだ。
今日は入学式。普通科はお休みで、特進科は授業。スポクラは授業はないけど、部活はある。アキラくんも入学式だけど、そのあとすぐに部活らしい。
(ま、ずっと高等部のほうの練習きてたから、今更なのかもだけど)
中等部のバスケ部引退後は、高等部のほうに合流して練習に参加していた。アキラくんだけじゃなくて、スポーツ特待の子はみんなそう。
(大変だよなぁ)
そんなことを考えながら桜を見上げていると、声をかけられた。
「すみません、上級生の方ですか? 講堂はどちらですか」
高等部入学組と思われる、真新しいブレザーに身を包んだ女の子だった。
「あ、こっちですよ」
道の説明が難しいので(この学校はムダに広い!)その子を講堂まで案内した。何度もお礼を言うその子に軽く手を振り、教室に戻ろうとしているとーー「きゃっ!?」という女の子の声がした。
桜の木の下、こけてうずくまる女の子。
「大丈夫!?」
慌てて駆け寄った。身体を支えて、助け起こそうとする手は、……振り払われた。
(え?)
驚いてその女の子の顔を見るーー私は息を飲んで固まった。
(さくらざわ、あおか)
私は、この女の子を知ってる。
私は、この女の子に会うことを、ずっと、恐れていた。その存在の影に怯えて、畏れてきた。忌避といってもいい。
(……ヒロイン)
正真正銘の、主人公。桜澤青花。
小動物のようなくりっとした目鼻立ち。守ってあげたくなるような、儚げで、華奢でたおやかな身体つき。
(私とは正反対)
私はーー「悪役令嬢」である設楽華は、キツイ目つきと「女らしすぎる」身体つき。少なくとも「儚げだ」とも、「守ってあげたい」とも思わないだろうな、と思う。
青花が桜色なら、私はヴィヴィッドなショッキングピンク。
だけれど、そんなパステルカラーが似合うはずのヒロインの、その目は私を憎々しげに見つめていて。
(ああ)
私は希望が、そうであってほしいという願望が音を立てて崩れるのを感じた。
(せめて、前世持ちであって欲しくなかった)
そうであれば、私からアキラくんを奪おうとしないでいてくれる。ゲームでのヒロイン、桜澤青花はとてもいい子だったから。
「……フラグを潰す気!? 設楽華! そうはいかないんだから」
私は小さく震えた。
「あーあ、まったく、せっかくの瑛くんとの出会いの場面だったのにぃ」
何も言えない私に、青花はこてんと首を傾げた。
「あ、ごめんなさいね、何言ってるか分かんないよね? でも」
青花は笑う。
「せいぜい頑張ってよねー、悪役令嬢サン?」
ぴん、とおでこを突かれた。私はぼうっと青花を見つめる。
「……なによ、バグってんの?」
嘲笑うように、青花は言った。
「ゲームだけど現実なんだから。ちゃんと動いてよね!」
そう言って、さっさと歩き出す。私はその場に呆然と立ち尽くして、その背中を見送ることしかできなかった。
どこをどう歩いたものか、気がついたら教室でぽかんと座っていた。
「あれ、設楽さん、どうしたの」
大村さんが私の前の席に座りながら聞いてくる。
「……てか、顔色、悪っ」
「え、あ、そう?」
「保健室行った方が良くない?」
「か、な」
私は立ち上がろうとして、できなかった。
そんな私を心配気に、大村さんは身体を支えて立ち上がらせてくれた。
「保健室行こう」
私はこくりと頷いた。
「華は」
「ん?」
高等部の中庭。満開の桜の下を歩いている。
少し離れたところを歩いていたアキラくんがぽつりと言った。私は振り向く。
「……なんでもない」
アキラくんは、少し眩しそうに目を細めて言った。ぶわ、と吹いた風が花びらを巻き上げて、私の視界は一瞬桜色。
思わず目を閉じて、それから目を開くとアキラくんがすぐそばにいた。
「花びら」
そう言って、少し遠慮がちに私に近づくアキラくんが着ているのは、高等部の制服。
正直、この学園の白いブレザーは似合う似合わないが結構あるんだけれど(まぁすぐに見慣れるのであんま関係ない)アキラくんはやっぱり似合っていた。
少し頬を緩めた私に、アキラくんも頬を少しの間だけ緩めて、それから一歩、離れた。
「あ、女王」
「わ、聞こえるよ!?」
通りすがった男子生徒たちが、小声で言い合う。
(聞こえてますけど!?)
私はちょっと笑って、それから厳しい表情に作り直して、アキラくんに言った。
「こら山ノ内瑛くん、入学式でもそんな髪の色で過ごすつもり?」
「あっは、風紀委員サン、高校ではお手柔らかに頼みます」
楽しげに笑ったアキラくんが、すっと私に手を伸ばした。
「これ、もろうてくわ」
その指先に摘まれているのは、私の髪についていたと思しき桜の花びら。
「あ」
「ほな~」
「こら、話を」
聞く気もないのか、というかお説教は耳にタコなのか、アキラくんはさっさと入学式の会場である大講堂の方面に歩いて行ってしまう。
(たまたまだけど、会えてよかった)
私はこっそりと笑う。
教室の窓から入学式に向かう感じのアキラくんが見えて、思わず出てきてしまったのだ。
今日は入学式。普通科はお休みで、特進科は授業。スポクラは授業はないけど、部活はある。アキラくんも入学式だけど、そのあとすぐに部活らしい。
(ま、ずっと高等部のほうの練習きてたから、今更なのかもだけど)
中等部のバスケ部引退後は、高等部のほうに合流して練習に参加していた。アキラくんだけじゃなくて、スポーツ特待の子はみんなそう。
(大変だよなぁ)
そんなことを考えながら桜を見上げていると、声をかけられた。
「すみません、上級生の方ですか? 講堂はどちらですか」
高等部入学組と思われる、真新しいブレザーに身を包んだ女の子だった。
「あ、こっちですよ」
道の説明が難しいので(この学校はムダに広い!)その子を講堂まで案内した。何度もお礼を言うその子に軽く手を振り、教室に戻ろうとしているとーー「きゃっ!?」という女の子の声がした。
桜の木の下、こけてうずくまる女の子。
「大丈夫!?」
慌てて駆け寄った。身体を支えて、助け起こそうとする手は、……振り払われた。
(え?)
驚いてその女の子の顔を見るーー私は息を飲んで固まった。
(さくらざわ、あおか)
私は、この女の子を知ってる。
私は、この女の子に会うことを、ずっと、恐れていた。その存在の影に怯えて、畏れてきた。忌避といってもいい。
(……ヒロイン)
正真正銘の、主人公。桜澤青花。
小動物のようなくりっとした目鼻立ち。守ってあげたくなるような、儚げで、華奢でたおやかな身体つき。
(私とは正反対)
私はーー「悪役令嬢」である設楽華は、キツイ目つきと「女らしすぎる」身体つき。少なくとも「儚げだ」とも、「守ってあげたい」とも思わないだろうな、と思う。
青花が桜色なら、私はヴィヴィッドなショッキングピンク。
だけれど、そんなパステルカラーが似合うはずのヒロインの、その目は私を憎々しげに見つめていて。
(ああ)
私は希望が、そうであってほしいという願望が音を立てて崩れるのを感じた。
(せめて、前世持ちであって欲しくなかった)
そうであれば、私からアキラくんを奪おうとしないでいてくれる。ゲームでのヒロイン、桜澤青花はとてもいい子だったから。
「……フラグを潰す気!? 設楽華! そうはいかないんだから」
私は小さく震えた。
「あーあ、まったく、せっかくの瑛くんとの出会いの場面だったのにぃ」
何も言えない私に、青花はこてんと首を傾げた。
「あ、ごめんなさいね、何言ってるか分かんないよね? でも」
青花は笑う。
「せいぜい頑張ってよねー、悪役令嬢サン?」
ぴん、とおでこを突かれた。私はぼうっと青花を見つめる。
「……なによ、バグってんの?」
嘲笑うように、青花は言った。
「ゲームだけど現実なんだから。ちゃんと動いてよね!」
そう言って、さっさと歩き出す。私はその場に呆然と立ち尽くして、その背中を見送ることしかできなかった。
どこをどう歩いたものか、気がついたら教室でぽかんと座っていた。
「あれ、設楽さん、どうしたの」
大村さんが私の前の席に座りながら聞いてくる。
「……てか、顔色、悪っ」
「え、あ、そう?」
「保健室行った方が良くない?」
「か、な」
私は立ち上がろうとして、できなかった。
そんな私を心配気に、大村さんは身体を支えて立ち上がらせてくれた。
「保健室行こう」
私はこくりと頷いた。
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