【本編完結】セカンド彼女になりがちアラサー、悪役令嬢に転生する

にしのムラサキ

文字の大きさ
467 / 702
【高校編】分岐・黒田健

恋というものは

しおりを挟む
「設楽」

 黒田くんとしては、とてもとてもとても珍しいことにそれは甘い声で、私は甘えるように黒田くんにしがみつく。

「ん、」

 交わされるキスもなんかいつもと違って、心臓が爆発しそうだった。

(こんなキスするんだ)

 ほんの少しだけど、びっくりするくらいの、なんて言うんですかね、ヤらしいキスだった。
 私が欲しくて堪らない、って感じのーー。頭の中が酸欠でポワポワし始めた、そんな時、ガチャリと部室の扉が開いた。

「うおお、何してんだお前っ」
「……あ、うっす」

 黒田くんはいつものトーンな声で軽く頭を下げた。視界の隅には水戸先輩が目を剥いているのが見えた。

(ぎゃああああっ)

 と、とんでもないとこ見られてしまいましたよ……!?
 恥ずかしくて顔があげられない。

「何しにきたんすか、先輩。イイトコだったんスけど」
「なーにがイイトコだ、おっ始めるつもりか!」
「そんなんしねーっす」

 む、とした口調で言い返す黒田くんの声。恐る恐る顔を上げて、なんとか会釈だけした。

「……なんでもいいけど、お前ら離れてくれない?」

 水戸さんは情けなさそうな声で言った。

「いーよなぁ、黒田は。らぶらぶで。らっぶらぶで」
「はぁ」
「なんだよその反応……、オレは好きな人すら誘っても学祭来てもらえなかったのに」
「え」

 私は思わず声を出した。

「? なに設楽チャン」
「えーと、好きな人、別にできたんですか?」
「へ?」

 水戸さんはきょとん、とした後ブンブンと手を振った。

「そんなことない! オレはずっと鹿島さん一筋! ずっと! マジで!」
「えー?」

 首を傾げた。

「変です、鹿島先輩、今日、ここの学祭行くって言ってました」
「え!?」
「理由は知らないですけど……」

 もしかしたら、単にウチの学祭の参考にするために来ただけだったのかもだし。
 けど水戸さんはすっかりやる気だ。

「よーし、今から探しに行ってくる! 邪魔したな、黒田!」
「はぁ」
「お詫びに教えてやろう、土浦のやつ、そこのロッカーに使いもしねーのにゴム入れてるから! 箱ごと! なんなら一箱使っていーんじゃねーの」
「アホかアンタは」

 黒田くんが冷たく突っ込んだ。けれど水戸さんは上機嫌なので気にするそぶりもない。るんるんと部室のドアを開ける。

「じゃーなー、オレはオレで……って、か、鹿島さんっ」
「こんにちは水戸くん。ごめんなさいね急に。ここにいるとクラスの人に伺ったものだから」

 部室の外に立っていたのは、鹿島先輩で。

「ゴムがなんですって?」
「いや、あの、そのー、あ、ご、ゴム鉄砲を作ろうと、ほら、割り箸で」
「違うゴムの話に聞こえたけれど」

 しどろもどろに後ずさる水戸さんと、部室に入ってくる鹿島先輩。

「あらこんにちは設楽さん」
「お、お疲れ様です……」
「ひとつ確認するけれど」

 鹿島先輩は、その上品な、藤紫の細い眼鏡のリアフレームに、白い指で触れた。

「あなたたち、もうそう言う関係なの?」
「ち、違いますっ」
「そういう、とはつまり性行為を」
「だからっ、まだですっ」
「そ」

 鹿島先輩はつん、と顔を上げた。

「ならいいわ。タイミング、というのもあるだろうけれど、……少なくとも、今、その男に唆されてやるのは違うわよね」

 冷たーい目で水戸さんを見つめる鹿島先輩。

「…….どこから聞いてたの」
「最初からよ。土浦くんだかのロッカーにゴムがとか、一箱使えとか」
「いやあのーそのー、ですね」
「あなたは」

 鹿島先輩は首を傾げた。

「やりたいの?」
「へ?」
「だから性的な行為を」
「えええ!?」

 水戸さんは側から見てても分かるくらい、変な汗をかいていた。

「あたしは」

 鹿島先輩は小さく言う。

「まだ、……勇気がない」
「へ」
「最初から聞いていた、って言ったでしょう」

 鹿島先輩は淡々と続けた。

「あなたはまだ、……あたしを好きでいてくれてるみたいだって」

 聞こえたんだけれど? と鹿島先輩は言う。

「あ、はい! もちろん! すき! でふ!」

 水戸さん最後噛んでた。

「キスも怖い。未知数だから。それに、その先はもっとイヤ。……ねぇ、面倒臭くないの? こんな女」
「全然?」

 水戸さんは笑った。

「めんどくさくないっす! ちょっとずつ、進んでいってもらえたら、それで」
「じゃあ」

 鹿島先輩はふ、と笑った。

「もう一度、」
「ストップ」

 水戸さんは真剣な目で、鹿島先輩の口を塞いだ。鹿島先輩は目を白黒させている。

「そっから先はオレに言わせて。……いこ、ヒトミ」
「……うん」

 水戸さんは鹿島先輩の手を引いて、部室から出て行った。ぱたり、と閉じる扉。

「……ねぇ、何があったんだと思う? 鹿島先輩の心境に」
「さぁなぁ」

 黒田くんは少し笑った。

「まぁでも、恋なんて頭で考えて分かるモンでもねーだろうからなぁ」
「……そだね」

 くす、と笑って、また目が合う。キスを交わすけど、さっきみたいな熱はなくて、私は少し、ほんの少しだけ、水戸さんを恨んだ。

(私だって、黒田くんが欲しいのに)

 こういう感情も、きっと頭で考えるものじゃないんだろうなぁ、なんて私はぼんやり思った。
しおりを挟む
感想 168

あなたにおすすめの小説

傷物令嬢は魔法使いの力を借りて婚約者を幸せにしたい

恋愛
ローゼライト=シーラデンの額には傷がある。幼い頃、幼馴染のラルスに負わされた傷で責任を取る為に婚約が結ばれた。 しかしローゼライトは知っている。ラルスには他に愛する人がいると。この婚約はローゼライトの額に傷を負わせてしまったが為の婚約で、ラルスの気持ちが自分にはないと。 そこで、子供の時から交流のある魔法使いダヴィデにラルスとの婚約解消をしたいと依頼をするのであった。

ナイスミドルな国王に生まれ変わったことを利用してヒロインを成敗する

ぴぴみ
恋愛
少し前まで普通のアラサーOLだった莉乃。ある時目を覚ますとなんだか身体が重いことに気がついて…。声は低いバリトン。鏡に写るはナイスミドルなおじ様。 皆畏れるような眼差しで私を陛下と呼ぶ。 ヒロインが悪役令嬢からの被害を訴える。元女として前世の記憶持ちとしてこの状況違和感しかないのですが…。 なんとか成敗してみたい。

彼女が高級娼婦と呼ばれる理由~元悪役令嬢の戦慄の日々~

プラネットプラント
恋愛
婚約者である王子の恋人をいじめたと婚約破棄され、実家から縁を切られたライラは娼館で暮らすことになる。だが、訪れる人々のせいでライラは怯えていた。 ※完結済。

婚約者に毒を飲まされた私から【毒を分解しました】と聞こえてきました。え?

こん
恋愛
成人パーティーに参加した私は言われのない罪で婚約者に問い詰められ、遂には毒殺をしようとしたと疑われる。 「あくまでシラを切るつもりだな。だが、これもお前がこれを飲めばわかる話だ。これを飲め!」 そう言って婚約者は毒の入ったグラスを渡す。渡された私は躊躇なくグラスを一気に煽る。味は普通だ。しかし、飲んでから30秒経ったあたりで苦しくなり初め、もう無理かも知れないと思った時だった。 【毒を検知しました】 「え?」 私から感情のない声がし、しまいには毒を分解してしまった。私が驚いている所に友達の魔法使いが駆けつける。 ※なろう様で掲載した作品を少し変えたものです

【完結】転生したらラスボスの毒継母でした!

白雨 音
恋愛
妹シャルリーヌに裕福な辺境伯から結婚の打診があったと知り、アマンディーヌはシャルリーヌと入れ替わろうと画策する。 辺境伯からは「息子の為の白い結婚、いずれ解消する」と宣言されるが、アマンディーヌにとっても都合が良かった。「辺境伯の財で派手に遊び暮らせるなんて最高!」義理の息子など放置して遊び歩く気満々だったが、義理の息子に会った瞬間、卒倒した。 夢の中、前世で読んだ小説を思い出し、義理の息子は将来世界を破滅させようとするラスボスで、自分はその一因を作った毒継母だと知った。破滅もだが、何より自分の死の回避の為に、義理の息子を真っ当な人間に育てようと誓ったアマンディーヌの奮闘☆  異世界転生、家族愛、恋愛☆ 短めの長編(全二十一話です) 《完結しました》 お読み下さり、お気に入り、エール、いいね、ありがとうございます☆ 

逆ハーレムエンド? 現実を見て下さいませ

朝霞 花純@電子書籍発売中
恋愛
エリザベート・ラガルド公爵令嬢は溜息を吐く。 理由はとある男爵令嬢による逆ハーレム。 逆ハーレムのメンバーは彼女の婚約者のアレックス王太子殿下とその側近一同だ。 エリザベートは男爵令嬢に注意する為に逆ハーレムの元へ向かう。

すべてを思い出したのが、王太子と結婚した後でした

珠宮さくら
恋愛
ペチュニアが、乙女ゲームの世界に転生したと気づいた時には、すべてが終わっていた。 色々と始まらなさ過ぎて、同じ名前の令嬢が騒ぐのを見聞きして、ようやく思い出した時には王太子と結婚した後。 バグったせいか、ヒロインがヒロインらしくなかったせいか。ゲーム通りに何一ついかなかったが、ペチュニアは前世では出来なかったことをこの世界で満喫することになる。 ※全4話。

【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました

佐倉穂波
恋愛
 転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。  確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。 (そんな……死にたくないっ!)  乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。 2023.9.3 投稿分の改稿終了。 2023.9.4 表紙を作ってみました。 2023.9.15 完結。 2023.9.23 後日談を投稿しました。

処理中です...