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【高校編】分岐・黒田健
恋というものは
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「設楽」
黒田くんとしては、とてもとてもとても珍しいことにそれは甘い声で、私は甘えるように黒田くんにしがみつく。
「ん、」
交わされるキスもなんかいつもと違って、心臓が爆発しそうだった。
(こんなキスするんだ)
ほんの少しだけど、びっくりするくらいの、なんて言うんですかね、ヤらしいキスだった。
私が欲しくて堪らない、って感じのーー。頭の中が酸欠でポワポワし始めた、そんな時、ガチャリと部室の扉が開いた。
「うおお、何してんだお前っ」
「……あ、うっす」
黒田くんはいつものトーンな声で軽く頭を下げた。視界の隅には水戸先輩が目を剥いているのが見えた。
(ぎゃああああっ)
と、とんでもないとこ見られてしまいましたよ……!?
恥ずかしくて顔があげられない。
「何しにきたんすか、先輩。イイトコだったんスけど」
「なーにがイイトコだ、おっ始めるつもりか!」
「そんなんしねーっす」
む、とした口調で言い返す黒田くんの声。恐る恐る顔を上げて、なんとか会釈だけした。
「……なんでもいいけど、お前ら離れてくれない?」
水戸さんは情けなさそうな声で言った。
「いーよなぁ、黒田は。らぶらぶで。らっぶらぶで」
「はぁ」
「なんだよその反応……、オレは好きな人すら誘っても学祭来てもらえなかったのに」
「え」
私は思わず声を出した。
「? なに設楽チャン」
「えーと、好きな人、別にできたんですか?」
「へ?」
水戸さんはきょとん、とした後ブンブンと手を振った。
「そんなことない! オレはずっと鹿島さん一筋! ずっと! マジで!」
「えー?」
首を傾げた。
「変です、鹿島先輩、今日、ここの学祭行くって言ってました」
「え!?」
「理由は知らないですけど……」
もしかしたら、単にウチの学祭の参考にするために来ただけだったのかもだし。
けど水戸さんはすっかりやる気だ。
「よーし、今から探しに行ってくる! 邪魔したな、黒田!」
「はぁ」
「お詫びに教えてやろう、土浦のやつ、そこのロッカーに使いもしねーのにゴム入れてるから! 箱ごと! なんなら一箱使っていーんじゃねーの」
「アホかアンタは」
黒田くんが冷たく突っ込んだ。けれど水戸さんは上機嫌なので気にするそぶりもない。るんるんと部室のドアを開ける。
「じゃーなー、オレはオレで……って、か、鹿島さんっ」
「こんにちは水戸くん。ごめんなさいね急に。ここにいるとクラスの人に伺ったものだから」
部室の外に立っていたのは、鹿島先輩で。
「ゴムがなんですって?」
「いや、あの、そのー、あ、ご、ゴム鉄砲を作ろうと、ほら、割り箸で」
「違うゴムの話に聞こえたけれど」
しどろもどろに後ずさる水戸さんと、部室に入ってくる鹿島先輩。
「あらこんにちは設楽さん」
「お、お疲れ様です……」
「ひとつ確認するけれど」
鹿島先輩は、その上品な、藤紫の細い眼鏡のリアフレームに、白い指で触れた。
「あなたたち、もうそう言う関係なの?」
「ち、違いますっ」
「そういう、とはつまり性行為を」
「だからっ、まだですっ」
「そ」
鹿島先輩はつん、と顔を上げた。
「ならいいわ。タイミング、というのもあるだろうけれど、……少なくとも、今、その男に唆されてやるのは違うわよね」
冷たーい目で水戸さんを見つめる鹿島先輩。
「…….どこから聞いてたの」
「最初からよ。土浦くんだかのロッカーにゴムがとか、一箱使えとか」
「いやあのーそのー、ですね」
「あなたは」
鹿島先輩は首を傾げた。
「やりたいの?」
「へ?」
「だから性的な行為を」
「えええ!?」
水戸さんは側から見てても分かるくらい、変な汗をかいていた。
「あたしは」
鹿島先輩は小さく言う。
「まだ、……勇気がない」
「へ」
「最初から聞いていた、って言ったでしょう」
鹿島先輩は淡々と続けた。
「あなたはまだ、……あたしを好きでいてくれてるみたいだって」
聞こえたんだけれど? と鹿島先輩は言う。
「あ、はい! もちろん! すき! でふ!」
水戸さん最後噛んでた。
「キスも怖い。未知数だから。それに、その先はもっとイヤ。……ねぇ、面倒臭くないの? こんな女」
「全然?」
水戸さんは笑った。
「めんどくさくないっす! ちょっとずつ、進んでいってもらえたら、それで」
「じゃあ」
鹿島先輩はふ、と笑った。
「もう一度、」
「ストップ」
水戸さんは真剣な目で、鹿島先輩の口を塞いだ。鹿島先輩は目を白黒させている。
「そっから先はオレに言わせて。……いこ、ヒトミ」
「……うん」
水戸さんは鹿島先輩の手を引いて、部室から出て行った。ぱたり、と閉じる扉。
「……ねぇ、何があったんだと思う? 鹿島先輩の心境に」
「さぁなぁ」
黒田くんは少し笑った。
「まぁでも、恋なんて頭で考えて分かるモンでもねーだろうからなぁ」
「……そだね」
くす、と笑って、また目が合う。キスを交わすけど、さっきみたいな熱はなくて、私は少し、ほんの少しだけ、水戸さんを恨んだ。
(私だって、黒田くんが欲しいのに)
こういう感情も、きっと頭で考えるものじゃないんだろうなぁ、なんて私はぼんやり思った。
黒田くんとしては、とてもとてもとても珍しいことにそれは甘い声で、私は甘えるように黒田くんにしがみつく。
「ん、」
交わされるキスもなんかいつもと違って、心臓が爆発しそうだった。
(こんなキスするんだ)
ほんの少しだけど、びっくりするくらいの、なんて言うんですかね、ヤらしいキスだった。
私が欲しくて堪らない、って感じのーー。頭の中が酸欠でポワポワし始めた、そんな時、ガチャリと部室の扉が開いた。
「うおお、何してんだお前っ」
「……あ、うっす」
黒田くんはいつものトーンな声で軽く頭を下げた。視界の隅には水戸先輩が目を剥いているのが見えた。
(ぎゃああああっ)
と、とんでもないとこ見られてしまいましたよ……!?
恥ずかしくて顔があげられない。
「何しにきたんすか、先輩。イイトコだったんスけど」
「なーにがイイトコだ、おっ始めるつもりか!」
「そんなんしねーっす」
む、とした口調で言い返す黒田くんの声。恐る恐る顔を上げて、なんとか会釈だけした。
「……なんでもいいけど、お前ら離れてくれない?」
水戸さんは情けなさそうな声で言った。
「いーよなぁ、黒田は。らぶらぶで。らっぶらぶで」
「はぁ」
「なんだよその反応……、オレは好きな人すら誘っても学祭来てもらえなかったのに」
「え」
私は思わず声を出した。
「? なに設楽チャン」
「えーと、好きな人、別にできたんですか?」
「へ?」
水戸さんはきょとん、とした後ブンブンと手を振った。
「そんなことない! オレはずっと鹿島さん一筋! ずっと! マジで!」
「えー?」
首を傾げた。
「変です、鹿島先輩、今日、ここの学祭行くって言ってました」
「え!?」
「理由は知らないですけど……」
もしかしたら、単にウチの学祭の参考にするために来ただけだったのかもだし。
けど水戸さんはすっかりやる気だ。
「よーし、今から探しに行ってくる! 邪魔したな、黒田!」
「はぁ」
「お詫びに教えてやろう、土浦のやつ、そこのロッカーに使いもしねーのにゴム入れてるから! 箱ごと! なんなら一箱使っていーんじゃねーの」
「アホかアンタは」
黒田くんが冷たく突っ込んだ。けれど水戸さんは上機嫌なので気にするそぶりもない。るんるんと部室のドアを開ける。
「じゃーなー、オレはオレで……って、か、鹿島さんっ」
「こんにちは水戸くん。ごめんなさいね急に。ここにいるとクラスの人に伺ったものだから」
部室の外に立っていたのは、鹿島先輩で。
「ゴムがなんですって?」
「いや、あの、そのー、あ、ご、ゴム鉄砲を作ろうと、ほら、割り箸で」
「違うゴムの話に聞こえたけれど」
しどろもどろに後ずさる水戸さんと、部室に入ってくる鹿島先輩。
「あらこんにちは設楽さん」
「お、お疲れ様です……」
「ひとつ確認するけれど」
鹿島先輩は、その上品な、藤紫の細い眼鏡のリアフレームに、白い指で触れた。
「あなたたち、もうそう言う関係なの?」
「ち、違いますっ」
「そういう、とはつまり性行為を」
「だからっ、まだですっ」
「そ」
鹿島先輩はつん、と顔を上げた。
「ならいいわ。タイミング、というのもあるだろうけれど、……少なくとも、今、その男に唆されてやるのは違うわよね」
冷たーい目で水戸さんを見つめる鹿島先輩。
「…….どこから聞いてたの」
「最初からよ。土浦くんだかのロッカーにゴムがとか、一箱使えとか」
「いやあのーそのー、ですね」
「あなたは」
鹿島先輩は首を傾げた。
「やりたいの?」
「へ?」
「だから性的な行為を」
「えええ!?」
水戸さんは側から見てても分かるくらい、変な汗をかいていた。
「あたしは」
鹿島先輩は小さく言う。
「まだ、……勇気がない」
「へ」
「最初から聞いていた、って言ったでしょう」
鹿島先輩は淡々と続けた。
「あなたはまだ、……あたしを好きでいてくれてるみたいだって」
聞こえたんだけれど? と鹿島先輩は言う。
「あ、はい! もちろん! すき! でふ!」
水戸さん最後噛んでた。
「キスも怖い。未知数だから。それに、その先はもっとイヤ。……ねぇ、面倒臭くないの? こんな女」
「全然?」
水戸さんは笑った。
「めんどくさくないっす! ちょっとずつ、進んでいってもらえたら、それで」
「じゃあ」
鹿島先輩はふ、と笑った。
「もう一度、」
「ストップ」
水戸さんは真剣な目で、鹿島先輩の口を塞いだ。鹿島先輩は目を白黒させている。
「そっから先はオレに言わせて。……いこ、ヒトミ」
「……うん」
水戸さんは鹿島先輩の手を引いて、部室から出て行った。ぱたり、と閉じる扉。
「……ねぇ、何があったんだと思う? 鹿島先輩の心境に」
「さぁなぁ」
黒田くんは少し笑った。
「まぁでも、恋なんて頭で考えて分かるモンでもねーだろうからなぁ」
「……そだね」
くす、と笑って、また目が合う。キスを交わすけど、さっきみたいな熱はなくて、私は少し、ほんの少しだけ、水戸さんを恨んだ。
(私だって、黒田くんが欲しいのに)
こういう感情も、きっと頭で考えるものじゃないんだろうなぁ、なんて私はぼんやり思った。
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