【本編完結】セカンド彼女になりがちアラサー、悪役令嬢に転生する

にしのムラサキ

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【高校編】分岐・黒田健

騒動

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 先輩たちの卒業式もおわり、進路もおおむね決まった、三月のはじめ。
 実行委員室で、私たちーー私と、大村さんと、すっかり気がついたら実質実行委員の仕事をしてる松井さんと、五月の体育祭の準備を始めていた時だった。

「去年はこの時期まだ入学してなかったから知らなかったけど、こんな早くから準備してたんだねー」
「だねぇ」

 大村さんの言葉に、私は頷く。

「今年も騎馬戦、3人で出ようよ」
「いいね」

 私の言葉に、大村さんは楽しげに笑った。だけど、松井さんはきゅう、と押し黙ったまんまで。

「?」
「松井ちゃん、どーしたの」

 大村さんが不思議そうに首を傾げた。

(そういえば今日はなんか変だよなぁ)

 思い悩んでる、っていうか、何かを黙ってる、っていうか?
 私は松井さんの手をちょっと握った。

「つめたっ」

 思わずそう言ってしまう。寒いだけじゃない、なにかある……緊張してる?

「どうしたの松井さん」

 私はできるだけ、ゆっくりと聞いた。

「なにかあった? 私たちで聞けることなら、聞くよ」
「そーだよ、騎馬戦の仲じゃん」

 明るく言う大村さんに、松井さんは弱々しく首を振った。

「……今年、わたし、騎馬戦、できないかも」
「え、なんで」

 一瞬頭をよぎったのは、転校か留年。

(でも、高校で転校ってあんまりないはずだし)

 だとすれば留年だけど、松井さんの成績は平均よりちょい上くらい。留年もありえない。

「……退学、なるかも」

 私と大村さんはぎょっと肩をすくめた。え、退学!?

「な、なにがあったの」

 大村さんの焦ったような声。私たちは顔を見合わせるけれど、松井さんの成績も生活態度も、とても退学になるようなものだと思えない。
 松井さんは弱々しく笑って、それから手をお腹に当てた。

「あのね」
「うん」

 私たちは静かに続きを待つ。

「妊娠、しちゃって」

 私と大村さんは、しばらくぽかんと黙り込んだ。脳が情報を処理しきれなかったのだ。

(……え、に、妊娠?)

 思わず松井さんのお腹に目をやる。

(赤ちゃんがいる、ってこと!?)

 大村さんともう一度顔を見合わせ、それからどちらかともなく「ええええええ!?」と私たちは叫んだ。

「ちょ、ま、に、ににににに妊娠!? てことは受精卵は分裂を繰り返しながら桑実胚を経て胚盤胞になり」
「ちょっと待って大村さん落ち着いて」
「減数分裂」
「落ち着いて」
「紡錘体が……」
「ええい」

 鼻をつまんだ。大村さんは目を白黒させてから大きく息を吐きだした。

「……ごめん、取り乱した」
「いいの。てかその段階通り過ぎて、もう10週に入ったとこなんだって」
「10週……って」
「3ヶ月だって」

 静かに言う松井さんを、私たちは何も言えずに見つめていた。

「……産む、の?」

 おずおず、と大村さんが聞いた。松井さんはゆるゆると顔を上げた。

「分かんない。でも……見ちゃって」
「なにを?」
「動いてるとこ……」

 エコーで、と松井さんは言って、私たちはやっぱり黙った。

「お家の人は?」

 私が聞くと、松井さんは「分かんない……」とつぶやく。

「うち、クリスチャンだから。おろしたりとか、多分、ダメ」
「そ、うなんだ……ていうか、根岸くんは?」

 誰の子? なんて、疑う余地もない。あんだけラブラブな彼氏がいるんだから!

「考えさせてくれって」
「考えさせてくれじゃねーよなぁ根岸!」

 ばあん、と扉が開いて、押されるように部屋に連れ込まれてきたのは、件の根岸くんで、連れてきたのは黒田くんだった。

「え、黒田くん!?」
「こいつに聞ーて」

 ちっ、と舌打ちしながら黒田くんは根岸くんを見た。

「なんかウジウジしてっから連れてきた」
「や、ども、その……」

 根岸くんは所在なさげに目線をウロウロさせる。

「てめーはどうしたいんだ」

 黒田くん、めっちゃ怒ってる。

「ヒトのプライベートにクビ突っ込んでる自覚はあるよ、関わんなって言うなら俺はもう口ださねー、けどな根岸」

 ぐい、と根岸くんを松井さんの前に押し出した。

「少なくともいま、この瞬間はてめー父親になってんだろーが」

 根岸くんはなんどか瞬きをして、それから姿勢を正して、松井さんに頭を下げた。

「産んでください」
「……根岸、くん」
「おれ、働くから。ちゃんと、幸せに、するから」

 ぎゅ、と握られた手。

「18の誕生日には、籍いれてください」

 松井さんはぽかんとした後、ちょっと弱々しく頷いた。
 大村さんが拍手をしてて、黒田くんは難しい顔をしてる……けど、さっきよりは険しくない。
 私は、というと……複雑な心境だった。だって、……「大人」だったぶん、色んなことを知ってる。学校はどうするの、仕事は? 色んな考えが頭をよぎる。

(でも、)

 私は松井さんのお腹に目をやる。
 素直に、赤ちゃんが生まれてくるだろうことは、嬉しかった。

 けれど、やっぱり、……高校生が思うより、決意するより、世界というものは厳しくて。
 私たちは、すぐにそれを実感することになるのだった。
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