469 / 702
【高校編】分岐・黒田健
騒動
しおりを挟む
先輩たちの卒業式もおわり、進路もおおむね決まった、三月のはじめ。
実行委員室で、私たちーー私と、大村さんと、すっかり気がついたら実質実行委員の仕事をしてる松井さんと、五月の体育祭の準備を始めていた時だった。
「去年はこの時期まだ入学してなかったから知らなかったけど、こんな早くから準備してたんだねー」
「だねぇ」
大村さんの言葉に、私は頷く。
「今年も騎馬戦、3人で出ようよ」
「いいね」
私の言葉に、大村さんは楽しげに笑った。だけど、松井さんはきゅう、と押し黙ったまんまで。
「?」
「松井ちゃん、どーしたの」
大村さんが不思議そうに首を傾げた。
(そういえば今日はなんか変だよなぁ)
思い悩んでる、っていうか、何かを黙ってる、っていうか?
私は松井さんの手をちょっと握った。
「つめたっ」
思わずそう言ってしまう。寒いだけじゃない、なにかある……緊張してる?
「どうしたの松井さん」
私はできるだけ、ゆっくりと聞いた。
「なにかあった? 私たちで聞けることなら、聞くよ」
「そーだよ、騎馬戦の仲じゃん」
明るく言う大村さんに、松井さんは弱々しく首を振った。
「……今年、わたし、騎馬戦、できないかも」
「え、なんで」
一瞬頭をよぎったのは、転校か留年。
(でも、高校で転校ってあんまりないはずだし)
だとすれば留年だけど、松井さんの成績は平均よりちょい上くらい。留年もありえない。
「……退学、なるかも」
私と大村さんはぎょっと肩をすくめた。え、退学!?
「な、なにがあったの」
大村さんの焦ったような声。私たちは顔を見合わせるけれど、松井さんの成績も生活態度も、とても退学になるようなものだと思えない。
松井さんは弱々しく笑って、それから手をお腹に当てた。
「あのね」
「うん」
私たちは静かに続きを待つ。
「妊娠、しちゃって」
私と大村さんは、しばらくぽかんと黙り込んだ。脳が情報を処理しきれなかったのだ。
(……え、に、妊娠?)
思わず松井さんのお腹に目をやる。
(赤ちゃんがいる、ってこと!?)
大村さんともう一度顔を見合わせ、それからどちらかともなく「ええええええ!?」と私たちは叫んだ。
「ちょ、ま、に、ににににに妊娠!? てことは受精卵は分裂を繰り返しながら桑実胚を経て胚盤胞になり」
「ちょっと待って大村さん落ち着いて」
「減数分裂」
「落ち着いて」
「紡錘体が……」
「ええい」
鼻をつまんだ。大村さんは目を白黒させてから大きく息を吐きだした。
「……ごめん、取り乱した」
「いいの。てかその段階通り過ぎて、もう10週に入ったとこなんだって」
「10週……って」
「3ヶ月だって」
静かに言う松井さんを、私たちは何も言えずに見つめていた。
「……産む、の?」
おずおず、と大村さんが聞いた。松井さんはゆるゆると顔を上げた。
「分かんない。でも……見ちゃって」
「なにを?」
「動いてるとこ……」
エコーで、と松井さんは言って、私たちはやっぱり黙った。
「お家の人は?」
私が聞くと、松井さんは「分かんない……」とつぶやく。
「うち、クリスチャンだから。おろしたりとか、多分、ダメ」
「そ、うなんだ……ていうか、根岸くんは?」
誰の子? なんて、疑う余地もない。あんだけラブラブな彼氏がいるんだから!
「考えさせてくれって」
「考えさせてくれじゃねーよなぁ根岸!」
ばあん、と扉が開いて、押されるように部屋に連れ込まれてきたのは、件の根岸くんで、連れてきたのは黒田くんだった。
「え、黒田くん!?」
「こいつに聞ーて」
ちっ、と舌打ちしながら黒田くんは根岸くんを見た。
「なんかウジウジしてっから連れてきた」
「や、ども、その……」
根岸くんは所在なさげに目線をウロウロさせる。
「てめーはどうしたいんだ」
黒田くん、めっちゃ怒ってる。
「ヒトのプライベートにクビ突っ込んでる自覚はあるよ、関わんなって言うなら俺はもう口ださねー、けどな根岸」
ぐい、と根岸くんを松井さんの前に押し出した。
「少なくともいま、この瞬間はてめー父親になってんだろーが」
根岸くんはなんどか瞬きをして、それから姿勢を正して、松井さんに頭を下げた。
「産んでください」
「……根岸、くん」
「おれ、働くから。ちゃんと、幸せに、するから」
ぎゅ、と握られた手。
「18の誕生日には、籍いれてください」
松井さんはぽかんとした後、ちょっと弱々しく頷いた。
大村さんが拍手をしてて、黒田くんは難しい顔をしてる……けど、さっきよりは険しくない。
私は、というと……複雑な心境だった。だって、……「大人」だったぶん、色んなことを知ってる。学校はどうするの、仕事は? 色んな考えが頭をよぎる。
(でも、)
私は松井さんのお腹に目をやる。
素直に、赤ちゃんが生まれてくるだろうことは、嬉しかった。
けれど、やっぱり、……高校生が思うより、決意するより、世界というものは厳しくて。
私たちは、すぐにそれを実感することになるのだった。
実行委員室で、私たちーー私と、大村さんと、すっかり気がついたら実質実行委員の仕事をしてる松井さんと、五月の体育祭の準備を始めていた時だった。
「去年はこの時期まだ入学してなかったから知らなかったけど、こんな早くから準備してたんだねー」
「だねぇ」
大村さんの言葉に、私は頷く。
「今年も騎馬戦、3人で出ようよ」
「いいね」
私の言葉に、大村さんは楽しげに笑った。だけど、松井さんはきゅう、と押し黙ったまんまで。
「?」
「松井ちゃん、どーしたの」
大村さんが不思議そうに首を傾げた。
(そういえば今日はなんか変だよなぁ)
思い悩んでる、っていうか、何かを黙ってる、っていうか?
私は松井さんの手をちょっと握った。
「つめたっ」
思わずそう言ってしまう。寒いだけじゃない、なにかある……緊張してる?
「どうしたの松井さん」
私はできるだけ、ゆっくりと聞いた。
「なにかあった? 私たちで聞けることなら、聞くよ」
「そーだよ、騎馬戦の仲じゃん」
明るく言う大村さんに、松井さんは弱々しく首を振った。
「……今年、わたし、騎馬戦、できないかも」
「え、なんで」
一瞬頭をよぎったのは、転校か留年。
(でも、高校で転校ってあんまりないはずだし)
だとすれば留年だけど、松井さんの成績は平均よりちょい上くらい。留年もありえない。
「……退学、なるかも」
私と大村さんはぎょっと肩をすくめた。え、退学!?
「な、なにがあったの」
大村さんの焦ったような声。私たちは顔を見合わせるけれど、松井さんの成績も生活態度も、とても退学になるようなものだと思えない。
松井さんは弱々しく笑って、それから手をお腹に当てた。
「あのね」
「うん」
私たちは静かに続きを待つ。
「妊娠、しちゃって」
私と大村さんは、しばらくぽかんと黙り込んだ。脳が情報を処理しきれなかったのだ。
(……え、に、妊娠?)
思わず松井さんのお腹に目をやる。
(赤ちゃんがいる、ってこと!?)
大村さんともう一度顔を見合わせ、それからどちらかともなく「ええええええ!?」と私たちは叫んだ。
「ちょ、ま、に、ににににに妊娠!? てことは受精卵は分裂を繰り返しながら桑実胚を経て胚盤胞になり」
「ちょっと待って大村さん落ち着いて」
「減数分裂」
「落ち着いて」
「紡錘体が……」
「ええい」
鼻をつまんだ。大村さんは目を白黒させてから大きく息を吐きだした。
「……ごめん、取り乱した」
「いいの。てかその段階通り過ぎて、もう10週に入ったとこなんだって」
「10週……って」
「3ヶ月だって」
静かに言う松井さんを、私たちは何も言えずに見つめていた。
「……産む、の?」
おずおず、と大村さんが聞いた。松井さんはゆるゆると顔を上げた。
「分かんない。でも……見ちゃって」
「なにを?」
「動いてるとこ……」
エコーで、と松井さんは言って、私たちはやっぱり黙った。
「お家の人は?」
私が聞くと、松井さんは「分かんない……」とつぶやく。
「うち、クリスチャンだから。おろしたりとか、多分、ダメ」
「そ、うなんだ……ていうか、根岸くんは?」
誰の子? なんて、疑う余地もない。あんだけラブラブな彼氏がいるんだから!
「考えさせてくれって」
「考えさせてくれじゃねーよなぁ根岸!」
ばあん、と扉が開いて、押されるように部屋に連れ込まれてきたのは、件の根岸くんで、連れてきたのは黒田くんだった。
「え、黒田くん!?」
「こいつに聞ーて」
ちっ、と舌打ちしながら黒田くんは根岸くんを見た。
「なんかウジウジしてっから連れてきた」
「や、ども、その……」
根岸くんは所在なさげに目線をウロウロさせる。
「てめーはどうしたいんだ」
黒田くん、めっちゃ怒ってる。
「ヒトのプライベートにクビ突っ込んでる自覚はあるよ、関わんなって言うなら俺はもう口ださねー、けどな根岸」
ぐい、と根岸くんを松井さんの前に押し出した。
「少なくともいま、この瞬間はてめー父親になってんだろーが」
根岸くんはなんどか瞬きをして、それから姿勢を正して、松井さんに頭を下げた。
「産んでください」
「……根岸、くん」
「おれ、働くから。ちゃんと、幸せに、するから」
ぎゅ、と握られた手。
「18の誕生日には、籍いれてください」
松井さんはぽかんとした後、ちょっと弱々しく頷いた。
大村さんが拍手をしてて、黒田くんは難しい顔をしてる……けど、さっきよりは険しくない。
私は、というと……複雑な心境だった。だって、……「大人」だったぶん、色んなことを知ってる。学校はどうするの、仕事は? 色んな考えが頭をよぎる。
(でも、)
私は松井さんのお腹に目をやる。
素直に、赤ちゃんが生まれてくるだろうことは、嬉しかった。
けれど、やっぱり、……高校生が思うより、決意するより、世界というものは厳しくて。
私たちは、すぐにそれを実感することになるのだった。
0
あなたにおすすめの小説
傷物令嬢は魔法使いの力を借りて婚約者を幸せにしたい
棗
恋愛
ローゼライト=シーラデンの額には傷がある。幼い頃、幼馴染のラルスに負わされた傷で責任を取る為に婚約が結ばれた。
しかしローゼライトは知っている。ラルスには他に愛する人がいると。この婚約はローゼライトの額に傷を負わせてしまったが為の婚約で、ラルスの気持ちが自分にはないと。
そこで、子供の時から交流のある魔法使いダヴィデにラルスとの婚約解消をしたいと依頼をするのであった。
ナイスミドルな国王に生まれ変わったことを利用してヒロインを成敗する
ぴぴみ
恋愛
少し前まで普通のアラサーOLだった莉乃。ある時目を覚ますとなんだか身体が重いことに気がついて…。声は低いバリトン。鏡に写るはナイスミドルなおじ様。
皆畏れるような眼差しで私を陛下と呼ぶ。
ヒロインが悪役令嬢からの被害を訴える。元女として前世の記憶持ちとしてこの状況違和感しかないのですが…。
なんとか成敗してみたい。
彼女が高級娼婦と呼ばれる理由~元悪役令嬢の戦慄の日々~
プラネットプラント
恋愛
婚約者である王子の恋人をいじめたと婚約破棄され、実家から縁を切られたライラは娼館で暮らすことになる。だが、訪れる人々のせいでライラは怯えていた。
※完結済。
婚約者に毒を飲まされた私から【毒を分解しました】と聞こえてきました。え?
こん
恋愛
成人パーティーに参加した私は言われのない罪で婚約者に問い詰められ、遂には毒殺をしようとしたと疑われる。
「あくまでシラを切るつもりだな。だが、これもお前がこれを飲めばわかる話だ。これを飲め!」
そう言って婚約者は毒の入ったグラスを渡す。渡された私は躊躇なくグラスを一気に煽る。味は普通だ。しかし、飲んでから30秒経ったあたりで苦しくなり初め、もう無理かも知れないと思った時だった。
【毒を検知しました】
「え?」
私から感情のない声がし、しまいには毒を分解してしまった。私が驚いている所に友達の魔法使いが駆けつける。
※なろう様で掲載した作品を少し変えたものです
【完結】転生したらラスボスの毒継母でした!
白雨 音
恋愛
妹シャルリーヌに裕福な辺境伯から結婚の打診があったと知り、アマンディーヌはシャルリーヌと入れ替わろうと画策する。
辺境伯からは「息子の為の白い結婚、いずれ解消する」と宣言されるが、アマンディーヌにとっても都合が良かった。「辺境伯の財で派手に遊び暮らせるなんて最高!」義理の息子など放置して遊び歩く気満々だったが、義理の息子に会った瞬間、卒倒した。
夢の中、前世で読んだ小説を思い出し、義理の息子は将来世界を破滅させようとするラスボスで、自分はその一因を作った毒継母だと知った。破滅もだが、何より自分の死の回避の為に、義理の息子を真っ当な人間に育てようと誓ったアマンディーヌの奮闘☆
異世界転生、家族愛、恋愛☆ 短めの長編(全二十一話です)
《完結しました》 お読み下さり、お気に入り、エール、いいね、ありがとうございます☆
逆ハーレムエンド? 現実を見て下さいませ
朝霞 花純@電子書籍発売中
恋愛
エリザベート・ラガルド公爵令嬢は溜息を吐く。
理由はとある男爵令嬢による逆ハーレム。
逆ハーレムのメンバーは彼女の婚約者のアレックス王太子殿下とその側近一同だ。
エリザベートは男爵令嬢に注意する為に逆ハーレムの元へ向かう。
すべてを思い出したのが、王太子と結婚した後でした
珠宮さくら
恋愛
ペチュニアが、乙女ゲームの世界に転生したと気づいた時には、すべてが終わっていた。
色々と始まらなさ過ぎて、同じ名前の令嬢が騒ぐのを見聞きして、ようやく思い出した時には王太子と結婚した後。
バグったせいか、ヒロインがヒロインらしくなかったせいか。ゲーム通りに何一ついかなかったが、ペチュニアは前世では出来なかったことをこの世界で満喫することになる。
※全4話。
【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました
佐倉穂波
恋愛
転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。
確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。
(そんな……死にたくないっ!)
乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。
2023.9.3 投稿分の改稿終了。
2023.9.4 表紙を作ってみました。
2023.9.15 完結。
2023.9.23 後日談を投稿しました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる