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【高校編】分岐・黒田健
ヒロインちゃんはとても怖い
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想定しうる限りで、1番最悪な展開だと思う。
転校から2週間、1年生の入学式から数日ののち。
(遅くなっちゃったなぁ)
まだ暗くはないけれど、と廊下の窓から私は外を眺めていた。
図書館(この学校の図書館は本当に豪華!)で勉強したあと、帰宅しようと歩いていた、そんな時。背後から急に声をかけられたのだ。
ふりむいて、私は凍りついた。そこには「ゲーム」のヒロイン、桜澤青花がいたから。
そして彼女は私に唐突な「お願い」をしてきた。曰く「ねえ、悪役令嬢になってくれない?」。
私は目を見開いた。
「そんな訳でね」
ふふふ、と目の前で微笑む可愛い女の子は、まるで小動物のような儚ささえ感じられた。だけれど、その目に浮かぶのは明らかな悪意。
「今からあなたには悪者になってもらいます」
「……なんの、話を」
なんとかそれだけ答えた私に、小動物のような彼女は微笑んだ。
「あたしだってね?」
さらり、と廊下の窓から入ってくる、夕方の春の風になびく、艶やかな髪。
「分かってるの。ここが現実だってことくらい」
少し寂しそうに、彼女は言う。
「つまらないよね。せっかくゲームの世界に転生したのに、ここは現実。圧倒的に。勉強しなくてもここに受かるなんてことはなかったし、何もしないでオトコにモテるってこともない」
ほっとけばムダ毛も生えちゃう、と青花はひとり、笑った。
「それでもね、せめて。ゲームの醍醐味だけは味わいたいの」
「ゲームって」
「いいのいいの、何言ってるか分かんないだろうし。まぁそんな訳で」
青花はバサバサと、鞄から廊下に教科書を落とした。そして、カッターを取り出す。
「な、なにを?」
「ん? ええとね」
青花は微笑む。
「あなたがあたしの教科書をカッターで切り刻もうとしたから、あたしが慌てて止めたら腕を怪我しましたっていう設定」
「け、けが!?」
何をしているの、と私は詰め寄る。
「大丈夫、大丈夫」
カラカラと青花は笑った。
「本当にけがするつもりなんか、ないから。適当に制服切るだけ」
「そ、それで本当に、けが、なんかしたら」
ぐるぐると脳内で動く映像は、前世で私がナイフで刺された時のことであり、「華」のお母さんがナイフで刺された時の映像でもあった。
「刃物は、危ないよ、それをヒトに、自分に、向けるなんて」
「なによ? 煩いわねぇ」
さっさとおわらそ、と青花がカッターを自分に向けた時、私の身体は反射的に動いていた。
「だから、だめ、ケガなんかしたら」
ケガなんかしたら?
(死んでしまう)
カッターを持ってる手を掴み、ふるふると震えていると、ふと私の手をさらに掴み上げる手。
「危ないよ」
淡々とした声が、上から降ってきた。
「じ……相良先生」
「聞いてたけど、きみ、無茶苦茶だよ。どうしたの」
なんでか私の転校とともにこちらに赴任してきた仁だった。
前の学校で、大村さんの件で上の人たちに睨まれちゃったのかなぁ、なんて思ってたりするんだけれど。
「……じょーだん、ですよ、先生」
青花は微笑む。
「ね?」
「冗談とは思えなかったな」
硬い声に、青花は不思議そうな表情を一瞬だけ垣間見せて、それから俯いた。
「お話聞ける?」
「……はい」
「設楽さんは、ええと、社会準備室で待機。できる?」
「あ、はい」
ぽかんとしたまま頷くと、青花はノロノロと教科書を鞄にしまい、仁のあとについて廊下を歩いて行ってしまった。
「……なんですの」
体から力がへなりと抜けた。
(こ、怖かったよー……!)
それから何とか社会科準備室に移動して、適当な椅子に座って窓の外を眺める。
やることもないので、図書館から借りた本をぱらぱらめくっていると、ふとスマホが震えた。
『今日、もう帰ってるか?』
黒田くんだった。え、なんだろう!?
『まだ学校。どうしたの?』
『家に焼き菓子が大量にあんだけど、いるかなと思って』
「いる」
思わず声に出して即答してしまった。焼き菓子!? なんでだろ!?
『欲しい! けど何時になるか分からない』
『なんかあったのか』
『ちょっとトラブル』
『いま部活終わったからすぐ行く』
私は首を傾げた。家に来てくれる、ってことなぁと思ってると、きっかり一時間後に『学校着いたけど』とメールが入った。
「あれ!?」
すぐ行く、ってここのこと!?
とりあえず場所をメールすると、迷わず黒田くんはここにたどり着いてくれた。
「なんで!?」
「? トラブルとか言うから」
「と、止められなかった!?」
この学校、警備員さんいるんだけど!
「や、普通に挨拶したぞ」
俺制服だしな、と黒田くんは笑う。
「部活の関係とでも思ったんじゃね?」
「確かに……」
私は気が抜けて、変な顔で笑ってしまう。多分、まだ緊張してたのが、黒田くん見て力が抜けた。
「で、トラブルってなに」
「ええと」
「なんで黒田いんの」
ぴったりのタイミングで、背後に仁が立っていた。……ていうか。
「時間がかかりすぎ! ……です」
何してたんだろ? む、と睨むと仁は苦笑いした。
「いやいやいや、アイツ、やべーからですね」
黒田くんはじっと仁を見て、それから「お久しぶりっすね」と少しだけ笑った。なんか、やたらと「お久しぶり」を強調してたような?
仁は肩をすくめて笑って、何も言わなかった。
転校から2週間、1年生の入学式から数日ののち。
(遅くなっちゃったなぁ)
まだ暗くはないけれど、と廊下の窓から私は外を眺めていた。
図書館(この学校の図書館は本当に豪華!)で勉強したあと、帰宅しようと歩いていた、そんな時。背後から急に声をかけられたのだ。
ふりむいて、私は凍りついた。そこには「ゲーム」のヒロイン、桜澤青花がいたから。
そして彼女は私に唐突な「お願い」をしてきた。曰く「ねえ、悪役令嬢になってくれない?」。
私は目を見開いた。
「そんな訳でね」
ふふふ、と目の前で微笑む可愛い女の子は、まるで小動物のような儚ささえ感じられた。だけれど、その目に浮かぶのは明らかな悪意。
「今からあなたには悪者になってもらいます」
「……なんの、話を」
なんとかそれだけ答えた私に、小動物のような彼女は微笑んだ。
「あたしだってね?」
さらり、と廊下の窓から入ってくる、夕方の春の風になびく、艶やかな髪。
「分かってるの。ここが現実だってことくらい」
少し寂しそうに、彼女は言う。
「つまらないよね。せっかくゲームの世界に転生したのに、ここは現実。圧倒的に。勉強しなくてもここに受かるなんてことはなかったし、何もしないでオトコにモテるってこともない」
ほっとけばムダ毛も生えちゃう、と青花はひとり、笑った。
「それでもね、せめて。ゲームの醍醐味だけは味わいたいの」
「ゲームって」
「いいのいいの、何言ってるか分かんないだろうし。まぁそんな訳で」
青花はバサバサと、鞄から廊下に教科書を落とした。そして、カッターを取り出す。
「な、なにを?」
「ん? ええとね」
青花は微笑む。
「あなたがあたしの教科書をカッターで切り刻もうとしたから、あたしが慌てて止めたら腕を怪我しましたっていう設定」
「け、けが!?」
何をしているの、と私は詰め寄る。
「大丈夫、大丈夫」
カラカラと青花は笑った。
「本当にけがするつもりなんか、ないから。適当に制服切るだけ」
「そ、それで本当に、けが、なんかしたら」
ぐるぐると脳内で動く映像は、前世で私がナイフで刺された時のことであり、「華」のお母さんがナイフで刺された時の映像でもあった。
「刃物は、危ないよ、それをヒトに、自分に、向けるなんて」
「なによ? 煩いわねぇ」
さっさとおわらそ、と青花がカッターを自分に向けた時、私の身体は反射的に動いていた。
「だから、だめ、ケガなんかしたら」
ケガなんかしたら?
(死んでしまう)
カッターを持ってる手を掴み、ふるふると震えていると、ふと私の手をさらに掴み上げる手。
「危ないよ」
淡々とした声が、上から降ってきた。
「じ……相良先生」
「聞いてたけど、きみ、無茶苦茶だよ。どうしたの」
なんでか私の転校とともにこちらに赴任してきた仁だった。
前の学校で、大村さんの件で上の人たちに睨まれちゃったのかなぁ、なんて思ってたりするんだけれど。
「……じょーだん、ですよ、先生」
青花は微笑む。
「ね?」
「冗談とは思えなかったな」
硬い声に、青花は不思議そうな表情を一瞬だけ垣間見せて、それから俯いた。
「お話聞ける?」
「……はい」
「設楽さんは、ええと、社会準備室で待機。できる?」
「あ、はい」
ぽかんとしたまま頷くと、青花はノロノロと教科書を鞄にしまい、仁のあとについて廊下を歩いて行ってしまった。
「……なんですの」
体から力がへなりと抜けた。
(こ、怖かったよー……!)
それから何とか社会科準備室に移動して、適当な椅子に座って窓の外を眺める。
やることもないので、図書館から借りた本をぱらぱらめくっていると、ふとスマホが震えた。
『今日、もう帰ってるか?』
黒田くんだった。え、なんだろう!?
『まだ学校。どうしたの?』
『家に焼き菓子が大量にあんだけど、いるかなと思って』
「いる」
思わず声に出して即答してしまった。焼き菓子!? なんでだろ!?
『欲しい! けど何時になるか分からない』
『なんかあったのか』
『ちょっとトラブル』
『いま部活終わったからすぐ行く』
私は首を傾げた。家に来てくれる、ってことなぁと思ってると、きっかり一時間後に『学校着いたけど』とメールが入った。
「あれ!?」
すぐ行く、ってここのこと!?
とりあえず場所をメールすると、迷わず黒田くんはここにたどり着いてくれた。
「なんで!?」
「? トラブルとか言うから」
「と、止められなかった!?」
この学校、警備員さんいるんだけど!
「や、普通に挨拶したぞ」
俺制服だしな、と黒田くんは笑う。
「部活の関係とでも思ったんじゃね?」
「確かに……」
私は気が抜けて、変な顔で笑ってしまう。多分、まだ緊張してたのが、黒田くん見て力が抜けた。
「で、トラブルってなに」
「ええと」
「なんで黒田いんの」
ぴったりのタイミングで、背後に仁が立っていた。……ていうか。
「時間がかかりすぎ! ……です」
何してたんだろ? む、と睨むと仁は苦笑いした。
「いやいやいや、アイツ、やべーからですね」
黒田くんはじっと仁を見て、それから「お久しぶりっすね」と少しだけ笑った。なんか、やたらと「お久しぶり」を強調してたような?
仁は肩をすくめて笑って、何も言わなかった。
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