【本編完結】セカンド彼女になりがちアラサー、悪役令嬢に転生する

にしのムラサキ

文字の大きさ
568 / 702
【高校編】分岐・相良仁

【side仁】お願いだから

しおりを挟む
 クリスマスの京都市内のホテルなんて当日じゃ押さえられないかなぁなんて思ってたけど、キャンセルが出た部屋をなんとか予約できた。
 そもそも観光都市、新幹線が止まってりゃ、それに乗って来る予定の客の分がキャンセルになってる。

「まー、とりあえず焼肉焼肉っ」
「クリスマスに焼肉ってのも色気がねーなぁ」

 ダメ元でどっかディナーでも予約しときゃ良かったかなぁ、なんて思うけど、鴨川近くの繁華街の、全国チェーンの焼肉屋で大喜びしてる華を見てると、まぁこれで良かったのかもなぁ、とも思う。
 窓の外では相変わらず雪がちらついてて、俺らはそれを見ながら肉を食べまくる。

「あ」
「どーした」
「忘れてた」

 えへへ、って感じで笑いながら、華は俺に四角い包みを渡してくる。

「メリークリスマス」
「うお、あざす」
「なにそれ」

 くすくすと華は笑った。
 箱の中身はネクタイで、俺は少し嬉しくなる。だって仕事につけていけるし、それに。

「……私を繋いでいてください、だっけ」
「なにそれ」
「ネクタイを贈る意味」
「なにそれ!」

 華は驚いたように言う。

「そんなつもりじゃ」
「まぁ貰わなくともそーするつもりだから」
「なにそれー」

 なにそれ、しか言わない華に「やなの?」と少し甘い声で聞くと「やじゃないけど」と少し照れた。……くそう、可愛いな。
 後半になってやっと華が「野菜食べなきゃ」と今更なことを言い出してサンチュやら玉ねぎサラダやら野菜盛り合わせやらを頼んだけど、食べた肉の量と比較すると、ほんと焼け石に水って感じだ。

「ふー、おなかいっぱーい」
「妊婦みたいになってるぞ」
「……胃下垂気味なのよね」
「腹筋が足りないんだよ」
「うぅ……」

 返す言葉もございません、とか言ってる華の左手には、近くのコンビニで買ったスイーツ。焼肉屋でも杏仁豆腐食ってたんだけどなぁ。
 華の右手は俺と繋いでて、街中はカップルだらけで誰も俺たちのことなんか気にしてない。

(……幸せ)

 じんわりと、そう思う。うん、幸せだ。クリスマスに好きな子と手を繋いで歩いてる。

「どーしたの?」

 不思議そうに俺を見上げる華の額にキスをひとつ。
 照れたように微笑む華の手を強く握って、俺たちはホテルに向かうーーこっから苦行が待ってるぞ、俺。がんばれ。
 苦行ってのは、まぁ、華と一晩同じ部屋で手を出さないってことなんだけど……。

「なんでしょうか華さん」

 狭っ苦しいビジネスホテルの部屋には、セミダブルのベットがひとつ。俺は申し訳程度に置かれてるソファで眠る気まんまんなんですけど。

(だって同じベットで寝るとか苦行すぎるだろ)

 好きな子が横で寝てるんだぞ?
 それで手ぇ出しちゃいけないんだぞ?
 これを苦行と言わずしてなんと言う?

「……なんでもー?」
「じゃあその狩をするような目をやめなさい」
「ふっふっふ」

 ソファに座ってる俺の横に、ちょこんと座って華は俺を見上げる。

「チャンスとうらーい」
「そういうのは声に出さないの」

 ぺしり、と軽く頭を叩くと、華は嬉しげに笑って俺に抱きついてくる。

「……しませんからね」
「なんで? 元気そーだけど」

 ……肉食ったせいかな。いや普通に華がこんな状況でくっついてくるから! ええい。

「そこを理性で我慢できるのが大人なんですー」
「私が大人じゃないっていうの?」
「かもな」
「酷い」

 結構立派な体付きだと思うのにな、と胸を押し付けてくるから(アホか!)俺は華を持ち上げて布団に運んで、布団でぐるぐる巻きにする。

「ぎゃー」
「反省してろ」

 乱暴に頭を撫でて、風呂に向かう。ユニットバス。シャワーカーテンを閉めてひたすら脳内で般若心経を唱えてたら(父親が仏壇に向かって唱えるから覚えた、あいつ自身はプロテスタントのはずなのに)ガチャリとドアを開ける音がする。

「おい、華」

 まさか風呂場を襲われるとは! なんて思ってたら様子が違う。
 そっとカーテンの隙間から伺うと、華はトイレに向かって嘔吐していた。

「げほ、げほっ」
「華っ」

 慌ててシャワーも止めずに近くに寄って、背中を撫でる。撫でながら、今日変なモン食ってないよな? と考える。さっきの焼肉が一番怪しいっちゃ怪しいけど、肉はちゃんと火を通してたし、箸も取り箸とは分けていた。

(例の吐き気?)

 ストレスのせい、とか言っていたけどーーやっぱり、一度検査が必要か?
 一気に不安が心を埋め尽くす。今すぐにでも病院に連れて行くべきだろうか。……こんな時間に行ったって、大した処置はしてもらえないだろう。

(明日、横浜あたりのでかい病院に連れてくか)

 そう決めながら、声をかける。

「大丈夫か?」

 ゆるゆると顔を上げた華は、困ったような顔をしながら「ごめん」と小さく言った。

「汚いもの、みせて」
「んなことどーでもいいよ」

 言いながら、こっそり嘔吐物を確認する。血は混じってないか? ……特に突出して変なものは無さそうだった。
 華は気まずそうに水を流す。それから口を注いで、ちらりと俺を見た。

「そのー」
「……あ」

 全裸でした。慌ててタオルを巻く。華はなんだか赤くなってぶつぶつ言いながら部屋に戻って行く。
 シャワーを止めて、置いてあったバスローブを羽織って部屋に戻る。
 華は布団に潜っていた。

「華?」

 そっと声をかけた。体調、そんなに悪いのか?

「良くあるのか? ああいうのは」
「あ、ああいうのってなにっ」
「? だから、吐いたり」
「え、あ、あー」

 華は顔だけ布団から出す。目線がウロウロしていた。

「あー。時々?」
「……いつからだ」
「ええと、わかんない」

 華は不思議そうに言う。

「あんなに吐いたのは初めてだけど」
「とりあえず、明日、病院な」
「えっ大丈夫だよ」

 吐いたらスッキリしたもん! と言う華の頭をなでる。

「……仁?」
「お願いだから」

 ベットに乗って、華を抱きしめた。

「先に死なないでくれ」
「ちょ、大袈裟すぎ! てか重い!」

 ぎゃいぎゃい騒ぐ華の唇にキスをする。とたんに華は静かになって、また真っ赤になって目線をウロウロさせていた。

「……なんだよ」
「だ、だってさぁ」

 男の人の裸とか見たの久しぶりなんだもん、と言う華の言葉に、つい吹き出す。

「さっきまでムネ押し付けてた奴のセリフじゃねーだろ」

 あんなに挑発してきてたクセに!

「だ、だって」

 唇を尖らせて、つん、と顔を背ける華の顔色は悪くなくて、というかもう真っ赤で、俺は少し安心する。少なくともクリティカルな状況ではない、と判断して。

「まー、なんにせよ明日は帰宅次第病院」
「やだなぁ」
「そう言うなって」

 さらりと髪を撫でて、耳を噛む。華はびくりと身体を揺らす。

「心配なんだよ」
「……ごめん」
「謝んないで」

 言いながら華を抱きしめた。

(単なる食い過ぎとか、そんだけかも)

 でも、それでも。
 俺は信じてもない神様に向かって、ただ祈った。

(神様、もうこいつを俺から奪わないでください)
しおりを挟む
感想 168

あなたにおすすめの小説

傷物令嬢は魔法使いの力を借りて婚約者を幸せにしたい

恋愛
ローゼライト=シーラデンの額には傷がある。幼い頃、幼馴染のラルスに負わされた傷で責任を取る為に婚約が結ばれた。 しかしローゼライトは知っている。ラルスには他に愛する人がいると。この婚約はローゼライトの額に傷を負わせてしまったが為の婚約で、ラルスの気持ちが自分にはないと。 そこで、子供の時から交流のある魔法使いダヴィデにラルスとの婚約解消をしたいと依頼をするのであった。

ナイスミドルな国王に生まれ変わったことを利用してヒロインを成敗する

ぴぴみ
恋愛
少し前まで普通のアラサーOLだった莉乃。ある時目を覚ますとなんだか身体が重いことに気がついて…。声は低いバリトン。鏡に写るはナイスミドルなおじ様。 皆畏れるような眼差しで私を陛下と呼ぶ。 ヒロインが悪役令嬢からの被害を訴える。元女として前世の記憶持ちとしてこの状況違和感しかないのですが…。 なんとか成敗してみたい。

彼女が高級娼婦と呼ばれる理由~元悪役令嬢の戦慄の日々~

プラネットプラント
恋愛
婚約者である王子の恋人をいじめたと婚約破棄され、実家から縁を切られたライラは娼館で暮らすことになる。だが、訪れる人々のせいでライラは怯えていた。 ※完結済。

婚約者に毒を飲まされた私から【毒を分解しました】と聞こえてきました。え?

こん
恋愛
成人パーティーに参加した私は言われのない罪で婚約者に問い詰められ、遂には毒殺をしようとしたと疑われる。 「あくまでシラを切るつもりだな。だが、これもお前がこれを飲めばわかる話だ。これを飲め!」 そう言って婚約者は毒の入ったグラスを渡す。渡された私は躊躇なくグラスを一気に煽る。味は普通だ。しかし、飲んでから30秒経ったあたりで苦しくなり初め、もう無理かも知れないと思った時だった。 【毒を検知しました】 「え?」 私から感情のない声がし、しまいには毒を分解してしまった。私が驚いている所に友達の魔法使いが駆けつける。 ※なろう様で掲載した作品を少し変えたものです

【完結】転生したらラスボスの毒継母でした!

白雨 音
恋愛
妹シャルリーヌに裕福な辺境伯から結婚の打診があったと知り、アマンディーヌはシャルリーヌと入れ替わろうと画策する。 辺境伯からは「息子の為の白い結婚、いずれ解消する」と宣言されるが、アマンディーヌにとっても都合が良かった。「辺境伯の財で派手に遊び暮らせるなんて最高!」義理の息子など放置して遊び歩く気満々だったが、義理の息子に会った瞬間、卒倒した。 夢の中、前世で読んだ小説を思い出し、義理の息子は将来世界を破滅させようとするラスボスで、自分はその一因を作った毒継母だと知った。破滅もだが、何より自分の死の回避の為に、義理の息子を真っ当な人間に育てようと誓ったアマンディーヌの奮闘☆  異世界転生、家族愛、恋愛☆ 短めの長編(全二十一話です) 《完結しました》 お読み下さり、お気に入り、エール、いいね、ありがとうございます☆ 

逆ハーレムエンド? 現実を見て下さいませ

朝霞 花純@電子書籍発売中
恋愛
エリザベート・ラガルド公爵令嬢は溜息を吐く。 理由はとある男爵令嬢による逆ハーレム。 逆ハーレムのメンバーは彼女の婚約者のアレックス王太子殿下とその側近一同だ。 エリザベートは男爵令嬢に注意する為に逆ハーレムの元へ向かう。

すべてを思い出したのが、王太子と結婚した後でした

珠宮さくら
恋愛
ペチュニアが、乙女ゲームの世界に転生したと気づいた時には、すべてが終わっていた。 色々と始まらなさ過ぎて、同じ名前の令嬢が騒ぐのを見聞きして、ようやく思い出した時には王太子と結婚した後。 バグったせいか、ヒロインがヒロインらしくなかったせいか。ゲーム通りに何一ついかなかったが、ペチュニアは前世では出来なかったことをこの世界で満喫することになる。 ※全4話。

【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました

佐倉穂波
恋愛
 転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。  確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。 (そんな……死にたくないっ!)  乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。 2023.9.3 投稿分の改稿終了。 2023.9.4 表紙を作ってみました。 2023.9.15 完結。 2023.9.23 後日談を投稿しました。

処理中です...