【本編完結】セカンド彼女になりがちアラサー、悪役令嬢に転生する

にしのムラサキ

文字の大きさ
488 / 702
【高校編】分岐・黒田健

うなじ

しおりを挟む
「うなじなぁ」

 黒田くんは不思議そうに、私の首の後ろに手を添えた。

「?」

 すうっと後ろ髪を持ち上げられて(と言っても短いのだけれど)マジマジと見られる。

「……なんか、恥ずかしいんですけど」

 私の髪は肩までだから、めったに結んだりしないし、だから何だか見られるとすうすうする。

「別にえろかないけど」
「うん」
「設楽のは」
「?」

 設楽のは、の続きはなかった。
 抱き上げられて、黒田くんの膝の間で後ろから抱きしめられた。
 ふ、と後ろ首寄せられた唇、かかる息、思わず身体を硬直させる。

「ん、っ」
「……なぁ、そういう声、わざとだったりすんの」
「ちが、」
「知ってる」

 少しからかう色の声。顔が見えないぶん、声になんだか意識が行ってしまって、なんか、なんだか!

「……華」

 私は心臓が爆発したと思った。華、華!? よ、呼び捨て! 下の名前!

「く、黒田く、」
「華」

 ぎゅうぎゅうと抱きしめられる。
 少し力がゆるんで、私は振り向いた。切ない目をしてて、私はやっぱり心臓が爆発しそうになる。

「た、けるくん」

 噛み付くみたいなキス。食べられそう、っていうか食べられてると思った。黒田くんの背中に手を回す。
 息継ぎみたいに唇を離して、見つめ合う。

「華、……舌」
「した?」

 べえっと出すと、黒田くんは少しだけ口を緩めた。
 べえと出した舌を甘噛みされて、私は喉から高い声が出てしまう。

「うまそーだなと思ってた」

 黒田くんがやたらと真剣に言う。え、なにが、舌が!?

「た、タン!?」
「だな」

 楽しげに肩を揺らして、もう一度舌を吸われてーーそこで、ガタンと音がして私たちはぱっと離れた。
 リビングの扉が開く。

「いやほんとごめん」

 扉の先にいたのは黒田くんのお父さんでーー私は脳内で叫ぶ。
 えらいとこ見られてしまいました!? や、その前に離れた!?
 黒田くんは飄々と「はええな」と立ち上がる。

「ごめん設楽、俺の不注意」
「え、や、ええと? ごめん」

 半分パニックだし、あれ名前呼んでくれてないとか変なとこに思考行っちゃうし、な私に対して、お父さんは落ち着いた感じで「えーと」と肩をすくめた。

「別にいいんだよ、俺、君たち信用してるし。でもそういうの部屋でしてね、気まずいから」
「ごめんなさい……」

 うう、やっぱちゅー、見られてました?

「華さんのせいじゃないよ、健でしょサカってたの」
「うるせぇなぁ」

 そう言いながら、黒田くんはコップに麦茶を勢いよく注いでお父さんに突き出していた。

「メシくらい食ってけるんだろ」

 その言葉に私は首を傾げた。お仕事から帰ったわけじゃないのかな?
 私の疑問を感じ取ったかのように、麦茶を飲んだお父さんは笑って説明してくれた。

「ほら、こないだ駅で会った時の事件。あれニュースにもなってるけど、殺人って断定されたから帳場立ってね」
「帳場?」
「捜査本部」
「捜査本部!」

 警察っぽいなー、と話を聞く。

「もうここしばらくは着替えに帰宅してる感じだねー」
「不健康だよな」
「文句言うくせに、なんでお前は警察官になりたがってるんだろうなぁ」
「別に親父に憧れてるわけでもなんでもねーから心配すんな」
「あ、そー。ねえ華さん、ほんと可愛げのないやつですよね」

 こいつのなにがいいんですか、とお父さんは笑った。

「ええと、全部です」
「おやお熱い」

 お父さんは面白げに言って、それからダイニングチェアにゆっくり座った。

「あれねぇ、変な事件でねぇ」
「情報漏洩じゃねーだろーな」
「大丈夫、報道されてるレベルだから」

 そう言ってお父さんが教えてくれたのは、この妙な時間の顛末だった。

「防犯カメラにね、あの多目的トイレに入っていく二人連れが映ってたんだよね」

 ひとりは被害者で、もう1人が当然に犯人だろう、ということになった。

「背格好からして若い女性、マスクと帽子をしてて顔ははっきり映ってない。そいつは多目的トイレから出た後、電車で横浜駅まで向かってる」

 だけれど、とお父さんは言う。

「横浜市内のデパートの防犯カメラに、同じ格好の女性が映っていて。すぐに重要参考人として手配したんだ。したのはいいものの」

 お父さんが言うには、彼女にはアリバイがあったらしい。しかも相当にきっちりとしたアリバイが。

「どうもね、横浜駅のトイレで頼まれたらしいんだよね。この服装をしてこのトイレから出て行って欲しい、元カレにしつこく付き纏われて困ってる、って」

 暴力的なひとではないから、人違いとわかれば手を出すことはない、お礼もします、と1万円を手渡されたその少女は言いなりに手渡されたその服に着替えたらしい。

「まんまと踊らされたんだねぇ僕たちは」

 犯人はおそらく、まったく別の服装に着替えて悠々と人混みに紛れ姿を消した、ということらしい。
 少女のほうは、頼まれた服装で頼まれたとおりにしばらくウロウロしたあと、普通に帰宅した、ということのようだった。

「実は物証もほぼなくてねー、困ってるんだよねー」
「それをなんとかするのが仕事だろ」
「簡単に言うね~、と、失礼」

 お父さんのスマホが着信を告げる。

「はいはい、……分かった」

 声のトーンが変わる。
 お父さんは立ち上がり、私に「ゆっくりしていってください」と笑った。

「なにかあったのかよ」
「そうそう。事件。新しい事件」

 お父さんはほとんど無表情でそう言って、それから眉を強くひそめた。
しおりを挟む
感想 168

あなたにおすすめの小説

傷物令嬢は魔法使いの力を借りて婚約者を幸せにしたい

恋愛
ローゼライト=シーラデンの額には傷がある。幼い頃、幼馴染のラルスに負わされた傷で責任を取る為に婚約が結ばれた。 しかしローゼライトは知っている。ラルスには他に愛する人がいると。この婚約はローゼライトの額に傷を負わせてしまったが為の婚約で、ラルスの気持ちが自分にはないと。 そこで、子供の時から交流のある魔法使いダヴィデにラルスとの婚約解消をしたいと依頼をするのであった。

ナイスミドルな国王に生まれ変わったことを利用してヒロインを成敗する

ぴぴみ
恋愛
少し前まで普通のアラサーOLだった莉乃。ある時目を覚ますとなんだか身体が重いことに気がついて…。声は低いバリトン。鏡に写るはナイスミドルなおじ様。 皆畏れるような眼差しで私を陛下と呼ぶ。 ヒロインが悪役令嬢からの被害を訴える。元女として前世の記憶持ちとしてこの状況違和感しかないのですが…。 なんとか成敗してみたい。

彼女が高級娼婦と呼ばれる理由~元悪役令嬢の戦慄の日々~

プラネットプラント
恋愛
婚約者である王子の恋人をいじめたと婚約破棄され、実家から縁を切られたライラは娼館で暮らすことになる。だが、訪れる人々のせいでライラは怯えていた。 ※完結済。

婚約者に毒を飲まされた私から【毒を分解しました】と聞こえてきました。え?

こん
恋愛
成人パーティーに参加した私は言われのない罪で婚約者に問い詰められ、遂には毒殺をしようとしたと疑われる。 「あくまでシラを切るつもりだな。だが、これもお前がこれを飲めばわかる話だ。これを飲め!」 そう言って婚約者は毒の入ったグラスを渡す。渡された私は躊躇なくグラスを一気に煽る。味は普通だ。しかし、飲んでから30秒経ったあたりで苦しくなり初め、もう無理かも知れないと思った時だった。 【毒を検知しました】 「え?」 私から感情のない声がし、しまいには毒を分解してしまった。私が驚いている所に友達の魔法使いが駆けつける。 ※なろう様で掲載した作品を少し変えたものです

【完結】転生したらラスボスの毒継母でした!

白雨 音
恋愛
妹シャルリーヌに裕福な辺境伯から結婚の打診があったと知り、アマンディーヌはシャルリーヌと入れ替わろうと画策する。 辺境伯からは「息子の為の白い結婚、いずれ解消する」と宣言されるが、アマンディーヌにとっても都合が良かった。「辺境伯の財で派手に遊び暮らせるなんて最高!」義理の息子など放置して遊び歩く気満々だったが、義理の息子に会った瞬間、卒倒した。 夢の中、前世で読んだ小説を思い出し、義理の息子は将来世界を破滅させようとするラスボスで、自分はその一因を作った毒継母だと知った。破滅もだが、何より自分の死の回避の為に、義理の息子を真っ当な人間に育てようと誓ったアマンディーヌの奮闘☆  異世界転生、家族愛、恋愛☆ 短めの長編(全二十一話です) 《完結しました》 お読み下さり、お気に入り、エール、いいね、ありがとうございます☆ 

逆ハーレムエンド? 現実を見て下さいませ

朝霞 花純@電子書籍発売中
恋愛
エリザベート・ラガルド公爵令嬢は溜息を吐く。 理由はとある男爵令嬢による逆ハーレム。 逆ハーレムのメンバーは彼女の婚約者のアレックス王太子殿下とその側近一同だ。 エリザベートは男爵令嬢に注意する為に逆ハーレムの元へ向かう。

すべてを思い出したのが、王太子と結婚した後でした

珠宮さくら
恋愛
ペチュニアが、乙女ゲームの世界に転生したと気づいた時には、すべてが終わっていた。 色々と始まらなさ過ぎて、同じ名前の令嬢が騒ぐのを見聞きして、ようやく思い出した時には王太子と結婚した後。 バグったせいか、ヒロインがヒロインらしくなかったせいか。ゲーム通りに何一ついかなかったが、ペチュニアは前世では出来なかったことをこの世界で満喫することになる。 ※全4話。

【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました

佐倉穂波
恋愛
 転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。  確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。 (そんな……死にたくないっ!)  乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。 2023.9.3 投稿分の改稿終了。 2023.9.4 表紙を作ってみました。 2023.9.15 完結。 2023.9.23 後日談を投稿しました。

処理中です...