【本編完結】セカンド彼女になりがちアラサー、悪役令嬢に転生する

にしのムラサキ

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【高校編】分岐・黒田健

【side健】血を吐くように

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 全てのタイミングが悪かったんだと思う。いや、あるいはそうでもないのか?
 今の俺にはよく分からない。
 一つ言えるのは、腕の中で俺にしがみついて離れようとしない設楽を守れるのが、世界で俺だけだってことと、それが切なくて苦しいのに、どこか誇らしく思うんだから俺の性格は悪いんじゃねーのかなってこと。
 まぁ俺なんかどうせクソ野郎だ。
 好きな女ひとり、笑顔にさせらんねーんだから。
 ことの起こりは、親父の知り合いだっていう京都府警の警察官が来たことだった。

「どうも、神田と言います」

 定年間際らしいその刑事は、胡麻塩頭をつるりと撫でて人懐こく笑った。
 刑事だと言われてなきゃ、警察官にはどう見ても見えない。
 人相の悪さでヤのつく自営業か警官かわかんねー親父とは大違いだ。

「お邪魔しますよ、すまんね健くん、彼女さん来てはんのに」
「いえ」

 設楽が手を振る。

「私が勝手に来て、勝手に唐揚げ食べてるだけなので」

 はにかむ設楽の前には、山盛りの唐揚げ。親父が張り切って追加で揚げた。

「ていうか、挨拶遅れてすみません。設楽です。設楽華」
「……ああ」

 神田さんは少し黙って、それからほほえんだ。

「華さん」
「はい」

 にこにこと設楽は答える。

「神田さん」
「ん?」
「もしかしてなんですけど、お会いしたことあります?」

 不思議そうに設楽は首を傾げた。

「……や、ないと思うで」
「あ、やだすみません。なんか聞いたことある声な気がして」
「ナンパの常套句やな? オッチャンナンパしてどないすんねん」
「あはは、やだ」
「神田さんそれセクハラ」

 親父が言って、3人が笑った。

(……?)

 神田さんの、言葉の間。
 なにかが、気にかかった。
 じきに、設楽がトイレに立った時に答えが分かる。

「ごめんな黒田くん、あの子」
「すみません、言うタイミングが」
「いや、いや……大きくならはって」

 リビングのテーブルの上は、ビールの入ったグラスと唐揚げ、それからサラダと煮物が並んでいた。
 俺と設楽はテレビの前のローテーブルで食べていたから、すこし距離はあるけど十分に会話は聞こえた。
 別に、広い家じゃないからな。

「設楽くんの忘形見やなぁ」

 そっくりやなぁ、と神田さんは懐かしむように言う。

「あの人が女性やったら華さんみたいな顔やったんやろな。しかし、いい目をした男やったよ」

 俺は黙って麦茶を飲みながら思う。そうか、神田さんは設楽の親父さんと知り合いだった、のか。

(殉職された、んだっけか)

 無差別殺人の犯人をひとり、取り押さえようとして。
 設楽がトイレから戻ってきて、親父たちはすぐに話題を変えた。

「あ、ちょっとテレビ見てもいい?」

 俺たちはこの時もう食事を終わらせてて、設楽は天気予報が見たいみたいだった。

「来週、文化祭だからさ」
「青百合の文化祭ってどんなんすんの」
「えーとね、なんかお茶会とかあるらしいのね」
「お茶会?」
「うん。ていうか、ガーデンパーティー? アフタヌーンティーとかできるんだって」
「なんだそりゃ」

 そう答えつつ、俺は笑う。設楽、そういうの好きそうだなと思って。

「生徒会の初仕事だもんね」
「そりゃ気合入るな」

 言いながら、設楽はザッピングしてニュースを探す。
 見つけたニュースはまだ天気予報じゃなくて、なんとなくテレビを2人で眺めた。

「あ、それでね」

 設楽が何か言おうとしたタイミングで、耳にふとアナウンサーの声が飛び込んだ。

『刑法第39条を理由に、死刑求刑が破棄されるのは憲法の法のもとの平等に反するとして、被害者の家族団体が今日、京都地方裁判所に訴状を提出しました』

 テレビに大写しになるのは、裁判所の映像だろう、茶色い建物。

『これは、京都市の公園で2××××年に起きた無差別殺傷事件の犯人、坂ケ崎秀男受刑囚が犯行当時の心神喪失を理由に、大阪高裁が京都地裁判決の死刑を破棄、無期懲役の判決を下した件が発端となっています』

 画面に映るのは、京都市内の公園。
 設楽は呆然とそれを見ている。

「私、ここ、知ってる」

 呟くように、設楽は言った。
 俺は設楽からリモコンを奪い取って、テレビを消した。
 親父たちも黙り込んで設楽を見ている。

「黒田くん」

 設楽は顔を上げた。俺は頷く。設楽の顔は真っ青だった。

「あそこでな、おとうさん、競争しよう、言うてん」
「……ん」
「おかあさんと華が同じチームで、お父さんと競争な、言うてん。せやけど、ちゃうかってん。それな、お父さん、犯人捕まえるために、ひとりで犯人とこいって、そんで、私たち逃さなあかんから、せやからそういう嘘ついてっ」

 設楽は半ばパニックになったように、関西弁でそう喋る。俺は設楽の手をとる。

「設楽」
「おとうさんあそこで死んで、殺されたんや」

 設楽の綺麗な目から、ぼたぼたと涙が溢れて、俺は設楽を抱きしめた。

「思い出した。全部思い出した。全部全部」

 腕の中で設楽は震えた。

「こんなんなら、思い出したくなかった」

 血を吐くように、設楽は呟いた。肺から出るような、声だった。
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