【本編完結】セカンド彼女になりがちアラサー、悪役令嬢に転生する

にしのムラサキ

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【高校編】分岐・黒田健

【side健】理由

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 設楽のばーさんが俺の家まで迎えに来たけど、設楽は俺にくっついて離れようとしなかった。
 俺の家の玄関先、そこで、設楽は俺にくっついて、時々思い出したように泣く。

「設楽」
「……うん」

 そう返事はするものの、俺の服を掴む手が緩むことはない。
 そこにあるのは、どんな感情なのか。
 俺は設楽の手を撫でる。
 ひどく、冷たかった。

「華、黒田くんのご両親にもご迷惑でしょう」

 びくりと肩を揺らす設楽の背後から「ウチは大丈夫で」「むしろずっといてもらっても」なんて言ってるのは親父と、さっき仕事から帰宅したかーさんだ。

「華」

 ばーさんの少し厳しくなった声に、それでも設楽はいやいやというように首を振った。

「黒田くんから離れたくない」

 絞り出すような声に、俺は胸が痛む。

「……怖い」

 そこからは、何を聞いても「怖いから」「離れたくない」の一点張り、だった。
 最後にはばーさんも音を上げて「今日だけお願いします」と言い残し、何度も親父とかーさんに頭を下げて帰って行った。

「……ごめんなさい」

 震える声で、設楽は(それでも俺から離れずに)親父たちに謝る。
 親父もかーさんも「むしろ嬉しい」「このまま娘になったらいい」なんて言って笑う。
 設楽も、少しだけ笑った。

(問題は、なぁ)

 風呂だ。別に入らなくてもいいんだけど。
 少し落ち着いた設楽は「お風呂、待ってる」と言って少しだけ微笑んだ。

「大丈夫か? テレビでも見てるか」

 もうずいぶん遅い時間だ。ニュースさえ避ければ見れるだろうし、と設楽(相変わらず俺の服を離さない)をみると、俺を見上げる潤んだ目と目が合う。

「……」
「洗面所で待ってる」

 俺は一瞬迷って、頷いた。
 洗面所で、やっと設楽は俺から離れる。少し震えていた。

「別に、今日入んなくても」
「部活、あったでしょ? さっぱりしたいよね、ごめん」

 設楽は大丈夫だよ、と微笑んで背中を向けた。
 ……つか、汗くせぇかな。
 さっさと服を脱いでざっと入って上がるべきだな、これは。
 風呂のドアは少しだけ開けて、俺はシャワーをざっと浴びてサッサと出た。

「設楽」
「早くない? わぁ」

 設楽は俺がさっき脱いだ服を抱え込んで、床に座り込んで振り返った。
 まだ上半身裸の俺を見て、設楽の顔は耳まで赤い。

「ご、ごごごごごごめん」
「いや別に」

 上半身くらい、なぁ。
 つかまだ慣れねーのか。海だのなんだの行ってんのになぁ。

(つうか)

 なんで俺の服抱きしめてんだろ、と思った矢先、設楽はきゅうと俺に抱きつく。

「本物のほうがいい」
「……」

 こんな時じゃなかったら、さすがに俺の理性もヤバかったかもしれねーぞ馬鹿、と心で苦情を呈しつつ、設楽の頬をさらりと撫でた。

「設楽も風呂、入ってくるか? ここでちゃんと待ってるから」
「……でも」
「俺のでよけりゃ服あるし」

 かーさんのは遠慮してしまうだろうから。

「制服のままでいんのもシンドイだろ」

 そう言うと、設楽は少しの迷いを見せつつ、こくりと頷いた。
 俺から離れない設楽を半ば抱き上げるようにしつつ、二階の俺の部屋からまだ綺麗目なTシャツとスウェットを引っ張り出す。
 それから風呂に戻って、設楽は少し迷いつつ、俺から離れた。俺は背を向けて「ゆっくり入れよ」と声をかけた。

「うん」

 設楽の声と、服を脱ぐ衣擦れの音。

(……心頭滅却)

 こんな時に使う四字熟語かどうかは知んねーけど、とにかく浮かんだのはこの四文字だった。
 やがて、シャワーの音がして少し気が緩む。
 と、ガタリと風呂場から大きな音がした。

「おい」

 反射的に振り返って、かといってドアを開けるのは躊躇する。

「設楽、設楽?」

 ザアザアというシャワーの音、風呂場のすりガラス越しに見える設楽のシルエットは、……座り込んでいるように見えた。

「……っ、華!」

 思わず近くにあったバスタオルをにぎりしめて、ドアを開ける。
 設楽は半分倒れるみたいにしながら、泣きながら荒い呼吸を繰り返していた。

(過呼吸)

 こうなる設楽を見るのは、中学ぶりか。シャワーを止めて、設楽にバスタオルをかぶせた。
 それからぎゅうっと抱きしめて、ひたすら設楽が落ち着くのを待つ。

「華、華」

 名前を呼ぶ。何度も。
 やがて設楽の体から、ゆっくりと強張りが解けていく。

「……あの、ごめんね」
「なにが」
「服、びしょびしょ」

 なんだ俺の服の話か、と俺は頷く。

「乾燥機かけるから心配すんな」

 設楽は軽く首を傾げた。
 その設楽を正面から見てしまって、慌てて目を逸らす。

(綺麗だった)

 素直に、そう思ってしまった。

「え、あ、うわ、ごめん」

 慌てて設楽はバスタオル掻き寄せた。
 その設楽を抱き上げて、脱衣所で下ろす。

「服着たらおしえてくれ」
「うん」

 しばらくまた、衣擦れの音。

「できたよ」

 その声に振り向くと、ぶかぶかのスウェットをなんとか着てる設楽。
 初めてじゃねーけど、髪はまだ濡れてるし、なんつうか、なぁ。

「設楽」

 名前を呼ぶと、狭い洗面所なのに、それでも小走りのように俺にしがみついてくる。

「黒田くん」
「どうした」
「黒田くんは、死なないよね」

 震える声で設楽がそう言って、俺はやっと設楽が何に恐怖しているかを悟った。
 設楽はもう、何も失いたくないんだ。
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