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【高校編】分岐・黒田健
【side健】理由
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設楽のばーさんが俺の家まで迎えに来たけど、設楽は俺にくっついて離れようとしなかった。
俺の家の玄関先、そこで、設楽は俺にくっついて、時々思い出したように泣く。
「設楽」
「……うん」
そう返事はするものの、俺の服を掴む手が緩むことはない。
そこにあるのは、どんな感情なのか。
俺は設楽の手を撫でる。
ひどく、冷たかった。
「華、黒田くんのご両親にもご迷惑でしょう」
びくりと肩を揺らす設楽の背後から「ウチは大丈夫で」「むしろずっといてもらっても」なんて言ってるのは親父と、さっき仕事から帰宅したかーさんだ。
「華」
ばーさんの少し厳しくなった声に、それでも設楽はいやいやというように首を振った。
「黒田くんから離れたくない」
絞り出すような声に、俺は胸が痛む。
「……怖い」
そこからは、何を聞いても「怖いから」「離れたくない」の一点張り、だった。
最後にはばーさんも音を上げて「今日だけお願いします」と言い残し、何度も親父とかーさんに頭を下げて帰って行った。
「……ごめんなさい」
震える声で、設楽は(それでも俺から離れずに)親父たちに謝る。
親父もかーさんも「むしろ嬉しい」「このまま娘になったらいい」なんて言って笑う。
設楽も、少しだけ笑った。
(問題は、なぁ)
風呂だ。別に入らなくてもいいんだけど。
少し落ち着いた設楽は「お風呂、待ってる」と言って少しだけ微笑んだ。
「大丈夫か? テレビでも見てるか」
もうずいぶん遅い時間だ。ニュースさえ避ければ見れるだろうし、と設楽(相変わらず俺の服を離さない)をみると、俺を見上げる潤んだ目と目が合う。
「……」
「洗面所で待ってる」
俺は一瞬迷って、頷いた。
洗面所で、やっと設楽は俺から離れる。少し震えていた。
「別に、今日入んなくても」
「部活、あったでしょ? さっぱりしたいよね、ごめん」
設楽は大丈夫だよ、と微笑んで背中を向けた。
……つか、汗くせぇかな。
さっさと服を脱いでざっと入って上がるべきだな、これは。
風呂のドアは少しだけ開けて、俺はシャワーをざっと浴びてサッサと出た。
「設楽」
「早くない? わぁ」
設楽は俺がさっき脱いだ服を抱え込んで、床に座り込んで振り返った。
まだ上半身裸の俺を見て、設楽の顔は耳まで赤い。
「ご、ごごごごごごめん」
「いや別に」
上半身くらい、なぁ。
つかまだ慣れねーのか。海だのなんだの行ってんのになぁ。
(つうか)
なんで俺の服抱きしめてんだろ、と思った矢先、設楽はきゅうと俺に抱きつく。
「本物のほうがいい」
「……」
こんな時じゃなかったら、さすがに俺の理性もヤバかったかもしれねーぞ馬鹿、と心で苦情を呈しつつ、設楽の頬をさらりと撫でた。
「設楽も風呂、入ってくるか? ここでちゃんと待ってるから」
「……でも」
「俺のでよけりゃ服あるし」
かーさんのは遠慮してしまうだろうから。
「制服のままでいんのもシンドイだろ」
そう言うと、設楽は少しの迷いを見せつつ、こくりと頷いた。
俺から離れない設楽を半ば抱き上げるようにしつつ、二階の俺の部屋からまだ綺麗目なTシャツとスウェットを引っ張り出す。
それから風呂に戻って、設楽は少し迷いつつ、俺から離れた。俺は背を向けて「ゆっくり入れよ」と声をかけた。
「うん」
設楽の声と、服を脱ぐ衣擦れの音。
(……心頭滅却)
こんな時に使う四字熟語かどうかは知んねーけど、とにかく浮かんだのはこの四文字だった。
やがて、シャワーの音がして少し気が緩む。
と、ガタリと風呂場から大きな音がした。
「おい」
反射的に振り返って、かといってドアを開けるのは躊躇する。
「設楽、設楽?」
ザアザアというシャワーの音、風呂場のすりガラス越しに見える設楽のシルエットは、……座り込んでいるように見えた。
「……っ、華!」
思わず近くにあったバスタオルをにぎりしめて、ドアを開ける。
設楽は半分倒れるみたいにしながら、泣きながら荒い呼吸を繰り返していた。
(過呼吸)
こうなる設楽を見るのは、中学ぶりか。シャワーを止めて、設楽にバスタオルをかぶせた。
それからぎゅうっと抱きしめて、ひたすら設楽が落ち着くのを待つ。
「華、華」
名前を呼ぶ。何度も。
やがて設楽の体から、ゆっくりと強張りが解けていく。
「……あの、ごめんね」
「なにが」
「服、びしょびしょ」
なんだ俺の服の話か、と俺は頷く。
「乾燥機かけるから心配すんな」
設楽は軽く首を傾げた。
その設楽を正面から見てしまって、慌てて目を逸らす。
(綺麗だった)
素直に、そう思ってしまった。
「え、あ、うわ、ごめん」
慌てて設楽はバスタオル掻き寄せた。
その設楽を抱き上げて、脱衣所で下ろす。
「服着たらおしえてくれ」
「うん」
しばらくまた、衣擦れの音。
「できたよ」
その声に振り向くと、ぶかぶかのスウェットをなんとか着てる設楽。
初めてじゃねーけど、髪はまだ濡れてるし、なんつうか、なぁ。
「設楽」
名前を呼ぶと、狭い洗面所なのに、それでも小走りのように俺にしがみついてくる。
「黒田くん」
「どうした」
「黒田くんは、死なないよね」
震える声で設楽がそう言って、俺はやっと設楽が何に恐怖しているかを悟った。
設楽はもう、何も失いたくないんだ。
俺の家の玄関先、そこで、設楽は俺にくっついて、時々思い出したように泣く。
「設楽」
「……うん」
そう返事はするものの、俺の服を掴む手が緩むことはない。
そこにあるのは、どんな感情なのか。
俺は設楽の手を撫でる。
ひどく、冷たかった。
「華、黒田くんのご両親にもご迷惑でしょう」
びくりと肩を揺らす設楽の背後から「ウチは大丈夫で」「むしろずっといてもらっても」なんて言ってるのは親父と、さっき仕事から帰宅したかーさんだ。
「華」
ばーさんの少し厳しくなった声に、それでも設楽はいやいやというように首を振った。
「黒田くんから離れたくない」
絞り出すような声に、俺は胸が痛む。
「……怖い」
そこからは、何を聞いても「怖いから」「離れたくない」の一点張り、だった。
最後にはばーさんも音を上げて「今日だけお願いします」と言い残し、何度も親父とかーさんに頭を下げて帰って行った。
「……ごめんなさい」
震える声で、設楽は(それでも俺から離れずに)親父たちに謝る。
親父もかーさんも「むしろ嬉しい」「このまま娘になったらいい」なんて言って笑う。
設楽も、少しだけ笑った。
(問題は、なぁ)
風呂だ。別に入らなくてもいいんだけど。
少し落ち着いた設楽は「お風呂、待ってる」と言って少しだけ微笑んだ。
「大丈夫か? テレビでも見てるか」
もうずいぶん遅い時間だ。ニュースさえ避ければ見れるだろうし、と設楽(相変わらず俺の服を離さない)をみると、俺を見上げる潤んだ目と目が合う。
「……」
「洗面所で待ってる」
俺は一瞬迷って、頷いた。
洗面所で、やっと設楽は俺から離れる。少し震えていた。
「別に、今日入んなくても」
「部活、あったでしょ? さっぱりしたいよね、ごめん」
設楽は大丈夫だよ、と微笑んで背中を向けた。
……つか、汗くせぇかな。
さっさと服を脱いでざっと入って上がるべきだな、これは。
風呂のドアは少しだけ開けて、俺はシャワーをざっと浴びてサッサと出た。
「設楽」
「早くない? わぁ」
設楽は俺がさっき脱いだ服を抱え込んで、床に座り込んで振り返った。
まだ上半身裸の俺を見て、設楽の顔は耳まで赤い。
「ご、ごごごごごごめん」
「いや別に」
上半身くらい、なぁ。
つかまだ慣れねーのか。海だのなんだの行ってんのになぁ。
(つうか)
なんで俺の服抱きしめてんだろ、と思った矢先、設楽はきゅうと俺に抱きつく。
「本物のほうがいい」
「……」
こんな時じゃなかったら、さすがに俺の理性もヤバかったかもしれねーぞ馬鹿、と心で苦情を呈しつつ、設楽の頬をさらりと撫でた。
「設楽も風呂、入ってくるか? ここでちゃんと待ってるから」
「……でも」
「俺のでよけりゃ服あるし」
かーさんのは遠慮してしまうだろうから。
「制服のままでいんのもシンドイだろ」
そう言うと、設楽は少しの迷いを見せつつ、こくりと頷いた。
俺から離れない設楽を半ば抱き上げるようにしつつ、二階の俺の部屋からまだ綺麗目なTシャツとスウェットを引っ張り出す。
それから風呂に戻って、設楽は少し迷いつつ、俺から離れた。俺は背を向けて「ゆっくり入れよ」と声をかけた。
「うん」
設楽の声と、服を脱ぐ衣擦れの音。
(……心頭滅却)
こんな時に使う四字熟語かどうかは知んねーけど、とにかく浮かんだのはこの四文字だった。
やがて、シャワーの音がして少し気が緩む。
と、ガタリと風呂場から大きな音がした。
「おい」
反射的に振り返って、かといってドアを開けるのは躊躇する。
「設楽、設楽?」
ザアザアというシャワーの音、風呂場のすりガラス越しに見える設楽のシルエットは、……座り込んでいるように見えた。
「……っ、華!」
思わず近くにあったバスタオルをにぎりしめて、ドアを開ける。
設楽は半分倒れるみたいにしながら、泣きながら荒い呼吸を繰り返していた。
(過呼吸)
こうなる設楽を見るのは、中学ぶりか。シャワーを止めて、設楽にバスタオルをかぶせた。
それからぎゅうっと抱きしめて、ひたすら設楽が落ち着くのを待つ。
「華、華」
名前を呼ぶ。何度も。
やがて設楽の体から、ゆっくりと強張りが解けていく。
「……あの、ごめんね」
「なにが」
「服、びしょびしょ」
なんだ俺の服の話か、と俺は頷く。
「乾燥機かけるから心配すんな」
設楽は軽く首を傾げた。
その設楽を正面から見てしまって、慌てて目を逸らす。
(綺麗だった)
素直に、そう思ってしまった。
「え、あ、うわ、ごめん」
慌てて設楽はバスタオル掻き寄せた。
その設楽を抱き上げて、脱衣所で下ろす。
「服着たらおしえてくれ」
「うん」
しばらくまた、衣擦れの音。
「できたよ」
その声に振り向くと、ぶかぶかのスウェットをなんとか着てる設楽。
初めてじゃねーけど、髪はまだ濡れてるし、なんつうか、なぁ。
「設楽」
名前を呼ぶと、狭い洗面所なのに、それでも小走りのように俺にしがみついてくる。
「黒田くん」
「どうした」
「黒田くんは、死なないよね」
震える声で設楽がそう言って、俺はやっと設楽が何に恐怖しているかを悟った。
設楽はもう、何も失いたくないんだ。
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