【本編完結】セカンド彼女になりがちアラサー、悪役令嬢に転生する

にしのムラサキ

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【高校編】分岐・黒田健

【side健】傷

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 くっつき飽きるまでーーとは言ったものの、その翌日には設楽はちゃんと学校へ向かって行った。
 俺も学校へ行って、いつも通りに過ごす。けど、帰宅したら設楽がいた。

「……ごめんなさい」
「いや」

 リビングでソファに座りこんで、かーさんがよしよし、と背中を撫でている。

「おばあさんには、ウチでまた預かりますって連絡してあるから」

 頷きながら、かーさんと場所を変わって、設楽に寄り添う。ぽろりと涙が溢れて、ちょっとぎょっとしながら慌てて抱きしめた。

「どうした」
「ごめん、ごめんなさい、ごめんね」

 色んな夢を見るの、と設楽は言った。

「消えてた記憶がね、夢にどんどん出てくるの。怖くて、怖くて」
「前も見てたよな」

 うん、と設楽は頷いた。

「でもあんな感じの、じゃ、なくって」

 設楽はしゃくりあげた。

「おとうさんが、死ぬときと、お母さんが、死ぬときの夢、交互に……見るの」

 ぎゅっと抱きしめる。なんだそれ。

(なんで設楽が、そんな思いしなきゃなんねーんだ)

 普通に暮らしてたはずだ。
 普通に、穏やかに。
 頭を撫でているうちに、すう、と設楽の身体から力が抜けた。
 規則的な寝息。

「……俺の部屋で寝かすわ」
「うん」

 かーさんも心配そうに見ていた。
 抱き上げて、二階まで運ぶ。そっとベッドに寝かせて、布団をかけた。制服だけど、しゃーない。
 心配だったから、その横で机に向かう。どうせだから宿題やっちまおう。

「健」

 しばらくすると、かーさんのこっそりとした声。

「ご飯、どうする?」
「……食う」

 ベッドの設楽は深く眠っているようだった。うなされている感じもない。
 リビングに降りると、親父も帰宅していた。

「健、ほら、あれ。見張りの件、ちゃんとやってるから」
「あー。あざす」
「何その言い方……」

 桜澤の件、ちゃんと見てもらえてるらしくて安心する。

「華さん寝てるんだって?」
「おう」
「大丈夫かな」

 かーさんはチラチラとドアの方を見ていた。

「飯食ったらすぐ戻るわ」
「そうしてあげて……きついわねぇ」

 俺は眉を上げた。きつい? どれが?

「ああ、華ちゃんがね……。あの子、多分、一番大事な人が死んじゃったらどうしよう、って強迫観念でいっぱいなのよね」

 かーさんは気遣わしそうに親父を見る。

「この人といっしょ」
「親父?」

 親父は気まずそうに目線を逸らした。

「アタシとあんたが死にかけてから、しばらく変だった。寝てたら息してるか確かめにくるし、赤ちゃんだったアンタが死なないか心配で一晩中起きて見張ってたこともある」
「メーワクなやつだな」
「……心配だったんだ」

 親父の目線は味噌汁の中。

「突然置いていかれそうになる、あの不安と恐怖は、正直もう味わいたくない……」

 親父からこんな弱音が漏れるのはとてもレアなので、少し驚く。

「それを、華さんは……実際に亡くしていて。それも、子供の頃に」

 俺も黙る。

「怖くて仕方ないんだと思うよ。だから、今は……健、そばにいてあげて」

 親父とかーさんが、やけに設楽に同情的な理由が分かって、なんとなく腑に落ちた。そーいうことか。
 突然、バタバタと音がした。階段を駆け下りる音。俺は立ち上がり、リビングのドアを開いた。
 階段を降りたところに、設楽が半泣きで震えていた。

「……あ」
「設楽」
「ごめ、うるさかった」

 戸惑うように謝る設楽を抱きしめる。

「ごめん、一人にした」
「ちが、ごめん、私が」
「設楽は悪くない」

 ぎゅうぎゅうと抱きしめる。
 心音が聞こえるように。
 俺は生きてると誇示するように。

「なぁ、設楽」
「なぁに」
「俺さ、結構強いんだ」
「……知ってるよ?」
「だからな、簡単には死なねーから」
「……っ、分かんない」

 設楽が俺を抱きしめる手に、力が入る。

「分かんないよ!? お父さんだって、強かった。おまわりさんだったの。ひとりで日本刀振り回してるおじさん、取り押さえられるくらい、強かったの!」

 設楽は俺を見上げた。涙でぐしゃぐしゃの顔。

「……でも死んじゃったぁ」

 ぽろぽろと溢れる涙。

「殺されたの」
「設楽」
「は、犯人はっ」

 苦しそうに、設楽は言った。

「生きてるの! 刑務所で、三食食べて、お風呂も入って、テレビも見れる。お、お父さんは、いっこもできないのに」
「うん」
「なんで、なんで、なんで? 病気だったら許されるの? 病気だったら、ヒトを殺してもいいの」
「設楽」
「なんで」

 設楽はかぶりをふる。

「黒田くん、死なないで」
「死ぬか」
「絶対に死なないで」
「おう」
「私より先に死なないで」

 絶対に後で死んで、と設楽は俺を見上げる。強い目だった。脅しているような、そんな目をしていた。

「約束する」

 俺は、お前より先に死なない。

「絶対に?」
「絶対。俺、約束破ったことあったっけ」
「……ある」
「あるな、結構あるよな」

 顔を見合わせて、設楽が少し笑った。俺も笑ってみせる。

「でもこれだけは絶対だ。なにがあっても」
「……うん」

 設楽を抱きしめ直して、落ち着いたっぽいから聞いてみる。

「メシ、食う?」
「ええと」

 迷ったような設楽の腹から、ぐうと小さな音。

「…….肉団子の餡掛け」
「あう、いただきます」

 メニューを告げると、設楽はへにゃりと笑って、やっぱり俺は設楽のこういう顔が一番好きだなと思う。
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