495 / 702
【高校編】分岐・黒田健
【side健】傷
しおりを挟む
くっつき飽きるまでーーとは言ったものの、その翌日には設楽はちゃんと学校へ向かって行った。
俺も学校へ行って、いつも通りに過ごす。けど、帰宅したら設楽がいた。
「……ごめんなさい」
「いや」
リビングでソファに座りこんで、かーさんがよしよし、と背中を撫でている。
「おばあさんには、ウチでまた預かりますって連絡してあるから」
頷きながら、かーさんと場所を変わって、設楽に寄り添う。ぽろりと涙が溢れて、ちょっとぎょっとしながら慌てて抱きしめた。
「どうした」
「ごめん、ごめんなさい、ごめんね」
色んな夢を見るの、と設楽は言った。
「消えてた記憶がね、夢にどんどん出てくるの。怖くて、怖くて」
「前も見てたよな」
うん、と設楽は頷いた。
「でもあんな感じの、じゃ、なくって」
設楽はしゃくりあげた。
「おとうさんが、死ぬときと、お母さんが、死ぬときの夢、交互に……見るの」
ぎゅっと抱きしめる。なんだそれ。
(なんで設楽が、そんな思いしなきゃなんねーんだ)
普通に暮らしてたはずだ。
普通に、穏やかに。
頭を撫でているうちに、すう、と設楽の身体から力が抜けた。
規則的な寝息。
「……俺の部屋で寝かすわ」
「うん」
かーさんも心配そうに見ていた。
抱き上げて、二階まで運ぶ。そっとベッドに寝かせて、布団をかけた。制服だけど、しゃーない。
心配だったから、その横で机に向かう。どうせだから宿題やっちまおう。
「健」
しばらくすると、かーさんのこっそりとした声。
「ご飯、どうする?」
「……食う」
ベッドの設楽は深く眠っているようだった。うなされている感じもない。
リビングに降りると、親父も帰宅していた。
「健、ほら、あれ。見張りの件、ちゃんとやってるから」
「あー。あざす」
「何その言い方……」
桜澤の件、ちゃんと見てもらえてるらしくて安心する。
「華さん寝てるんだって?」
「おう」
「大丈夫かな」
かーさんはチラチラとドアの方を見ていた。
「飯食ったらすぐ戻るわ」
「そうしてあげて……きついわねぇ」
俺は眉を上げた。きつい? どれが?
「ああ、華ちゃんがね……。あの子、多分、一番大事な人が死んじゃったらどうしよう、って強迫観念でいっぱいなのよね」
かーさんは気遣わしそうに親父を見る。
「この人といっしょ」
「親父?」
親父は気まずそうに目線を逸らした。
「アタシとあんたが死にかけてから、しばらく変だった。寝てたら息してるか確かめにくるし、赤ちゃんだったアンタが死なないか心配で一晩中起きて見張ってたこともある」
「メーワクなやつだな」
「……心配だったんだ」
親父の目線は味噌汁の中。
「突然置いていかれそうになる、あの不安と恐怖は、正直もう味わいたくない……」
親父からこんな弱音が漏れるのはとてもレアなので、少し驚く。
「それを、華さんは……実際に亡くしていて。それも、子供の頃に」
俺も黙る。
「怖くて仕方ないんだと思うよ。だから、今は……健、そばにいてあげて」
親父とかーさんが、やけに設楽に同情的な理由が分かって、なんとなく腑に落ちた。そーいうことか。
突然、バタバタと音がした。階段を駆け下りる音。俺は立ち上がり、リビングのドアを開いた。
階段を降りたところに、設楽が半泣きで震えていた。
「……あ」
「設楽」
「ごめ、うるさかった」
戸惑うように謝る設楽を抱きしめる。
「ごめん、一人にした」
「ちが、ごめん、私が」
「設楽は悪くない」
ぎゅうぎゅうと抱きしめる。
心音が聞こえるように。
俺は生きてると誇示するように。
「なぁ、設楽」
「なぁに」
「俺さ、結構強いんだ」
「……知ってるよ?」
「だからな、簡単には死なねーから」
「……っ、分かんない」
設楽が俺を抱きしめる手に、力が入る。
「分かんないよ!? お父さんだって、強かった。おまわりさんだったの。ひとりで日本刀振り回してるおじさん、取り押さえられるくらい、強かったの!」
設楽は俺を見上げた。涙でぐしゃぐしゃの顔。
「……でも死んじゃったぁ」
ぽろぽろと溢れる涙。
「殺されたの」
「設楽」
「は、犯人はっ」
苦しそうに、設楽は言った。
「生きてるの! 刑務所で、三食食べて、お風呂も入って、テレビも見れる。お、お父さんは、いっこもできないのに」
「うん」
「なんで、なんで、なんで? 病気だったら許されるの? 病気だったら、ヒトを殺してもいいの」
「設楽」
「なんで」
設楽はかぶりをふる。
「黒田くん、死なないで」
「死ぬか」
「絶対に死なないで」
「おう」
「私より先に死なないで」
絶対に後で死んで、と設楽は俺を見上げる。強い目だった。脅しているような、そんな目をしていた。
「約束する」
俺は、お前より先に死なない。
「絶対に?」
「絶対。俺、約束破ったことあったっけ」
「……ある」
「あるな、結構あるよな」
顔を見合わせて、設楽が少し笑った。俺も笑ってみせる。
「でもこれだけは絶対だ。なにがあっても」
「……うん」
設楽を抱きしめ直して、落ち着いたっぽいから聞いてみる。
「メシ、食う?」
「ええと」
迷ったような設楽の腹から、ぐうと小さな音。
「…….肉団子の餡掛け」
「あう、いただきます」
メニューを告げると、設楽はへにゃりと笑って、やっぱり俺は設楽のこういう顔が一番好きだなと思う。
俺も学校へ行って、いつも通りに過ごす。けど、帰宅したら設楽がいた。
「……ごめんなさい」
「いや」
リビングでソファに座りこんで、かーさんがよしよし、と背中を撫でている。
「おばあさんには、ウチでまた預かりますって連絡してあるから」
頷きながら、かーさんと場所を変わって、設楽に寄り添う。ぽろりと涙が溢れて、ちょっとぎょっとしながら慌てて抱きしめた。
「どうした」
「ごめん、ごめんなさい、ごめんね」
色んな夢を見るの、と設楽は言った。
「消えてた記憶がね、夢にどんどん出てくるの。怖くて、怖くて」
「前も見てたよな」
うん、と設楽は頷いた。
「でもあんな感じの、じゃ、なくって」
設楽はしゃくりあげた。
「おとうさんが、死ぬときと、お母さんが、死ぬときの夢、交互に……見るの」
ぎゅっと抱きしめる。なんだそれ。
(なんで設楽が、そんな思いしなきゃなんねーんだ)
普通に暮らしてたはずだ。
普通に、穏やかに。
頭を撫でているうちに、すう、と設楽の身体から力が抜けた。
規則的な寝息。
「……俺の部屋で寝かすわ」
「うん」
かーさんも心配そうに見ていた。
抱き上げて、二階まで運ぶ。そっとベッドに寝かせて、布団をかけた。制服だけど、しゃーない。
心配だったから、その横で机に向かう。どうせだから宿題やっちまおう。
「健」
しばらくすると、かーさんのこっそりとした声。
「ご飯、どうする?」
「……食う」
ベッドの設楽は深く眠っているようだった。うなされている感じもない。
リビングに降りると、親父も帰宅していた。
「健、ほら、あれ。見張りの件、ちゃんとやってるから」
「あー。あざす」
「何その言い方……」
桜澤の件、ちゃんと見てもらえてるらしくて安心する。
「華さん寝てるんだって?」
「おう」
「大丈夫かな」
かーさんはチラチラとドアの方を見ていた。
「飯食ったらすぐ戻るわ」
「そうしてあげて……きついわねぇ」
俺は眉を上げた。きつい? どれが?
「ああ、華ちゃんがね……。あの子、多分、一番大事な人が死んじゃったらどうしよう、って強迫観念でいっぱいなのよね」
かーさんは気遣わしそうに親父を見る。
「この人といっしょ」
「親父?」
親父は気まずそうに目線を逸らした。
「アタシとあんたが死にかけてから、しばらく変だった。寝てたら息してるか確かめにくるし、赤ちゃんだったアンタが死なないか心配で一晩中起きて見張ってたこともある」
「メーワクなやつだな」
「……心配だったんだ」
親父の目線は味噌汁の中。
「突然置いていかれそうになる、あの不安と恐怖は、正直もう味わいたくない……」
親父からこんな弱音が漏れるのはとてもレアなので、少し驚く。
「それを、華さんは……実際に亡くしていて。それも、子供の頃に」
俺も黙る。
「怖くて仕方ないんだと思うよ。だから、今は……健、そばにいてあげて」
親父とかーさんが、やけに設楽に同情的な理由が分かって、なんとなく腑に落ちた。そーいうことか。
突然、バタバタと音がした。階段を駆け下りる音。俺は立ち上がり、リビングのドアを開いた。
階段を降りたところに、設楽が半泣きで震えていた。
「……あ」
「設楽」
「ごめ、うるさかった」
戸惑うように謝る設楽を抱きしめる。
「ごめん、一人にした」
「ちが、ごめん、私が」
「設楽は悪くない」
ぎゅうぎゅうと抱きしめる。
心音が聞こえるように。
俺は生きてると誇示するように。
「なぁ、設楽」
「なぁに」
「俺さ、結構強いんだ」
「……知ってるよ?」
「だからな、簡単には死なねーから」
「……っ、分かんない」
設楽が俺を抱きしめる手に、力が入る。
「分かんないよ!? お父さんだって、強かった。おまわりさんだったの。ひとりで日本刀振り回してるおじさん、取り押さえられるくらい、強かったの!」
設楽は俺を見上げた。涙でぐしゃぐしゃの顔。
「……でも死んじゃったぁ」
ぽろぽろと溢れる涙。
「殺されたの」
「設楽」
「は、犯人はっ」
苦しそうに、設楽は言った。
「生きてるの! 刑務所で、三食食べて、お風呂も入って、テレビも見れる。お、お父さんは、いっこもできないのに」
「うん」
「なんで、なんで、なんで? 病気だったら許されるの? 病気だったら、ヒトを殺してもいいの」
「設楽」
「なんで」
設楽はかぶりをふる。
「黒田くん、死なないで」
「死ぬか」
「絶対に死なないで」
「おう」
「私より先に死なないで」
絶対に後で死んで、と設楽は俺を見上げる。強い目だった。脅しているような、そんな目をしていた。
「約束する」
俺は、お前より先に死なない。
「絶対に?」
「絶対。俺、約束破ったことあったっけ」
「……ある」
「あるな、結構あるよな」
顔を見合わせて、設楽が少し笑った。俺も笑ってみせる。
「でもこれだけは絶対だ。なにがあっても」
「……うん」
設楽を抱きしめ直して、落ち着いたっぽいから聞いてみる。
「メシ、食う?」
「ええと」
迷ったような設楽の腹から、ぐうと小さな音。
「…….肉団子の餡掛け」
「あう、いただきます」
メニューを告げると、設楽はへにゃりと笑って、やっぱり俺は設楽のこういう顔が一番好きだなと思う。
0
あなたにおすすめの小説
傷物令嬢は魔法使いの力を借りて婚約者を幸せにしたい
棗
恋愛
ローゼライト=シーラデンの額には傷がある。幼い頃、幼馴染のラルスに負わされた傷で責任を取る為に婚約が結ばれた。
しかしローゼライトは知っている。ラルスには他に愛する人がいると。この婚約はローゼライトの額に傷を負わせてしまったが為の婚約で、ラルスの気持ちが自分にはないと。
そこで、子供の時から交流のある魔法使いダヴィデにラルスとの婚約解消をしたいと依頼をするのであった。
ナイスミドルな国王に生まれ変わったことを利用してヒロインを成敗する
ぴぴみ
恋愛
少し前まで普通のアラサーOLだった莉乃。ある時目を覚ますとなんだか身体が重いことに気がついて…。声は低いバリトン。鏡に写るはナイスミドルなおじ様。
皆畏れるような眼差しで私を陛下と呼ぶ。
ヒロインが悪役令嬢からの被害を訴える。元女として前世の記憶持ちとしてこの状況違和感しかないのですが…。
なんとか成敗してみたい。
彼女が高級娼婦と呼ばれる理由~元悪役令嬢の戦慄の日々~
プラネットプラント
恋愛
婚約者である王子の恋人をいじめたと婚約破棄され、実家から縁を切られたライラは娼館で暮らすことになる。だが、訪れる人々のせいでライラは怯えていた。
※完結済。
婚約者に毒を飲まされた私から【毒を分解しました】と聞こえてきました。え?
こん
恋愛
成人パーティーに参加した私は言われのない罪で婚約者に問い詰められ、遂には毒殺をしようとしたと疑われる。
「あくまでシラを切るつもりだな。だが、これもお前がこれを飲めばわかる話だ。これを飲め!」
そう言って婚約者は毒の入ったグラスを渡す。渡された私は躊躇なくグラスを一気に煽る。味は普通だ。しかし、飲んでから30秒経ったあたりで苦しくなり初め、もう無理かも知れないと思った時だった。
【毒を検知しました】
「え?」
私から感情のない声がし、しまいには毒を分解してしまった。私が驚いている所に友達の魔法使いが駆けつける。
※なろう様で掲載した作品を少し変えたものです
【完結】転生したらラスボスの毒継母でした!
白雨 音
恋愛
妹シャルリーヌに裕福な辺境伯から結婚の打診があったと知り、アマンディーヌはシャルリーヌと入れ替わろうと画策する。
辺境伯からは「息子の為の白い結婚、いずれ解消する」と宣言されるが、アマンディーヌにとっても都合が良かった。「辺境伯の財で派手に遊び暮らせるなんて最高!」義理の息子など放置して遊び歩く気満々だったが、義理の息子に会った瞬間、卒倒した。
夢の中、前世で読んだ小説を思い出し、義理の息子は将来世界を破滅させようとするラスボスで、自分はその一因を作った毒継母だと知った。破滅もだが、何より自分の死の回避の為に、義理の息子を真っ当な人間に育てようと誓ったアマンディーヌの奮闘☆
異世界転生、家族愛、恋愛☆ 短めの長編(全二十一話です)
《完結しました》 お読み下さり、お気に入り、エール、いいね、ありがとうございます☆
逆ハーレムエンド? 現実を見て下さいませ
朝霞 花純@電子書籍発売中
恋愛
エリザベート・ラガルド公爵令嬢は溜息を吐く。
理由はとある男爵令嬢による逆ハーレム。
逆ハーレムのメンバーは彼女の婚約者のアレックス王太子殿下とその側近一同だ。
エリザベートは男爵令嬢に注意する為に逆ハーレムの元へ向かう。
すべてを思い出したのが、王太子と結婚した後でした
珠宮さくら
恋愛
ペチュニアが、乙女ゲームの世界に転生したと気づいた時には、すべてが終わっていた。
色々と始まらなさ過ぎて、同じ名前の令嬢が騒ぐのを見聞きして、ようやく思い出した時には王太子と結婚した後。
バグったせいか、ヒロインがヒロインらしくなかったせいか。ゲーム通りに何一ついかなかったが、ペチュニアは前世では出来なかったことをこの世界で満喫することになる。
※全4話。
【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました
佐倉穂波
恋愛
転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。
確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。
(そんな……死にたくないっ!)
乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。
2023.9.3 投稿分の改稿終了。
2023.9.4 表紙を作ってみました。
2023.9.15 完結。
2023.9.23 後日談を投稿しました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる