【本編完結】セカンド彼女になりがちアラサー、悪役令嬢に転生する

にしのムラサキ

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【高校編】分岐・山ノ内瑛

【最終話】坂の上に咲く桜【sideアキラ/華】

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【sideアキラ】

 結構急な坂を登っていく。途中、楽しそうな外国人観光客とすれ違う。ズンズン登る。まだ桜が散り終わってへんというのに、なんやすでに初夏っぽい日差しが少し暑い。

「……灯台下暗し、とはこのことやな」

 なんとなく、振り向きながら思う。
 眼下に広がるのは、慣れ親しんだ神戸の街並み。

「ほんまあのばーさん、いい性格してるわ」

 呟きながら、再び俺は歩き出した。

 そもそも、華がかつてーー俺と初めて会った時ーー入院してたんは、記憶を失くしてたんは、華の母親が殺された、そのショックから自分自身を守るため。
 せやから、それと同等のショックがあれば、また華は自分を守るために記憶なんか消してしまう、ことは十分にあり得ることらしかった。
 自分のせいで、大好きな母親が殺されたんやと知るのは、……多分、俺が想像する以上に、華の精神に負担をかけた。

「せやけど、そんなポンポン簡単に記憶なんか消えるモンすか」

 俺の問いに、華のばーさんは目を細めた。

「そもそも、仮の人格だったのじゃないか、ってお医者様はおっしゃるのよ」
「……仮?」
「そう」

 ばーさんは頷く。

「とりあえず、の。衝撃から自分の精神を守るための、……多重人格、とはまた違うのでしょうけれど」

 そうして続けた。

「あなたと過ごした七年間、あなたと恋した七年間、それは全部華にとって仮初めの偽物だったのかも」

 俺は黙る。
 忘れろ、そう言われているようで。
 せやけど、できひん。
 ……約束も、あるしな。

 それでも会いたい、そう嘆願するおれに、ばーさんは目を細めた。

「華を見つけることができたら」

 華のばーさんは言った。

「華は、とあるところで療養しています。ヒントは無し。ーーこれくらいできないようでは、華は任せられないわ」

 ふざけんなンなもんすぐ見つけたるわ、……そう思って、もう2年経つ。
 俺は足を進める。一歩一歩。
 もうすぐ、華に会える。

※※※


【side華】

 私と暮らしてるーーというか、お世話してくれてる相良さんと小西さんが、珍しく2人揃って出かけるというので、私は首を傾げた。

「デート?」
「「それは絶対にありません」」

 完璧なユニゾン。

「あは、お似合いだと思うのに」
「寒いことを言わないでください、華様」

 小西さんが鼻息荒く言う。

「このロリコンと恋するくらいなら、死を選びます。死を」
「ロリコン言うな」
「え、相良さんロリコンなの」
「違う!」

 そんなこんな、騒がしく玄関に向かう2人を見送る。

「華様、今日はお客様がいらっしゃいますから」
「え?」

 ぽかん、と小西さんを見つめる。
 お客様?

「誰?」

 小西さんは、笑うだけで。

「なぁ華」

 相良さんは振り向いて私を見る。

「別に、このまま3人で暮らすのも楽しいと思うぜ? 無理しなくても」
「はいはいアナタは黙って」
「痛い痛い痛い耳を引っ張るな」

 ワイワイ騒ぎながら坂を下っていく2人に手を振って、私はなんとなく庭にでる。
 ここは、神戸、北野、らしい。
 明治大正に建てられた異人館が立ち並ぶ、瀟洒なその街並みは、観光客も多く訪れる。
 そのうちひとつの建物、年月を経た小さな洋館で、私は暮らしている。
 名前は常盤華、というらしい。
 年齢は二十歳、らしい。
 とある資産家の孫娘で、事故で記憶喪失になった、らしい。
 ーーらしい、らしい、というのは、本当に記憶がないから。
 気がついたら、ここで相良さんと、小西さんと、暮らしていた。
 兄と姉のような、ふたり。
 庭から神戸の街並みを見下ろす。
 ビルの向こうに、青い海。
 きらきらと輝いて。
 さくさくと芝生を踏んで歩いて、庭にある、小さなベンチに腰掛けた。
 桜の木の下にあるこの場所は、結構お気に入り。
 見上げると、満開の桜が風に揺れている。
 初夏の風、というには少し早い、けれど爽やかな風。桜色を透かして、日の光が目に眩しい。
 その時、門の向こうに男の人が立っているのに気がついた。
 目立つ金髪。じっと私を見ている。

「?」

 あのひとが、お客様、かな?
 視線がかち合う。少しどきりとした。
 その人は、きいと門を開いて、庭に入ってくる。
 さくさくと芝生を踏んで、ゆっくりと私に近づいてきた。私は姿勢を正す。

「綺麗やな」
「?」
「桜が」
「ああ」

 私は見上げた。それから視線をその人に戻す。

「散りかけが、一番桜色が濃いですね」
「ああ、せやなぁ」

 男の人は目を細めて、桜を見上げた。
 私も桜を見る。しばらく、そうしていた。ざあ、と風が吹く。

「約束、覚えてる?」

 男の人に言われて、私は眉を下げた。

「約束……?」
「やっぱ覚えてへんか」

 男の人は、軽くかたをすくめる。

「ごめんなさい、私、……その、記憶が」
「ええねん、全然。そんなんは」

 男の人はにかっ、と笑って、私が座るベンチのすぐ下に片膝立ちで跪く。

「!? え、どうしたんですか?」
「プロポーズ」
「へ!?」

 男の人が取り出したのは、小さな紺色の箱、開けられたそこに光るのはキラリと光るダイヤモンド。

「結婚してください」
「えっと、その、え!?」

 にこにこと、太陽のように笑うその人から、目が逸らせない。
 その人が、ふと立ち上がって、私の頬に触れた。

「なんで泣くん?」
「えっ、と……なんでだろう」

 ぼたぼたと、涙が勝手に溢れてとまらない。

「泣き虫やな、華は」

 そう言って笑う男の人を見上げて、やっぱり私は何も思い出せないけれどーーなのに、涙だけが溢れて止まらない。

「また俺と、恋をしてもらえませんか」

 その言葉に、私の頬を撫でる手の懐かしさに、優しく細められたその目の暖かさに、胸が切なくて痛くて、私はゆっくりと頷いてしまう。

「世界中のヤツがアンタを忘れても、アンタが俺を忘れても、俺はアンタを探し出してみせる」

 目を見開く。

「約束、してたんや」
「……約束」
「俺は約束は守る男やで」

 にかっと笑って、その笑顔があまりにも眩しくてーー私は、なんとなく頭に浮かんだその名前を、小さく口にした。
 彼は、ーーアキラくんは、笑顔を泣きそうにくしゃくしゃにしたあと、ぎゅうっと私を抱きしめる。
 私も彼を抱きしめ返す。
 嬉しくて切なくて苦しくて、私はただ彼を抱きしめ続けた。

 桜が散っていく。
 きっとここから、私たちは始まる。
 もう一度、あなたに恋がしたい。
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