424 / 702
【高校編】分岐・山ノ内瑛
【最終話】坂の上に咲く桜【sideアキラ/華】
しおりを挟む
【sideアキラ】
結構急な坂を登っていく。途中、楽しそうな外国人観光客とすれ違う。ズンズン登る。まだ桜が散り終わってへんというのに、なんやすでに初夏っぽい日差しが少し暑い。
「……灯台下暗し、とはこのことやな」
なんとなく、振り向きながら思う。
眼下に広がるのは、慣れ親しんだ神戸の街並み。
「ほんまあのばーさん、いい性格してるわ」
呟きながら、再び俺は歩き出した。
そもそも、華がかつてーー俺と初めて会った時ーー入院してたんは、記憶を失くしてたんは、華の母親が殺された、そのショックから自分自身を守るため。
せやから、それと同等のショックがあれば、また華は自分を守るために記憶なんか消してしまう、ことは十分にあり得ることらしかった。
自分のせいで、大好きな母親が殺されたんやと知るのは、……多分、俺が想像する以上に、華の精神に負担をかけた。
「せやけど、そんなポンポン簡単に記憶なんか消えるモンすか」
俺の問いに、華のばーさんは目を細めた。
「そもそも、仮の人格だったのじゃないか、ってお医者様はおっしゃるのよ」
「……仮?」
「そう」
ばーさんは頷く。
「とりあえず、の。衝撃から自分の精神を守るための、……多重人格、とはまた違うのでしょうけれど」
そうして続けた。
「あなたと過ごした七年間、あなたと恋した七年間、それは全部華にとって仮初めの偽物だったのかも」
俺は黙る。
忘れろ、そう言われているようで。
せやけど、できひん。
……約束も、あるしな。
それでも会いたい、そう嘆願するおれに、ばーさんは目を細めた。
「華を見つけることができたら」
華のばーさんは言った。
「華は、とあるところで療養しています。ヒントは無し。ーーこれくらいできないようでは、華は任せられないわ」
ふざけんなンなもんすぐ見つけたるわ、……そう思って、もう2年経つ。
俺は足を進める。一歩一歩。
もうすぐ、華に会える。
※※※
【side華】
私と暮らしてるーーというか、お世話してくれてる相良さんと小西さんが、珍しく2人揃って出かけるというので、私は首を傾げた。
「デート?」
「「それは絶対にありません」」
完璧なユニゾン。
「あは、お似合いだと思うのに」
「寒いことを言わないでください、華様」
小西さんが鼻息荒く言う。
「このロリコンと恋するくらいなら、死を選びます。死を」
「ロリコン言うな」
「え、相良さんロリコンなの」
「違う!」
そんなこんな、騒がしく玄関に向かう2人を見送る。
「華様、今日はお客様がいらっしゃいますから」
「え?」
ぽかん、と小西さんを見つめる。
お客様?
「誰?」
小西さんは、笑うだけで。
「なぁ華」
相良さんは振り向いて私を見る。
「別に、このまま3人で暮らすのも楽しいと思うぜ? 無理しなくても」
「はいはいアナタは黙って」
「痛い痛い痛い耳を引っ張るな」
ワイワイ騒ぎながら坂を下っていく2人に手を振って、私はなんとなく庭にでる。
ここは、神戸、北野、らしい。
明治大正に建てられた異人館が立ち並ぶ、瀟洒なその街並みは、観光客も多く訪れる。
そのうちひとつの建物、年月を経た小さな洋館で、私は暮らしている。
名前は常盤華、というらしい。
年齢は二十歳、らしい。
とある資産家の孫娘で、事故で記憶喪失になった、らしい。
ーーらしい、らしい、というのは、本当に記憶がないから。
気がついたら、ここで相良さんと、小西さんと、暮らしていた。
兄と姉のような、ふたり。
庭から神戸の街並みを見下ろす。
ビルの向こうに、青い海。
きらきらと輝いて。
さくさくと芝生を踏んで歩いて、庭にある、小さなベンチに腰掛けた。
桜の木の下にあるこの場所は、結構お気に入り。
見上げると、満開の桜が風に揺れている。
初夏の風、というには少し早い、けれど爽やかな風。桜色を透かして、日の光が目に眩しい。
その時、門の向こうに男の人が立っているのに気がついた。
目立つ金髪。じっと私を見ている。
「?」
あのひとが、お客様、かな?
視線がかち合う。少しどきりとした。
その人は、きいと門を開いて、庭に入ってくる。
さくさくと芝生を踏んで、ゆっくりと私に近づいてきた。私は姿勢を正す。
「綺麗やな」
「?」
「桜が」
「ああ」
私は見上げた。それから視線をその人に戻す。
「散りかけが、一番桜色が濃いですね」
「ああ、せやなぁ」
男の人は目を細めて、桜を見上げた。
私も桜を見る。しばらく、そうしていた。ざあ、と風が吹く。
「約束、覚えてる?」
男の人に言われて、私は眉を下げた。
「約束……?」
「やっぱ覚えてへんか」
男の人は、軽くかたをすくめる。
「ごめんなさい、私、……その、記憶が」
「ええねん、全然。そんなんは」
男の人はにかっ、と笑って、私が座るベンチのすぐ下に片膝立ちで跪く。
「!? え、どうしたんですか?」
「プロポーズ」
「へ!?」
男の人が取り出したのは、小さな紺色の箱、開けられたそこに光るのはキラリと光るダイヤモンド。
「結婚してください」
「えっと、その、え!?」
にこにこと、太陽のように笑うその人から、目が逸らせない。
その人が、ふと立ち上がって、私の頬に触れた。
「なんで泣くん?」
「えっ、と……なんでだろう」
ぼたぼたと、涙が勝手に溢れてとまらない。
「泣き虫やな、華は」
そう言って笑う男の人を見上げて、やっぱり私は何も思い出せないけれどーーなのに、涙だけが溢れて止まらない。
「また俺と、恋をしてもらえませんか」
その言葉に、私の頬を撫でる手の懐かしさに、優しく細められたその目の暖かさに、胸が切なくて痛くて、私はゆっくりと頷いてしまう。
「世界中のヤツがアンタを忘れても、アンタが俺を忘れても、俺はアンタを探し出してみせる」
目を見開く。
「約束、してたんや」
「……約束」
「俺は約束は守る男やで」
にかっと笑って、その笑顔があまりにも眩しくてーー私は、なんとなく頭に浮かんだその名前を、小さく口にした。
彼は、ーーアキラくんは、笑顔を泣きそうにくしゃくしゃにしたあと、ぎゅうっと私を抱きしめる。
私も彼を抱きしめ返す。
嬉しくて切なくて苦しくて、私はただ彼を抱きしめ続けた。
桜が散っていく。
きっとここから、私たちは始まる。
もう一度、あなたに恋がしたい。
結構急な坂を登っていく。途中、楽しそうな外国人観光客とすれ違う。ズンズン登る。まだ桜が散り終わってへんというのに、なんやすでに初夏っぽい日差しが少し暑い。
「……灯台下暗し、とはこのことやな」
なんとなく、振り向きながら思う。
眼下に広がるのは、慣れ親しんだ神戸の街並み。
「ほんまあのばーさん、いい性格してるわ」
呟きながら、再び俺は歩き出した。
そもそも、華がかつてーー俺と初めて会った時ーー入院してたんは、記憶を失くしてたんは、華の母親が殺された、そのショックから自分自身を守るため。
せやから、それと同等のショックがあれば、また華は自分を守るために記憶なんか消してしまう、ことは十分にあり得ることらしかった。
自分のせいで、大好きな母親が殺されたんやと知るのは、……多分、俺が想像する以上に、華の精神に負担をかけた。
「せやけど、そんなポンポン簡単に記憶なんか消えるモンすか」
俺の問いに、華のばーさんは目を細めた。
「そもそも、仮の人格だったのじゃないか、ってお医者様はおっしゃるのよ」
「……仮?」
「そう」
ばーさんは頷く。
「とりあえず、の。衝撃から自分の精神を守るための、……多重人格、とはまた違うのでしょうけれど」
そうして続けた。
「あなたと過ごした七年間、あなたと恋した七年間、それは全部華にとって仮初めの偽物だったのかも」
俺は黙る。
忘れろ、そう言われているようで。
せやけど、できひん。
……約束も、あるしな。
それでも会いたい、そう嘆願するおれに、ばーさんは目を細めた。
「華を見つけることができたら」
華のばーさんは言った。
「華は、とあるところで療養しています。ヒントは無し。ーーこれくらいできないようでは、華は任せられないわ」
ふざけんなンなもんすぐ見つけたるわ、……そう思って、もう2年経つ。
俺は足を進める。一歩一歩。
もうすぐ、華に会える。
※※※
【side華】
私と暮らしてるーーというか、お世話してくれてる相良さんと小西さんが、珍しく2人揃って出かけるというので、私は首を傾げた。
「デート?」
「「それは絶対にありません」」
完璧なユニゾン。
「あは、お似合いだと思うのに」
「寒いことを言わないでください、華様」
小西さんが鼻息荒く言う。
「このロリコンと恋するくらいなら、死を選びます。死を」
「ロリコン言うな」
「え、相良さんロリコンなの」
「違う!」
そんなこんな、騒がしく玄関に向かう2人を見送る。
「華様、今日はお客様がいらっしゃいますから」
「え?」
ぽかん、と小西さんを見つめる。
お客様?
「誰?」
小西さんは、笑うだけで。
「なぁ華」
相良さんは振り向いて私を見る。
「別に、このまま3人で暮らすのも楽しいと思うぜ? 無理しなくても」
「はいはいアナタは黙って」
「痛い痛い痛い耳を引っ張るな」
ワイワイ騒ぎながら坂を下っていく2人に手を振って、私はなんとなく庭にでる。
ここは、神戸、北野、らしい。
明治大正に建てられた異人館が立ち並ぶ、瀟洒なその街並みは、観光客も多く訪れる。
そのうちひとつの建物、年月を経た小さな洋館で、私は暮らしている。
名前は常盤華、というらしい。
年齢は二十歳、らしい。
とある資産家の孫娘で、事故で記憶喪失になった、らしい。
ーーらしい、らしい、というのは、本当に記憶がないから。
気がついたら、ここで相良さんと、小西さんと、暮らしていた。
兄と姉のような、ふたり。
庭から神戸の街並みを見下ろす。
ビルの向こうに、青い海。
きらきらと輝いて。
さくさくと芝生を踏んで歩いて、庭にある、小さなベンチに腰掛けた。
桜の木の下にあるこの場所は、結構お気に入り。
見上げると、満開の桜が風に揺れている。
初夏の風、というには少し早い、けれど爽やかな風。桜色を透かして、日の光が目に眩しい。
その時、門の向こうに男の人が立っているのに気がついた。
目立つ金髪。じっと私を見ている。
「?」
あのひとが、お客様、かな?
視線がかち合う。少しどきりとした。
その人は、きいと門を開いて、庭に入ってくる。
さくさくと芝生を踏んで、ゆっくりと私に近づいてきた。私は姿勢を正す。
「綺麗やな」
「?」
「桜が」
「ああ」
私は見上げた。それから視線をその人に戻す。
「散りかけが、一番桜色が濃いですね」
「ああ、せやなぁ」
男の人は目を細めて、桜を見上げた。
私も桜を見る。しばらく、そうしていた。ざあ、と風が吹く。
「約束、覚えてる?」
男の人に言われて、私は眉を下げた。
「約束……?」
「やっぱ覚えてへんか」
男の人は、軽くかたをすくめる。
「ごめんなさい、私、……その、記憶が」
「ええねん、全然。そんなんは」
男の人はにかっ、と笑って、私が座るベンチのすぐ下に片膝立ちで跪く。
「!? え、どうしたんですか?」
「プロポーズ」
「へ!?」
男の人が取り出したのは、小さな紺色の箱、開けられたそこに光るのはキラリと光るダイヤモンド。
「結婚してください」
「えっと、その、え!?」
にこにこと、太陽のように笑うその人から、目が逸らせない。
その人が、ふと立ち上がって、私の頬に触れた。
「なんで泣くん?」
「えっ、と……なんでだろう」
ぼたぼたと、涙が勝手に溢れてとまらない。
「泣き虫やな、華は」
そう言って笑う男の人を見上げて、やっぱり私は何も思い出せないけれどーーなのに、涙だけが溢れて止まらない。
「また俺と、恋をしてもらえませんか」
その言葉に、私の頬を撫でる手の懐かしさに、優しく細められたその目の暖かさに、胸が切なくて痛くて、私はゆっくりと頷いてしまう。
「世界中のヤツがアンタを忘れても、アンタが俺を忘れても、俺はアンタを探し出してみせる」
目を見開く。
「約束、してたんや」
「……約束」
「俺は約束は守る男やで」
にかっと笑って、その笑顔があまりにも眩しくてーー私は、なんとなく頭に浮かんだその名前を、小さく口にした。
彼は、ーーアキラくんは、笑顔を泣きそうにくしゃくしゃにしたあと、ぎゅうっと私を抱きしめる。
私も彼を抱きしめ返す。
嬉しくて切なくて苦しくて、私はただ彼を抱きしめ続けた。
桜が散っていく。
きっとここから、私たちは始まる。
もう一度、あなたに恋がしたい。
0
あなたにおすすめの小説
傷物令嬢は魔法使いの力を借りて婚約者を幸せにしたい
棗
恋愛
ローゼライト=シーラデンの額には傷がある。幼い頃、幼馴染のラルスに負わされた傷で責任を取る為に婚約が結ばれた。
しかしローゼライトは知っている。ラルスには他に愛する人がいると。この婚約はローゼライトの額に傷を負わせてしまったが為の婚約で、ラルスの気持ちが自分にはないと。
そこで、子供の時から交流のある魔法使いダヴィデにラルスとの婚約解消をしたいと依頼をするのであった。
ナイスミドルな国王に生まれ変わったことを利用してヒロインを成敗する
ぴぴみ
恋愛
少し前まで普通のアラサーOLだった莉乃。ある時目を覚ますとなんだか身体が重いことに気がついて…。声は低いバリトン。鏡に写るはナイスミドルなおじ様。
皆畏れるような眼差しで私を陛下と呼ぶ。
ヒロインが悪役令嬢からの被害を訴える。元女として前世の記憶持ちとしてこの状況違和感しかないのですが…。
なんとか成敗してみたい。
彼女が高級娼婦と呼ばれる理由~元悪役令嬢の戦慄の日々~
プラネットプラント
恋愛
婚約者である王子の恋人をいじめたと婚約破棄され、実家から縁を切られたライラは娼館で暮らすことになる。だが、訪れる人々のせいでライラは怯えていた。
※完結済。
婚約者に毒を飲まされた私から【毒を分解しました】と聞こえてきました。え?
こん
恋愛
成人パーティーに参加した私は言われのない罪で婚約者に問い詰められ、遂には毒殺をしようとしたと疑われる。
「あくまでシラを切るつもりだな。だが、これもお前がこれを飲めばわかる話だ。これを飲め!」
そう言って婚約者は毒の入ったグラスを渡す。渡された私は躊躇なくグラスを一気に煽る。味は普通だ。しかし、飲んでから30秒経ったあたりで苦しくなり初め、もう無理かも知れないと思った時だった。
【毒を検知しました】
「え?」
私から感情のない声がし、しまいには毒を分解してしまった。私が驚いている所に友達の魔法使いが駆けつける。
※なろう様で掲載した作品を少し変えたものです
【完結】転生したらラスボスの毒継母でした!
白雨 音
恋愛
妹シャルリーヌに裕福な辺境伯から結婚の打診があったと知り、アマンディーヌはシャルリーヌと入れ替わろうと画策する。
辺境伯からは「息子の為の白い結婚、いずれ解消する」と宣言されるが、アマンディーヌにとっても都合が良かった。「辺境伯の財で派手に遊び暮らせるなんて最高!」義理の息子など放置して遊び歩く気満々だったが、義理の息子に会った瞬間、卒倒した。
夢の中、前世で読んだ小説を思い出し、義理の息子は将来世界を破滅させようとするラスボスで、自分はその一因を作った毒継母だと知った。破滅もだが、何より自分の死の回避の為に、義理の息子を真っ当な人間に育てようと誓ったアマンディーヌの奮闘☆
異世界転生、家族愛、恋愛☆ 短めの長編(全二十一話です)
《完結しました》 お読み下さり、お気に入り、エール、いいね、ありがとうございます☆
逆ハーレムエンド? 現実を見て下さいませ
朝霞 花純@電子書籍発売中
恋愛
エリザベート・ラガルド公爵令嬢は溜息を吐く。
理由はとある男爵令嬢による逆ハーレム。
逆ハーレムのメンバーは彼女の婚約者のアレックス王太子殿下とその側近一同だ。
エリザベートは男爵令嬢に注意する為に逆ハーレムの元へ向かう。
すべてを思い出したのが、王太子と結婚した後でした
珠宮さくら
恋愛
ペチュニアが、乙女ゲームの世界に転生したと気づいた時には、すべてが終わっていた。
色々と始まらなさ過ぎて、同じ名前の令嬢が騒ぐのを見聞きして、ようやく思い出した時には王太子と結婚した後。
バグったせいか、ヒロインがヒロインらしくなかったせいか。ゲーム通りに何一ついかなかったが、ペチュニアは前世では出来なかったことをこの世界で満喫することになる。
※全4話。
【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました
佐倉穂波
恋愛
転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。
確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。
(そんな……死にたくないっ!)
乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。
2023.9.3 投稿分の改稿終了。
2023.9.4 表紙を作ってみました。
2023.9.15 完結。
2023.9.23 後日談を投稿しました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる